vsラプラス2
「あると思う? 5パーセント」
悠斗たちが闘っている体育館向かいのカフェで、コーヒーの次に紅茶を飲みながら、美女の幻影獣が語りかける。
「そんなものだと思うよ、ハードルは高いけどね」
対抗したわけではないだろうが、高校生に扮する幻影獣も紅茶を飲んでいた。
「実力差は歴然だと思うんだけどねぇ。ところで、ハードルって?」
だらしなくテーブルに寄りかかりながら、美女が高校生に尋ねる。
「とりあえず、掴まれるとまずいよ。普通に」
☆☆☆☆☆☆☆
「っつ! く! はっ!」
息も絶え絶えになりながら、容赦のない賢崎さんの連続攻撃をかわしつづける俺。
「く! こ……! の!」
本当に容赦がなくて、全く反撃に移れない。
俺の方のEOFも有効なのに、予測が意味を成さないくらい、賢崎さんが速い。
このままじゃ……。
いや!
「ここだ!」
賢崎さんが僅かにモーションの大きい右の突きを仕掛けてくる。
EOFで読んだ動きの通りに、賢崎さんの右拳を右手で強く外に弾いて!
そのまま……!?
「え?」
「甘いです」
いたずらっ子を咎める年上のお姉さんのように。
「な?」
弾いたはずの俺の右手首が、弾かれたはずの賢崎さんの右手に掴まれている。
ヤバい!
いきなり捕まった!?
「はっ」
賢崎さんが軽く息を吐くと同時。
俺の体が魔法のように宙を舞う。
「くっ!」
空中で完全に一回転させられながらも、なんとか仰向けで受け身を取る。
もちろん、こんなアクロバティックな受け身ができるのは、EOFのおかげだ。
だが。
「ぐっ!」
顔めがけて、容赦のない賢崎さんの足裏が降ってくる。
なんとか、転がってかわす。
と。
「え?」
思わず、間抜けな声が漏れる。
仰向けから右に半回転したところで、回転が止められた?
俺の左腕を脇に抱え。
俺の首に右腕を回し。
俺の背中に胸を寄せる。
こ、これって!
「チェックメイト。ですかね?」
「!」
させるか!
「劣化複写:幻想剣・干渉剣フラガラック!」
完全に技が決まる前に!
俺は、自由になる右手で、精神攻撃の魔剣を自分の胸に突き立てる!
一か八かの賭けだが、うまくいけばこれで勝負が決まる!
……が。
「驚きましたね……」
決死の思いで自分の胸に干渉剣を突き立てた俺を見下ろすように。
いつの間にか、賢崎さんは離れた場所に立っていた。
「フラガラックは精神攻撃用の剣ですから、自分ごと串刺しにして相手の精神だけを攻撃する……ということも不可能ではないと思いますけど」
「…………」
「実戦でいきなりやるとは……。これはさらに加点が必要ですね。99・5点くらいでしょうか?」
「く……」
なんて余裕だ。
「いえ。実際に少し困りました。それをやられると固め技の類は使えません。まさか本当に折るわけにもいきませんから、関節技も駄目ですね。投げ技も……難しそうですね。澄空さん、投げられながらでもさっきの技を狙ってきそうですから」
「お見込みの通り……」
とはいえ。
少しは状況が好転したか?
☆☆☆☆☆☆☆
「凄いじゃない、ソータ! まるでアクション映画みたい! 悠斗君、見事に打撃戦に持ち込んだわよ!」
コーヒーに適当に牛乳を混ぜたカフェオレもどきを飲みがなら、ミーシャが興奮したように小野を揺する。
「僕は、悠斗君が殴られるのなんか見たくないんだけどね」
カフェオレもどきを飲みながらも、ミーシャにいいように揺さぶられる小野。
が、さすがに彼は聞き逃していない。
「騙されちゃだめだよ、悠斗君。今、一つ言わなかったよ」
☆☆☆☆☆☆☆
「く……く……く……!」
打撃戦になったところで、俺が有利になるわけではなく。
賢崎さんの連続攻撃の前に、うめき声しか上げられないくらい防戦一方の俺。
この闘いの勝利条件ははっきりしている。
俺は、この体育館を脱出すること。
賢崎さんは、俺を24時間(※あと何時間あるか分からないが)足止めすること。
なので、賢崎さんは決して無理な攻撃はしてこない。
このまま、平気で24時間組手を続けられそうな人だ。
俺の方から、何とかしないと!
と。
珍しく大振りの右のハイキックが飛んでくる。
スピードも威力も十分だが、どう見ても技後の隙が大きい。
多少の危険はあるが、ここで反撃しないと!
まず、かわして……!
「だから、甘いですって」
仲のいい幼馴染のように。
「え?」
振り切ったはずの右脚が、まるで大蛇のように、膝裏から俺の首に巻きつく。
「な……!」
そのまま俺の頭は少し下に下げられ、彼女の右脚による締め付けが増す。
頭を垂れたような姿勢の俺と、徐々に圧迫感の増していく賢崎さんの右脚。
だんだん、息苦しくなってくる。
「ま……」
まさか……。
滅茶苦茶、変則だけど。
これって……?
「絞め技……は言いませんでしたよね?」
しれっと言う賢崎さん。
そういや確かに、言ってなかったね!
「フラガラック!」
頭を地面に向けられたままながらも、精神攻撃の魔剣を召喚し。
なんとか賢崎さんを串刺しにしようとするが……。
「な……?」
賢崎さんの左足が地面から離れる。
そのまま、俺の首を基点にして、まるでアクション映画のように賢崎さんが大車輪を決める。
「あ……」
俺は翻弄されるばかりで。
前後左右はおろか、天地すらも分からなくなる。
気が付くと、いつの間にか、俺は仰向けに寝転んでいた。
背中の下には、賢崎さんの左脚。
首の上には、賢崎さんの右脚。
「脚で失礼します。澄空さんが脚フェチだといいんですけど」
いたずらっぽいクラスメイトのように。
「脚フェチ……じゃ……ない!」
わざわざ答えなくてもいいことに答えながら、俺は再度フラガラックを召喚し。
賢崎さんを……。
「お休みなさい、澄空さん」
と、賢崎さんの声がすると同時。
彼女の右脚の圧迫感が強まる。
さきほどの大車輪で、右脚は完全に俺の顎の下に潜り込んでおり。
俺の意識はあっという間に薄れていく。
「じょ……」
冗談だろ!
こんな、あっさり……。
終わりなのか……?
《…………》
何も、できなかった……。
《…………》
これじゃ、スーパーヒーローどころか、エリカ達の仲間だと名乗ることさえ……。
《…………っ》
あの子と……麗華さんに、俺、なんて言えば……。
《…………っっ》
賢崎さんに…………。
《……くそったれ! 代われ、悠斗!》
脳内に、それまでに聞いたことがないほど強い声が響く。
内側から魂が溢れ出してくるような衝撃ととともに。
俺の全身を電撃が駆け抜け。
俺は意識を失った。