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美しさを押し付けるあなたが一番見苦しい。

作者: ぽんぽこ狸
掲載日:2026/02/04



「なんだその下品な髪色は!!」


 出会い頭、婚約者のアルフレートを出迎えてすぐに言われたので、ジークリンデは目を丸くして驚いた。


「私がなにで君を婚約者に選んだと思ってるんだ! 君が美しい王太女殿下と同じ銀髪をしていて私の隣に並んだときに私を引き立てるからだ! そんな下品な桃色にするなんて頭がどうかしてる!」


 アルフレートは目を血走らせて怒鳴り散らした。


 せっかく新しい色味を開発したというのにアルフレートときたらずいぶんな物言いだ。


 しかし、まぁ突然婚約者の髪色がどぎついピンク色になっていたら誰だって気が動転するかと考え直し「申し訳ありませんわ、魔法具の調節で」と軽く説明した。


 するとアルフレートは「魔法具?」と少し眉間にしわを寄せながら聞き返す。


 そうして少し考えて落ち着いてから口を開く。


「……才能があるのは結構なことだし、王太女殿下もそういった美容に関する魔法に寛大な方だ。いつか君の作るものも認められるときが来るかもしれないがそういうことはやめてくれ」

「はい、突然だったものね」

「ああ、すまない取り乱して、美しくなかったな」

「……」

「ゆっくりと話をしよう」

 

 そうして二人はお茶会の用意がされている応接室へと向かったのだった。



 

 アルフレートは紅茶が用意されて一息つくと、早速用件を話し始めた。


「それで、間近に迫ったローズガーデンパーティーについてだが、君も準備に忙しくしていることだと思う」


 彼の言葉にジークリンデはもちろんだとうなずく。


 ローズガーデンパーティー、それは王太女殿下が主催で行う春の一大イベントだ。


 品種改良された早咲きのバラが咲く庭園で、美しさを競う貴族たちの社交の場。


 もちろん男性も例外ではなく、ヴィルヘルミーネ王太女殿下の目にとまり一番美しいと認められた人には彼女の手から薔薇が送られる。


 そうして薔薇が送られた女性や男性には王族派閥のよい婚約がどんどんと舞い込むし、将来爵位を継承する若者ならば優遇されたり派閥に入れてもらえたりする。


 そして、そこに商機を見いだすものもいる。


 商会の後ろ盾をしている貴族は王族御用達の地位がほしくて仕方がない。自社の美容製品を使ってその薔薇を授けられる地位を手に入れたならば御用達を約束されたようなものである。


 もちろんジークリンデだって狙っている。


 今年は、新しい魔法具も作成し、なじみのある商会に売り出してもらっているがまだまだ知名度もなく注文も少ない。


 魔法具師としても、今年こそはと気合いを入れているのだった。


「まだまだ改善点はあるけれど、もちろんですわ。きっと王太女殿下も気に入ってくださると思いますの」

「ああ、そこでだが、君もわかっていると思うが、釘を刺しておくべきことがあると思ってな」


 アルフレートはジークリンデの言葉に満足し、深くうなずく。しかし少し深刻な顔をして少し声を潜めた。


 その様子になにか不安に思うようなことがあったかと考えるが、まったく思い浮かばずにジークリンデはピンクの髪をさらりと揺らして首をかしげた。


「わからないのか、あの魔女のことだ」

「魔女」

「だから、君の義姉のことだ」

 

 言われて、ジークリンデはぽかんとした。


 (義姉ってセリーナお姉さまのことよね。それにしても魔女だなんて……たしかにあの人の髪は特殊だけれど……)


 アルフレートがまさか兄の嫁であるセリーナのことをそんなふうに形容するだなんて思っていなかった。


 だってそれはとても酷い言葉だ。


 童話に出てくるオオカミよりも凶悪で、いつも悪者で大昔に差別された悪魔と契約した女性。


 彼女たちは黒髪で、黒魔術を扱い人を呪ってばかりの悪役。


 そんな言葉を身内に使われた。それに酷く驚いてしまった。


「わかるだろ。あんな色の髪の女がいるだけでも王太女殿下は酷く不快に思うだろう。あんなの私たち貴族の色ではない。それなのに君と私は婚約者だ」

「……」

「君の兄上が隣国から嫁をもらうと聞いたとき嫌な予感がしたが、案の定だ! あんな髪の色の奴なんて人間かどうかすら怪しい! きっと人の形をした悪魔に違いない、そんなやつが美を競う茶会に参加するだなんて冗談にしてほしい」


 アルフレートの顔つきは酷いもので、鋭い目線で人を罵りながらも笑みを浮かべて嘲笑する様はまさしく悪魔のようにも見える。


「さらには身内に近い存在だ。気色悪い、あんなでよくこの国にやってこようと思ったな。どうやら自分が、平民以下の存在だと自覚がないらしい」

「……そんな……こと」

「なんだ? 俺の周りの人間はみんな言っているぞ! 俺がかわいそうだって、婚約者の君は美しいのに、あんな汚点がついて回っていては誰からも避けられる、黒は不吉の象徴だ、駆除してしまいたいぐらいだ」

「…………」

「そうしないだけありがたいと思えってことだ。君だってそれほど王族に近く美しい銀髪を持っている立派な貴族だ。わかるだろう」


 問いかけられたけれど、ジークリンデはまったくわかるとは思わなかった。


 たしかに、そういう差別はある。しかしセリーナだって普通の女性だ。


 それなのに話もしたことがないのに、周りもみんなそんなふうに言っているだなんて言って決めつけてそれが、正しさなのだろうか。


 美しさはその上にしか成り立たないのだろうか。


「そこで君の魔法具だ。君の魔法具は髪色に干渉することができるだろう。せめてあの不吉な色を変えて、少しでも不快感を軽減させてくれ。そのぐらい受け入れるのがあの魔女の義務ってもんだ」

「でも、アルフレート……私はそんな一方的な行為も、あの人のことをなにも知らずに罵ることもよいこととは思えませんわ……撤回してくださいませ」

「は?!」

「セリーナお姉さまだって努力して――」


 ジークリンデはセリーナのいいところを伝えようと口を開いた。


 しかし、アルフレートがテーブルを強くたたいたことによって、言いよどむ。


「やめてくれ! 美しさとは一点の曇りもないことだ! 高潔であることだ! あんな物を受け入れて、笑われるのは君だぞ! そして私もだ! ああ、気分が悪い!」

「アルフレート」

「もういい! 君の話なんか聞きたくない! とにかく言ったようにしてくれ」

「待ってください! 話し合いを!」

「話すことなど何もない!」


 アルフレートは否定されたことによって一気に取り乱して、頭をかきむしる。


 彼がローズガーデンパーティーにかける思いもわかる。彼の実家が後ろ盾をしているケートマン商会は長年、美容やドレスなどの品を扱っている大きな商会ではあるものの一度も王族御用達になったことがない。


 それが念願だということもわかっている。


 しかし、だからといって、簡単にうなずいていい話だとは思えなかった。


 だからこそ折り合いのつけられるところを見つけたいと思った。しかし話し合う気もなく、アルフレートはジークリンデに怒鳴りつけてそうして言うことを聞かそうとするだけだ。


 既存の価値観だけを踏襲し、人を踏みにじる。


 変えられないものをあげつらってなにも見ずに、身内でたたいてないがしろにする。

 

 それはジークリンデにとって許せないことだった。






 ジークリンデが魔法具を下ろしているなじみの商会というのは生家のリンデンベルク公爵家の派閥であるキースリング侯爵家の商会だ。


 そして、主にやりとりしているのは跡取りであり幼なじみのクラウスという男性だった。


 魔法使いの称号を得て将来を考えているときに、王宮魔法団に所属して魔獣討伐や依頼のある魔法具の制作を行うよりも、自分の道を進みたいというジークリンデにちょうど声をかけてくれたのである。


 取引をしている魔法具師は多く、侯爵家の跡取りなので忙しいはずだが、クラウスはよく売れているわけでもない魔法具師のジークリンデの元をよく訪れてくれている。

 

 そんなクラウスにジークリンデはアルフレートのことを相談してみた。


「つまり、そいつにぎゃふんと言わせたい訳だな。君は」

「その通りですわ。……わたくしは、たしかに美しいものが好きよ。王太女殿下にも目をかけられたい」

「うん」

「でも違うでしょう。違うのよ、クラウス」

「うん、なにが?」

「だから違うのですわ。なんというか」


 ジークリンデは、じっくり考えて、魔法を組むのは得意だけれど、なにかものごとに対して革新的な言葉をぱっと思いつく方ではない。


 憤る気持ちはあるし、セリーナのことを認めてほしいとも思う。


 けれどもまだ言葉を持ち得なかった。


「……どう違う。もちろん、一概に差別するのは俺も控えるべきことだと思うが、黒髪に対する偏見は今に始まったことじゃない。アルフレートと同じ美意識を持つ人間はまだたくさんいるだろう」

「……」

「王太女殿下が柔軟な方で、隣国との協調を望んでいることを鑑みても、こころよく全員が受け入れることは難しい。それが……突然自分事になったから怒っているのか」

「……そうではなくて」

「じゃあ、どう違う。言ってくれないとわからない」


 クラウスの言葉は少し冷たかった。


 けれども冷静に見ればその通りで、そのように周りからも見えるだろう。


 しかし、最初からジークリンデは違うのだ。


 (うう、言葉にするのが難しい……でも怒って否定するだけではあの人と同じですわ)


 そう思えば、きちんとした志が必要だと思う。


 人の意見に反対するなら、自分なりの武器が必要だ。気持ちをものにするのは簡単なのに、言葉にするというのは大変なことだった。


「だって、ええと」


 焦って考えてもいい答えは出てこなくて、ジークリンデは眉間にしわを寄せて手をわきわきしていた。なにかを捉えられそうなのになにも口にできない。


 その様子を見てクラウスは「あせらなくていい」とぶっきらぼうに言った。


 その言葉は優しくて、少し息を吐き出して考える。


 それから、探り探り言葉にした。


「……元来美しさ、というものがどう決まるかわかりませんわ」

「うん」

「でも、だからこそ、決めていく、探っていくものではないんですの。ヴィルヘルミーネ王太女殿下はガーデンパーティーを毎年開いています」

「そうだな」

「決まったものを追い求めるだけならば、一度開いてそれを元にさらに磨きをかけて社交界で日々、競っていくだけでいい」

「……」

「けれど、毎年違う人を美しいと認める。それは美は多様なものだからであり、美しいものは様々な中に存在している。少なくともあの方の美というものはわたくしの思う美に近い」

「うん」


 クラウスのあいづちは優しく、言葉にしていくとだんだんと自分が主張したいことの輪郭が見えてきた。


「つまり、今回のことにおいて、わたくしは自分が正しいと思う。そして、わたくしの思う美しさとは、なにかをそぎ落として醜いと決めつけるのではなく、あるものをどう生かすか、どんな美しさがあるか見つけることだと思うわ」

「うん」

「だから、黒髪はあるものとしてあって、でも盲目にないがしろにしつづけるのではなくその……その……??」

「だから、黒髪ということにとらわれずに、あくまで複雑な要素がそこにある上で、そのうちにある美しさやそれを持つ人が有する美しさを認めさせるようなことが、君の言うぎゃふんとなんだな」


 言葉に詰まるとクラウスは、ジークリンデの言葉を助けてくれる。


 そしてそれはとてもしっくりくる答えだった。


 うんと深くうなずいて、けれどもそうするにしてもジークリンデにはやりようがないというのも事実だった。


「でもわたくしの魔法具は、髪の色を変えるものですわ。それに色素の薄い金髪や銀髪などは比較的容易ですけれど、持っている魔力の属性が色濃く出ている髪色の人や、黒髪には効果がありませんの」

「そうだろうな。その上で君にできることか、難問だな」

「ええ、ええ、そうなんですの。困りものですわ」


 そうしてクラウスとジークリンデはうんうんと頭をひねって時間を過ごす。


 あれこれとクラウスが案を出してくれるもののやはり、既存の魔法具を使ってもぱっとしない解決策しか出ないのだ。


 議論は踊り時間は過ぎる。


 すると侍女が応接室に来客を告げた。

 

 それはやはりというかセリーナであり、今日クラウスとローズガーデンパーティーのことを話すのだと意気込んでいたので、自身のことだと察してやってきた様子だった。


 扉の向こうからひょこりと顔を出した彼女は、ラフなドレスを着ていて、髪を結い上げておらず絹糸のような黒髪がさらさらと揺れていた。


 おっとりとした目元に、小さく赤い花びらのような唇。はっとするぐらい美しくて、特にその黒髪は自然光のしたでよく映えて、光を反射してキラキラと輝くのだ。


 黒髪は不吉、黒は悪い色、そんなふうな先入観なんて一つも吹き飛ばしてしまうような異様な美しさがあった。今まで見たこの国の黒髪の女性ともまったく違うように見えるのだ。


 普段は格式高く結い上げてしまっていて、少しでもこちらの貴族に認められようと合わせているので、知られていないがセリーナは、やはりとても美しい。


「ジークリンデちゃん、ごめんなさいね。突然、ごきげんよう、クラウスさん」

「ごきげんよう。セリーナ様……驚きました、髪を……」

「ああ、やっぱりきつく結い上げるのは性に合わなくてね。ごめんなさいね、見苦しいでしょう」

「や……いいえ、まったく」

「あらうれしい」


 クラウスは目を見開いて、それからなにかを考え込むようにうつむいた。


「それで、ジークリンデちゃん。ずいぶんと時間がかかっているようだけれど……あのね、私のことでしょう?」


 そばにやってきてそっと座るセリーナはとても不安そうな表情をしていた。


「いいのよ。私、気にしないわ。こちらの国に来るときに覚悟をしていたのもの。こちらの国の流行の結い方も侍女に覚えてもらったし、大丈夫なのよ」

「でも……」

「きちんと控えめにしているからね。それに私のことはあなたのお兄様が守ってくれているわ。怖くないの」

「……」

「いっそ、染めてしまってもいいと思っているのよ。だから……ね。嬉しいけれどそれで婚約者様と喧嘩をしたりしないでほしいのよ」


 セリーナはジークリンデの手を取って小さく微笑んだ。


 しかし、ジークリンデは知っている。セリーナが髪の手入れに時間をかけていることも、つらく思わない訳ではないことも。


 兄が表だった批判を言わせないことはわかっている。


 でも、彼女の大切にしているものまで変えさせて認めずに、その美しさを知ろうともしない人たちに迎合するなんて美しくない。


 セリーナの言葉に余計に、腹が立って、ジークリンデはその手をぐっと強く握った。


「喧嘩ではありませんわ。セリーナお姉さま、これは戦いですもの。ただのいざこざで行き違いが火種のものではない。どちらかが考えを変えない限り、折り合いはつきませんわ」

「……そうなの?」

「はい。オアイコでは済まされないんですの。だって、わたくしの生き方に関わることですもの!」

「……」

「きちんと見もせずに醜いと、断じてけなし落とすだけが美しさ? そんなはずありませんわ。だから、あなたがそれに屈する理由なんてありません」

「……でも、難しいことだわ」

「わかっていますの! でもそうしたい、少しでもいいのよ。なにか……糸口があれば……」


 ジークリンデは、理想を口にする。しかし、うまくいっていないから時間がかかっていて、セリーナがやってきた。


 けれども今の言葉を聞いてさらに、引きたくなくなった。


 そんなふうに難しい顔をするジークリンデに、セリーナは「そうね」と小さくつぶやいてそれから切り替えるように一度目を閉じてからぱっと開く。


「……糸口になるかはわからないけれど、私の実家の……そのまた祖先の東方から伝わっている、秘伝の知識があるのよ。それが黒髪を持っていたから故により美しく見せるためのものだったものということだったら少しは、味方も変わるかも」


 そう言って、セリーナは自身の髪の手入れついて話をした。


 そしてそれを聞いて、クラウスがさらにより効果的にジークリンデが美しさを示す方法を提案した。

 

 アルフレートが発狂しそうな方法だったが、ジークリンデは画期的な作戦に心踊らせて準備をしたのだった。






 ローズガーデンパーティーの開かれる会場は例年通り美しく薔薇が咲き誇り会場はめかし込んだ若い貴族で埋め尽くされていた。


 皆、表面上は朗らかに言葉を交わしているが、ヴィルヘルミーネが登場する前からすでに緊張感に包まれていた。


 貴族たちの所作は、なにかドレスが汚れるなどの不都合が起こらないようにいつも以上に慎重で丁寧。


 しかし、自分以外がどんな武器をもってこの場にやってきているのか探るために視線はせわしない。


 当たり障りのないことを話しつつもその裏では、自分が目の前にいる人よりも美しいかを見極めている。


 そんな静かな闘志が感じられる空気だった。


 しかしそんな中でも今日は快晴で最高のコンディションだ。


 肌に刺さる緊張感を覚えながらもジークリンデは胸の高鳴りを感じていた。


 そばにいるセリーナに視線を送る。


 セリーナは気弱そうに見えるけれど案外、気後れしていない様子で、ジークリンデを安心させるようにいつも見たく微笑んだ。


 ふとそばを通り過ぎた女性が目を見開いてぽかんとする。


 どうやらすでに、セリーナ……そしてジークリンデも注目を集め始めているようだ。


「……きれいよ。ジークリンデちゃん」

「セリーナお姉さまもですわ」


 小さくつぶやくように言うセリーナと会場に入る。心地よく吹く春風にさらさらと髪をなびかせて。


 二人は一歩進めるごとに注目を集めていた。


 一度二人を視線に入れた貴族は目を離すことができずに、立ち止まって目を丸くして驚くのだ。


 その顔がなんだか間が抜けていて少し面白かった。


「っおい!!」


 そしてアルフレートを見つけた。


 彼は目が合った瞬間に、会場に響き渡るような声で怒鳴った。


 周りの貴族たちが驚いてアルフレートから距離をとる。


 そんなことも気にせずアルフレートはずかずかと青筋を浮かべてジークリンデの方へとやってきた。


「おいおいおいっ!! はっ!? はぁ!? おま、お前! ジークリンデお前!!」


 パニックに陥って謎に何もないところでつまずきながらアルフレートはジークリンデのそばまでやってきた。


 彼がそんなふうに大きな声を出してそばに寄ったので、会場の注目は一気にジークリンデとアルフレートの元へと集まった。


 そしてアルフレートはやっぱりジークリンデの予想通りの取り乱しようだった。


「そそそ、その髪!! その髪、なな、なんでそんなっ!!」

「……あら、気になりますの」


 言いながらジークリンデはダウンスタイルですっかり下ろしている美しい黒髪を手の甲で救ってなびかせた。


 さらりと揺れて、太陽の光を反射してきらめいてできている光の輪が揺らめいている。


「気になるどころの騒ぎじゃないぞ!! なんてことをしてくれたんだ!! こんな不吉な色!! 気色が悪い、気味が悪い!! 頭が可笑しくなったのか!!」

「……」

「ふざけるなよこんな日に!! そんな醜い頭しやがって、ふざけんなっ、ふざけんなっ!!」

 

 アルフレートは力一杯ジークリンデのことを罵った。


 それもそのはず、ジークリンデの髪色はセリーナと同じ漆黒で、彼女とおそろいのダウンスタイルだ。


 最低限の髪飾りはつけて結っているものの、我が国で流行っている最先端の美しさではない。


 さらには、黒髪ときた。


 ジークリンデの魔法具は、黒髪を変えることはできないけれど黒髪にすることはできる。だから、とんでもないことが起きたというわけではない。


 ただの魔法具の効果である。


「さらにそんな髪型でっ、こんなの侮辱だろ! ……なんとか言え! ……美しい髪結いもせずに見せつけるように下ろして! ホウキのようにボサボサで軋んだ見苦しい黒髪を見せつけるようなことをっ……」


 その言葉は今まで、黒髪の女性を罵るのによく使われた言葉で、たしかにこの国で見かける黒髪の女性は大体そんな調子だった。


 髪の色は暗ければ暗いほど鈍く重たくどんなに油を塗っても醜い。だからこそ結い上げて固めて美しい髪飾りで飾り立てるしかない。


 ダウンスタイルにするのは、地の毛色が明るく美しい人だけ。


 元からの美しさがある人が、素材を生かすためにそうする。暗い髪の人は髪質も元から悪くやはり嫌われるだけある髪なのだと、セリーナに出会うまではジークリンデも思っていた。


 しかし違うのだ。


 それらはよく考えれば逆なのだ。


 髪をきつく結い上げて固めると洗うとき落とすのに苦労するほど強く何度も洗わなくてはいけない。それをこの国の黒髪の女性は幼い頃から周りの目を気にして何度も繰り返す。


 すると髪質も悪くなるし、下ろしたままだと針金のように曲がりくねって乾燥した髪が見苦しく見える。その繰り返しだったのだ。


 黒髪がすべて見苦しく髪質が悪くて不吉なんてそんなことはない。


 現にセリーナもまったく違う。


「最悪だ! 今すぐどうにかしろ!! くそっふざけるなよ!! 見苦しい」


 アルフレートは、どうやらそれに気がつかないらしい。しかし、周りの貴族たちの反応はアルフレートとはまるで違った。


「見苦しいですって? ……あれが?」

「すごくきれいな髪質、どうやったのかしら」

「黒髪だとしても手入れすればあんなふうになるんだな」

「それにしても、公爵令嬢の髪はなぜ急に黒髪に??」


 興味と好感が入り交じり野次馬はどんどんと増えていく、それにジークリンデはやっぱり自分の価値観は間違っていなかったと思う。


 貴族たちの目から見ても美しく見えているのならば大成功だ。


 それに、この美しさは、ただ黒髪が手入れすればほかの髪と同じように美しくなるという理由だけで成り立っている訳ではない。


 セリーナが教えてくれた、東方から伝わる秘伝の髪質をよくする方法を実践しているからだ。


 セリーナの先祖は東方からやってきた人たちらしく、そこでは冬に花をつける珍しいカメリアという花からとれた油を髪に使う。


 カメリアの油は普通の髪用油をつけると出る重さや濁りがなく、さらりとしているにも関わらずこしとつやが生まれる。


 さらに、木の櫛にその油をしみこませて使うことによってむらなくじっくりと浸透させることができるのだ。


 そして、磨き上げられた黒髪は光を跳ね返してきらめく、そのきらめきは銀髪より強く輝き、黒と光の激しいコントラストで人の目を奪うのだ。


「黒髪でも……いいえ黒髪だからこんなに美しいの?」

「誰かあの、人を止めたら?」

「本当に、髪色差別なんて今時、ねぇ」


 そうして、口々に感想を述べていた貴族たちは、ジークリンデの前でわめき立てて魔女だ悪魔だと主張するアルフレートに冷めた目線を送った。


「ここにいる全員が、お前らのことを、醜い魔女だと思ってるぞ! 恥ずかしいと思わないのか!」


 アルフレートはどんなにジークリンデと対峙していても、黒という色以外のものは見えていないらしく、前回会ったときと同じように、みんながそう思っていると主語の大きな主張をした。


 彼は先入観……というか都合のいい妄想にとらわれていて、自分が大衆の正義であり主張の代弁者だと思っているらしい。


「……」

「いい加減、謝罪の一つでもして、この場から去れ! このイカレ女!」

「……」

「おい! 何とか言えよ!」


 アルフレートは興奮のままに汚い言葉を使ったがジークリンデは、なにも怖くなかった。


 だってアルフレートは美しいかどうかという視点など持っていないから。彼が否定するのはただの固定概念とプライドのためだ。


 だから否定されたところで意味などないに等しい。


 しかし、アルフレートはジークリンデがなにかを言うことを望んでいるらしい。


 ならばと口を開いた。


「……あなたの目ってただの節穴だったのね」

「あ?」

「あなたはなにも見えていないし、あなたの言葉なんてわたくしにとってただの無駄だと気がついたわ」

「お前は、なにを言っているんだ?」

「こんなに美しいのに、罵るばかりでなにも受け入れない。あなたって美しくないものばかりを決めていって、残ったものが美しいと思い込んでいるみたいなそんな人ね」

「は?」

「どうしたら美しくなれるかなんて考えずに、やりもせずに、世間をいいわけにしてわめくだけ、すごくくだらない人」


 ジークリンデはただただ思ったことを口にした。


 そして端からこんな人にこだわる理由などなかったのだと気がつく。


 ただジークリンデはセリーナのような美しい人をわかる人に示すだけでよかったのだ。


「それがとてもよくわかりましたわ。アルフレート、あなたのいうみんなってただあなたが言いたいことをより大きく見せるための虚勢みたいなものだったのね」

「……」

「今のあなたは、自分が信じた美しくないものばかりをそぎ落とすのに必死で、美しい振る舞いも生き方も何もかも、あなたにはあるように見えないわ」


 アルフレートは不可解そうな顔をしていて、まったくジークリンデの言葉が腑に落ちていない様子だった。


「それでいて美しさを言い訳に他人を口汚く罵って、おとしめて、横暴で、それっていくら汚点がなくても見苦しいとわたくしは思いますわ」

「なに言ってるんだ、俺はただ、一般常識に基づいて……」


 言いかけてアルフレートは周りへと視線を向ける。


 しかし彼が異変を察知する前に「一緒にすんな!」とどこかからヤジが飛んだ。


 その声はよく聞き慣れた人の声だった気がしたが、すぐに同意の声がざわざわと上がる。


「そうよ、見苦しい」

「一緒にしないでくれ」

「誰が、味方なんてするの?」


 非難するような声が次から次に上がり、アルフレートは眉間にしわを寄せて、パッパッと周りを見渡す。どこを見ても彼に同意する人はいない。


「少なくともここにいる皆様は、わたくし――いいえ、セリーナお姉さまの努力や美しさを正しく認めてくれている。それが事実ですわ。アルフレート」

「……っ」

「黒髪だろうとなんだろうと、罵って排除する権利などあなたにありません。まっとうに向き合いもしないで否定ばかりしてただ他人を不快にさせるだけのあなたは」


 ジークリンデは言葉を切って、大きく息を吸ってそれから一歩前に踏み出して、アルフレートをにらみつけながら言った。


「この場の誰より見苦しい」


 ジークリンデの勢いに押されてアルフレートは一歩引き下がり、歯を食いしばる。


「退場すべきはあなたですわ! せめて、自分の考えで『みんな』なんて言葉を使わずになにが美しいかを議論できるようになってから出直してくださいませ!」

「……っ、こ、このっ」


 言い切ると、パチパチパチと拍手が上がってその拍手は広がって、ジークリンデを指示してくれる人の多さに、驚きつつもじわりと心が温まるような心地がした。


 それから拍手が収まった頃、野次馬たちがはっとなにかに気がついたように移動して道を空ける。


 そしてその道には、ふさわしい人がゆったりと歩いてやってきた。


 まさしくそれは、この会の主催者である、ヴィルヘルミーネだった。


 ヴィルヘルミーネは周りにいる侍女も美しく着飾ったものばかりなのに、誰よりも目立っていてそこにいるだけで誰よりも主役だった。


 中性的で、洗練された美しさはどこか神秘的ですらあって、人工物の少ない場所で出くわせば森の精霊かなにかと見まがうほどである。


 そんな彼女がやってきてその場は水をうったように静まり帰る。

 

 ジークリンデもさすがに驚いて、ヴィルヘルミーネの第一声を待った。


「……ここまでの論争、聞かせてもらいましたわ。その上で……これは異例のことですけれど。ジークリンデ・リンデンベルク公爵令嬢、こちらへ」


 ヴィルヘルミーネのそばにいる侍女が彼女へと薔薇を手渡した。

 

 そして呼ばれたジークリンデは淑女礼をして言われた通りにそばに寄った。


「あなたはこれを与えるにふさわしい。わたくしはそう判断しましたわ」

「! あ、あの」

「なにかしら」

「この、髪も、美しさも、わ、わたくしの義姉の教えと守ってきた伝統のたまものですわ。ですから……」


 そうして会の最後に与えられるはずの薔薇を差し出そうとするヴィルヘルミーネにジークリンデははっとして訴えた。


 本来、もし最後に自分が選ばれるようなことになったらこうしようと思っていたのだ。


 そうすればセリーナも少しは楽しくこの国で結婚生活を送れるのではないか。


 そう考えていた。


 しかしヴィルヘルミーネは少し考えて「ならセリーナ・リンデンベルクもこちらへ」と口にする。


 セリーナは少し不安そうにしながらもジークリンデのそばに並んだ。


 すぐに察した侍女は薔薇をもう一本用意し、ヴィルヘルミーネに手渡す。


 それから、丁寧に一人ずつ、薔薇を手渡された。


「ふふっ、ローズガーデンパーティーのメインイベントを開会前に終わらせてしまいましたけれど、たまにはこういうサプライズもいいでしょう。これからも新しく美しい未来が、多くの人によって作られることを期待していますわ」


 それだけ言って、ヴィルヘルミーネは壇上へと向かっていく。


 隣にいたセリーナは瞳をうるうると潤ませてそれから「素敵な方だわ」と尊敬のまなざしを向けていた。


「さぁ、パーティーを始めましょう。今年も楽しみにしていましたのよ」


 ヴィルヘルミーネはアルフレートのことに見向きもせずに歩いて行く。


 彼は茫然自失という言葉がしっくりくる様子で、チラリとジークリンデに視線を送る。


 それからその胸にだかれた薔薇を見て、静かにうつむき王城の庭園を後にしたのだった。




 


 ローズガーデンパーティーでのアルフレートの振る舞い、さらにはヴィルヘルミーネがジークリンデを支持したことによって彼は跡取りの地位から追われた。


 それに伴って、婚約は破棄となり、ジークリンデの元には素晴らしい婚約話が次々に舞い込んだ。


 さらには仕事の依頼もバンバンやってきていた。


 薔薇を送られた後も、ローズガーデンパーティーでヴィルヘルミーネに詳細を話し、髪色を変える魔法具のことを話したのが大きかったのだろう。


 セリーナもお茶会の誘いがひっきりなしに届いていて、忙しそうではあるが充実した日々を送ることができていると思う。


 そんな中、やってきたクラウスはジークリンデに言った。


「つまるところ俺も、君が薔薇を送られて群がる羽虫と同然だが、少しは君のことをわかっているし、うまく使ってやれる自信もある」


 仕事のことでもなく、相談でもなく彼はジークリンデに結婚の話を持ち込んだ。


「君はユニークで才能もあって、人柄もいい。これからいい作品をたくさん世に送り出すだろう。そのときに俺のような、商会と深いつながりがあって君の作品を世に送り出すことができる人間と縁を結ぶのは一番効率のいいことだ」

「……」

「戦略を練るのは得意だ。この間もうまくいっただろう? 君の婚約者はぎゃふんと言っていただろう」


 それはその通りだとジークリンデはうなずいた。あれはぎゃふんだったと思う。


 しかし少し腑に落ちなかった。


「俺と君はいい共同事業者になれる。それが君の幸福にもつながるだろうし俺も跡取りとして、王太女殿下の薔薇を受け取った君をめとれば鼻が高い。お互いにいいことしかない契約だ」


 クラウスの言う言葉はとても隙がなくて、たしかに素晴らしいことだと思う。


 (でも、そんなに理論で固めなくとも、あなたがわたくしを望むと言えばわたくしだって嬉しいと思いますのに……)


 なんせ長い付き合いだ。


 ジークリンデの助けになってくれるし、売れないジークリンデのことを気にかけてくれていたし、そこにはきっと幼なじみとか、ただの友人というだけではない関係性や気持ちがあった思っていた。


 それなのに、こんなふうに言われては、ジークリンデがまるで効率で彼を選んだみたいじゃないか。


 それをクラウスは寂しく思わないのかと考えると、少し意地悪を言いたくなった。


「検討してみてくれ。もし引っかかる点があったら、なんでも気軽に言え、君の要望には柔軟に対応したいと思っているから」


 クラウスは最後に、ピカピカした笑みを見せた。


 屈託ないみたいに笑っているがその腹がどす黒いことなどジークリンデは知っているのに、そんな顔をする。


「……」

「なにか不満が?」


 むすっとして彼に無言を返すと、無害そうに優しく問いかけてきた。


「……そうね。少し。なんだか寂しいなと思いましたの」

「どういう意味だ?」

「せっかくの結婚なのに、愛がないなんてと思ってね」


 もちろん、甘ったるい蜂蜜のような愛情がなければ結婚したくないというわけではない。


 彼との結婚もいいと思っているけれど、少しクラウスを困らせたくて言っただけの言葉だった。


 しかしクラウスは、商人然としてニコニコするのをやめて眉間にしわを寄せてから、首をさすって目線を下げた。


「……」


 フーッと息を吐き出して、それはため息みたいに聞こえる。


 その仕草に子供っぽい言葉にあきれられてしまったかと思う。


「……君が好きならいいのか?」


 そしてそう問いかけられた。


 言葉だけ聞くと、ビジネスライクの関係に愛情を求めていることを面倒くさがられているみたいに聞こえるが、ジークリンデはクラウスの声音から別の感情を感じ取った。


「そんな物がほしいのか? 何の足しにもならなくないか」

「……わたくしは嬉しいのよ」

「そうか。なら…………君が特別好きだから結婚したいだけでチャンスを逃したくないといえばいいか、ジークリンデ」


 チラリと視線を上げて、彼はなんだかすねているみたいに告白した。


「君に利がない下手な契約の持ちかけ方過ぎてこんなことしたくなかった。体調が悪くなりそうだ」

「でも嬉しいですわ。クラウス」

「君が喜んでくれるなら問題はないけど」


 話しているうちにクラウスは少し頬を赤らめて顔を背けた。


 どうやらジークリンデが想像している以上にクラウスはジークリンデのことを想ってくれていたらしい。

 

 とてもわかりにくいけれど、ジークリンデも彼がいいと思う。


 それが恋かはよくわからないけれども、まっとうに向き合ってジークリンデを想ってくれる彼のことを大切にしたいと思うのだった。

 



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― 新着の感想 ―
アルフレートさん、王太女殿下が傘下するパーティーで大声で女性を罵る行為の方が美しくないと気付かなかったんですね。
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