ブラックフェアリー
年月が経っても、電車の駅のタイミングは覚えているのだろうか。
目が覚めたところが、ちょうど俺の家の最寄り駅だった。
でも、それから30分は歩いた。
しかも、ちょっと迷った。
……まぁ、それはともかく。
「ここかぁ」
ようやく我が家に着いた。
田舎であることを差し引いても、そこそこ大きい。
おまけに、小さい中庭まである。
俺の両親が建てたにしてはなかなかのものだ。
「…………お、お邪魔しまーす」
一応、インターホンを鳴らして。
俺は、小さい門を開いた。
◇◆
家は2階建て。
1階に居間や台所や風呂など。
2階が寝室など。
吹き抜けがおしゃれである。
「ま、普通の家か……」
普通でない家の構造なんて、知らないけど。
☆☆☆☆☆☆☆
「あの……。賢崎さん?」
「はい。なんですか、三村さん?」
「この家、どうしたんですか?」
「買いました」
「買ったんですか?」
「はい」
「そうですかぁ……」
三村は、遠い目をした。
三村達6人が居るのは、ごく平均的な一軒家の二階の一室。
ただし、窓から、澄空家が最も近くに見える家。
……要は、おとなりさんの家である。
そして、元の住人の姿はない。
「インターホンも鳴らさずに家に入っていくから、何事かと思ったが……」
「ねぇ、達哉。僕は、とても怖いよ」
「奇遇だな、俺もだ」
峰と小野もビビっている。
「レ……麗華さん……。上流階級の方ハ、みんなコウなんですカ……?」
「そんなことないと思う。ナックルウエポンが特別」
同じく上流階級の方は、それほどビビっていないようである。
「無駄な出費かと思いましたが、役に立ってしまいましたね。万が一の備えが役に立つと嬉しいものです。あ、ほら。澄空さんが部屋に入ってきましたよ」
……まぁ、確かに、この人怖い。
☆☆☆☆☆☆☆
2階にある一室。
「たぶん……」
ここが俺の部屋……なんだと思う。
なぜなら、電源ボタンに『子供部屋』と書いてある。
俺が(※たぶん)小学校時代前半(?)を過ごした部屋。
両親のお下がりだろうか、大きめのベッドとなかなか立派な机と、テレビがある。
何の気なしに電源ボタンを押すと、電気が付いた。
「まじか……」
城守さん、サービス良すぎ。
俺の帰省に合わせて電気を通してくれたということだろう。
さすが歴代最強にして仕事もできるイケメンはやることが違う。
「ま……それはおいといて」
この家に帰って来た目的は一応『過去探し』。
テレビやベッドを眺めても何にも思い出さないので、とりあえず机の引き出しを漁ることにした。
「筆記用具……書類……カード……テレビのリモコン……」
当たり前だが、面白いものはない。
「ま、あんまり期待もしてなかったけど」
と、別の引き出しを開けた時。
「ん?」
黒い箱を見つけた。
家全体に漂う庶民臭に真っ向から反抗するような高級感を持つ箱。
なんというか、オーラが違う。
あからさまにキーアイテムっぽい。
「…………」
恐る恐る取り出して、箱を開ける。
☆☆☆☆☆☆☆
「黒い蝶……?」
「……を模った髪飾りか……?」
出歯亀6人衆の2人。三村と峰の会話。
その手にはきっちりと双眼鏡が握られているのが恐ろしい。
「こうイウのッテ、あんマリ、良くナイと思うんデスけど……」
「倫理的な問題があるのは、承知している」
でもやめない麗華。
彼女らの手にも、双眼鏡が握られている。
というか、6人全員持っている。
この部屋に入った時に、6個の双眼鏡が机の上にぽつんと置かれていたのだ。
誰が用意したのかは論じるまでもないが、全員普通に使っているところを見ると、いいかげん感覚がマヒしてきているのかもしれない。
まぁ、それはともかく。
「ブラックフェアリー? ……ですね」
悠斗が手に持っている装飾品を見て、藍華が言う。
「ブラックフェアリー?」
「一昔前に一世を風靡した装飾品メーカーです」
小野の問いに答え、語り始める博識なナックルウエポン。
「採算を度外視した異様に高いクオリティの商品で人気を誇っていたのですが。その高コスト体質のせいで業績が悪化。起死回生の策として製作された、社名を冠した髪飾り。それがブラックフェアリーです」
すらすらと説明が出てくる、ネット検索要らずの彼女。
「起死回生で髪飾りってのも、変わってるよな……」
「全体的に芸術家肌の会社でしたから。確かにちょっと変わっていました。しかし、ブラックフェアリー自体は、凄い商品でしたよ」
三村の疑問に答える藍華。
「デモ。今は、あんマリ聞きまセンね?」
「まぁ、直後に会社が潰れましたから」
そら、アカン。
「という訳で、商品のブラックフェアリーは生産数が極少です。確か、200個でしたか」
「良くそこまで覚えてるね」
麗華すら、藍華の博識を賞賛する。
「いえ、実は、お恥ずかしい話ですが、幼いころ私も欲しかったもので。ソードウエポンは、そうでもなかったですか?」
「ど、どうかな……?」
なぜか口ごもる麗華。
いや、しかし。
「あれが、その『ブラックフェアリー』だとして。なぜそんなものが、澄空の家にある?」
峰が大事なところを突いてきた。
「イミテーションだろ」
そして、三村が一蹴する。
「デショウネエ」
エリカも同意する。
が。
「いえ、それが……」
と、藍華が少し考え込む仕草をして、
「もう少し近くで見ないと分かりませんが、どうも本物のように見えるんですよね……」
言った。
「それって変だよね? 悠斗君の実家は資産家にも見えないし、仮に手に入れたとしても、悠斗君の部屋に置いてある意味が分からない」
小野のもっともな疑問。
「その通りです。そもそもお金を出せば必ず手に入るようなものではありませんし、見ての通り、ブラックフェアリーは女性用です」
藍華も首をひねる。
「麗華さんハ、分かりマス?」
「ううん。私にも全然」
麗華まで匙を投げた。
と。
「ふっふっふ」
『いざという時頼りになる訳ではないが、とりあえず現場には居る男』三村宗一が怪しげな声を挙げた。
「いよいよ、俺の出番のようだな」
「……何か、案でもあります?」
「……その、いかにも『期待してません』的な視線が、若干くせになりそうだ」
「いいから、早く言ってくれ」
藍華の視線にMが目覚めかけた三村を峰が促す。
「いいか……」
コホンと前置きして。
「まず、あれは澄空のものじゃない。奴はきっと、小さい頃、さる高貴な身分のご令嬢と良い仲になったことがあるんだ。……そうだな、避暑に来ていたとか病気療養中とか、そんな感じの凄いお金持ちのお嬢さんだ。ギャルゲ的な力学で知り合った二人は、身分の差も忘れて親交を深める。……しかし、夢のような時間はあっという間に過ぎ、令嬢はあるべき場所に帰る。自分のことを忘れないよう、そしていつの日か再会できるよう、澄空に大切な髪飾りを託して……」
「……」
「…………」
「……………………」
「…………」
「……」
「なんちゃって」
オトした。
「なんダカ、ゲームのシナリオミタイでしタ」
「というか、間違いなくそうだろう」
「宗一君、そういうところ可愛いね。女の子には、モテないだろうけど」
三村のネタに対する、エリカ・峰・小野の反応。
おおむね好意的である。
とりあえず、三村は友達には恵まれているらしい。
が。
「ナックルウエポン……?」
深刻な表情を崩さない藍華に、麗華が声をかける。
「……あの、賢崎さん。笑ってくれていいんだよ? そして、その後、罵ってくれるともう少し嬉しい」
「宗一君……。これ以上、残念属性を増やさないほうがいい。……と悠斗君が言っていたよ」
三村がボケ、小野が苦言を呈する
が、それでも藍華は表情を変えない。
「ナックルウエポン?」
「……残念ですが。否定できるだけの根拠と対案がありません」
藍華の返答に、場の空気が固まる。
「あ、あの……? 自分で言っておいてなんなんだけど……。賢崎さん。さすがに……」
「私も突拍子もない話だとは思いますが。……現実的でないというだけで否定するのは危険です」
意外に柔軟な頭を持つ元社長さんである。
しかし。
「だとすると……。なんですが」
オープンフィンガーグローブ装備の手で眼鏡の位置を直し、軽く顎に手を当てた深刻な顔で藍華が切りだす。
「な、なに?」
おっかなびっくり三村。
「たとえ資産家の令嬢としても、あれは、そう簡単に譲ったり手放したりするようなものではないんです。もし……。もし、万が一にですよ? あれが本物だとするなら。一体何者かは知りませんが、あれを澄空さんに渡した方は……」
「か、方は……?」
思いつめた表情の三村。
「その……。かなり澄空さんのことを大切に思っていたのではないかと、思います」
再び場が凍りつく。
「…………」
微妙な沈黙。
「…………」
しばしの沈黙。
「…………っと」
一番最初に動いたのは、峰と小野だった。
「な、何をする?」
峰に右腕を、小野に左腕を掴まれた三村が言う。
「超加速は、なしだ」
大真面目に峰。
「な、なぜ……」
三村が驚愕する。
「むしろなぜ気付かれないかと思ったのかが、不思議なんだけど……」
小野が呆れる。
まぁ、澄空悠斗部屋めがけて、思いっきりスタンディングスタートの姿勢をとれば、普通はバレる。
「頼む! 放してくれ! あの3枚目気取りの主人公属性野郎に鉄槌を下すのは、親友である俺の役目なんだ!」
「そんな親友いるか」
三村は暴れるが、峰に抑えられていれば、動けるはずもない。
「絶対、おかしいって! ただでさえ『新月ちょっとイケてるイケメンランキング』が急上昇中なのに、過去に美少女令嬢と再会の約束とか、どんなギャルゲーだ!?」
「そ、そうと決まったわけじゃないよ。賢崎さんも断定はしてない。というか、『美少女』なんて、誰も言ってないよ?」
小野は止めるが、三村の眼がやばい。
と。
「麗華さん……?」
エリカのセリフに、男性陣の視線が集まる。
視線の先には、机に双眼鏡を置いた麗華。
「確かに、これは良くない」
「? と、言いますと?」
藍華が問う。
「これでは、覗き見しているみたい」
『みたい』も何も、100パーセント近く覗き見だが。
麗華は身をひるがえす。
「つ、剣? どうするんだ?」
「悠斗君の家を訪問する」
峰の問いに、堂々と答える。
「え、えと……。剣さん? どうやって?」
「正面から。チャイムを鳴らして」
小野の問いに、普通に答える。
「ダ、大丈夫なんデスか?」
「同居人とクラスメートが、ご実家を訪ねるだけ。おかしいところはどこにもない」
エリカの問いにも、迷いなく答えるが。
(それができるなら最初からやればいいのに)
と思う一同だった。