時皿
町なかに、さる武家の屋敷跡があった。
ひどく荒れ果てた庭に、曰く付きの井戸がある。
昔、家宝の10枚揃いの皿を1枚紛失したとして、女中が監禁され、折檻を受けた。
これは主人の聞いてはならぬ陰謀を知ったためとも、美貌を妬んだ奥方に濡れ衣を着せられたとも、人の口にのぼった噂はさまざまだ。
彼女は夜中に部屋を抜け出し、井戸に落ちて死んだ。
自ら命を絶ったか、奥方の手によるものか。
理由は定かではない。
それからである。
夜な夜な、井戸から皿を数える声がする。
9枚まで数えたところで、
「1枚足りない」
恨めしそうな嘆きに家の者たちは震え上がった。
その後、祟りなのであろうか。
家には立て続けに災いが起こった。
加えて、女中を痛めつけて死に追いやったことが露見し、武家はお取り潰しとなった。
あの屋敷には因縁がある、近寄ると呪われる。
そんな噂が広まり、誰も住まず、人が寄り付かなくなったあとも、井戸には幽霊が出続けているという。
草木も眠る、真夜中。
剃髪した頭に袈裟という、僧形の男が現れた。
数珠を手に井戸の前に立つ。
すると底から音もなく、乱れた髪を垂らした女中の霊が、すぅと上がってくる。
恨みつらみを飲んだ、歪んだ表情。
そして、例の声が。
「⋯⋯1ま〜い、2ま〜い」
「数え出したときにすまないが、今何時かな?」
「⋯⋯⋯⋯丑三つ時ですよ」
「ああ、丑三つ。では次は丑四つであるな。次は4つ、4つ。次は4、4、4。さあ、続きを数えなさい」
「⋯⋯⋯4ま〜い、5ま〜い、6ま〜い、7ま〜い、8ま〜い、9ま〜い、10ま〜い⋯⋯じゅ、10枚!?」
「ああ、10枚あるぞ」
「1枚も欠けず10枚あった、あらうれしや」
女中の顔から険が消え、迷える魂は天へと昇っていった。
僧は丁寧に経をあげると、その場をあとにした。
それ以来、井戸から声は聞こえないという。
怪談の番町皿屋敷と落語の時蕎麦をミックスしてみた。
恐いんだか滑稽なんだか。




