突撃! 隣の生徒会!
生徒会室の電気は点いている。人影は一人分しかない。
今が絶好の機会だと考えた《男子部》は思い切り扉を開けた。
中央のデスクに鎮座する生徒会長・鳳密と目が合った。
長い黒髪を姫カットに切り揃えたその生徒は女性としか思えない。
一度体育館でお目に掛かっているとはいえ、至近距離で見てみると感想が異なる。股に自分達と同じものがぶら下がっているとは思えない色気を醸し出していた。黒いストッキングに包まれた足を組み直しわざとらしく微笑んで見せる。
「あら、新入生? ノックくらいしてほしかったわ。着替え中だったらどうするの?」
「同じ漢っすよ。堂々と着替えたらいいんじゃないっすか」
「ふふふ、そうね。それで新入生の貴方達が生徒会長に一体何の御用?」
「恍けないでください。貴方はこの学校に漢がいなくなった理由を知っているはずです」
「私はあなたから女装を教わったという証言を聞きました! 言い逃れはできませんよ」
「一体何の理由があってこんな茶番をしやがる!? とっとと元の男子校に戻しやがれ!」
彼の机を取り囲んで男子部総出で尋問するが、生徒会長だけあって動じることはない。相手が暴力に訴えかけない以上、こちらから仕掛けるわけにもいかない。
「自分達の立場はよくよく考えた方がいいわ」
「立場だって?」
廊下を素通りする生徒達が短い悲鳴を上げて足早に去っていく。
窓に映った自分達の姿を顧みた大雅たちは焦った。
一人の女性に大勢の男性が取り囲む絵面にしか見えない。真実は男が男を問い詰めているだけなのだが外見至上主義の現世では非常にまずい構図だった。
急いで生徒会室中に散る《男子部》。自身の拘束が解かれたことに安堵した密は服の乱れを正していく。ちょうどその間に生徒会室に来訪者があった。当たり前のように女装しているその生徒が生徒会関係者であることはすぐに分かった。腕に『副会長』腕章をつけていたためである。長い白髪に白い肌、ルビーのような赤い瞳の彼は女装してなくても美少女に見えたことだろう。黒髪の生徒会長と並ぶとより白さが際立った。
「あれ、来客中だった? ごめんね、ぼくが対応しなくちゃいけないのに」
「新入生の子達よ。紹介するわね。こちらは私の右腕の央黄竜水。昔から頼りになる友人だから、生徒会でも補佐をしてもらってるの」
「副会長の央黄竜水です。みんな、よろしくねー。学内世論のコントロールからライバル派閥の失脚裏工作まで密ちゃんを幅広くサポートしてるんだよー」
「それは本当に副会長の仕事なのか……?」
政府工作員や支持団体の仕事だろう。真っ白な見た目の割りに中々ブラックな人だった。《男子部》一同が副会長の容姿を凝視していると彼は自嘲気味に笑った。
「やっぱり肌とか髪とか気になるよね。ぼく、アルビノなんだ。直射日光に弱いから日傘が手放せなくて。おかげで『傘の人』って有名になったんだけど」
「竜水の傘は目立つからね。身体の弱いこの子をサポートするのが生徒会長であり親友でもある私の役目なの。……何より、病弱な子を手助けすると世論を味方に付けられるし得なのよ!」
「……最後の台詞さえなければ完璧でした」
「なァ、アンタ利用されてるだけじゃねェの?」
「ふふふ、密ちゃんは昔からお腹の黒いところをぼくにだけ見せてくれるから好きだよ。それに友達って言うのは少なからずお互いを利用しているところもあるから……」
当人同士で納得しているのなら二人の関係に割って入ることもないだろう。竜水は慣れた手つきで優雅にお茶を入れだした。高価な茶葉の香りで平静を取り戻した男子部員達は椅子に腰かける。副会長の入れる紅茶はとても美味でとてもリラックスができた。
「生徒会長、改めてこの学校の変化についてお聞きしたい」
「この学校の変化……ね。確かに武刀高校は由緒正しき男子校だった。それがいつの間にか皆女装するようになってしまったわ」
「我々は貴方こそがその黒幕だと思っていますが?」
副会長は友人が追求されている最中も敢えて何も言わずに茶菓子の用意を始めていた。自分の領域かつ側近が控えている密は一樹の鋭い追及にも動じず紅茶を呷って一息入れる。
「それは大きな誤解ね。私は生徒達の行動を黙認しているだけ。女装したい生徒がいれば浮かないように手助けしてあげているけど、私は主犯じゃない。むしろ被害者よ」
「被害者?」
首を傾げる一同の前に写真と手紙が提示される。
写真は後ろ手で縛られて女装させられた鳳密が映っていた。男性時の姿のものと女装時即ち現在の姿の写真が混在している。薬物か何かで眠らされている様子である。
「あン? この写真が何だってんだァ? 今の女装となにがちげーんだよ?」
「御手洗君、分からない? この写真が撮られたのは武刀高校生徒が男の娘化する前なの」
厳格な男子校の優等生が女装縛りプレイをしている写真が撮られたとすればそれは立派な脅迫の材料になる。現に彼が示す手紙の方は「この写真をばら撒かれたくなかったら言うことを聞け」というお約束の脅迫文が踊っていた。
「いきなり襲われて眠らされたの。犯人の顔も見ていないわ。でも全校生徒の女装が定着すれば私の写真も意味がなくなると思えばこの流れに協力するしかなかった。信じて! 私は生徒に女装を強要していないわ。あくまで手助けしただけよ!」
「一応副会長として密ちゃんへの脅迫は事実だと証言させてもらうよ。ぼくに一番に相談したからね。もし自作自演だったなら密ちゃんはもっと大衆に被害者アピールするだろうし」
「竜水……その信頼の仕方は少し傷つくわね」
「タイガぁ、会長はやっぱりただの被害者なんじゃないか?」
「そうだな――ん?」
大雅は脅迫文となっている手紙に気になる記号を見つけた。「1/2」という数字。同封されていたという写真と日付が異なることから1月2日という意味ではなかった。その数字が指し示す意味は対になる「2/2」に該当する手紙がもう一枚あるということである。
「会長、隠さず全部出してくれ」
「いや、後半の手紙は私のプライバシーについて書かれたものだから!」
「四の五の言わずに曝け出しな! 俺達は学校を変えやがったクソを探してるんだ。その手掛かりがあるんなら生徒会長として提供すべきだろう?」
「あの手紙は関係ないわ! 見せる必要を感じない!」
あくまで頑なな態度に痺れを切らした一同は強硬手段に出た。武闘派の光輝と真鞘に密を押さえてもらい、残りの三名で生徒会室の屋探しを始める。
密は竜水に助けを求めたが、彼はどこ吹く風と手鏡片手に身嗜みを整えだした。幼馴染が二枚目の手紙を自分にも隠していたことに少し拗ねているのかもしれない。屋探し組は一切の躊躇いもなく、引き出しや戸棚を探していく。その中で怪しいゴムを見つけた天満は息で膨らませ始める。凄まじい肺活量だ。
「なんだぁ? これは風船か?」
「コン●―ムじゃないですか! なぜ男子校にそんなものが!? っていうかロッカーからTバックを発見しました。こんなうっすい面積ではハミ出てしまいます!」
「こっちなんて怪しいスケジュール表見つかったぞ」
大雅が引きだしから取り出したのはピンクのメモ帳である。生徒会行事の日程についてメモ書きされているが、十六時以降の放課後に集中して『先生とパパ活♥』という言葉が記載されていた。しおり代わりに万札まで使われている。犯罪の匂いしかしない。
「私の所有物じゃないわ! 他の生徒会役員の私物も混ざってるの。勝手に探さないで!」
「じゃあ観念したらどうだ? アンタさえ素直になれば事を荒立てるつもりはないぜ?」
「会長、己の清き心に問いかけてみてはいかがか?」
項垂れた密は「記憶にない」「覚えていない」などと政治家のような逃げ口上を口にする。
しかし、彼の補佐である竜水の方は「隠しものはよくここに入れている」と秘密を暴露して二重の引き出しになっていた会長机から二枚目の便箋を取りだしてきた。会長は抵抗するも時既に遅し。手紙は《男子部》達の見守る机の上に開かれた。
『鳳密。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■する』
手紙の大半はマジックペンで上書きされて読めなくなっていた。
まるで重要事項を隠したい機密文書である。竜水もマジックで消された跡には覚えがないようで首を横に振っていた。下手人は生徒会長で間違いない。既に先手を打っていたのである。あまりの往生際の悪さに辟易した《男子部》は拳をポキポキと鳴らせた。
もう見た目が女性だからとか上級生だからとかで我慢できる領域ではない。怒髪天を衝くとはまさしくこのことである。
副会長と一緒に生徒会長を締め上げてようやく彼の口から真実を聞くことができた。
「一通目は脅迫文だけど二通目は裏取引なの。自分達に従えば生徒会長選挙で私に票を入れるだから当選したら便宜を図るように、と」
「生徒会選挙実施のとき鳳先輩はまだ一年。生徒会長になるには早すぎる……か。成程。一年生でありながらの生徒会長当選は組織票があった訳か」
鳳密の正体は初対面の清らかな印象とは正反対なあくどい政治家だった。
《男子部》一同がゴミを見るような目を向けると密は開き直った。
「そんな眼で私を見ないで! 学校政治を勝ち抜くためには多少の野心が必要なのよ!」
金銭で買収したわけではなく、一方的な協力依頼なので不正選挙とはいえない。
その後の保身に走った彼の行動は褒められたものではないが、生粋の悪人という訳ではないらしい。竜水も「密ちゃんらしい」と達観している。
それでも彼を脅迫した者達が学校の変化に起因したことは間違いない。彼らと直接敵対することはできなくとも、自分の境遇を誰かに相談していれば男の娘の浸透を防げたかもしれないのだ。
「生徒会長としては女装を止めるべきでは? いずれ学校外からも苦情が来るだろう。早い内に手を打つべきだ」
真鞘の指摘に密の手が止まる。スキャンダルには敏感らしい。
その動揺を好奇と見てすかさず光輝が追求する。
「なぜ女装を禁止しない? アンタが言えば多少おさまるだろ?」
「それはできないの。今や生徒達は自らの意思で女装しているわ。これを私が止めてしまえば彼らの意思に背くことになる。私はまだ新二年生。来期も生徒会長として続投するため、即ち次の生徒会選挙にも勝つためには大衆に迎合するしかないのよ!」
「嫌な政治家だな……」
生徒会から女装禁止の勅令を出すことはできないらしい。確かに無理強いしても大多数の生徒が叛逆すれば大雅たち《男子部》が女装を強要されかねない。
「取りあえず、《男子部》の創設と協力を認めてくれ。今はそれだけでいい」
「うぅ……こんな幼気な乙女を脅迫するなんて。私に選択権がないじゃない」
事務的に創部の手続きを行っていく。弱みを握った以上、彼が敵対することはないだろう。有益な情報があれば即提供することも約束してくれた。一先ず一歩前進したことになる。生徒会長を脅迫し、彼の当選を手引きした謎の人物または組織を探せばいいだけだ。
生徒会長は鳳密さんは黒いキャラですね。
嫌な政治家をそのまま高校生にした感じで描きました。
何者かに脅迫された彼はスキャンダルを恐れたのと利害の一致で要求を呑みました。
副会長の央黄竜水くんはアルビノ白髪赤目の子です。日差しが苦手なため日傘を常備しています。
二人とも今では当たり前のように男の娘になってます。