誇りたい自分になるという決意で
「EXアーツ『破邪』です」
「破邪……?」
「大げさな名前ですけどね。自律機動で無駄をなるべく省いただけの、ただの突きです」
「……」
……自律機動で、極限まで無駄を省いた正拳突き?
「それって……」
……ある意味で、拳の奥義と言わないか?
「っ」
そして気が付く。
なんて中途半端な距離……。
俺にとって、攻撃することも逃げることも迎撃することもごまかすこともできない、最悪の距離。
……孤月の段階で、この距離を狙ってたのか……。
《三重の罠って訳か……》
……くそ。
「澄空さん」
「ああ」
「5パーセントは取り消しです」
「…………」
「この段階で、貴方の勝率はゼロになりました」
「ぐ……」
悔しいが、その通り。
この状態じゃ、どう動いても、賢崎さんの方が速い。
そして、今度こそ、耐えられない。
完全に詰んだ。
「……ここまで追い詰めたのに……」
……。
…………。
……いや。
追い詰めてなんかいない。
薄々感じてはいたんだが。
もう間違いない。
賢崎さんはいつだって勝負を終わらせることができた。
ここまで長引いたのは、賢崎さんの迷いのせいだ。
「…………」
そうだ。
賢崎さんは迷っている。
絶望から逃げ続けている現状に、満足していない!
闘えばゼロパーセントだが。
ひょっとして。
もしかすると。
……説得できるかも?
「けんざ……」
「澄空さん」
「は……はい!」
おっかなびっくり話しかけた俺の言葉に、賢崎さんの言葉が被さる。
「降参してください」
「?」
へ?
「貴方は、私が予想していたよりも……。それからたぶん。貴方自身が思っているよりも、ずっと強い。……手加減できないんです」
「!」
「都合よく無力化するのは無理です。大怪我……あるいは、最悪の事態も……」
「……っ」
「くだらない女と思っていただいても結構です。それでも確実に死なせるよりはまし、……って思ってるんです」
「…………」
「お願いです。降参してください」
一撃必殺の拳を腰だめに構えたままの説得。
少し奇妙ではあるが。
おそらく、これ以上はないくらいに真摯な説得。
「お願いです。……今さら信じてもらえないかもしれませんが、死なせたくないだけじゃなくて、傷つけたくもないんです」
「……」
「どうしたら、貴方を説得できますか? 賢崎の後継者としてじゃなくて、仲間としての言葉なら届きますか?」
「…………」
「お願いです。私に、貴方を傷つけさせないでください」
「………………」
「この選択で……。貴方の……。貴方がどれだけ深く傷つくかも分かっているつもりです……。でも」
「……………………」
「後悔も。絶望も。怒りも。悲しみも……。全て私が引き受けますから……!」
「…………………………」
「ラプラスの魔女が……生涯賭けて貴方を支えますから!」
「けん……」
「降参……してください」
言って。
賢崎さんは、口を閉ざす。
「……」
無理だな。
と思う。
説得は無理だ。
確かに賢崎さんは迷っている。
迷い続けている。もうずっと。
でも。
ただの一度も、屈していない。
俺なんかには、絶対に説得できない。
それこそ、完全なゼロだ。
……倒すしかない。
迷いがあったのは、俺も同じだ。
後のことを考えなければ、実は一つだけ打つ手がある。
後のことは……それこそ、後で考えよう。
「賢崎さん」
「はい……」
まるで縋るような目線に。
二人きりの昨夜のことを思い出す。
「昨日の質問……もう一回答えてもいいかな?」
「え?」
突然何を言い出すんですか、とでも言いたげな賢崎さん。
正直、今言う必要もないような気もするが。
まぁ、いいか。
「麗華さんが死んだら、俺はもう二度と闘えない」
「!?」
絶対に引きこもる。
時間でも癒せないし、代わりになるものも存在しない。
麗華さんは、俺にとってそんな程度の存在じゃないし。
俺は、どう足掻いても不屈のヒーローじゃない。
だから。
「そんな状況でも闘い続ける賢崎さんを……凄いと思う」
「あ……」
「愚かだとは思わない。むしろ尊敬する」
「……」
「どんなものを抱えていても、どんな状況でも……。強くて賢い賢崎さんを……凄いと思う」
だから。
賢崎さんが凄すぎて、誰も構えないというのなら。
せめて。
俺は。
「愚痴を聞こうと思う」
「愚痴……ですか?」
「賢崎さんの愚痴を聞きたい」
賢崎さんが愚痴を言ってもいいと思えるような……。
「そういうBMPハンターになる」
「……澄空さん」
という、遅まきながらの俺の決意表明。
誇りたい自分になるための。
……いや、ほんとに今さらだけど。
「自分が……何を言っているか、分かっていますか?」
「ああ」
「その約束を果たすためには……。この勝負、たとえどっちが勝っても……」
「ああ。絶対に死なない。必ず、生きて帰る」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
と。
「困りましたね……」
「へ?」
何故に、困る?
「生まれて初めて負けられると思ったのに……。どっちが勝っても結局澄空さんは生き残るし、私は愚痴を言う相手までできるなんて……。それじゃ、私の一人勝ちじゃないですか。……都合が良すぎて、ちょっと困ります」
「…………」
そんな風に言ってくれる優しい賢崎さんが相手なら。
俺も、たぶん、負けたとは思わない。
《なら、もう、勝負じゃねぇじゃねぇか》
だな。
勝負じゃない。
なら。
「賢崎さんのせいにするのもおかしいな」
「え?」
「どんな結果になっても、俺も一緒に受け止める。賢崎さん一人に背負わせたりはしない」
……背負いきれるかは分からないけど。
「まいったなぁ……。本気になりそう……」
「え?」
「……かもしれません」
と。
賢崎さんが、軽く体を揺する。
「澄空さん、確認です」
「ああ」
「この状態から、澄空さんが勝つ確率はほぼゼロです」
「ああ」
「手加減はできません。大怪我……最悪の事態もありえます」
「ああ」
「それでも……やるんですね?」
「ああ」
やる。
必ず。
「賢崎さんをびっくりさせる」
「……楽しみです」
賢崎さんが息を吐く。
千本の槍に身体を貫かれているかのような、プレッシャー。
……ガルアの時より、遥かに怖い。
……けど。
「私の本当の本気の想いを……。私も知らない私の全力を……!」
「……」
「受け止めてください! 澄空さん!」
「……っ!」
…………来い!