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BMP187  作者: ST
第三章『パンドラブレイカー』
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『お約束』の恐怖3 ~摂氏零度の女神~

「……25度か……」

居間に飾られた温度計を眺めながら呟く俺。

まぁ、摂氏25度だ。

夏の夜としては涼しい方で、クーラーは要らないだろう。


……というか、どちらかというと暖房が欲しい。


皆さんはご存じだろうか?

美人が怒ると本当に体感温度が下がることを。

それが超絶がつく美人ともなると……。そうだな、五度くらいは下がる。


「……ふぅ」

などと非生産的なことを考えながら、ソファーに腰を下ろす。

今、この場に居るのは賢崎さん以外の六人。


皆、お通夜のように押し黙っている。


いくらなんでも、もう賢崎さんは風呂出ていると思うのだが、それすら言い出せない。

理由は、もちろん剣麗華さんである。

表情はほとんど変わらないのに、ここまで場の支配力のある怒り方は、たぶん麗華さんにしかできない。


……いや、そんなこと言っている場合ではない。


何とか麗華さんに風呂に入ってもらわないと、俺達はいつまでたっても風呂に入れない(※まさか、男性陣の後に麗華さんを入れる訳にいくまい)。

今日は結構汗かいたんで早く入りたいし、あんまり遅くなると寝る時間にも支障が出るし。

それに……。

いつまでもこのままでいたら凍傷になりそうだ。


「れ、麗華さん?」

「なに、悠斗君?」

「う……」

温度がさらに2度ほど下がった気がする。

表情も声色も全然変わってないのに、なんでこんなに怖いんだ?


だが、ビビってばかりもいられない。

「そ、そろそろお風呂入った方がいいんじゃないかな? 次、麗華さんの番だろ?」

「まだナックルウエポンが出て来てない」

「い、いや、もう出てると思うよ?」

「出たのなら、言いに来るはず」

「ぐ……」

確かに、その通りなんだけど。

今の俺には、今日の賢崎さんは絶対に言いに来ない確信があった。


「い、いや、賢崎さん、ひょっとしてのぼせてるとか……?」

「ナックルウエポンがのぼせるなんて想像できないけど。気になるなら見に行くといい。悠斗君以外が」

「う……」

『悠斗君以外が』のところで、また五度ほど下がった。

その証拠に、エリカが青い顔でブルッと身体を震わせた。

そして、こういうときに意外に一番頼りになりそうな三村でさえ『よし。なら、俺が行ってくるよ。いやぁ、ハプニングイベント楽しみだなぁ』と言える雰囲気では、断じてない。


……やるしかないか。


「あ、あのな麗華さん。さっきのことなんだけど……」

「うん」

「き、基本的には誤解だと思うんだ」

と、微妙に外角から入る慎重な俺。

「大丈夫。心配しなくても、私は、悠斗君が反社会的行為に走るなんて思ってない」

「そ、そう?」

でも、完全に誤解してない訳ではないよね?


「ただ、悠斗君は私がだらしない格好していると怒るのに、ナックルウエポンの場合は扱いが違うのは、筋が通らないと思う」

「いやいやいや、通してるよ筋!」

しかも、かなり真ん中の方を!

そして、俺が注意するのは、だらしない格好じゃなくて、はしたない格好だ!


「ナックルウエポンと私は、それほど体型的に変わらないのに……」

……って、聞いてないよね、麗華さん?

「たぶん1センチくらいしか変わらないのに、そんなにナックルウエポンの方がいいの?」

「いやいやいやいや。誰も、そんなミクロな違いを問題にはしてないよ!!」


「じゃあ、何が違うの?」


「……っ」

氷柱のような視線と声が、斜め上から俺の心臓を串刺しにする。

き、今日の麗華さん、マジで怖ぇ……。

温度が10度くらい下がった。


「どうしたの悠斗君? 私は悪い意味で普通じゃないから、ちゃんと言ってくれないと分からないよ?」

「あぅ……」

こらアカン。

今日の麗華さん、割と本気で怒ってる。


温度も、また3度くらい下がった。

記憶力が良くて暇な人なら気が付いたかもしれないが、そろそろ氷点下である。


……いや、そんなことは本気でどうでもよくて。


なんでだ?

『怒らせると雷より怖いけど謝ればだいたい許してくれる』が、麗華さんの基本コンセプトのはずなのに。


……あ、そうか。

謝ってないからだ。

しかし、この状況で、謝っていいものなのだろうか?


と。


「トイレ行って来る」

三村が唐突に席を外す。

その時、くいくい、とジェスチャーをされた気がした。

なので。

「ご、ごめん、ちょっと俺も」

と付いて行くことにした。


◇◆


居間を出て。

もちろんトイレには入らずに、トイレの前で、俺と三村は話し始める。


「なんとかしてくれ澄空。寒い」

「いや、麗華さん、熱い怒り方する時もあるんだけど」

「冗談言ってる場合じゃないだろ」

まぁ、確かに。


「しかし、正直、今回みたいな怒り方されたのは初めてで……。どうすればいいんだ、こんな時?」

「……やれやれ」

と、三村が少し困ったような顔をした。

微妙に兄貴モードっぽい。


「仕方ない。ここは、『こんなシチュエーションには全く縁がないが、日々シミュレーションだけは欠かさない』俺がアドバイスしてやる」

脳内修羅場ですか……。

イマイチ信頼性には欠けるが、もう他に頼れるものがない。


「いいか、澄空」

「あ、ああ」

三村がぐっと顔を近づけてくる。


「謝っちまえ」


「……」

「……」

「……いや、それは俺も考えたけど。この場合、謝った方が怒らないか?」

「俺らでも分かるくらいだ。剣だってホントは分かってるって」

「…………」

ほんまかいな。


「大丈夫だ。俺は、この手の選択肢は外したことがないんだ」

「…………」

ゲームの話じゃないだろうな?


◇◆


「麗華さん。すみませんでした。もうしないので、許してください」


という訳で、トイレから帰った俺は、とりあえず頭を下げて謝ることにした。

前後の脈絡も何もないが、もう本当に、それしか思いつかなかった。

ただ、どう考えても、この後の展開に希望が持てる要素が何一つないんだが……。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……別に」

と。


「べ、別に怒っているわけじゃない。ちょっと気になっただけだから。……お風呂行って来る」

言い残して。

ごくごく自然な動作で、麗華さんは居間から出て行った。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……マジで?」

思わず呟く、俺。


「ほ、ほらな。うまくいったろ?」

と言う三村だが。

顔が明らかに、『意外にゲームの展開も侮れないな』と言っているように見える。


いやまぁ、でも、実際助かった。

「ふぅ」

と、25度に気温が戻った居間のソファーに腰を下ろす。


「麗華さん、怖かったデス……」

エリカが呟く。

でも、微妙に顔を赤らめてるのは、何で?


「ったく、どうせ妬かせるんだったら、もう少し可愛く妬かせてくれよ。niyaniyaもできないじゃないか……」

三村がぶつくさ言う。

本当に妬かせたら、烈火の如く怒るくせに。


まぁ、それはともかく。


「僕ら、何もできなかったね……」

「少しは女性の気持ちも勉強するべきか……」

全く存在感も出番もなかった小野と峰が落ち込んでいる。


まぁなぁ。


俺も少し勉強しないとまずいかなぁ……。

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