お酒が飲める年齢まで
「さて、このままいつまでも待っていてもキリがないので、私が聞くことにしますね」
食後。
エリカの淹れてくれた(※なぜか俺が淹れたものより格段に美味い)コーヒーを飲んでいる時に、突然賢崎さんがそう言った。
「ナ、ナックルウエポン?」
「こういうことは単刀直入な方がいいんですよ、ソードウエポン」
「そ、そうなの……?」
麗華さんと賢崎さんの会話。
一体、何の話だ?
「と、言う訳で単刀直入に聞きます、澄空さん」
「は、はい」
「あの『ブラックフェアリー』。どこで手に入れたんですか?」
「?」
は?
ブラックフェアリー?
何それ?
「? あー……。えっと。黒い蝶を模った髪飾りです。高価そうな」
「! ど、どうして、それを!」
俺は驚愕する。
俺ですら、今日発見したキーアイテム(※っぽいアイテム)なのに!
「秘密というものは、本人が思っているほど秘密になっていないものなんですよ」
「はー」
さすが、賢崎さん。
周りのみんなが凄い気まずそうな顔をしているのは気になるけど。
ま、いいや。
「ちょっと取ってくるよ」
◇◆
という訳でちょっと取って来て、賢崎さんに見せることにした。
賢崎さんは、まるで本物の美術品を扱うかのように、慎重に、かつ丁寧に鑑定している。
三村言うところの『スキル上限なき美少女』であるからして、賢崎さんに鑑定スキルくらいあっても驚かないけど、あの真剣な表情は気になる。
そうやって、俺たちが固唾をのんで見守る中。
賢崎さんは、『ブラックフェアリー』なる髪飾りを箱に戻して、長い息を吐く。
鑑定が終わったのだ。
「間違いありません。本物のブラックフェアリーです」
と言われても、俺には何がなんだか。
「そのブラックフェアリーってのは、高級品なの?」
「………そうですね。まったくお勧めはしませんが、売る気があるのなら、私が買い取ります。今すぐBMPハンターを辞めても、残りの人生、遊んで暮らせるかと」
「「ま、マジで……?」」
俺と三村がハモる。
「生産数は200個なんですが、ほとんど現存していません。実は、私も、今日初めて国内にもあることを知りました」
「こ……国内に、これ一個……?」
思わず呟く。
そんな超レアアイテムが、何故、我が家に?
「それだけじゃありません。このブラックフェアリーに打たれた刻印ナンバーなんですが……」
「う、うん」
「『187』番なんです」
「「「「「「……………………」」」」」」
俺たちは、そろって絶句する。
「200個生産されたので、『187』があってもおかしくはないんですが、どうして、それが『BMP187』澄空悠斗の手元にあるのか?」
「………………」
「三村さんは、このブラックフェアリーは、とても裕福な方から特別にプレゼントされたものだと言いました。私も同意見です。しかし……」
「し、しかし……?」
「高価なプレゼントにも程度があります。しかも、悠斗さんのBMPと同じ刻印が打たれた、国内に、いえ、世界に一つだけの特別な品……。それこそ将来を誓い合った人にでもなければ渡しません」
「………………」
「答える義務も必要もありません。私には、聞く権利もありません。しかし、質問だけはさせてください」
「う、うん……」
「この『ブラックフェアリー』。誰にもらったんですか?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
沈黙。
賢崎さんは、『私には』と言った。
「悠斗君……」
「あ、ああ」
「できたら、私も、聞きたい」
「…………う」
タイミングが良くない。
麗華さんに隠し事なんかするつもりはなく、『ごめん、覚えてないんだ』と言えば(※すくなくとも今は)済む話なのだが。
今は、賢崎さん達が居る。
選択肢は二つ。
①この場は『話したくない』と言い、後で麗華さんに説明する。
②
…………。
隠すことないか。
「みんな。これから、ちょっとした秘密を話す」
「ゆ……!」
何かに気付いたような顔をして、立ちあがりかける麗華さんに、目配せで合図する。
『大丈夫だ』と。
「俺はともかく、他にも迷惑をかける人がいる話だから、オフレコでお願い」
◇◆
「と、言う訳なんだけど」
ということで俺は語り終えた。
①俺は、元々はBMPが103しかなかったこと。
②小学校の頃、首都橋でクリスタルランスと闘い、俺の身体を案じた緋色瞳さんに記憶を封じられたこと。
③BMP187に耐えられる年齢にまで成長し、クリスタルランスとの闘いも思い出し、アイズオブクリムゾンの呪いも解けたはずなのに。
④なぜか、小学生までの記憶が戻らず、このブラックフェアリーについても思い出せないこと。
全て話した。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
沈黙。
「……と、という訳で、そのブラックフェアリーについては正体不明ということで……」
と言ってみるが。
もう、そういう雰囲気ではなかった。
やっぱり、これは結構重い話題らしい。
三村が、『俺を倒してからにしろ』と騒ぎ出すような展開からは程遠い。
……俺自身は、そんなに気にしてないんだけどなぁ。
と。
「なぁ……」
三村が口を開く。
「さっき、冷蔵庫の凄い見つかりにくいところでビールを見つけたんだ」
「?」
はい?
「……飲んでみないか?」
「…………」
これは、話題の転換ということでいいんだろうか。
「あまり固いことは言いたくはないが……。BMPハンターは正しくあるべきだ。ちょっとしたことでも法令違反するのはどうかと思うぞ?」
真意を測りかねるかのように峰が言う。
「いや、でも、国会で飲酒年齢の引き下げが審議されてないか? 『お酒の味も知らずに死ぬのは不憫だ』って」
と言う三村の話は俺も聞き覚えのあるニュースだが。
「その案なら、否決されました」
「可決してても、私達の年齢ではやっぱり飲酒禁止」
両ウエポンは容赦なし。
しかし。
「この中で、ひょっとしたら、飲酒できる頃には生きてない奴がいるかもしれないんだぞ……」
三村のセリフは、全員の心を抉る。
人の命に絶対はない。
今の世の中、誰でも普通に天寿を全うできる訳じゃない。
まして、俺たちはBMPハンター。
最強無敵の麗華さんでさえ、それこそ絶対はない。
「実ハ、私モ……。最近、良ク幻影獣に殺されル夢を見るんデス……」
「え?」
エリカのセリフに、三村が振り向く。
「最近、上手クBMP能力を使えるようニなってきたト思っタラ……。なんダカ、自分ガ戦闘することモ、それカラ死ぬことモ現実味を帯びてきたようナ気がシテ……。これっテ、変デショウカ?」
「…………」
変な訳がない。
とても自然な感覚だ。
どういう化学反応なのか分からないが、俺の話がきっかけで、こんな空気になってしまったのは間違いない。
酒を飲んだくらいでどうにかなる問題ではないけど。
そもそも、酒はこういう時に飲むものであるような気もする。
「どうします、澄空さん?」
賢崎さんが口を開く。
「BMP能力者の守護者を名乗ってはいますが、私もそこまで石頭ではありません。良ければ、共犯になりますよ」
「…………う」
止めてくれると話が早かったんだけど。
「俺も、澄空の判断に従おう。一生に一度くらい、法令破りも一興だ」
「じゃ、僕も」
婚姻届に判を押す寸前のような峰と、妙に軽い小野。
……というか、なぜ俺に判断を委ねる?
「俺も、澄空の判断なら異存ない」
「私モデス」
三村とエリカ。
だから、何で俺が決めるの?
「悠斗君」
「れ、麗華さん」
「どっちでも大丈夫。どちらも間違いじゃないと思う」
「あ、ああ」
そうじゃなくて、『俺が決める』ことになっている空気をなんとかして欲しかったんですが!
仕方ない。
俺が決めるしかないらしい。
確かに、どちらを選んでも間違いではないかもしれない。
だが、取るに足らない選択肢かどうかはすぐには分からない。
良く。
考えて決めよう。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
しばしの沈黙。
そして。
「……そうだな」
俺は息を吐く。
「やっぱり、やめよう」
「澄空……」
俺の結論に、非難の色はほとんど含ませずに三村が俺の名前を呼ぶ。
「秩序を取る、ということですか?」
「いや……」
賢崎さんの言葉を否定する。
「生きているうちに酒を飲んでしまうんじゃなくて、胸を張って酒を飲める年齢になるまで、全員生き残る」
「え……?」
と賢崎さん。
「酒を飲める年齢まで生きられないかもしれないのは、俺たちだけじゃない。その人たちのために闘うのが俺たちの仕事なんだったら、俺たちは全員がそろって飲酒できる日まで生き残る」
「……君が言うなら」
と小野。
「無理強いはしない。それが正しいと言うつもりもない。けど、今日はその選択肢を選びたい」
「……国会でも、ほぼ同じ理由で否決されました。『子供たちが死ぬ前にお酒を飲んでもらうのではなく、飲める年齢になるまで守るのが大人の役目だ』と。議員の先生方もきっと喜びますね」
と賢崎さん。
「そっか」
立法者の意図を汲めた、ってやつかな。
「もちろん、エリカだって死なせるつもりはないぞ」
「ハ……イ」
とエリカは少しまなじりに手をやって。
「澄空さん……。私ヲ口説いテモ、いいコトないデスよ……♪」
別に口説いとらん。
「じゃ、じゃあさ、チームを組まないか?」
なぜか三村が慌てたように、突然提案する。
「チームって、BMPハンターチームか?」
「そうだ。実力が違いすぎるのは分かってるけど、新月学園を卒業するくらいまでならいいだろ?」
峰の問いに答える三村。
なるほど。
悪くない提案だ。
が。
「でも、BMPハンターチームって、BMPハンターじゃないと組めないよね。エリカさん、仲間外れにするの?」
がっ!!
どうやってそこをごまかそうか考え始めていた俺の前で、小野がいきなり爆弾投下した!
「いっ! い、え!? あ、あの……! えっ!」
悪くない提案の大穴に気が付いて、三村が顔面蒼白になって慌てだす。
「あ、アノ……気にしないデくだサイ。私ハ、大丈夫デスから……」
というエリカだが。
もちろん大丈夫な訳がない。
「いや、大丈夫だろ。エリカのBMPはもう120は超えてるはずだ。ちゃんと測定してハンター登録すればいい」
冷静な峰が言う。
なるほど、その手があった。
「待っテもらっテ……、いいんデスか?」
「むしろ、全員居ないと意味ないよ」
「……ハイ♪」
当たり前のことを言った俺に、エリカが満面の笑みで返す。
そして、『これでいいよな』的な視線を三村に送る。
「もちろん100パーセントOKだが、俺は今、どうやったらお前と二・三枚目属性を交換できるか考えている」
と三村。
異存はないらしいが、例によって彼が何言っているのか分からん。
「BMPハンターチームとなると、名前が要るよね」
小野が楽しそうに議題を挙げる。
「確かに、チーム名がないと申請できなかったはずだ」
事務的なことが気になる峰。
「名前……。なにがいいかな」
考え始める麗華さん。
「ミスリルソードとかドウデスか?」
「悪くないけど、クリスタルランスを意識してるみたいに見えるかもしれないぞ」
「……ナルホド」
「でも、逆にそれがいいかも。なんせ、こっちには『首都橋の悪魔』が居るからな」
エリカさんと三村君から、『ミスリルソード』出ました。
……でも、首都橋の悪魔、については内密にね。
で。
「賢崎さんは、何か案ある?」
「え? 私も入っていいんですか?」
「え? あ、まずかったかな?」
少し反省する。
確かに、賢崎さんは忙しい人だ。
同じ『超お嬢様系万能美少女』でも、麗華さんとはまた少し立場も違うみたいだしなぁ。
「あ、いえ、そういうことではなく……」
「?」
「……そういう反応をされると……。困りましたね。あまり節操なく口説くのもどうかと思いますよ?」
「なんで!?」
俺、いつ、口説いたの!?
「冗談です」
と、賢崎さんは少し微笑み。
「BMPハンターチームですか。これで、私も皆さんの仲間ということですね」