『お約束』の恐怖2 ~逃れ得ぬ運命~
「くっそ……。やっぱり」
小野さん、メチャクチャ強ぇ。
小野があんまり強いんで、とりあえず休憩をして、頭を冷やすことにした。
今、みんなの分のジュースを取りに行くため、一人で台所に向かっている最中である。
それにしても、小野、強い。
もう運だけで何でもどうにでもなるし、特にそれ以外に必要なものはない気すらしてきた。
「…………」
それはともかく。
俺、昔、同じくらい『引き』のメチャクチャ強い人と麻雀したことがあるような気がする。
はっきりとは思い出せないけど、そんなに最近の話じゃない。
……ひょっとして、記憶の失われている小学生時代に……?
いや、いくらなんでも……。
とかなんとか考えながら廊下を歩いていると。
「あの、澄空さん?」
「はい?」
いきなり、扉の向こうから話しかけられた。
賢崎さんの声。
「少し困ったことになったんですが、ちょっといいですか?」
「ん? 何?」
と、扉を開けようとして、ビクッと手を止める。
いや、ちょっと待ってみよう。
俺の記憶が正しければ、これは脱衣所の扉である。
風呂に入る前と入った後に使用する部屋の扉。
基本的に、誰かが中に居る時に外側から開く扉ではなく、もしそうした場合には、タイミングによって、凄くいい……もといまずいものが見れてしまう。
人、それを『お約束』という。
今、凄く危険な気がする。
確認しよう。
「賢崎さん。その『困ったこと』を一緒に解決するためには、ここ開けないとダメなのかな? というか、開けても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。開けてください」
「了解」
ほら見ろ。
こうやって確認すれば、人はお約束なんかに屈しない。
ごくごく当たり前の確認をしただけなのだが、まるで運命にでも打ち克ったかのように、俺は誇らしげに脱衣所の扉を開け。
「…………!!」
そして、高速で閉めた。
…………おかしい。
確かに、ちゃんと確認したのに。
とてもいい……もとい不可解なものが見えた。
「なぜ……?」
頭の中に疑問符が乱舞する。
確かに、賢崎さんは『開けても大丈夫』だと言った。
これが幻聴だったのか?
もしくは、今見たものが幻視なのか?
全然関係ないけど、新月学園には、幻視幻聴というBMP能力の持ち主が居るらしい。
……いや、ほんとに全然関係ないけど。
とにかく、これはマズイ!
幻視でも幻聴でも、あるいはどっちでもなくても、全部マズイ!
良くわからんが、謝るしかない!
「ゴメン! 賢崎さん! 聞き間違いか見間違いしてゴメン! とりあえず、麗華さんかエリカ呼んでくるから、そのまま待ってて!」
慌てて、その場を離れようとする俺。
が。
「その必要はないですよ」
と、急に扉が開き。
中からオープンフィンガーグローブに包まれた手が伸びてくる!
抵抗する間もなく、手を掴まれ。
そのまま脱衣所に引っ張り込まれる。
◇◆
「け、けけけけ、賢崎さん!」
「はい。何か疑問点でもあります?」
ない訳がない。
なんで、その状態で、オープンフィンガーグローブだけは外さないのかとか!
いや、逆だ!
「なんで服を……!」
「ちょっと確認したいことがありまして」
と、後ろ手に扉を締めながら、賢崎さんが俺の顔を覗きこんでくる。
麗華さん級の美形フェイスに加えて、今はその下が凄くヤバイ状態なので、俺の心臓は止まりそうである。
乱暴にならないように振りほどこうとしてみるが、賢崎さんの手はびくともしない。
と。
「ふむ」
俺の顔を覗きこんでいた賢崎さんが、何かに納得したような声を出す。
「澄空さんは……」
「な……なに?」
「異性愛者ですね」
「もっと普通に確認してくれ!」
あんまりなセリフに、思わず怒鳴る俺。
「いえ。『百聞は一見にしかず』とも言いますし。おかげで有意義なことも判明しました」
「何すか、それは!?」
「例えば。澄空さんは、少なくとも体型的には、ソードウエポンや私のようなスタイルが好みの真ん中近い……。とか」
すんませんすんません、ほんとすみません!!
ウエポンクラスに嘘は通じない。
一瞬だけど、しっかり目に焼き付けたのが、完全にバレている!
必死に目をそらしてみても。
漂う香りだけは、どうしようもなく鼻腔をくすぐる。
というか、どうしてこんないい香りのするシャンプーが、10年間も使われていなかった我が家にある!?
「……ふむ? その気になったのなら、今から始めます?」
「いやいやいやいや!」
始めません!!
「お風呂は、大きめかつ清潔で、なのにどこかムーディーな内装ですよ」
「いやいやいやいや!」
そんな場所の仕様を問題にしているわけではなくてですね!!
「まぁ、冗談ですけど」
「いや、分かってるけどね!」
でも、心臓には悪いから、こういう冗談しないで欲しいんですよ!!
というか、賢崎さんって、こういう冗談するタイプだったのか!?
「いえ、一番の理由は。本当にまだソードウエポンとできてないのか、確認したかったんですけどね」
「できてない!」
「ですね。……まぁ、分かってたんですけど」
じゃあ、やらないでくれ!!
……と叫ぼうとしたところで。
「ところで澄空さん?」
少し声のトーンが変わった。
「ソードウエポンも私も、スタイル的には大して変わりませんが。世界を変えたいと思うのなら、私ですよ」
「え?」
と、逸らしていた目線を賢崎さんに戻す。
「~~~~~~!!」
そして、自爆した。
身長が同じくらいなので、顔を突き合わせると、その下までどうしても視界に入る。
肌色だけでなくて、ピンク色のものまで見えた!
これはあかん。
「草食ですねぇ。BMPヴァンガードが女性の裸くらいで動揺してどうするんです?」
「~~~~」
いやいやいやいや。関係ないから。
それ、ヴァンガード全然関係ないから!
もう限界。
俺は右手を掴まれたまま、少々強引に賢崎さんの脇をすり抜け、脱衣所の扉に手をかける。
が。
「待ってください、澄空さん」
賢崎さんに、くいっと引っ張られる。
全然力を入れているようには見えないのに、まるで逆らえない。
「今、出ない方がいいですよ」
「今、出ないと凄くヤバいんだよ!」
大声になり過ぎないように叫ぶ。
「今、出ると良くないことが起こります」
「今、出ないと三村に殺されるんだよ!」
もしくは、麗華さんに壊される。
「どうしても、今、出るんですか?」
「お願いします!」
「……仕方ないですね」
と、オープンフィンガーグローブ装備の手から解放される。
俺は大慌てで扉を開け。
「御武運を」
という賢崎さんの声を聞きながら(※なぜか、五分運と聞こえた)、脱衣所から脱出した。
……。
…………。
「……し、死ぬかと思った」
大きく息を吐く。
心臓が物凄い音を立てている。
ホントにヤバかった。
「ホントに……参った」
もう二度と脱衣所になんか近づくもんか。
でも、無事脱出できて、とりあえずは良か……。
「悠斗君?」
……。
…………良か……。
……。
…………。
声の方を向くのが怖い。
まぁ、実際に見なくても、この声の持ち主を間違えるなんてことはまずないが。
「今、ナックルウエポンが入浴中のはずだけど」
ソードなウエポンが呟く。
同時に、俺は、賢崎さんが『だから言ったのに』とため息をついている姿が幻視できた。
「どうして、悠斗君が脱衣所から出てくるの?」