作れ! カレー2 ~炎の章~
実際。
彼女にとっては、危険でもなんでもなかった。
タタタタタタタタン、という小気味のいい音が響く。
人差し指と中指で刃を挟む、という危険極まりないスタイルなのに、ガチで包丁を使っている時の俺の3倍は早い。
信じられん。
「デ、出来る人ハ、何やってモ凄いんですネ……」
「天は二物を与えずというが、例外もあるか」
「だねぇ」
「スキル制限とかないんだなぁ、この人」
最後が三村だというのは分かると思うが。
とりあえず、上からエリカ・峰・小野である。
しかし、ほんとに凄いなぁ。
「どうです、澄空さん?」
「え?」
「私も意外と家事スキル高いと思いませんか?」
「そ、そうだな……」
と答えてしまう俺。
『どっちかと言うと暗殺スキルが高いように見える』とは口が裂けても言えない。
まぁ、俺の料理の参考には全くならないが、とりあえず、今日の晩飯は大丈夫そうだ。
と胸を撫で下ろしていると。
「なぁ、澄空」
不安そうな三村二等兵の声が聞こえる。
同時に、俺も凄まじく不安になる。
「……なんだ、三村」
嫌々ながらも聞く俺。
コンロのあたりで何やらガチャガチャやっていた三村は、やがて何かを諦めたかのように俺の方を振り返り。
「ガスもない」
☆
★
「弁当男子って言うのは、どうかしら?」
さっきまで何やらうんうん悩んでいた志藤美琴が、突然顔を上げて妙なことを言い出した。
「なんの話? 美琴ちゃん?」
「いやほら。新月学園って、BMP能力者の巣窟でしょ? そういうBMP能力を持っている子が居てもおかしくないと思うの。なんと、包丁がなくても料理ができるスキルよ!」
「それを悠斗君が複写してると?」
「うん」
「その弁当男子でピンチを脱する、と?」
「うん。しかもエロイベントフラグになる」
「……という展開で漫画を描くのね」
「うん!! しかも、悠斗×峰」
「……そこあんまり重要ないよ?」
「いいの! 今、私がそこ描きたいの!」
とても良い笑顔の志藤美琴。
どうやら、投げたらしい。
が。
「まぁ、それはいいわ」
「い、いいの?」
「それより気になることがあるのよ」
と、眼鏡の位置を直しながら言う雛鳥結城。
率直に言って、今から誰かを糾弾しようとしているようにしか見えない。
「……な、なに? 結城ちゃん……?」
「この『美琴ちゃんが悠斗君達のためにしてあげた♪ こと一覧』を見てたんだけど」
「う……うん」
「ガスは通した?」
「……」
「……」
「……電気と水道と電話とインターネットは通したよ……?」
「カセットコンロとか、IHとかでもないのね?」
「布団はちゃんと七組用意したし! エアコンも最新式のエコでマイナスイオンもバンバン出る奴だし! 各種カードゲームと麻雀……は元からあったから用意してないけど、ゲーム機とかも多人数で盛り上がるやつ用意したし! お風呂は、いつ始まってもいいように大きめかつ清潔で、なのにどこかムーディーな内装でまとめたし!! シャンプーだって、一番悠斗君の好みにあってそうな奴をだいたいの予想で選んだし!!」
「で、ガスは?」
「……私、普段料理とかしないから」
ダメダメである。
★
☆
「駄目だな、これは」
俺は断定した。
俺の目の前にあるのは、どこからどう見ても、ガスがなければ燃え上がらないガスコンロである。
カセットコンロでも、卓上IHでもない。
もちろん、オール電化でもない。
ただ、お風呂は電気温水器らしい。
いや、それはともかく。
「せっかく賢崎さんが野菜切ってくれたけど、やっぱりここは、ピザでも取るしか……」
「ちょっと待って」
「?」
横合いから声を挟まれて止まる。
声をかけてきたのは、麗華さんだった。
「麗華さん?」
「ここは、私の出番みたい」
……いや、麗華さんの出番ではないと思うんですが。
「悠斗君? 何か不満なの?」
「あ、いや、不満ではないんだけど……」
と、どう答えたものか迷っている俺の前で。
「つんつん」
三村が麗華さんをつついていた。
「何? 三村?」
「剣、それじゃだめだ。こういう時は『こういう時は麗華にお任せ♪』と言わないと」
親指を立てながら、とてもいい笑顔で言う三村。
「…………」
……なんでこいつは二枚目のくせに、無理に残念属性を付与したがるのか分からない。
と思っていると。
「こういう時は、麗華におまかせ」
「!」
言っちまった!!
麗華さんが、胸に手を当てながら、無茶苦茶無表情かつ抑揚の乏しい口調で。
凄ぇ!
何か、色々、来る!
「凄ぇ!」
「ああ、凄ぇ!」
三村と共に馬鹿二人で盛り上がる。
まぁ、『ウエポンクラスは幻影耐性があるから嘘が通じにくい』というのはどうもガセらしいのは分かった。
と。
「幻想剣・炎剣レーヴァテイン」
いきなり、麗華さんがレーヴァテインを召喚した!
「「「「……………………」」」」
未来を見通せる賢崎さんと、伏線(※チャーハン事件のことな)を知っている俺以外のメンツは、あまりの状況にポカーンとしている。
それはそうだろう。
いくらガスが来ていないからって、一般家庭の台所で、地獄の炎剣を召喚する人間がどこにいる!?
まぁ、ここに居るけど!!
「れ、レレレレレ、麗華さん!!」
「大丈夫、悠斗君」
という麗華さんは信じたいが、ビジュアル的にどう見ても大丈夫には見えない。
スプリンクラーは、ないのか反応してないのか、今のところ俺達は水浸しにはなっていないが、もう少し炎剣の炎が大きくなると、台所の壁が発火しそうである。
が。
「ふっ……」
と、麗華さんが息を吐く。
地獄の炎剣に相応しい迫力で燃え盛っていた魔剣の炎が、徐々に小さくなっていく。
そして。
「どう、悠斗君?」
「見事でございます……」
と言うしかない。
炎剣の炎は、今や、まさしくガスコンロの火並みにまで小さくなっていた。
「「……………」」
峰と小野も、ポカーンとしている。
「あ、アノ……。これっテ、やっぱリ凄いんデスか?」
イマイチ実感が湧かないらしいエリカは質問してくるが。
凄いです。
幻想剣使いでない諸兄にも分かりやすいように説明すると、消防車のホースでカクテルを作るようなイメージです。
俺には無理。
ただ。
「いくら貴方でも、その火を料理に使うのは無理だと思いますよ。ソードウエポン?」
賢崎さんが言う通り。
カレーの煮込み時間は、30分とかかかる。
いくら麗華さんでも、その間、この状態を維持するのはまず無理だろう。
が。
「ううん、大丈夫。悠斗君、見て」
と、セットした鍋の下に慎ましい炎を燃やすレーヴァテインを差し込んだかと思うと。
ぱっ、と。
手を離した。
「「「「「「………………」」」」」」
俺たちは揃って絶句する。
なぜなら。
麗華さんが手を離したにも関わらず、レーヴァテインはそれまでと変わらず、ガスコンロ代わりの慎ましやかな火を立て続けていた。
覚醒時衝動状態の俺がやっていたらしいから、可能だとは思っていたけど……。
「幻想剣を手から離した状態で、具現化し続ける……?」
「しかも、ガスコンロ状態維持……?」
峰と三村が呆然としている。
「どう、悠斗君? 幻想状態のロック。あの時の悠斗君以外にこれができる人見たことないから、私だけのオリジナル技だと思うの。発想の勝利かな?」
ちょっとだけ得意そうに話しかけてくる麗華さんだが。
たぶん、全国の幻想剣使いさん達は、これを思いつかない訳ではなく、できないんだと思う。
もちろん、俺も無理。
幻想剣使いでない諸兄にも分かりやすいように説明すると、良く躾けた飼い犬の『お手』で、この文章をタイプするくらいの難易度である。
「人間でも……ここまで極められるものなんだね……」
「レ……麗華さん、格好いいデス……」
小野が悪役的に、エリカが恋する少女的に感動している。
「これだけの超スキルを、良くまぁ、ここまでくだらない用途に使えますね……」
一部の眼鏡っ子には不評のようだが。
なにはともあれ。
どうにか、カレーは食べれそうである。