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BMP187  作者: ST
第三章『パンドラブレイカー』
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パンドラの箱の中で2

俺の指先が賢崎さんの肩を掠める。

「なっ……」

賢崎さんが初めて驚いた顔をする。


「っしゃ!」

「嘘」

続いて賢崎さんの右ストレートを叩き落とした俺に、賢崎さんの表情が変わる。


「どうして、急に……」

「こっちだって、とんでもチートの一つや二つあるんだよ!」

とハッタリもかましてみるが。

もちろん、本当にそんなものがある訳がなく。


「まさか……」


さっそく賢崎さんに感づかれたとおり。

俺は防御を捨てている。


正確に言うと、危険な攻撃を敢えて防御していない。


「良くこんなことを……」

と賢崎さんには言われるが。


ここまでではっきりした。

賢崎さんは俺を傷つけられない。


後遺症が残るような大怪我はもちろん、万が一俺が賢崎さんに勝った時のことを考えると、わずかな怪我でもレオを利することになる。

さっきのボディブロー三連発もそうだ。

あれほどの強烈な痛みがあったのに、少し時間を置くと嘘のようにダメージが残っていない。


賢崎さんにとって最悪の展開は、俺が傷ついた状態で勝利すること。

危険な攻撃ほど、実はフェイントの可能性が高い。

そういう前提でEOFを使えば、コンマ1秒の遅れが無効にできる!


正直、この手段だけは取りたくなかったが、はっきり言ってもうこれしかない。


「もらった!」

自律機動ブーストの力を借りた、俺の高速タックル。

「っ!」

完璧なタイミングで、賢崎さんの右膝が俺の顔に迫るが。

大丈夫。

この攻撃は、危険すぎる。


絶対に、当ててこない!


「っっ!」

直前に止められた賢崎さんの右脚を抱え込む!

そのまま……。


「がっ!」

左脚で蹴り飛ばされて、右脚を放してしまう。

完全に両脚が浮いてたのに……なんてボディバランスだ!?


「50点ですよ! 澄空さん! 私の気が変わるか、失敗したらどうするつもりですか!」

「そん時は、甘んじて受けるさ!」

と言いながらも。

まず、それはない。

賢崎さんの勝利条件は、俺を傷つけずに止めること。

傷つけてしまったら負けになる。


俺には分かる。

この人は、負けることができない。

勝ち方の分かっているゲームで、敢えて悪手を打つことのできない人だ!


「甘んじて受けるなんて、澄空さん、Mですか!」

「なんでやねん!」

「澄空さんがMなら、結婚したら、私、頑張ってSにならないといけませんね!」

「いやいやいやいや!」

君、元から、結構Sだよ!


俺と賢崎さんの速さが拮抗する。

滅茶苦茶格好悪い戦い方だけど、とりあえず、もう少しで届く!

一瞬でも動きが止められれば、干渉剣で決められる!


「っ!」

賢崎さんの胸元に手が届く。

そのまま服を掴みあげ……。


「づっ!」

俺の頭が後ろに跳ねる。


なんだ今のは!

ジャブだと思うけど、拳が見えなかったぞ!


と。


賢崎さんの上半身がわずかに沈む。

同時に、俺の全身に戦慄が走る。


この技だけは、忘れない。

クラブを解体し、スカッド・アナザーをピンポン玉のように跳ね飛ばした、賢崎さんの必殺技。


「ギロチンサマソ……!」


賢崎さんがしびれを切らしたのか。

俺を怪我させるかもしれないリスクをとって一か八かで決めに来たのかもしれない。


幻影獣との2戦で見た感じでは、必殺技だけあって、途中で止めることもできないはず。

絶対に喰らっちゃいけない。

かわすことさえできれば……!


「っ」

限界まで上半身を倒す。

少々体勢が乱れても構いはしない。

サマーソルトキックは、かわしてしまえば隙だらけだ!


これで……!


「勝っ……」

「……甘すぎです」

断罪する女神のように。

賢崎さんのラリアートが俺の首を捕える。

サマソじゃない!?


「がはっ!」

激しく床に叩き付けられ、一瞬呼吸が止まる。

あまりにも無防備な一瞬に、賢崎さんが仰向けになった俺の上に飛び乗る。

「!」

いや、飛び乗られただけじゃない。

賢崎さんの腰は俺の腹に乗ったまま。

俺の右腕は、賢崎さんの左脚で抱え込まれ。

俺の左手首は、伸ばした賢崎さんの右足首で抑えられる。

「なんだ……これ……?」

思わず呻く俺。


あまりにも完全なマウントポジション。

上を取られただけでなく。

俺の両手は完全に封じられ。


賢崎さんの両手は自由。


「今度こそ……チェックメイトですね」

「ぐ……」

「電撃は無駄ですよ。この体勢なら、『代わる』前に撃ち抜けます」

「それは……」


《すまん、悠斗。その通りだ》


……だめか。


「0点ですね。澄空さん」

「え?」

圧倒的優位にある賢崎さんの唐突なセリフ。


「貴方を傷つけられない私が、どうして、あんな大技当てると思ったんですか?」

「い、いや。だって……」

あの技は賢崎さんの必殺技で……あの体勢から他の攻撃ができるはずが……。


「あんな隙の大きい技、決め技になんかしませんよ」


「?」

何を言って……?


『決め技にしません』も何も、実際にクラブもスカッド・アナザーもギロチンサマソで……。

サマソ……で?


ま……。

「まさか……?」

二戦とも、敢えて見せ技を……?

「白状すると、私も結構冷や冷やしてました」

「な……!」


EOFは主観に弱い。

確かに、あの二戦のせいで、俺はギロチンサマソが賢崎さんの必殺技だと思い込んでしまった。

一番大事な認識が誤ってしまえば、EOFの予測はむちゃくちゃになっても当然だけど。

だからといって……。


「なんてことを……! 一歩間違えば大怪我……。いや、下手すると命だって……!」

「その程度のリスクで、今、安全に澄空さんを取り押さえられているんですから。リターンが大きすぎて、無理をしたという感覚もないですね」

「……!?」

「リスクというのは、こうやって取るんですよ、澄空さん」

「………………」


結果だけみれば、確かに大成功なんだろうけど。

いくらEOFがあっても、Bランク幻影獣・クラブと闘った時点で今の現状が完全に予測できていた訳がない。

賢崎さんは。

いくつかある展開の中の一つに過ぎない可能性に、躊躇うことも迷うこともなく命を賭けていた……!


「だ……」

だめだ……。

勝てない……。

技術や経験以前に。


この人と俺とでは、闘い方に……生き方に関する姿勢が違いすぎる!

実際に命を賭ける段になってから震え始めるような俺じゃ、勝負になる訳がない……!


「く……ぅ……」

「そんな顔しないでください、澄空さん。貴方がそんな顔をしていると、私も悲しいです」

「…………」

「嘘じゃないですよ? 夫になるかもしれない人ですから」

「俺なんか……」


賢崎さんは、そんなに強いのに……。


「俺なんか、夫にして、どうするんだよ……?」

「もちろん、世界を救ってもらいます」

「……」

「安心してください。それ以外は、私は一切求めませんから」

「世界を救う、ったって……」

「やり方は、私が全部考えます。『今度は』信頼してくれていいですよ」

「……!」


賢崎さん……!!


「怒っても憎んでも同じです。貴方は、私を利用するしかありません。世界を救うために」

「世界世界って、俺はそんな大層なことは考えてない!」

「そのうち嫌でも考えるようになります。言いましたよね? 私たちは『似てる』んです」

「っ!」


似てるって言うんなら……!


「世界の前に、まだ大切なものがあるだろ……!」

「ないですよ」

「嘘だ」

「嘘なんて吐きませんよ」


……嘘だ。

絶対に、嘘だ。


『……私達、少し似てますね』

昨日の夜、賢崎さんにそう言われた通り。


俺も、似てると思ったんだ。


この人は。

俺と同じことを嬉しいと感じて。

俺と同じことを許せないと感じるって……。


「安心してください。澄空さんさえ大人しくしてくれれば、代わりに私が助けに行きます。ソードウエポンと連携すれば、かなり確率も上がるでしょう。……絶対はありませんけど」

「………………」

今しかない。

賢崎さんの本音を聞くチャンスは今しかないのに……。


「無理だ……」

「?」

俺の話術スキルじゃ、どうやっても不可能だ……。

三枚目だからって投げずに、きちんと女性の扱い方を勉強しておくんだった……。


どんなことでも全力を尽くさないと、悔いしか残らない……。


「くそ……」

強く目を閉じる。


もうこうなったら、泣き落としだ!


可能性はほぼゼロだが……。

何もやらないよりは……!


……?


…………?


「……?」

まぶたの裏に。

小さい女の子の姿が見える。


賢崎さんとの戦闘開始前に脳裏に浮かんだ、頭に黒い蝶をとまらせた謎の女の子とは違う。


もっと見慣れた……。

幼い顔立ちに大人びた表情を浮かべた、右目眼帯の女の子。


って、そんな子、こども先生以外にいないし!


『こども先生言わない』


っつ。

話しかけてきた!


『しかし、悠斗君も悪い男ね』


そして、いきなり怒られた。


『だってそうでしょ? 女の子の秘密を聞き出そうなんて』


いや、でも、それは……。


『悠斗君が今知ろうとしてることは、賢崎さんの根幹に関わる部分かもしれないのよ?』


…………。


『責任……取れるの?』


…………。

……責任かぁ。


『……』


……。


『…………』


…………。

取ります。


『ほんとに?』


このままじゃ、俺、誰にも責任すら取れなくなりそうなんで……。


『……』


困るのは……後で。

……後で、たっぷり困ります。


『そっか』


はい。


『なら、ちょっとだけ、手伝ってあげる』

俺のまぶたの裏のこども先生が、右目の眼帯を外す。



今まで見たこともない強烈なエメラルドの光が目に飛び込んできて。


俺は思わず右眼を開ける。


まるで冷凍庫から取り出してきた直後のように冷えた右眼が。


賢崎さんの左眼と合う。


俺の右眼から発するエメラルドの光が、賢崎さんの左眼に吸い込まれ。



アイズオブエメラルドが稼働する。

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