『あーん』の恐怖
「いただきます」
みんなで合掌する。
ソード・ナックル両ウエポンの活躍により、俺たちは何とかカレーにありつくことができた。
飲み物は元からあったし。
ちょっと見つかりにくいところにあった材料で作ったサラダも加えて、とりあえず満足な夕食になりそうだと思う。
では、早速ひとくち……。
「……? なんだ、これ?」
一口カレーを食べて思う。
めちゃくちゃ美味い。
なんで?
普通の市販のカレールーを使ってたよな?
そんな俺の疑問顔を見たからか、エリカが声をかけてくる。
「カレールーヲ何種類か混ぜるんデスよ。そうシタラ、味に深みがでマス」
「……まじで?」
そんな裏技が?
これはいいこと聞いた。向こうに帰ったら、すぐに実行して麗華さんに食べさせてあげよう。
あ、ちなみに、席配置は俺がフルボッコにされていた時と同じです。
つまり↓
お誕生日席:俺。
俺の左側(近くから順に):麗華さん、エリカ、三村。
俺の右側(近くから順に):賢崎さん、小野、峰。
↑こんな感じだ。
と。
妙なタイミングで、スプーンが目の前に現れる。
特に何も考えず、パクっとやる俺。
普通に、美味しいカレーの味がする。
が。
同時に三村達が、ズザザー、という感じで引いて行くのが分かった。
まるで、俺がとんでもなく悪いことをしたみたいに。
「?」
俺が何をしたというんだ?
ただ、右隣から差し出されたスプーンに乗ったカレーを咀嚼しただけだというのに。
……。
…………。
……右隣?
って、賢崎さん?
「ふむ。確かに美味しいですね。エリカさんの夫になる人は幸せ者です。そんなことはないと思いますが、もし相手に困るようなら声をかけてください。心当たりはいくらでもありますから」
などと呑気な発言をしながらカレーを食べるのは賢崎さん。
……しかし、そのスプーンは、ひょっとして、さっき俺が……。
「な、ナックルウエポン……?」
「はい? どうしました、ソードウエポン?」
「今、何をしたの?」
席を立ちあがって、麗華さんが問う。
発言も表情も静かだが、背後に陽炎が見えるような気がするのは気のせいだろうか?
「? 何と言われましても……。『あーん』というモノですが、ご存じありませんか?」
「ご存じだけど、今、それをする必然性が分からない」
「もちろん、私が、今、それをしたかったからですが? 膝枕と同じですね」
「それは動機であって、必然性じゃない。理由になってない」
……冷たい炎が食卓の上で乱舞している様が幻想できる……。
……あ、頭のいい人同士の会話は難しいなぁ。
『あーん』とか『膝枕』とか、きっと何かの隠語に違いない……。
と、現実逃避しながら美味しいカレーをパクついていると。
「そんなことありませんよ。澄空さんもちゃんと食べてくれたじゃないですか? 嫌なら食べないと思います」
と、いきなり俺に矛先が向いた!
「悠斗君?」
麗華さんが俺を向く。
「は、はい……」
「嫌じゃなかったの?」
「い、嫌とまでは……」
ほぼ条件反射的に飛びついてしまいましたもので……。
「……」
「……」
そのまま、無言で見つめ合う、麗華さんと俺。
いつものごとく無表情で感情が読みにくいが、自分が何やら凄まじく不味いことをしたのだけは分かる。
「ん……」
麗華さんがふいっと視線をそらす。
そのまま、難解な実験に挑む科学者のような顔つきで、しばらく自分のカレーを見続けたかと思うと。
意を決したかのようにカレーを掬う。
そのスプーンを、俺の目の前に差し出し。
「あ……あーん?」
「…………」
疑問形になるくらいなら、やらなければいいと思うんですが。
……などと口に出すとリアルで首が飛びそうなので、もちろん言えず。
「あ、あの、麗華さん? みんな見てるし、ちょっと恥ずか……」
「……あーん」
「…………」
無理か……。
俺は諦めて。
射殺さんばかりの三村の視線を感じながら。
左隣からのスプーンに載ったカレーを咀嚼する。
もちろん、味なんかわからない。
そして、俺がスプーンからカレーを取り除いたのを確認した麗華さんの頬に、さっと赤みが差す。
「……凄く恥ずかしい」
だから、言うたやないですか!!
☆☆☆☆☆☆☆
一方。
テーブルの反対側では、残念属性のイケメンが大変なことになっていた。
「落ちつけ、三村」
「や、やだなぁ、峰さん。僕は、verycoolですよ」
と答える三村だが、発音からして色々とヤバイ。
「そこまで怒らなくてもいいだろう」
「ほんとにおまえは格ゲーキャラかよ……。あれを見て平気な神経が分からない」
「俺は平気じゃない神経の方が分からないんだが……」
相互理解のまったく成立しない三村と峰の会話。
「だよねぇ。微笑ましくていいじゃないか」
楽しそうに小野も参加する。
「お前ら……。このまま一生彼女できなかったらどうしようとか考えないのか?」
「? 考えたことはないな」
「? 特に困ることも思いつかないけど」
「…………なんで、うちの男性陣は、こんなんばっかなんだ……」
峰と小野の返答に、三村が本気で落ち込んでいる。
「俺は、別に特別なことを望んでいるわけじゃないんだ……」
突然、三村が語りだす。
「学園一の美女とか、なんたらウエポンなんかじゃなくても構わない。普通にいちゃいちゃできる女の子が一人居れば十分なんだ……」
「そ、そうか……」
峰が気迫に気圧されながら答える。
「それも高校の間に作らないと人生終わり……とか言うつもりもないんだ。普通に適齢期……いや、適齢期ちょっと過ぎてもいいから、結婚できればそれで十分なような青春で十分なんだ……」
「……なんか、世知辛くなってきてない?」
小野がツッコム。
「なのに、あいつが! あいつが!! あいつが!!! これ見よがしに!!! これ見よがしに!!!」
「「………………」」
もはや、峰&小野では手がつけられない。
何かの仇を討つかのようにカレーをかき込み続ける三村。
と。
「ア、アーン」
「……へ?」
隣から差し出されたカレー載りのスプーンに、三村は呆けたような声を挙げる。
差し出したのはもちろん。
「え、エリカ?」
「麗華さん達ト比べられルト困りマスけど。私モ一応、女の子デス。アーンくらいデ良けれバ」
「…………」
「……アノ、三村さ……!」
バクっと。
餌を食いちぎる大型魚のような勢いで三村がカレーを奪う。
「俺は、今日のカレーをきっと生涯忘れない」
そして、誓ってみる。
「……やれやれ」
そんな三村を見ながら峰が息を吐く。
まあ、三村が間違っていると言うつもりもない。
愛する誰かや守る誰かがいるというのも悪いことではないと思う。
と。
脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。
閃光を暴風のように操る眠そうな目の美女の姿。
「……とても守らせてくれそうにないな」
わずかに自嘲気味に呟き。
カレーを食べようとしたところで。
隣からスプーンが差し出される。
「あーん。達哉」
「…………」
小野だった。
「いや、倉太。俺は、そういうの必要ないぞ?」
「ホントは僕も悠斗君にしたいんだけどね。埋まってるからなぁ」
と、カレーを食べているのに青い顔をしている悠斗を見る二人。
「いいじゃないか、達哉。きっとこれも思い出だよ。僕が不満なら、きっとあとでエリカさんもしてくれるさ」
「いや、不満と言う訳ではないが……」
答えながら考える。
確かにこれも思い出だ。
くだらなくてもいい。
明日が来るとは限らないんだから。
峰は静かに、小野のスプーンに載ったカレーを口に含む。
味は、やはり良かった。