作れ! カレー ~刃の章~
「あの……悠斗君?」
「ん? 何? 麗華さん?」
「その、さっきのブラック……」
「? ブラック?」
「……なんでもない」
いきなりで申し訳ないが、上記は俺と麗華さんの会話である。
文字面だけ見ると淡白だが、結構思いつめた様子で聞いてきたので少し気になった。
『さっきのブラック』とは一体……?
「……仕方ないですねぇ」
そんな俺たちを見て、若干呆れたように賢崎さん。
「では、とりあえず晩御飯にしましょうか?」
そして、夕食の提案をしてくれた。
少し早い時間だが、確かに腹は減っている。
そういえば、昼飯を食った記憶がない。
「ポテチ食ったからなぁ」
「俺らは食ってないんだよ」
と、三村に怒られた。
「……すまん」
どうも、俺のせいらしい。
しかし……。
「この辺、飲食店なんかあったか?」
と峰が言うとおり、俺もここに来る途中、それらしきものを見た記憶がない。
「駅の近くにコンビニはあったけどな」
と三村が言うが、駅自体が結構遠い。歩いて30分くらいはかかる。
「出前を取るという手はあると思いますけど……」
と賢崎さんが言うような手段もあるが。
せっかくのお泊まり会だしなぁ。
だめもとで冷蔵庫を開けてみるか。
城守さんのことだから、何か入れてくれているかもしれない。
ということで、冷蔵庫を開けてみる。
が。
「…………」
なんだろ、これ?
「どうした、す……」
と、後ろから覗きこんできた三村も黙る。
電源は入っていたが、冷蔵庫の中身は少なかった。
ポケットには、飲み物。これは助かる。
そして、棚には。
「人参、玉ねぎ、ジャガイモ、肉……」
それから、市販のカレールーが何種類か。
どうみても、カレーの材料である。
そして、それ以外には何もない。
「……さすが城守さん」
イケメンの考えることは分からん。
これみよがしにカレールーまで冷蔵庫の中に入れていることも含めて。
「カレー……。作るンですカ?」
覗きこんできたエリカが言う。
まぁ、あえて、この冷蔵庫に背を向けてピザを発注するという手もあるが。
さすがにそれは、城守さんに悪いだろう。
「作るか……」
玉ねぎを手に呟く。
カレーは、『飲食店でバイトしていたが、実際には料理などさせてもらえなかった』俺が唯一作れるメニュー。
これなら、なんとか……。
「ん? いや……待てよ」
と、きょとんとこちらを見上げてくる金髪碧眼の美少女を見る。
ソード・ナックル両ウエポンがチート過ぎるだけで、この子も反則級の美少女である。
……いや、そうではなく。
「エリカ……に、カレー作ってもらっていいかな」
提案してみる。
思い出すのは、先日の体育祭での重箱弁当。
そう。
エリカは……。いや、エリカ先生は、金髪碧眼なだけではなく、料理が凄まじく上手いのだ。
カレーぐらいなら誰が作っても変わらないかもしれないが、もしエリカのカレーがとんでもなくうまいのであれば、学習してうちで作れば麗華さんも喜ぶ。
「? いいデスけど……?」
と、俺から玉ねぎを受け取るエリカ先生。
その仕草がすでにプロっぽい(※ように見える)。
と。
「なぁ、澄空」
三村が不安げに声をかけてくる。
「なんだ、三村?」
「ピーラーがないぞ」
「はっ……」
俺は、三村二等兵を嘲笑う。
今から誰が料理をすると思っている?
「俺なら、ピーラーがなければ敵前逃亡確実だが、エリカ先生なら、じゃがいもごとき包丁で楽勝だ」
「いや……、それがな澄空……」
「なんだよ、峰」
峰上等兵まで不安げな顔をしている。
エリカ先生がいらっしゃるというのに、一体何が不安……。
「包丁もない」
「……」
「……」
「…………」
「…………は?」
思わず聞き返す。
「色々探してみたんだが、包丁が一本もない」
「…………」
さすが城守さん。
マジパネェぜ。
☆☆☆☆☆☆☆
「悠斗君達……。そろそろ夕食かなぁ」
BMP管理局本局オフィス。
BMP管理局の誇る最強腐女子……ではなく敏腕オペレーター・志藤美琴が呟く。
「そうね。悠斗君たち、お昼食べてなかったから」
と答える眼鏡をかけた小柄な女性は、雛鳥結城。
複合電算の称号を持つBMP能力者にして、美琴の同僚である。
「せっかく悠斗君が唯一作れるカレーを用意したもんね。使ってくれるといいなぁ」
「たぶん、大丈夫だと思うわよ」
眼鏡の位置を直しながら答える結城。
その間にも、物凄い早さでパソコン入力している。
「エロイベント起こるかなぁ……」
「さすがに無理かと」
言いながらも、手は休めない。
志藤美琴も優秀な女性ではあるが。
結城の方が3倍は早い。
なので、一緒に帰れるようになるまで、次々と美琴の仕事を奪い続ける。
「うぅ。早く帰りたいなぁ。女子会しながら、三村君の報告を待ちたい」
「なら、仕事する」
呆れたように言い。
少しパソコンから離れる。
「ところで、美琴ちゃん」
「ん? なになに結城ちゃん?」
「この『美琴ちゃんが悠斗君達のために発注した一覧』を見て、少し気になったんだけど」
「うんうん」
「包丁、買った?」
「……」
「…………」
「……スプーンと、フォークとお箸は買った」
「包丁は?」
「まな板と、ボウルとお皿とコップと、鍋とやかんとお玉と。あと、ちょっと見つかりにくいところにサプライズでサラダ用の野菜も!」
「包丁は?」
「……私、普段料理とかしないから……」
ダメダメである。
☆☆☆☆☆☆☆
「駄目だ……」
ちょっと見つかりにくいところにサプライズでサラダがあったが、包丁がない。
これはもう出前しかないかもしれん。と思っていると。
「あノ……悠斗さん?」
と、エリカが近寄ってくる。
その手には……?
「ナイフ……?」
のようなものが握られている。
もちろん普通のナイフじゃない。
半透明で、まるでクリスタルのように輝く。
両刃で。
しかも、柄がない。
「こ……これは?」
「豪華絢爛ヲ加工してみまシタ」
胸を張って言うエリカ。
ただし、持ち方が非常に危なっかしい(柄がないんだから、当たり前だが)。
にしても。
豪華絢爛は、本来、空間に不可視の刃を固着するBMP能力。
一度布陣した刃は、消すしかなかったはずだが。
まさか、持ち歩けるタイプを新たに創り出していたとは……。
「棒倒しの時といい、最近凄いなエリカ」
「ありがとうございマス!」
峰の賞賛に心からの笑みで答えるエリカ。
俺も、棒倒しでの活躍は後で聞いた。
そして、このクリスタルナイフも凄い技術だと思う。
ただ、今これを幻創した理由が凄い気になる。
……まさか、と思うんだが。
「デ、ですネ。これデ、料理ヲ……」
「「駄目に決まっている!!」」
俺と三村の声がハモる。
「でデモ……こうヤッテ持てバ……」
と、凄まじく危なっかしい持ち方を披露するエリカ。
「無理無理無理。絶対、手、切るって!」
三村が本気で心配している。
確かに、あれは危なっかしい。
というより、あのナイフで料理をするのに必要なのは、たぶん料理スキルじゃないと思う。
暗殺スキルに近い何かだ。
「で、デモ……。私ガ料理しないト、みなさんノ晩御飯ガ……!」
「俺達がパシる! パシるから、絶対それで料理はするなよ! いいな! 絶対だぞ!」
と、真剣な表情で三村がエリカに詰め寄る。
「は、ハイ……」
エリカも素直に頷く。
三村は元がいいから、こういう真剣な顔をすると普通に格好いい。
イケメンは得だなぁ……。
と、若干ひがみながらも三村と共にパシろうとしていると。
「ひょいっと」
「ハイ?」
エリカの手から、クリスタルナイフが奪われる。
奪ったのは……。
「け、賢崎さん?」
という俺の声に。
「本当に『動かせる刃』なんですね。今までの豪華絢爛の仕様を考えると、この応用力は素晴らしいです」
うっとりとクリスタルナイフを眺めながらの賢崎さん。
前後の文脈を読んでいなければ、普通に危ない人にも見える表情である。
まぁ、それはともかく。
「ご心配なく。私は、こういうの得意です」
と。
苦手なものなんかなさそうなクール美女は、クリスタルナイフを優雅に構えた。