全力勝負
「まさか、こんな展開になるとはねぇ……。澄空悠斗、本当に凄い男だわ……」
体育館向かいのカフェの窓ガラスに寄りかかり、美女を纏う幻影獣が呟く。
「さすがに予想外だよ。もしもの時は、僕が乱入するよ。止めないでよね、ミーシャ」
「……今、大事な場面なのよ?」
真剣な表情の小野倉太に、珍しく真剣な表情で答えるミーシャ・ラインアウト。
「僕が好きなのは澄空悠斗だ。境界の勇者じゃない」
「……」
「…………」
「……」
「…………」
「……ま、好きになさいな。私も、そこまでやる気がある訳じゃなし。あんたに嫌われてまで邪魔しようとは思わないわよ」
美女の方が折れる。
そして、一言。
「まぁ。……私は、ラプラスの魔女より、藍華さんの方が好きだけどね」
☆☆☆☆☆☆☆☆
EXアーツが混ざり出すと、本当に命がけになる。
賢崎さんは俺を傷つけられないし、殺すなんて論外のはずなんだが。
なんか、本当に、時々殺されるんじゃないかという瞬間がある。
「た……確かに、真剣勝負とは言ったけど」
生き死に的な意味で、本当に手加減がない。
俺が対応できるという確信があるから、遠慮なく仕掛けてくるんだろうけど……。
できれば、命を賭けずにコミュニケーションを取る手段はないだろうか?
《だから、やめとけっつっただろ?》
今さら……!
「仕方ないだろ!」
「!」
一瞬の隙を突いて、賢崎さんの左腕を両腕でキャッチする。
これで、あのやっかいな『陽炎』は使えない。
アイズオブエメラルドを全開使用して、このまま決めてやる!
が。
「ぱっ」
と、賢崎さんの艶やかな唇が開く。
麗しい唇の中に覗くのは、紅蓮と漆黒。
甘い香りを漂わせながら、その口と首が近づいてきて。
俺の首筋に……。
「~~~~~~!!」
俺は、絶叫を上げながら、賢崎さんを突き飛ばす!
同時に響き渡る、金属音にも似た甲高い音。
「か……か、かかかかかっか、か、噛みつき!?」
びっくりした!
今日本当に色々あったけど!
それでも、今日一番びっくりした!!
「あ、ああああ、あ……」
あんな超絶美人が、噛みつき!?
まじで!
「さすがに冗談ですよ。淑女は、噛みついたりなんかしません」
ぺろっと唇を舐めながら賢崎さん。
「い、いや……」
でも……。
「ま、一応、EXアーツ『煉獄』なんですけどね」
「ムチャクチャ本気じゃないか!!」
信じられない……。
かわさなかったら、俺、賢崎さんに
「喰われてた……!」
主に、頸動脈を中心に!!
「……そんなもの食べませんよ。雪風じゃあるまいし」
「なんで、雪風君がそんなもの食べるんだよ!」
「人を見た眼で判断すると、痛い目を見ますよ?」
「…………それには激しく同意する」
と、ジト目で賢崎さんを睨みつけると。
「あはっ。お知り合いにそういう方、いらっしゃるんですか?」
「あんただ! あんた!」
どなりながらも。
思う。
パーフェクト型クール系美人、なんていうのは、この人のほんの表層に過ぎない。
本当の賢崎さんは……。
好奇心旺盛で。
ちょっとわがままで。
……誰よりも自由だ。
「ぼーっとしてると!」
と、また足を踏みつけようとする賢崎さんの足をかわし。
「持ってかれますよ!」
と飛んでくる左のロングフッフ軌道の手刀・EXアーツ『鉄扇』をバックステップでかわす。
本当に、首が持って行かれそうな威力だ……。
「まだまだです!」
回し蹴りの挙動に伴い、前方で発生するつむじ風。
EXアーツ『巻風』。
「ぐっ!」
吸い込まれそうな感覚を振り払い、一歩バックステップ。
……したところを、右の上段回し蹴りが通り過ぎる。
勢い余って、賢崎さんの背中がこちらに向くが。
チャンスなどでは無論なく。
全身を駆け抜ける戦慄。
「勝負です! 澄空さん!」
「……!」
全身を使って、背中からぶつかってくる体当たり!
EXアーツ『金剛弾』……!
「ぐっ……がっ……ぎっ……」
呻きながら転がっていく俺。
体育館の隅の方で闘っていたのだが、中央に向かって10メートルほど転がされた。
「いってぇ……」
交通事故って、おそらくこんな感じなんだろう。
もう、受け身がどうとかいう次元ではない。
いくらアイズオブエメラルドの加護があったとはいえ、これだけの攻撃を受けてガードした腕が折れていないのは、もう奇跡と言っていいのではないだろうか?
「…………」
……。
…………。
「本当に折れてないんだろうな?」
《言ってる場合か!?》
そうでした!
「く……」
賢崎さんが、ゆっくりと向かって来ている。
今の俺は、賢崎さんにとって『真剣な遊び相手』。
一瞬でも気を抜くと、本当に大変なことになる。
…………が。
「っ……!」
右眼に強烈な痛み。
《悠斗!》
さらに脳が直接万力で締め付けられるような圧迫感。
これは……。
《やべぇ……。時間切れだ!》
「みたいだな……」
賢崎さんは謙遜していたが、厳然たる事実として瞳系BMP能力は高度な処理能力……要するに頭を使う。
賢崎さんは褒めてくれたが、実際俺の頭脳は明晰でもないし、普段から強い負荷をかけて鍛えているわけでもない。
よって、前半のEOFと合わせて、もう、この反則仕様のアイズオブエメラルドの使用限界が来ている。
HP切れでもMP切れでもない、もう一つのエンプティ。
《駄目か……》
いやいやまだまだ!
「劣化複写:右手から超爆裂!」
《悠斗!?》
このまま負けるわけにはいかない。
自爆覚悟で、賢崎さんの『右手』でも対処しにくい超至近距離から右手から超爆裂を使う!
どうなるかは運任せだ!!
《もうやめろ、悠斗! お前の気持ちも分かるが、絶望のシナリオにこれ以上付き合う義理はねえ! あとは、大将に任せろ!》
「そんな訳にいくか!!」
俺が確率的・結果的に役立たずだとか。
賢崎さんが凄すぎて、邪魔しないのが最善だとか。
そんなことは分かってる!
だからと言って、俺一人投げ出すわけにいかないだろうが!
《悠……》
たとえどんなに無様でも……!
『いや。優雅でないのは問題よ?』
《!》
!
いきなり脳裏に浮かぶ、頭に黒い蝶をとまらせた小さな女の子のヴィジョン。
『私に見合う魅力的な男の子になりたいんでしょ?』
なんの話だ!
《ほんとに誰だコイツ……。俺も知らねぇぞ》
じゃあ、誰なんだよ(※そして、あんたも誰だ)!
『でも、優しくないのも嫌かな?』
そして今度は、横合いから麗華さんのヴィジョン。
もう、何がなんやら!?
『そうね……』
『そうだね……』
君は……。
『私と釣り合いが取りたいなら』
『私の希望を言うのなら』
一体……。
『女の子を退屈させる男の子は論外ね』
『私を楽しくさせてくれる人がいいかな』
……っ!
……。
…………。
「が……」
《……が?》
「合点……承知っ!」
《悠斗!?》
右腕から生まれかけた炎を掻き消し。
右眼に力を込め直す。
「ぎ……が……」
右眼を長い針で貫かれたかのような強烈な痛み。
けど……。
「もう少し……」
もう少しだ……。
最後まで、魔女と踊り切る!
最後まで。
賢崎さんを退屈させない!
「こども先生! よろしくお願いします!」
『俺に力を!』的なノリで、アイズオブエメラルドを全開起動する。
「澄空……さんっ!」
空間を染め上げるエメラルドの光に、むしろ嬉々として飛び込んでくる賢崎さん。
まずは!
右の……っ!
「首狩りっ!」
「!?」
こちらからも距離を詰め。
加速する前のEXアーツ『首狩り』を左手でキャッチする俺。
「くっ!」
「次はっ!」
左の……っ!
「一閃!」
「また……っ!!」
抜き手で貫くEXアーツ『一閃』を右手でキャッチする。
「澄空さんっ……!」
やっと、ラプラスの魔女を……。
賢崎さんを……。
「捕まえ……た!」
「…………っ」
身長は同じくらい。
体重は明らかに俺が上。
この体勢なら、EXアーツも使いづらいはず。
今度こそ……!
「甘く……みないでください!!」
メリッと。
俺と賢崎さんの間で音がする。
「な……?」
押されている?
俺に両手首を掴まれたまま。
賢崎さんの両手が迫ってくる。
「鍛え方が……違います……っ!」
「ぐっ」
そんなモデル体型で、何を!
というか。
そもそも賢崎さんには深刻なブランクがある。
社長さんとしては超一流だが、BMPハンターとしては随分前から前線を離れ、ほんの最近復帰したはず。
基本スペック凡人とはいえ、賢崎さんより前からまじめに鍛えている上、体重が上の俺が押されるはずが……!
「…………!」
「……!」
でも押されてる。
設定的にも理論的にも強いくせに。
それ以外の要素でも、やっぱり強い!
俺よりは間違いなく!
けど……。
「ごめん、賢崎さん!」
賢崎さんを蹴り飛ばし、その反動で大きくバックジャンプする。
当然に、着地で大きくバランスを崩す俺。
「迂闊ですよ、澄空さん!」
逆にまったくバランスを崩さなかった賢崎さんが、高速で迫る。
これだけハイレベルな闘いでは、あまりにも致命的な隙。
逆転の手立てが想像できない状態の俺に向かって、賢崎さんが幕を引こうとし……。
「っ!」
ゴンッと。
鈍い音を立てて、障害物にぶつかったかのように、賢崎さんの頭が後方に弾かれる。
「な……」
障害物の正体は豪華絢爛。
切れ味度外視で、空間に一個だけ設置した、結構運任せのトラップ。
え?
瞳系使用中は、他のBMP能力は使えないんじゃないのかって?
もちろんその通り。
だから。
「!!」
賢崎さんの眼には、いつもの色に戻った俺の右眼が見えているはず。
「なんて……人……!」
軽い脳震盪を起こしたような賢崎さんの言うとおり。
これだけ深刻な格闘戦でアイズオブエメラルドを切るのは、ほぼ自殺行為。
だからこそ、賢崎さんをびっくりさせられる可能性がある!
「劣化複写:幻想剣:干渉剣フラガラック!」
今ならいける。
ほとんど無条件で攻撃できる、最初で最後のチャンス!
反撃を喰らう予想は完全に排除して。
俺は、干渉剣を突き出した。