表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BMP187  作者: ST
第三章『パンドラブレイカー』
133/336

迷宮の牢獄2

「駄目ですね……。繋がりません」

上杉幻夜が、諦めたように携帯電話をしまう。


麗華達2号車の面々は、今、車を降りていた。


「どの辺で、他の2台と離れたか分かる?」

「それが皆目……。そもそも、この車の現在位置自体が、直前まで私が認識していた場所と違います。カーナビは常に確認していたのですが……」

麗華の質問に青い顔をしながら答える幻夜。


現在の停車位置は、山道の途中。

左手側は、ちょっとした崖である。


「機械も操れると言うのでしょうか……?」

「たぶん違う。これは、管理局籠城戦の報告にもあった、迷宮ラビリンスの能力。『機械が誤作動を起こした』と『人間に』錯覚させる」

時子の質問に、麗華が淡々と答える。


「まさか、幻影耐性のあるウエポンクラスの私まで幻惑されるなんて……。少し甘く見過ぎていた」

麗華にしては珍しく悔しそうな顔をする。


「ジャ、じゃあ、ひょっとシテ、今、携帯電話が使えないノモ……」

「私達が『使えてない』のか、ナックルウエポン達が『着信音を聞こえてない』のか分からないけど、たぶん同じ理屈」

「なんて、幻影獣だ……」

冷静な麗華の説明に、幻夜が驚愕する。


しかし、驚愕してばかりもいられない。


「とにかく移動しましょう、剣様! 今、襲われたら……」

「その必要はない。ここで迎え撃とう」

幻夜の声に、落ちついて返す麗華。


「ど、どうしてですか、剣様?」

「私も少し分かって来たから」

時子の質問に、簡潔に答える。

……簡潔すぎて、少し分からない。


「……ア、アノ。麗華さん。もう少し詳シク……」

「この精神支配は諸刃の剣なの」

戦闘態勢は維持したまま、麗華が説明する。


「媒介を通さず直接支配してくるから、こちらから相手の精神にも触れられる。間違いない。迷宮ラビリンスは、すぐ近くで私達を襲う準備をしている」


麗華に言われて、全員周りを見渡す。

が、幻影獣の姿は見えない。


「父様……。分かりますか?」

「いや……。気配のかけらもない……。剣様の言うような逆探知など、私にはとてもできんし……」

プロとして、自分たちの認知能力にそれなりの自信がある上杉親子は困惑する。

「剣様……。失礼ですが、本当に、迷宮ラビリンスは……」


「居るわよ、ここに」

「「!!!!」」


全員。

麗華ですら驚愕に目を見開く。


さっきまで気配すらなかったのに。

幻夜の口元に、白い女の手が回されている。

「な……」

「鈍ったね、ゲンヤン。そこのチートな女の子ほどじゃなくても、昔のキミなら少しくらいは私の存在を感じられたのよ?」

僅かな寂しさを感じさせる不思議な口調と共に。

艶やかな女の人差し指が上杉幻夜の唇をなぞる。


次の瞬間。

幻夜は、女の足元に倒れ伏す。


「デスクワークのし過ぎかな……?」

賢崎で十指に入る実力者をあっという間に制しながら、まったく気負ったところのない女。


いや、本当に女なのだろうか?

幻影獣だから性別なんて分からない、とかいう話ではなく。


「レ、麗華さん……。あの幻影獣……、姿ガ……!」

「うん」

エリカに頷く麗華。


そう。

眼前の迷宮ラビリンスの姿が認識できない。


声とだいたいのシルエットは女のものだと思うのだが。

どんな顔をしているのか、どんな服を着ているのか、どんな色をしているのか?

常にモザイクをかけられた映像のように。

あるいは、見たそばから忘れていく記憶のように。


迷宮ラビリンスの姿が知覚できない。


レオほどではないのかもしれないが、この幻影獣もガルア・テトラとは格が違う!


「くっ……」

上杉時子が戦闘態勢を取る。

いくら格が違おうと、彼女の父親が足元に転がされている以上、このままにはしておけない。


「父様から、離れろ!」

千陣戦速トップスピードが発動する。


過程を省略するかのような高速攻撃が誰もいない道路を駆け抜け。

今まで自分たちが乗っていた車を宙にかちあげる!


…………?


「車……?」

崖下に転がり落ちる車を見ながら疑問符を浮かべる時子。

もちろん、彼女は車など狙ってはいない。

父親を助けるため、迷宮ラビリンスを直接狙ったはずなのだが……。


「いったい……」

父親はすぐ傍で倒れこんでいる。

ついさっき……どころか、千陣戦速トップスピードが発動した瞬間まで、奴は幻夜のすぐそばでふんぞり返っていたはずなのだが……。

「奴は……どこへ?」


「ここぉ」

「!」

突然の声に、全身が総毛立つ。


「さすがゲンヤンの娘さん。とっても速くて強いのね……」

「な……」

艶めかしい女の手が、後ろから時子の胸元と腰に回される。


「でもそれじゃ駄目。速いだけでも強いだけでも、迷宮は突破できない」

「う……動けない……」

「トライアゲン。時子ちゃん♪」

時子の頬に軽く口づけをする女。

同時に、時子が女の足元に崩れ落ちる。


「ここまでは特に問題なし。……でも、この二人じゃ、人質としては弱いのよね」

足元に転がした上杉親子を一瞥し。

顔の見えない女の顔が、麗華とエリカに向けられる。


幻想剣イリュージョンソード、干渉剣フラガラック」

麗華が壮大で無骨な大剣を召喚する。


「? 何の真似?」

女がいぶかしむ。

召喚するならカラドボルグがレーヴァテインだ。

精神支配される前に勝負を決めないと彼女に勝ち目はない。

8割方無理と分かっていても、一か八かの先制攻撃に賭けるしかないはずなのだが……。


そして疑念は驚愕に代わる。


「なぜ……。どうして、貴方は精神支配できないの? 媒介を必要としない私のBMP能力は、何人たりとも抗えないはずなのに……」

「そんなことはない。迷宮ラビリンスは、そこまで万能じゃない」

「……あのおしゃべりなオペレーターのことを言っているの……?」

初めて女の声に感情が乗ったような気がする。

……それも極めて激しい感情が。


「媒介はなくても手段はある。手段があるのなら、その手段を乱してやればいい。干渉剣が最適」

右手一本で無骨な大剣を迷宮ラビリンスに付きつけながら、麗華は言う。

「乱すったって、そんな簡単な話じゃないはずだけど?」

「もう二回も目の前で見せてもらった。情報量としてはもう充分」

誇るでもなく見下すでもなく。

挑戦的ですらなく。

ただの事実として、麗華はそれを告げた。


「…………ァ」

あまりの高次元のやりとりに、エリカは声も出せない。


「ふふ……」

と。

「あは……、あははは……」

女が。


「あは! あは、ははははは!!」

大きな声をあげて笑い始めた。


「ちょ! 勘弁してよ! 迷宮はお姫様を閉じ込めるものだって! 女神様にお泊まりいただくものじゃないっての! あははは! 無理無理! こりゃ無理だわ!」

何がおかしいのか、女はひとしきり笑い転げる。


しばらくそうして笑い転げた後。


「と言う訳で、後任せた。あっちも心配だしね。役に立たなくてメンゴ」

いきなり軽いノリでそう言うと。

唐突に女の姿が、掻き消える。


「麗華さん……」

「大丈夫。姿は見えなくなったけど、離れていったのは間違いない。とりあえず、上杉さん達を起こし……!」

セリフの途中で、麗華が弾かれたように後方に振り返る。


「あいつは、肝心な時に役に立たん」


腹に響くような重い声と共に。

今までに出会った全ての幻影獣の違和感が消え去るほどの強烈な違和感が出現する。


年の頃は、二十歳前後といったところ。

長身細身で筋肉質。

そして金髪碧眼。


悠斗が体育祭前に会ったという、謎のBMP能力者と外見的に一致する。

……世界が歪んで見えるほどの違和感を除けば。


「レオ……!」

麗華がフラガラックをカラドボルグに切り替え、一閃。

普段のモノよりさらに強い、天地を切り裂くような次元断層がレオを襲う!


……が。


「始めまして、だな」

次元断層は、レオの眼前数センチのところで阻まれ。

絶望の幻影獣は、顔色一つ変えずに挨拶をする。


「『絶対無敵の盾(イージス)』……」

麗華が呟く。


かつて彼女は、100年前に現れたという『絶望の幻影獣』についての論文をまとめたことがある。


伝説級の幻影獣は、『概念能力』と呼称されるBMP能力を使うことがある。

『どうしてできるのか、あるいは、どうしてできないのか分からない』能力。

核ミサイルを消滅させた最強の遠距離攻撃『至高の咆哮(ライオンハート)』は昔から有名だったが、彼女はどちらかというと、その防御力の方にスポットライトを当てた。

至高の咆哮(ライオンハート)が『絶対に破壊する』概念ならば、こちらは『絶対に破壊されない』概念。


ゆえに、絶対無敵の盾(イージス)


「出力の問題じゃない。やっぱりLCCじゃないと、概念能力は破れない」

構えは解かないまま、特に絶望した風もない麗華。

だが、もちろん打つ手がある訳でもない。


と。


「取引をしないか?」

レオが意外なことを口にする。


「取引?」

「貴様が相手では、殺さずに捕らえるのは難しい」

麗華の疑問に答えながら、麗華とエリカの両方を見るレオ。


「ヤツは、『女が一人は欲しい』と言っていたからな。どちらか片方で十分だろう」

「…………」

「どちらでもいい。澄空悠斗を釣るエサになれ。もう片方は見逃してやる」

「論外。却下」

迷うそぶりも驚くそぶりもなく、即答する麗華。


「だろうな、貴様は。……そちらも同じ意見か?」

と、麗華からエリカに目を移すレオ。

エリカは、すすっと麗華の後ろに隠れる。


「当たり前の話」

エリカを背後に庇いながら、麗華はカラドボルグを構え直す。


とはいえ……。


(状況は悪い)

と認めざるを得ない。

論文を書いただけのことはあり、『絶望の幻影獣』に関しては、常に麗華の意識のどこかにあった。

万分の一の確率で遭遇した場合のシミュレーションをしたことも一度や二度ではない。

結論として。

(倒せる可能性は、ゼロじゃない)

ほぼゼロではあるが。


「でも、ゼロじゃない」

口にして、確認する。


(ただ……)

そのためには少なくとも3つの奇跡を起こす必要がある。

そのうちの2つは、澄空悠斗がいなければ、そもそもの最低条件を満たさない。


(悠斗君と離れたのは……、やっぱり失敗だった)

認めざるを得ない。

意外と単純な話である。


澄空悠斗は剣麗華が居ないと闘えないなら、逆もまた同じ。


「気は変わらんか? 剣麗華」

「余計なお世話」

言いつつ、イメージを展開する。

一つ目の奇跡は自分一人で起こせる。

倒すのは無理でも硬直状態には持ち込めるかもしれない。

見通しは絶望的だが、選択肢は他にない。

レオの提案など論外だ。


……それはともかく。


「エリカ。もう少し離れて」

エリカが少し麗華に近づきすぎている。

あまり離れないのはいいことだが、ここまで近づかれると少し動きずらい。


と。

カシャン、という音がした。


「え?」

首周りに冷たい感触。

まるで刃物を突き付けられたかのような……。

「エリカ……?」

いや、実際にそれは刃物だった。

首に取り付けられた、内側が刃のように鋭い半透明の首輪。

ただし、現実の物体ではない。

豪華絢爛ロイヤルエッジ……?」

信じられない、といった声を出す麗華。


「動かナイでくださいネ。ソノ首輪、空間に固着してマス」

背中から聞こえるエリカの声のとおり、これは昨日料理で使った『動かせる刃』ではない。

首を動かせば……。


「く……」

「駄目デス。麗華さん」

また、カシャン、と。

麗華の右手首と左手首にも、半透明の円刃が取り付けられる。

「あ……」

「コッチも……。ごめんなさいデス」

同様に右足首と左足首も。

さすがの麗華もこれでは、身動きできない。


「エリカ……」

「一人でいいナラ……。これが一番デスよね」

背後から5個の円刃を取りつけたエリカが、麗華の前に回る。


「アレがマトモに闘って勝てる相手でナイことは、私にも分かりマス。この選択肢シカないデス」

「待ってエリカ。早まらないで」

「早まってマセンよ。麗華さんのコト、ずっと見てましたカラ。本当にどうしようもナイ時は、私にも分かるんデス。私なんかの人質デ麗華さんが助かるナラ、これほど有難い選択肢はないデスよね?」

薄く笑みを浮かべるエリカ。

死の恐怖が分からない麗華ですら不安になるような、儚い笑み。


「待ってエリカ。本当にどうしようもない訳じゃない……。私を信じて」

「信じてマスよー。モチロン」

と。

エリカが、半透明の円刃にて身動きとれない麗華を抱きしめる。

「エリカ?」

「……信じてマス。私ガ一番……。たぶん、悠斗さんよりモット……」

円刃で傷つけないように注意しながら。

エリカはさらに強く麗華を抱きしめる。


触れ合った胸が圧力で形を変える。


「ム。麗華さんノ胸。形が極上デ、弾力ト柔らかさがmaximallevelデ最高デスー。悠斗さんが、羨ましいデス……」

「わ、私の胸と、悠斗君は関係ないと思う」

「これから、タクサン関係あるんデスよー」

混乱し、焦燥する麗華に、少し冗談めかして身体をすりつけるエリカ。


まるで記憶に刻みつけるように。


「エリカ……!」

「大好きデス、麗華さん。次に生まれ変わった時ハ、私を2号さんにしてクダサイね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ