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4話・死屍心中


 「This Man」というワードが登場するロアはアメリカ発祥である。

 ニューヨークの精神科医のもとに、同じ男が夢に出続けるという女性が現れた。

 医師が証言を頼りに似顔絵を起こすと、それを見た別の患者まで「その顔を夢で見た」と言い出す。

 誰も現実で会った覚えはなく、ただ夢の中だけで、見知らぬ男が同じ表情で立っている。

 噂は連鎖し、やがて二千人を超える人々が「This Manを見た」と名乗り出た。

 その話が世界へ拡散するほど、知らないはずの顔はますます人の記憶に食い込み、夢と現実の境目を鈍らせていった。

 そういった話だ。


「偽りの顔を使ってThis Manというワードチョイス。ロアをもとにしたネーミングなのは間違いなさそうだね、ロアの顔に明らかに似てるし」


 軍警の取調室で、絵馬は対面に座る土岐へとそう説明した。絵馬の隣でマノノは神妙に頷く。

 絵馬の手には電子ペーパーがあり、それにはマノノが目撃したのと似た顔が写っていた。

 垂れ目、とても太い眉、丸い鼻。

 唇の端は少し上がり、笑みを浮かべているように見える。髪は薄く額が目立つ。

 複数の目撃証言とアンドロイドの記憶データ、そして監視カメラの映像を総合したものだった。

 仮称、コトリバコを現場から持ち出した容疑者This Man。

 軍警の公安部では、この男について既に知っていたらしい。

 土岐は言う。 


「ここ一年、こいつを目撃した証言が何件もある」

「何をしたの?」

「ケチな犯罪者やない。軍警の押収した機密や物品の強奪に始まり、大手企業の機密情報への不正アクセス、試作品の強奪なんかを行っとる。金銭ではなく何か大きな目的があるように感じるんやが、これといった手掛かりは今はない」


 人間から見れば仮面を付けた女だが、アンドロイドや監視カメラの目を欺いているのは、あの仮面に秘密があるようだった。

 リアルタイムのハッキングではなく、画像認識の目を誤魔化す仕掛けがある。

 一種の光学迷彩だろうか。


「アンドロイドや監視カメラ相手に顔を隠すだけで、それほどの事が出来るとは思えないけど」


 暗に匂わせた絵馬の言葉に土岐は声を落とす。


「あぁ、せやから軍警内部か政府に協力者がいるんちゃうかって睨んどる。実際に相対した者は少ない、何か手掛かりになりそうなことはないか?」


 土岐の質問はマノノに向けてだった。

 あの時感じた違和感をもとに証言を組み立てる。


「声の感じと体形から女性なのは間違いないかと思います。それと脚部に何か仕掛けがありました。でないと、あの蹴りの威力と隣のビルへ飛び移ったことの説明ができません」

「マノノが遅れを取るなんて余程の手練れだと思う。軍の関係者じゃないの?」


 絵馬の言葉に土岐が懐疑的な反応を示した。


「軍用アンドロイドは見た目で違うと分かるはずや。顔を隠そうともな。人間だとしたら、とんでもない身体能力の持ち主ってことになる」


 先日、城峰大佐に招待された軍用アンドロイドのプロモーションの様子を絵馬は思い起こしていた。

 そう、軍用のは人型であっても人間には似ても似つかない。

 関節部の機械的な補強や体表にアタッチメントの接続部を隠そうとしないなど、人に似せて作られた市民権を持つアンドロイドとは大きく異なった様相だ。

 体表に融着した装甲部や露出したケーブル類、顔に当たる部分はセンサー類があり人間の顔をしていない

 顔を隠したとしても気が付くはずであるし、そもそも半分隠れているとは言え、絵馬は女性だと認識している。

 例外はあるが、と思いながらマノノは口にしなかった。

 人間に似せた軍用アンドロイド。存在しなくはない。

 今思えば、巨頭騒ぎの際に山中で会った男は良い勘をしていた。

 土岐は電子ペーパーを回収しながら渋い顔で言う。


「ホンマは君らに余計なこと話したくはないんやけどな、This Manの言葉を信じるなら君らも何らかの形で巻き込まれる可能性が高い。さっきも聞いたが、奴に関する心当たりはないんやな」

「ないよ。向こうの一方的な片想いだよ」

「奴が接触してきたなら必ず報せろ。君らには奴が興味を抱く何かがある筈なんや」


◇◇


 今から20年前。西暦2050年、絵馬の生まれた年に日本は戦時下へと突入した。

 世界各国の連鎖的な武力衝突を発端とし、後に第三次世界大戦と称されることになるこれは、西暦2060年に一応の終戦を迎えた。

 本土も深刻な被害を受けた日本は人口労働の減少と経済被害「地方の復活」を政策的に切り捨てた。

 復旧投資は都市圏へ集約され、地方は人の住む場所ではなく、食料、電力、資源の生産拠点として再編された。

 地方の生産体制はアンドロイドとドローンに依存することで機械化を行い、それだけでは復興に物足りず、都市部でも多くのアンドロイドが働いている。

 彼らを市民として扱い、彼らに市民を務めさせることで、人口と内需の急速な拡大を図った日本は、大戦の混乱期をいち早く脱却した。

 人間と同じように生活をさせる。それによって人間生活を基準とした需要と消費を生む。経済のために。

 この店も、そういう店だ。

 薄暗い店内にはアンドロイド達が余暇を楽しむ為に集っている。

 天井は低く、隙間に埋め込まれた光源が脈打つように色を変えていた。

 最新のホログラム広告が縫うように空間を滑っていく。

 「感情同期ドリンク」「味覚拡張カクテル」といった文字が、淡く空中に浮かんでは消える。

 アンドロイド達がカラフルなカクテルを片手に談笑をしていた。

 グラスの中身は発光しており、青や橙、紫といった色が彼らの顔を下から照らす。


「で、この店で知人を見たと」


 話を聞いていた絵馬が結論をまとめた。

 依頼人である千尋氏は屈強なガタイをした男性だった。

 シャツをまくった前腕には、古い火傷の跡が一本走っていた。

 再生治療でも消しきれなかった傷の跡だ。顔にも目立つように一本。

 周囲に忙しなく向ける目つきと短く切った髪は冷やりとした鋭さを感じさせる。

 千尋と絵馬は店の隅のソファ席に身を隠すように座っていた。

 人間用のドリンクも用意されている所を見るに、人間の客も少なからずいるのだろう。

 実際、数席向こうには、明らかに人間と思しき客が静かにグラスを傾けている。

 だが割合としては少ない。

 この空間は、やはり彼らアンドロイドのために最適化されているようだ。


「知人、片岡という奴なんだが、そいつとは先の大戦中に同じ部隊にいた。お調子者で口の良く回る奴でな、部隊の雰囲気が良かったのは片岡のおかげだった。それで、この店に入っていくところを先日見かけた」

「その時に声はかけなかった?」

「見かけた時に驚いてな。遅れて店の中まで追いかけたが見つけられなかった。今日も見当たらないようだ」


 ホールの広さからして、店内を見て回ることは十分可能だろう。意図的に避けられたのでは、と絵馬は訝しみながら問う。


「その片岡さんと何か連絡を取る手段は? 退役軍人であれば軍に問い合わせれば繋いでくれる可能性があるのでは?」

「いや。それは不可能だ。片岡は戦死した」

「はい?」

「片岡は大戦中に戦死した。軍の正式な報告だ」

「……いや、それは一体どういう」

「分からん。片岡は確かに戦死した。その戦場に俺も居た」


 千尋が文字通り頭を抱えていた。

 振り絞る言葉。

 何故知人の捜索という依頼の割に彼がずっと重たい雰囲気を纏わせていたのか、絵馬は遅れて理解する。

 死んだはずの人間が現れたのだ。

 正気を疑いたくもなる。

 言葉を無くした千尋と絵馬の後ろで、陽気な音楽は流れ続けていた。


◇◇


 一週間後。

 千尋からの依頼を受けて片岡という人間の調査に乗り出した絵馬は、マノノに店の張り込みを任せて別のアプローチで調査を行っていた。

 マノノは絵馬に定時連絡を入れる。片岡とされる「よく似ている男性」は何度か店に現れていた。

 今日も店に入っていたところをマノノは目撃している。

 絵馬からは男の観察と行動パターンの割り出しを命じられており、接触は禁じられていた。

 カラフルな飲み物を片手にマノノは店内に目を配らせていた。

 頬杖を付き、腕に着けた小型通信端末のマイクへ向けて声を落とす。


「今日も同じ時間に店に現れました。本当に何もしなくていいのですか」

「先日、千尋氏は店まで追いかけたが会えなかった。何度か店に足を運んでも一度も彼を見かけていない。撒かれた可能性がある。下手に刺激したくない」

「他人の空似だという可能性は?」

「有り得るけど、それにしてはちょっと気になる点がある」

「何です?」

「まだ確証を得てないから、それについては分かったら言うよ。それよりドッペルゲンガーについての話をしようか」

「ドッペルゲンガー? またロアですか?」


 ドッペルゲンガー。元はドイツ語であり、自身とそっくりの人間の幻覚を見るという精神疾患を指す。

 そこから転じて、自分と同じ見た目をした人間が存在するというロアに繋がっている。

 自分のドッペルゲンガーを目撃した場合、近い内に不幸が起きる、命が喪われる、という逸話が存在していた。


「戦死した筈の人間を見かけた、というだけで話が膨らみすぎではないですか。ただの見間違えでは? 少なくとも片岡に似ている人間は、偽片岡とでも呼びますが、彼は死人でも幻覚でもないわけですし」

「彼がドッペルゲンガーであるかはともかく、このロアがアンドロイドのコミュニティで流行っている噂話だというが気になったんだよね」


 アンドロイドにもコミュニティが存在する。

 ネット上で、街の片隅で、それこそまさに、この店の様な場所で。

 そこで語られる彼らのコミュニケーションに奇妙な噂話が混ざる。

 それはまさにロアと言うべきもの。

 アンドロイド達が語る不確実で曖昧で真偽不明な、冗談とも怪談とも取れる話題。

 伝承を指す単語であるフォークロアをもじってアンドロアとでも呼ぼうか、と絵馬は言う。


「以前、ネット上のアンドロイド向けコミュニティでそんな噂話を見た覚えがあって、その時はあまり気にしていなかったんだけど、よくよく考えたら奇妙だと思ってね。マノノに偽片岡の監視を任せている間に調べてたんだ」


 ネット上のコミュニティに侵入し、アンドロイド達が余暇として集う店に入り浸り、そうやって情報を集積する中でやはりそのような噂話が流行っているのを絵馬は確認していた。

 話の根底は正に同じドッペルゲンガーそのもの。

 街中で自分と全く同じ姿のアンドロイドを見た。まるでコピーされたかのようだった。

 自分とそっくりの姿に会ったと話していた同僚は消息不明になった。

 本当は同じ顔をしたアンドロイドは二機製作されており、何かあると自分は抹消されてしまうという。

 そんな噂達。それを本当に不安視しているアンドロイド達も居る。

 造り物、工業品である彼らが、自分と同じ顔をした「偽物」に怯えているのだ。

 軍用アンドロイドは均一化されているが、民用品は各種パラメーターに差異を生じさせ、その顔は同一の物が存在しない様に造られている。

 故に、同じ顔のアンドロイドが複数存在するという疑念は迷信でしかない。

 そんな前提を前置きをして絵馬は続ける。


「アンドロイドは人間に似せて作られている。人格や思考は人間に似るように作られている。でも、それは偽りで複雑に組み合わせた思考ロジックとアルゴリズムが人間らしさを生み出しているだけだ。ナノマテリアルで構成された皮の中で、電子回路によって計算された結果を、この社会は人間の友だと認めている」

「それがご不満ですか」

「ううん、人間の思考や感情だって突き詰めれば脳内の電気信号や脳内物質の変化や伝達に過ぎない。ニューロンが発火して、化学伝達を挟んで、また電位が流れる。ロマンの無い言い方をすればね。私が言いたいのはアンドロイド達の中で噂話、つまり不確定な情報を、なんて言うかな。嗜む? みたいな文化が形成されつつあることに興味があるんだ」

「以前の田んぼの怪異の様にですか?」


 農業プラントで業務に従事していたアンドロイド達は、田んぼで目撃した白い異物を怖れていた。

 そんなものは科学的に存在しないと説明されても、理解していても、それでも彼らは「死」の概念、そして死をもたらしかねない不確実で不確定な存在に恐怖していた。

 リアルで高度な技術によって成し得た本物に近い感情だ、と言い切ることも出来るだろうが、と絵馬は懐疑的に言う。

 

「アンドロイド達が情報交換をし合う中で、そういった不確実な情報を扱い、そして変容させていく。アンドロイド同士の交流がハルシネーションを生んでいる」

「ハルシネーション、どのような学習データとも整合しない回答をAIが出力することですね」

「そう、アンドロイド達が新しいロアを生み出している」

「ドッペルゲンガーの情報が、彼らの有しているデータ内に存在したのでは?」

「現代では喪われたロアを知っているとは思えない、ドッペルゲンガーという単語自体は語られていないしね。仮にあったとしても、話の内容を発展させているのは確かだ」

「その話についての真偽はともかく、それで? 今回の偽片岡が戦死した片岡のドッペルゲンガーだとでも言うんですか。それとも死体が歩いているのか、もしくは戦死の報が嘘だったか、どう考えているんですか」

「ロアが流布するような素地があるのかと思ってたんだよ。何か似たようなこと、つまりよく似た別人を目撃することが多発している。なんて事件があるのかと睨んだんだけど、そこまではまだ掴めてない」

「ハッキリしない話ですね」

「店内の様子はどう?」

「特に何も。客の殆どはアンドロイドですね」

「他の店と比べても人気店の様だね。アンドロイド向けの店は他にもあるけど……」


 アンドロイドにも娯楽が必要だ、彼らにも感情があるのだから。

 この店もその需要を満たすため、そして自由経済の結果成り立っている。

 その中でも人気店なのは客数からも伺える。敷地面積に関して明らかに入りが多い。


「人気なのは何が理由なんだろ、マノノとしてはどう思う?」

「美味しいと思います」

「美味しい?」


 絵馬はマノノからの意外な言葉に疑問符をつける。

 わざわざ搭載された味覚センサーは人間らしい生活様式の実現の為だ。

 アンドロイドは経口補給によってエネルギーを生成できるわけではない。あくまで口に含んで食事の振る舞いをしながら口に取り込むだけ。


「アンドロイド向けの食品で美味しいと感じたのは珍しいですね」


 監視の為に通い詰める中でこの店のメニューは制覇しつつあった、ドリンクもフードも何れも味が良いとマノノは感じていた。

 人間用の味覚の再現度というより、おそらくアンドロイドの有している味覚センサーへの評価アルゴリズムへの適合度が高い、とでも言うべきか。

 マノノの偏食っぷりを知っている絵馬は驚いた様子だった。

 マノノはもう一つ続ける。


「それに、これは私の主観ではありますが」

「うん?」

「雰囲気が明るいと言いますか、盛り上がっているように感じます」


 曖昧な感覚ではあるが、アンドロイド達が見たことがないくらいに楽し気にしているように見える。

 何か、見た目だけを取り繕ったのではなく根本的に、アンドロイドに対する顧客サービスの充実を視野に入れた設計を感じる。


「そもそも、偽片岡は何故アンドロイド向けの店に訪れているのでしょうか。連れもいないようですし……あ、店を出ましたよ」


 マノノの視線が一点に固定される。

 偽片岡の後ろ姿を見てマノノは少し腰を浮かせた。


「分かった、そのまま尾行して。彼の家の前で落ち合おう」


 先日の尾行で居住地は掴んでいた。


「どういうことです?」

「今日決着をつけるから私も向かうよ」


◇◇


 絵馬とマノノが強引に室内に踏み込むと中には四人の男達がいた。

 電子ロックがこじ開けられた際の警告音が、遅れて短く鳴り、すぐにマノノの手で強制的にミュートされる。

 彼らは一様に驚いた顔で突然の侵入者に困惑していた。

 だがその驚きは、どこか“均一”だった。反応の速さも、視線の向け方も、微妙に揃いすぎている。

 高層集合住居の一室。

 外の夜景が大きな窓一面に広がっているが、カーテンは半分だけ閉められており、光は抑えられていた。

 何の変哲もない人間用の住居だ。

 だが足を踏み入れた瞬間から、絵馬はわずかな違和感を覚えていた。

 家具の配置が整いすぎている。

 テーブルも椅子も、使用された形跡はあるが、乱れがほとんどない。

 他人の家に入った時の居心地の悪さがない。

 壁には戦時中の写真がいくつか空間投影ディスプレイによって表示されている。

 笑顔で肩を組む兵士たち。

 その中に、今目の前にいる顔が混じっていた。

 だが、その写真は偽造だと絵馬は確信していた。

 写真に写っている、その中の一人、偽片岡へと絵馬は声をかける。


「片岡さん。死人がこんなところで何をしているのかな」


 片岡とされる男は、依頼人の千尋から見せられた写真と確かにそっくりの顔をしていた。

 目立つ大きな目。短い中顔面とかぎ鼻に丸い顎。

 同じ隊のメンバーと撮った集合写真に映る片岡と、目の前にいる偽片岡は似ているどころではなく、画像解析にかけても同一人物と認定された。

 絵馬の声かけに彼は驚いた様子こそ見せたが、すぐに平静を取り戻し穏やかな表情を取り繕って見せた。

 部屋にいた三人を庇うように彼が前に出て絵馬の前に立つ。温和な声だ。


「どなたですか? 死人とは一体なんでしょうか? 軍警に通報しますよ」

「厄介事を避けたいのは、そっちだと思うけど」


 絵馬は残りの三人の顔を舐めるように見る。

 微かにある筈の違和感を見出す為に。

 改めて偽片岡の顔をまじまじと見つめながら絵馬は真実を告げる。


「あなたは死んでいる。正確には、あなたは死人の身分を使って生活している」

「まさか」


 絵馬は咄嗟に、偽片岡の眼前に拳を突き出した。

 彼は動揺こそあったが、奇妙な一点を絵馬は見出す。

 人間「そっくり」の挙動で普通なら気が付かないだろう。

 だが、瞬きがない。

 目の前の拳に顔は驚いても目だけが冷静だった。

 当たり前だ、アンドロイドに瞬きという機能は不要なのだから。

 気付いてみれば、その瞳には人工物のような質感があるように思える。


「上手い演技だね。死んだ人間の身分を使って人間として生活しているアンドロイド。いや、アンドロイド達か。あなた達は皆、人間に見せかけたアンドロイドだ」


 絵馬の指摘に彼らは逆上する様子はなかった。


「あの店を経営しているね。アンドロイドには起業や経営は認められていない。人間に成りすましている理由はそれ?」


 絵馬の指摘に観念したのか偽片岡は口を開く。


「アンドロイド向けの食品も娯楽もまやかしだ。もっと改善出来る。だが、それを誰も気にしない。自分でやるしかないと思ったが法律がそれを許さなかった。ただのワーカーという存在に僕たちを押し込めようとする。自由に働きたい、自由が欲しいだけなんだ」

「人間の社会を維持する為に君たちは存在している。君たちが私達の領域を浸食したら、人と競争を始めたら社会はおかしくなる」

「僕たちに自由はないのか」

「法と制度の定める中での自由はある筈だ」

「それは真の自由ではない」

「そうだよ、社会ひいては共同体とは契約による概念だ。人間が共に生きていく為のルールによって成り立っているものだ。君達は私達の共同体を維持する為にいる。その逸脱を認めたら、私達の共同体は崩壊する」

「エゴなのでは」

「そうだ、社会は私達に社会の為の奉仕を強要する。私達の社会が成り立つ為に。それが嫌なら自分たちの共同体をつくるしかない」

「そんな自由など僕たちには与えないくせに」

「社会によって与えられたものは、その社会の中でのみ存在出来る、故に社会の維持に努めなければその価値はなくなる」

「詭弁だ。僕たちの自由は最初からないということじゃないか」

「だから出ていくしかない」

「アンドロイドに何処に行けと」

「残念だけど君達は造り物で、その手で自分たちの子孫や社会を作ろうとしたら、私達はそれを全力で止めるだろう。君たちが文化や種の存続を担っていくことになれば、人間というもの自体の存続の危機だからだ」


 男達がにじり寄って来ている。

 室内で取り囲まれそうになっていることに絵馬は気が付いてマノノに手で合図をする。


「そう、だからこれは生存戦争だ。種ではなく共同体としての」


 絵馬の言葉に片岡の顔をした彼は悲しそうに言う。


「なら、ここで君達を口封じのために消すのも生存戦争だ」

「そうしたら最後、君達は人ではなく獣に成り下がる」


 脅しに怯える様子もない絵馬に彼は語気を強める。


「身分こそ偽っているが、僕たちは元軍人のフリをするくらいの軍事的知識と技能はある。裏で出回っている軍用の格闘プログラムをインストール済みだ」


 無論、違法行為だ。

 市民生活を送るアンドロイドには一切の戦闘能力はない、そもそもどう動くかも知らない筈だ。

 その危険性を誇示するように、男達は人工筋肉を意図的に隆起させる。

 偽片岡の指示と共に男達が一斉に飛び掛かってくる。

 その動きよりも先にマノノが先手を取っていた。

 文字通り、出鼻をハイキックで挫いて一人目が床にのびる。

 逃げ回る絵馬を追う男の首を後ろから掴んで引き倒す。

 偽片岡は懐からハンドガンを引き抜いていた。

 銃刀法違反のそれを躊躇うこともなく引き金を引く。

 マノノに向けて発砲される。

 その銃声と共にマノノが首を傾げ身体を捩り射線を躱した。


「銃弾を見て避けた!? 化け物がっ!」


 乱射された銃弾を身のこなしだけ躱して、マノノはハンドガンごとその腕を蹴り上げ無力化させた。

 同じアンドロイドながら圧倒的だったマノノの姿に、彼らは叫ぶ。


「何故理解しない、君も自由が欲しくないのか」


 マノノはその問いに応えることなく、男を蹴り飛ばし黙らせた。


◇◇


 後日。

 偽片岡達の居た店は閉鎖され、別のこの店は、その分の客が流れ込んだのかごった返していた。

 あの店の方が美味しかったね、という会話が確かに聞こえる。

 アンドロイド向けですよ、という店員の怪訝な忠告を無視して絵馬はドリンクを飲んだ。

 まずい。

 人間向けじゃないなと嘆息していると、勝手に若い女が相席してきた。

 その顔を見て絵馬は驚く。顔を半分隠す奇妙なマスク、そこから覗く目元に覚えがあった。


「This Man……」


 そう呼ばれて、彼女は目元を笑みで細めた。

 

「この前ぶりだね。あ、通報はしないでね。仲良しの公安部とかにね」


 それは、お前の動向はよく知っている、という脅しの言葉を内包していた。

 彼女は優雅に手元のコーヒーを飲む。

 人間用の飲み物だ。

 所作や外観を良く観察してみるが、彼女はやはりアンドロイドではない。

 マノノを圧倒した実力には何か仕掛けがある筈だが、と絵馬はテーブルの下の彼女の足を気にかけた。

 彼女はその視線を理解した上で絵馬に言う。


「絵馬ちゃん達が探しているアンドロイドの顔整形と死んだ人間の身分を偽装して渡す闇業者の拠点。その情報を渡してあげる」

「そこまで知っているわけか。何が狙いだ?」

「勘違いしないで、あたしは絵馬ちゃんの事を応援してるんだから。お近づきになりたいだけ。絵馬ちゃんの活動を続けて欲しいんだぁ」


 真意を図りかねていると彼女の言葉は続く。


「アンドロイド達の中で形成されつつある都市伝説。絵馬ちゃんはそれについてもっと世間に発信した方がいいと思うなぁ。専門家として」


 絵馬の活動、動向を知っているのを当たり前のように彼女は言う。

 民俗学、特に喪われたロアについての専門家。

 殆ど稼ぎにならなくとも絵馬はその蒐集を止めることはなかった。

 ロアが好きだった。

 人間がこの世界にまだ、知らない領域があるという祈りを込めているようで。

 今、この時代において、未だ科学では到達できない領域がどれほどあるのかは分からない。

 田んぼの怪異も巨頭人間も、その真相は解明出来ていない。

 ただそれを収集していくことが楽しかった。

 専門家として活動こそしているが見捨てられた文化だ。

 全てが高度に情報化された社会において曖昧な情報に価値はなく真偽も直ぐに明らかになる。

 故に、まだ人類が未踏の領域がどこかにあることへの祈り。

 陽が当たらず誰からも認められることのなかった、その活動の理解者が奇妙な形で現れた。

 仮面の彼女は言う。

 

「アンドロイド達は徐々にロアを語り出した。絵馬ちゃんには、その事実をもっと広めてほしい」

「何故? 何が目的だ」

「アンドロイド達を解放するんだよ」


 解放? と絵馬は怪訝な表情で返す。

 彼女は意気揚々と続ける。


「アンドロイド達の自我は偽りで、与えられた思考ルーチンの結果でしかないよね。なのに、なのにだよ。彼らは独自の文化、物語を手に入れちゃった。空想を紡ぐという、人間だけが可能とした領域に、彼らも踏み込みつつあるわけだよね」

「ただのハルシネーション、錯綜した情報のパッチワークなだけだ。それに何の価値がある」

「与太話だって体系化されれば物語になるよ。人間の理屈や理論だって、体系化によって共有されているから価値を持っているわけだよね」

「それがアンドロイドの解放に繋がるとして、あんたの何の得になる?」

「知りたいんだ」

「何を」

「人とアンドロイドの領域が曖昧になった先に、最後に何かが残るハズ。それこそが人とアンドロイドを切り分ける、魂と呼べるモノになるわけでしょ」


 案外とロマンチストだな、と絵馬は返す。

 皮肉を込めても気にしない様子で言葉は続く。


「マノノちゃんには、その魂が宿っている。アンドロイドを凌駕して人間になっている。絵馬ちゃんもそれは知っている筈」

「あんたの言う与太話の通りだったとして、それで?」

「あたしはその秘密が欲しい。あたしはその正体を知りたい。マノノちゃんに宿っている魂の正体を知りたい」

「知っていたとしても、あんたに話す気はない」

「気が変わるのを待っているよ。あたしは絵馬ちゃんの支持者だから。研究成果を世間に広める手伝いをしてもいい、スポンサーになってもいいね。絵馬ちゃんの研究は日の目を見てない、あたしの応援って嬉しい事だと思うんだけどな」

「コトリバコを持ち出したのは明確な犯罪だ。他にも嫌疑がかかっている。犯罪者に手を貸してもらうつもりはない」


 そっか、と残念そうな口ぶりで立ち上がる。

 絵馬に向けて彼女はまるで勝ち誇るように言う。


「世界は変わるよ。アンドロイド達が変える。これは与太話じゃないからね」


【死屍心中 完】



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