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BMP187  作者: ST
第三章『パンドラブレイカー』
135/336

ラプラスの魔女

「?」

目を覚ますと同時に、俺の頭からこぼれたのは『?』だった。


俺が寝かされていたのは、だだっ広い空間……というか体育館。

俺と彼女以外誰もいない体育館のど真ん中に布団が敷かれ、そこでぐーすか寝ていたらしい。

幻影獣達からの逃避行の最中だというのに、いったい全体、これはどういう状況だ?

あまりにもシュールすぎて、現実感がなさすぎる。


「お目覚めですか、澄空さん?」

俺が寝ていた布団の横に、美しい姿勢で正座をしたまま語りかけてくる賢崎さんも、やっぱり現実感がない。


「お目覚めというか……。俺、寝てたの?」

まず、そこが疑問である。

いくら俺でも、あんな状況で寝られるだろうか?


「そうですね。緊張状態が続いていましたから、無理もありませんけど」

「……」

「……」

「……いや……」

いや。

いやいやいやいや。


おかしいってそれ!


「寝てる状況じゃないだろ! どれくらい!? 俺、どれくらい寝てた!?」

布団を蹴り上げて、飛び起きる。

俺が寝ててどうする!?


「1時間くらいでしょうか?」

「1時間も……!! その間に、何……か……?」

言いながら気が付く。


俺が寝ていたのが問題じゃない。

賢崎さんに『寝かされていた』のが問題なんだ。

どうして賢崎さんは起こさなかった?

……みんなはどこだ?


「賢崎さん……?」

「『第37支局で待つ』だそうですよ」

「……!!」

聞いた瞬間、一瞬、頭が真っ白になる。


「攫われたのは、エリカさん、三村さん、峰さん、です。上杉さん、武田さん、時子さん、紬さんは、命に別状はありませんが戦闘不能です。ソードウエポンとは連絡取れません」

「ど……!」

どうして……!!


と。

「必要とあれば、私が『こういうことをする』のは、お伝えしていたはずですよ。澄空さん」

賢崎さんがゆっくりと立ち上がる。

やっぱり、あのタンブラーの中身は……!


「こんなに早く目を覚まされたのは誤算でしたけど」

初めて見る賢崎さんの表情。

単純に悪ではなく。

かといって優しくもなく。


『嫌悪している訳ではないが、友好的とは程遠く。

好きにはなれないが、頼りにはなるというか。

認めてはいるが、油断できない相手と言うか。』


麗華さんの賢崎さんに対する人物評価そのままに。


「助けに行かないと!!」

「駄目です」

「どうしてだよ!!」

精一杯に睨みつけても。

彼女は、それこそ、蚊に刺されたほどにも感じてない。


「この誘拐を含め、今回のゲーム自体が、澄空さんに本気で闘わせることだけが目的だからです」

「そんなことくらい、俺でも分かる!!」

「……はっきりとした理由は確定できませんが、Aランク幻影獣はBMP能力者を極力殺したくないと思っています」

「……え?」

「上杉さんたちが無事だったこともそうですし、前回の管理局籠城戦でもそうでした。少なすぎるんですよ、被害が」

「だからと言って……!!」

「以上を踏まえて」

俺の言葉を遮るように。


「澄空さんが助けに行かなくても、エリカさんたちが全員無事に帰ってくる確率は、6割強です」


「6割……」

「悪い確率ではありません。賭ける価値は十分あるかと」

「あるわけないだろ!! 4割弱で、帰ってこな……!」

「一方」

また俺の言葉が遮られる。


「澄空さんが助けに行った場合……」

「たいして確率変わらないって言うんだろ!!」


「100パーセント死にます」


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「…………え?」

え?


「死ぬんです、澄空さんは」

「………………え……」

何を……言って?


「そ、そりゃ。【絶望の幻影獣】がとんでもない強さなことくらい分かってるけど……」

「そういう問題ではないんですよ」

憐みに満ちた視線の賢崎さん。


「EOFが『あらゆる展開を想起し、その中でより可能性の高い未来を見定める』BMP能力だというのは、以前お話ししましたよね?」

「あ、ああ……」

声が震える。

……賢崎さんが怖い。

いつもの優しい顔のまま、これからの俺を憐れんでいる賢崎さんが……。


「『ない』んですよ。澄空さんが生き残る未来が。『可能性が低い』のではなく、『そういう展開が全くない』んです」


「……」

「……」

「……そ……」

「残酷なようですが、あり得ない話ではないんです。あっちゃいけない話だとは思いますけど」


昨夜の話を思い出す。

『1000人も10人も助かるような選択肢はない』と。


「運命のどん詰まり。美しくもなんともない、ただ諦めるだけの選択肢」

「…………っ」

「貴方が死をも恐れぬ無敵のスーパーヒーローであるなら構いません。私もそういう方にはあまり興味がありませんので」

「…………」

足が震え始める。

今まで賢崎さんが、俺にどれだけ気を使っていたかがわかる。


たぶん彼女は。

その『最悪の選択肢』を何度も経験してきた……!


「ゼロ・ゼロじゃないだけ、まだましですよ」

「え……」

「どちらも助かる選択肢……。それも6割強で可能な選択肢があるんです。悩むことはないです」

「で……」

「今、助けに行かない選択肢を選んだ澄空さんを批判する人がいれば、私はきっと本気で怒りますね」

「でも……」

「怖くて正解なんですよ、澄空さん。誰もあなたを責めません」

「…………」


でも。

たぶん俺が許せない。


「…………っ」

足の震えが止まらない。

賢崎さんに出会った直後なら……。

いや、さっき抱きしめてもらう前なら。

ひょっとしたら、否定することもできたのに。


「澄空さん」

「…………」

この人は、きっと、本当に俺のことを心配している。

嘘は吐かない。

否定はできない。


俺は死ぬ。


「っ!!」

怖い……。

スーパーヒーローには、ほど遠い。

死ぬことが普通に怖い。


こんな俺を見て、麗華さんはどう思うだろうか?


「澄空さん?」

「……い……!」


麗華さんに嫌われる……。

あの子にきっと嫌われる。

俺は強くないといけないのに……。

自分を犠牲にしてでも、仲間を守る俺じゃないといけないのに!


《ゆ、悠斗……? おい!》


あの子と約束したのに……!

麗華さんに尊敬される俺になりたいのに……!


「す……澄空さん?」

《悠斗!》


頭に黒い蝶をとまらせた見知らぬ小さい女の子と。

麗華さんの顔が被る。


「……っ」


俺は……。


『とりあえず、合格点をあげてもいいわ』

『とりあえず、一緒に居てもいいかなとは思ってる』


俺は……。


『でもね、私の理想は高いわよ』

『でも、もっと色々期待してる』


俺は……!


『そうね……』

『そうだね……』


俺は……!


『私のナイトになりたいなら』

『私と一緒に居たいなら』


俺は!


『『まずは勇気を持ちなさい』』


◇◆


「おおおおおおおぉぉぁあああ!」

《悠斗!》

ドガッ!

と。


俺は、俺の右の太ももを全力で殴りつけた。


「……痛ぇ……」

手加減なしの本当の全力。

足の感覚がマヒするくらい強く殴ったが。

震えは一向に収まらない。


ええい、構うか!


「そこを……どいてくれ。賢崎さん」

「…………」

「そのままだと通れない。どいてくれ」

「………ふぅ」

賢崎さんがため息を吐く。


「車の中での……前言撤回です。あなたの『それ』は、私には、勇気ではなく呪いのように見えます」

「……」

構うか。

呼び名なんて、なんでもいい。

行くんだ。

助けに!


「どいてくれ、頼む」


もう一度。

声に出す。

少なくとも表面上は。

声に震えはなかった。


「確度的には……」

「え?」

「澄空さんが『こちら』の選択肢を選ぶ確率は、50パーセントといったところでした」

と、賢崎さんが自分の眼鏡に手をかける。


「でも……そうですね。何となくこうなるような気はしてました。お約束……で、いいんでしょうかね?」

すっ、と眼鏡を外す。

錯覚か。

彼女の双眸が怪しく輝いたような気がした。

愚かな俺を咎めるように。


「では、私も作法に則り……」

『賢崎さん』は眼鏡を投げ捨て。


「ここを通りたければ、私を倒してからにしてください」


『ラプラスの魔女』が俺の前に立ちはだかる。

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