男子部の討論会
――ようやく進展したと言える情報を掴んだ《男子部》は空き教室という名の部室に戻り、次の活動について議論することとなった。議題は勿論謎の脅迫者の捜索である。
「鳳先輩を生徒会長に担げることから犯人が複数人であることは確かだ。この脅迫者たちの身元さえわかればそいつらを締め上げればいい」
「よっし、じゃあさっさと探そうぜ! タイガ!」
「それが問題なんだよ、天満。この脅迫者たちについて一切の情報がない」
「一応手紙の指紋も確認してみましたが、個人を特定できませんでした」
「チッ! 結局分からねーことばかりじゃねーかよ」
「いや、何者かの存在は明らかになったんだ。後は彼らの目的を調べればいい。動機さえ特定できればそこから逆算して首謀者に辿り着けるはずだ」
真鞘の言いたいことは分かる。男子部員は黙って思案し始めた。
首謀者の目的について頭を捻ってみるが見当もつかない。
男の娘化をするメリット。そんなものあるはずがない。可愛い女の子が拝みたいなら健全に共学に進学すればいいだけだからだ。
「みんな何難しい顔してんだよ。……目的なら全校生徒を女にすることじゃないのか?」
「アホ、その先だよ。野郎共に女装させてどーなるんだ?」
大雅は何も考えていない幼馴染の頭の悪さに辟易して秒で突っ込んでしまった。
中学時代からおなじみのやり取りだ。
彼は両指を頭にグリグリと当てて深く考えながら一つの結論を出した。
「えっと……目の保養になる?」
「馬鹿の考え休むに似たり、って奴だ」
「コウキー、それどういう意味だ?」
「チッ、嫌味の一つも理解できねーとこっちが疲れるぜ」
しかし三人寄れば文殊の知恵。五人集まればさらなる考えが出てくるというものだ。
三十分程話し合ったことでいくつかの可能性があげられた。
一人ずつ、教壇に立って己の主張を展開していく。
――動機① 『犯人女の子になりたかった説』 (首藤一樹の主張)
「チッ、本人がなりてぇんなら勝手にすればいいだろ? なぜ周りを巻きこむ?」
御手洗光輝は苛々しながら疑問を吐き捨てる。
しかし一樹も主張を曲げようとはしない。
「木を隠すなら森という訳ですよ。自分一人が女装すれば当然全校生徒に偏見の眼差しで見られてしまいます。しかし、全員が男の娘なら偏見が生まれません。寧ろ普通男子のボク達の方が異端という訳になります」
「なるほど。犯人の目的は達成されたことになるな」
彼の主張に部員たちは一定の理解を示した。
赤信号みんなで渡れば怖くない理論だ。全員男の娘なら女装は悪目立ちすることはない。誰かに暴言を吐かれることなく自分らしく振る舞えるのだ。
眼鏡をかけなおした一樹はどや顔で教壇を降りて次の主張者に譲った。
――動機② 『犯人男性恐怖症説』 (剣崎真鞘の主張)
「私はこの説を推したい。男に対してトラウマがあるのなら生徒の見た目を女に変えるという行動理念も納得だ。己の恐怖心を抑え込むために強硬手段に出たのだろう」
「あ? 男が怖ぇなら男子校に入学したことと矛盾しねーか? 初めから共学を選べばいいじゃねェかよ!」
教壇から身を乗り出して強く主張する真鞘に突っ込みを入れたのはやはりインテリヤンキーの御手洗光輝である。中々切れのある反論だった。
ただ大雅はこの主張に納得していた。
「いや、鳳先輩が一年のときに脅迫を受けていることから首謀者は二年生以上に限られる。在学中にトラウマを植え付けられて後天的に男が怖くなったのなら剣崎の主張通りになる」
「男性に対する恐怖が特定の人物に端を発するなら、その人物への復讐と自分の存在そのものを隠蔽するという意味でも全校生徒を男の娘にした行動は納得感がありますね」
自分の主張に自信満々だった一樹も真鞘の主張も一理あると悩み始めていた。
二つの学説がぶつかる中、さらなる新説を唱える者が現れる。
――動機③ 『社会実験説』 (御手洗光輝の主張)
「俺は断然この説を推すぜ。武刀からは高偏差値の大学進学者も出てる。学校全体で女装による集団心理の実験をしてやがるんだ。それを手土産に推薦を狙ってるんじゃねーか? 進学に関係するならセンコ―共が黙認してる不自然さも説明できるだろ?」
「御手洗君、ヤンキーの癖に理知的な説を押してきますね」
「……っせーよ」
「これも説得力あるな。後で先生に尋ねてみるか」
社会実験説もまた一定の支持を得たようだ。
そして最後に教壇に立ったのは矢神天満だった。
――動機④ 『犯人何だかんだで楽しみたかった説』 (矢神天満の主張)
「みんな、オレをバカ扱いして酷いぜ。犯人は可愛い子と学校生活を楽しみたかったんだよ! ムサイ野郎じゃなくて可愛い女の子がいた方が盛り上がるだろう?」
何も考えていないような主張に他の部員たちはあきれ果ててため息も出てこない。
机に足をかけながらバカにするように光輝が反論する。
「ンな訳あるかよ。てめぇの説が正解だったら一年間パシリしてやるよ」
「まぁ天満の説も話としてはおもしれーが、動機として実行するにはリスクが高すぎる。他の主張はリスクに見合うだけのリターンがあるが……」
動機についての推測が煮詰まったが、まだ分からないことだらけだ。
動機以外で推測できたのは犯人が上級生であることだけだが、今日は生徒会など一部を除いて上級生は登校していない。二年生以上が登校するのは部活見学が始まる明日からである。
一連の首謀者を上級生と結論付けていた《男子部》は先輩達への聞き込みは明日以降ということになった。今日の内にできることは他の可能性を潰しておくことだ。
一同が向かったのは職員室だった。
教職員は今日から勤務している。しかし入学初日に話しかける教師の人脈は皆無といっていい。
職員室へと赴いて呼びかけたのは担任の『大熊権太』だった。
「先生、お尋ねしたいことがあります」
「生徒の女装の件について俺から話せることはないぞ」
最も聞きたいことを拒否されてしまった。しかし口を噤むということは探られて痛い腹があるということに他ならない。
「先生! うちは名門男子校ですよ!? なんで女装を容認してるんですか!?」
「武刀高校の校則に女装を禁ずる項目は存在しない」
「だからって、限度があるでしょう!」
「我が校は生徒の自主性を重んじているんだ。それは昔から変わらない」
大熊の言う通り、武刀高校は偏差値が高い割には厳格な校則がない。髪型も自由だし、染髪まで黙認されている。真面目な行事以外ではアクセサリーを身に着けることすら許されている程だ。御手洗光輝が良い例だろう。この学校では結果さえ出していれば大概のことはお目こぼしされるのだ。その緩い校則と自立を重んじる校風から生徒も伸び伸びと活動しやすくなる。
「これ以上話すことはない。お前達も早く帰って予習するなり遊ぶなり青春を謳歌してろ」
彼の態度は話を長引かせたくなさそうな雰囲気を醸し出していた。
男子部は円陣を組んで教師の態度について議論する。
「これは何かありますね」
「チッ、普通の教師は殴れねーな……」
生徒会長にしたような強硬手段は職員室では使えない。入学初日に退学処分は流石に格好がつかない。他の手段を考えるしかないが交渉を有利に進めるものはおもいつかない。
「先生と私達とでは立場も人脈もケタ違いだ。今日の所は引き下がるしかない」
小声で作戦会議している中、いつも出しゃばる天満がやけに静かだった。不審に思った部員達が彼の方を見てみるとピンクのメモ帳を読み耽っていた。それは生徒会室に置かれてあったものだ。何と拝借してきてしまったらしい。
彼はメモ張に目を向けたまま大熊の前に出てくる。
「なぁ、大熊先生って生徒会と仲いいのか?」
「なななな、何の話だ!?」
何気ない質問なのに明らかに狼狽している。これは何かあると思った大雅は天満からメモ帳を奪って再びその内容に目を通した。『熊ちゃん♥』と書かれたそこには大熊先生とギャルっぽい派手な子がツーショットで映ったプリクラが張られていた。
圧倒的に有利な交渉材料を手に入れたことで《男子部》全員が黒い笑みを浮かべる。
「先生、生徒と関係を持っちゃったの?」
「やましいことは何もない! 生徒会の相談を受けているだけだ!」
「おや? おかしいですねぇ。このメモ帳の記載時刻は明らかに土曜日の深夜。スケジュール表には繁華街の写真もあります。一体何のご相談をされていたのでしょうか?」
目敏く二人の密会の証拠を写真に収める一樹。その横で同じく携帯を取りだした光輝は手慣れた仕草で特定の番号を入力していく。
「あー……俺、手が滑って教育委員会の番号押しちまったわ。コールボタン押すだけで繋がっちまう。今日は口が軽い気分なのはなんでだろうなァ?」
「先生、私は失望しました。せめて最期は潔く腹を切ってください」
「待て! 話せば分かる! 場所を変えよう!!」
大熊は職員室の他の教師の眼を気にして一番近くの教室に移動を促す。
全ての自白を条件に《男子部》は人目のない教室へ移動した。
そして改めてスケジュール帳をつきつけると、彼は言い逃れできないことを悟って語り始めた。
「教員免許取得した頃は女子高生との禁断の恋愛と夢見たが……男の採用枠はなかった。そして公務員試験も落ちてしまった。親のコネで手に入れた職を失う訳にはいかない」
縁故採用というのは初耳だった。しかも教員免許を取得した動機から実に下らない。
心底軽蔑した一樹が冷たい目を向ける。
「控えめに言って最低ですね。ボクはこんな大人になりたくないです」
「金のためとはいえ男子校勤務は性欲を捨てたようなものだ。何が悲しくて男のケツを追いかけなきゃならんのかと思っていたが、ある日生徒が美少女に変身した。これは日々頑張っている俺へ神様からの贈り物だと確信したんだ」
「あ? 何言ってんだコイツ。それで生徒に手を出して言い理由にはならねーだろうが!」
バンっと机をたたくインテリヤンキーの威嚇にも動じない教師は淡々と自己弁護を展開していく。
「誘って来たのはあの子の方だから俺は悪くない。それにこれは援●ではなくクラウドファンディングだ。先生は彼女に融資した見返りを貰っただけだ。可愛いければ男でもいい。寧ろ男の良いところを心得ていて最高のテクニックを見せてくれた」
「屑野郎ですね。実家から真剣持って来ましょうか? 江戸時代罪人の斬首に使われたそうですよ。祖父が研いでいるのですぐに首が落ちると思います」
抜き身の刀のような鋭い視線で威圧する真鞘。
――というか竹刀を抜刀して斬りかかりそうな勢いである。
さすがに殺気を感じた大熊は腰を抜かしてしまった。
「勘弁してくれ! 職も名誉も命も失いたくない! あーなんでこんなことに……!?」
「先生はアレだな、……穴があったら入れたいって状態だなっ!」
「天満、その間違いは今シャレにならん」
正しくは「穴があったら入りたい」であるが、男の娘相手に援助交際まがいのことをやっている男性教師を前にその間違いはコンプライアンス的にアウトだった。
主人公たちの担任・大熊は男の娘相手に援助交際している屑でした。
※漢が相手でも未成年に手を出したらアウトです。
ただ男子部の交渉カードとしては切り札級のものを手に入れましたね。次話は教師の目から男の娘化浸透の経緯が語られます。