副首都区について
「澄空、寝てしまったみたいだな」
「どこに悲壮感があるんだよ……」
人物整理も終わり(※だいぶ疑問を残したが)、峰と三村の会話。
視線の先には、幸せそうな顔で眠る悠斗がいた。
「体育祭で、あれだけのことをしたんだ。疲れてるんだろう」
「まぁ、あいつ、一応まだ初心者のはずだからな」
「初心者どころか。俺は、BMP能力がとりあえず『使える』ようになるまで、一年はかかったぞ」
「十分、早いよ、それでも。あいつが異常なんだ」
二人して、ため息を吐く。
そうなのだ。
澄空悠斗が覚醒して、まだ半年も経っていない。
一般的なBMP能力者であれば、まだ、『初心者』にもなっていない時期のはずなのだ。
超絶連携がどうとかいう以前に、まともにBMP能力を使いこなしていること自体が、すでに十分異常なのである。
「賢崎の後継者様が放っておけないのも、仕方ないよな」
と、藍華の座っていた席を見る三村。
トイレか、アドバンテック新月の仕事の指示でもしているのか、今はカラである。
「デモ、麗華さんハ、すぐにBMP能力使えたんジャ、ないですカ?」
「BMP能力は使えたけど。精神の方がなかなか元に戻らなかった。おかげで、ずいぶんおじい様や上条博士に迷惑かけた」
「ゴ、ごめんナサイ……!」
「? なんで、エリカが謝るの?」
会話の内容は少し悲しいものだが、麗華とエリカも、とりあえずリラックスはしているようである。
……というか、悠斗に声をかける件は、もういいのだろうか?
「そういや、賢崎さんも精神をやられた期間があったのかな」
ふと、三村が呟く。
BMP能力は、強力であるほど精神を病む。
澄空悠斗は超例外として、麗華と同程度のBMPを持つ藍華にも、その危険はあったはずなのだが……。
と。
突然、視界が真っ赤に染まった!
「な……!」
「な……!」
「ヒッ……!」
「ああ」
「ふん」
5者それぞれの反応。
一応、説明しておくと、上から三村・峰・エリカ・麗華・小野である。
「落ち着いて三人とも」
ざわめき始める車内を尻目に、小野が、冷静な麗華以外の三人に話しかける。
その視線は、新幹線の窓から見える、真っ赤に染まった空に向いている。
「副首都区に入ったんだよ」
小野にしては珍しく、どこか投げ遣りな口調。
「映像としては見たことがあったが……」
「本当にこんな光景なんだな……」
口をポカーンと開けたまま、峰と三村が語り合う。
視線の先には、真っ赤な空の下に広がる、廃墟と化したかつての都市。
「ア……あレ、ベヒーモスですヨネ……?」
エリカが麗華の服を掴みながら言う。
その先には、サイに似た、しかし、明らかに質の違う物体。
「うん。Bランクとしては、最弱の幻影獣だけど……」
複数居る。
一体で一軍に相当すると言われるBランク幻影獣が、今、新幹線の窓から見えるだけで、3体。
「し、『新幹線』ハ、襲われナイんですヨネ……?」
「うん。装置が故障しなければだけど」
「コ、故障してモ、麗華さんガ居れバ、安心デスよ!?」
と言いながらも、麗華の服は離さないエリカ。
まぁ、無理もない。
3体のベヒーモスの他にも、『外』とは明らかに体躯の違うCランク幻影獣が跋扈している。
そして、人の姿は全くない。
「ここは、ラスボスの居城かよ……」
という三村の少しずれたセリフも、おかしくは聞こえない。
いくら漁っても、レアアイテムは出てこないが。
ここは、副首都区。
幻影獣の領域。
「澄空。いいタイミングで、寝てて良かった……な!?」
悠斗の席の方を見た峰が、すっとんきょうな叫び声を挙げた。
「な、なにやってんだ? あの眼鏡の人!?」
三村もビックリする。
二人の視線の先。
確かに、澄空悠斗は寝ていた。
それも、椅子に横になって。
ただし。
眼鏡とオープンフィンガーグローブを装備した美少女に、膝枕をされていた。
☆☆☆☆☆☆☆
「ん……?」
まぶたが妙に重い。
寝てしまったみたいだな。しかも、横になって。
にしても、さすが新幹線の座席シート。
なんだ? このぷにっぷにの感触は。
「……気持ちが良過ぎて、もはや生物っぽいぞ……」
「まぁ、生物ですから。気にいっていただけたのなら、なによりです」
眼鏡をかけた生物が言う。
しかも、賢崎さんに似ている。
さすが、新幹線。
夢までゴージャスである。
……でも、なんで麗華さんじゃないんだろう?
「あ。起きなくていいですよ。これは夢です」
「はーい……」
自己主張するとは、なんて良くできた夢だ。
もちろん、諭されるまでもなく、現実で賢崎さんクラスの美少女に膝枕なんかされることはそうそうあるまいて。
……にしても、眠いな。
と。
「ん?」
空が赤い。
賢崎さんに似た眼鏡をかけた生物の向こうに、真っ赤に染まった空が見える。
夕陽とかじゃない。
そんな淡い赤じゃなく、本当に血みたいな色の空。
気持ち悪いを通り越して、恐怖を覚える。
「見るのは初めてですか?」
「え……?」
「これが、副首都区です」
「副……首都区……」
知ってる。
真っ赤に染まった空。
町並みはそのままに、人が全くいなくなった都市部。
Bランク幻影獣がそこかしこで見られる、狂気の土地。
幻影獣を排除するための機構が人間に牙を向いた、悲劇の地区。
「そっか、これが……」
副首都区。
うっかりしてた。
新幹線は、副首都区を通るんだった。
「私個人としては、現在、世間で言われているほどに非現実的な手法だとは思ってなかったんですけどね」
賢崎さんに似た生物(※以下、『賢崎'』と言います)が、遠い目をして言う。
「いくら『確度』が低いとはいえ、取り返しのつかないものが失われる可能性がある手段は……。やっぱり、最後の手段なんでしょうね」
賢崎'の独白は、まるで罪を告白しているかのようにも聞こえた。
しかし、この太ももは気持ちいい。
いや、太ももは置いといて。
「確か……。幻影獣の『存在基盤』に干渉して、『存在できなくする』手法なんだったっけ」
「大仰な言葉で言えばそうですが。要は、『幻影獣のBMP能力を無理やり上昇させる』やり方です」
「幻影獣を強くしてどうするんだよ……」
眠い頭を、特に起こそうともせず、眠いままで答える俺。
「幻影獣は、強くならないんですよ」
「?」
「彼らの追跡調査は非常に困難なのですが。それでも、ほとんどの幻影獣は、発生から消滅まで、一切BMP値が変化しないことが分かっています」
「あ……。それは……」
聞いたことがあるような気がするな。
そして、賢崎'が俺の頭をサワサワ撫でる手つきの気持ち良さときたら、天にも昇らんばかりである。
☆☆☆☆☆☆☆
「ユ、悠斗さん……。凄く……ソノ……気持ち良さソウ? ……ですネ」
「羨ましいっちゃ、羨ましいんだが……」
今だ半分以上事態が飲み込めていないエリカのセリフに、三村も微妙な返事を返す。
副首都区通過中の車内は、赤く染まっている。
そんな中で膝枕をして語り合っている二人は、微笑ましいとかを通り越して、どちらかといえば異様である。
でも、羨ましい。
「…………」
「レ、麗華さん……?」
完全に固まってしまった麗華に、エリカが声をかける。
「……困った。私は、何が起こっているのか分からない」
「普通、分からんだろうな……」
峰も完全に混乱してしまっている。