大雅、男子校で恋人ができる!?
翌朝、武刀高等学校の通学路に向かう《男子部》の男達。
同じ方向へ歩いていく女子高生達と合流することになる。他校の生徒だと思いたいが、彼女達が身に着けている制服には既視感があった。昨日同級生たちが着ていた女子のブレザーで間違いない。ご丁寧に武刀高校の校章が胸についていた。
大雅は何度も目をこすり、目薬をさして確認するが、スカートを履いた女子高生が男子高校生に変わるはずはなかった。
「やはり夢じゃねーのか……」
昨日だけが特別という訳ではなく彼らに取ってブレザースカートでの登校が日常化しているようだ。入学式があった昨日は緊張のあまり周囲に気を配れなかったため、彼らが同校の生徒だと気づくのに時間がかかってしまい脳が現状を理解したのは教室についてからだった。
それに引き換え今日は通学路から女性服の同校生達が目に入ってそわそわしてしまう。短めのスカートで登校する生徒達は男性陣から注目の的になっていた。
通勤途中のサラリーマンや他校の男子生徒達が視線を送っている。平静を装っているが目の動きが隠せていない。実際武刀高校生徒は容姿の整った生徒が多く彼らが目と心を奪われるのも無理はないのだ。問題は性別が男性だという点だけである。
「あの子、可愛くね?」
「おい、声かけてみろよ」
そんな他校男子生徒の会話がどこからか聞こえてくる。彼らが興奮している生徒達が同性の男であるとは夢にも思うまい。真実を告げたところで揶揄われているととられかねない。彼らの性癖を歪めないためにも言わぬが花というやつである。
孤独感に苛まれた大雅は《男子部》の仲間を探そうとするがその姿は見当たらなかった。
天満は寝坊の末遅刻しており、光輝は男の娘の流れに耐えきれず近くのコンビニに駆けこんで登校時刻をずらしていた。一樹は浮くことを予測して早めに登校していたので既に教室に着いていた。真鞘に至っては昨日と同じく完全に気配を断っていて感知することができない。
「こんなことなら《男子部》で登校時間を合わせておくんだったぜ……」
視界の少し先には日傘を差した生徒が見えた。昨日話した副会長の央黄竜水だろう。『傘の人』と呼ばれるだけあって確かに大きな白い傘は目立っている。隣にいる黒髪の生徒は生徒会長に違いない。話していた通り公私共に仲が良いらしい。手持無沙汰な大雅は二人に声をかけようかとも考えたが、周りの男の娘達の波に呑まれて見失ってしまった。
そして大雅が校門をくぐる頃には女子の制服の生徒で視界が埋め尽くされてしまう。登校時間なのだから当然であるが、男子校とは思えない華やかな朝だった。
校則が緩いためか女子校と違ってスカート丈や髪型などが多種多様になっていて見ていて飽きない。彼らが本当の女子ならば声をかけて口説きに掛かっているだろう。しかし彼らはまぎれもない男子生徒なのだ。興奮するのはトリックアート効果でしかない。
(自分の眼を信じるな、安河内大雅。目の前にいるのは同じ男子生徒。心をかき乱す要素はない。如何に見た目が可愛かろうが股間は俺とペアルックのはずだ)
目を閉じて自分の言い聞かせる。視覚がなくなったためか他の感覚が敏感になっていた。
耳から聞こえてくるのは男性とは思えない高い音域の声である。「駅前でタピろう」とか「放課後カラオケ行かない?」などとギャルのようなやり取りが聞こえてくる。
耳を塞ぐと鼻孔を良い香りが刺激した。女の子特有の香りと錯誤しかねない香水の匂いである。目を閉じたことで却って想像力が膨らんで巨乳の女子高生が周囲を徘徊する姿が浮かんでくる。大雅は今日まで性欲を持て余した男子高校生の妄想力を侮っていたのだ。
(いかん! 目を閉じたら逆に理想の女子を想像してしまう!)
視覚を解禁すると、制服を着崩した男の娘達が目に入ってきた。彼らの胸や下着は制服に隠れて視ることはできない。しかしその可憐な外見から目に入らない秘部を男子の妄想力で補完してしまう。目を反らそうにも四方八方は男の娘で包囲されている。
自分の常識が通じな光景に浸蝕された大雅はついに発狂した。
「だぁー! お前らいい加減にしろ! 男だろ!? もう自分の性別を自覚しろや! 何が化粧だ!? 何がお洒落だ!? 男に必要なのは強さと度胸だろうが!!」
「どうしたの? 安河内君? ひょっとして欲求不満かな?」
心配そうに声をかけてきた生徒は昨日教室で見た顔だった。彼が山田幸一郎と名乗っていたことを思いだす。勿論性別は男であるがサイドアップした髪型の似合う女子高生にしか見えない。童貞を殺す笑顔で挨拶してくる山田に軽く殺意を覚えてしまう。
「ヤマダァ! 大層な名前が泣いてるぞ! お前もチャラチャラしてんじゃねー! 股間に手を当ててよく考えてみろ! 生まれもったムスコが鎮座しているはずだ!」
「もうっ! 安河内君のえっち!」
恥じらう姿は年頃の少女そのものだ。大雅としても相手が本当の女の子ならトキメキを感じただろう。そこから恋愛に発展するなら健全な男子高校生としては嬉しい限りである。
しかし相手は男だ。「男性」「雄」「少年」「Boy」「Male」等々言い回しは多岐にわたるが、紛れもない同性なのである。如何に見目麗しくとも〝男〟なのだ。
ブラウスの間から無防備の無乳が見えてしまったとき、大雅の〝男〟が反応してしまった。同時に担任大熊の「可愛ければ男でもいい」という言葉が蘇ってくる。それを証明するようにズボンの奥から自己主張を始める己の性欲に大雅は我慢の限界を迎えた。
「俺は正常だ! お前が女の恰好をするからいけないんだ! 脱げ! 全裸になれ! 生まれたままの姿を晒せば自分の正しい性別を理解できるはずだ! さぁ早く脱ぐんだ!」
「キャー! やめて、乱暴しないで!」
教育的指導のもと女装する同性の服を脱がせているだけだが、客観的には公衆の面前で女子高生を襲っているヤバい奴にしか見えなかった。
緊急事態を察した周りの生徒達も二人の間に割って入る。いくら血気盛んな若い男といっても複数の生徒に取り押さえられれば成す術はなかった。
他の生徒も女生徒に見えるだけで皆腕力のある男なのだ。抵抗はできない。
複数の生徒に組み敷かれて落ち着きを取り戻した大雅の眼には涙目になって乱れた服を正す山田の姿が映っていた。ブラウスは破れてボタンは弾け飛び、胸元が露出して酷い有様になっている彼女は友人に肩を抱かれている。誰がどう見ても性犯罪の被害者と加害者の構図である。
「朝っぱらから同級生襲うなんてアンタ頭おかしいんじゃないの!?」
「もし好意があったとしても、順を追ってお付き合いするところから始めないとだめよ」
厳しい口調で叱咤してくる男の娘たち。
地面に這いつくばる大雅は自分を見下ろす彼らを呆然と見上げる。
「待って、俺が悪いの? だって俺、男の服を脱がせただけじゃん。女装をやめさせようとしただけだよ。それがなんでこんな……」
弁解の余地はなかった。模造刀を帯剣した先輩方に説教され両脇を抱えられて退場することになってしまった。すれ違う生徒からは侮蔑と恐怖の眼差しを向けられる。完全に性犯罪者の逮捕の瞬間である。新聞部らしき生徒がカメラを構えて激写していた。彼から「犯罪の動機は?」などと無礼な質問が飛んできていた。
大雅はそんな光景をどこか他人事のように捉えていた。
――その後、安河内大雅はすぐ生徒指導室で軟禁された。
生徒への乱暴未遂は名門男子校にとって前代未聞のことではあったが、前例がないからこそ処分が軽くなったともいえる。これが共学だったら問答無用で即日退学処分を言い渡されていただろう。幸いにも被害を受けた山田幸一郎の嘆願から停学になることもなく、反省文の執筆と本人への謝罪の上、厳重注意で許されたのである。
睨みを聞かせる教師は入学式で今年から赴任したと紹介のあった新人だった。新米故にやる気満々で「男の娘でも服を脱がせるのは言語道断だ」と耳にタコができる程説教された。大雅は死んだ魚のような目で原稿用紙に文字を書いていく。
『私、安河内大雅は公衆の面前で良き友人である山田幸一郎さんに対して淫らな行為をしてしまったことを深く反省し、同じ過ちがないように努めさせていただきたい所存であります。つきましては、山田さんに対して重ねてお詫びし、破れた制服の賠償と慰謝料の支払いをさせていただきます。今後の私の更生を見守っていただければ幸いであります。』
理不尽から耐えるために無心で書いた文章である。
何度も朗読させられて解放される頃には最後の授業終了のチャイムが聞こえてきた。
疲労困憊で指導室から解放された大雅が廊下に出ると、被害者の山田が待っていた。彼のボディガードのためか友人らしき生徒が睨みを利かせている。そんなに睨まなくとも生徒指導室から出たばかりで問題を起こすつもりは毛頭なかった。速やかに地面に手をついて理想撃な土下座を披露する。
「山田さん、大変申し訳ありませんでした」
「ううん、私も安河内君を挑発しちゃったところもあるし。もう怒ってないから」
「いや、マジに反省してるから! 男同士とはいえ、人前で服を脱がせるのは良くなかった。酷い凌辱行為だったはずだし……ほんとにごめん」
口だけの反省ではない。心の底から懺悔していた。もし山田が「心は女の子」という状態であったなら登校時の大雅の行動は最大限の侮辱行為でしかない。己の行動を客観視して真摯に謝罪したのである。その想いが通じたのか山田は慈愛に満ちた微笑みで手を差し伸べてくる。
「頭を上げて安河内君。もう気にしてないよ」
「山田……俺を許してくれるのか?」
「うん。それに強引に迫られたの……嫌いじゃなかったから」
赤面して大雅の顔色を窺う山田は恋する乙女の表情になっていた。意識しなくとも彼から大雅への好意を感じさせる仕草である。自分に襲い掛かった加害者の減刑を嘆願した時点で気づくべきだった。彼は男らしさを求める大雅に想いを寄せてしまったのである。
「安河内君もその気があったみたいだし……あの、お友達からでも?」
「いや、いやいやいやいやいやいやいやいや! 俺、男とか無理だし!」
大雅の言葉により一瞬にして空気が凍ってしまった。
好意を拒絶されたことで山田は酷いショックを受けてその場で倒れ伏す。そんな彼を受け止め支えた友人達が敵意剥き出しで罵倒の言葉をぶつけてきた。
「さっちゃんの広い心に許してもらったのになんてひどい仕打ち!」
「身体だけを求めてたってわけ!? 最低! さっちゃんに勃起してたくせに!」
「見てたのかよ、てめぇら! そういうところは男だなっ!?」
旗色が明らかに悪い。ここで明確に彼を振ってしまうことは簡単だが、その後の学生生活に影を落としかねない。「乱暴未遂を許してもらったのに相手の好意を拒絶した屑」として学校を出歩くこともできなくなるだろう。
朝の出来事は数多くの生徒に知られている。これ以上心象を悪くしたくない。全校生徒が男の娘化した理由を解き明かすまで生徒達の協力は必須だ。悪評は何としても阻止しなければならなかった。
「……ぐすっ、安河内君は私が男の娘だからダメなの?」
潤んだ瞳で見つめられるだけで言葉に詰まってしまう。彼と付き合えないというのは大雅の本心であるが、彼を傷つけた罪悪感もあるために改めて否定することができない。
「いや、まぁ男は無理だが、山田は可愛いかなって。でも俺は彼氏なんて作ったことはないから山田を傷つけると思うし距離を保った方が互いのためだと思ってよ」
「ううん、全然いいよ! 本音でぶつかれば傷つくことなんて沢山あると思うもん。一緒に付き合っていく内に理解し合えるよ。もっと安河内君のこと教えて?」
懐が広く相手を立てる理想的な恋人のスキルを山田幸一郎は持っていた。惜しむらくは彼の性別が男であることだ。大雅としてはそこが一番妥協できなかった。
(これは……断れない流れだな)
日本人は空気を読むことに長けている。それは保身のため、責任回避のため、そして時流に乗るために必要となるスキルである。大雅は下手に拒絶して立場を悪くするよりは流れに身を任せることが安全だと判断した。
山田幸一郎は腕を組んでくるが悲しいかな胸の感触は皆無だった。
彼の友人達は幸一郎が納得しているならと二人の関係を祝福している。その日の内に外堀を埋められて二人の交際は学校公認となってしまう。
安河内大雅。
十五歳。
人生初めての恋人は男であった。
恋人ができたよ! やったね、大雅くん!
安河内大雅くんリア充の仲間入りですね。
記念すべき初恋人・山田幸一郎君も勿論男の娘ですね。
性別男であることを除けば恋人として凄くいい子です。幸一郎の「幸」が「さち」とも読めるので友達からは「さっちゃん」の愛称で呼ばれています。
好みのタイプは男らしい人。まさに安河内大雅くんが理想です。