いつから学校は変わったのか?
自己紹介を済ませた一同は改めて名門男子校の全校生徒が男の娘化してしまった問題についてその探求と解決に向けて話し合うことになった。
「クラス中、いや学校中から男が消えた今、俺達はアウェイでしかない。どうだろう? ここは結束を固めるという意味で部活という形を取りたいんだが……」
「けっ! クラブごっこなんてやっていられるかよ! 俺は学校がおかしくなった理由を知りてェだけだ。理由さえわかれば解散する部活に意味なんてねーだろ」
光輝の抗議は尤もだ。しかし漢という帰属体を持つ仲間の繋がりを強めなければ全校生徒に太刀打ちはできない。最悪の場合は自分達すら女装の空気に呑まれかねないのだ。そんな大雅の考えを他のメンバーは理解してくれた。
「私も部活はありだと思う。正直なところ私は《剣道部》に入りたかったのだが、全員が女性の恰好らしく入り辛い。この問題が解決するまででも部活の体は成すべきだと思う」
「フフフ、アニメみたいで楽しいですからね。ボクも部活化に一票です」
真鞘と一樹の賛同を聞いた光輝は形勢不利と舌打ちしてそれ以上抗議しなかった。
部活化するにあたり、重要なのは名称と活動方針である。「なぜ男子校生徒が男の娘化したのか」という主題は一先ず置いておき、最初の議題はその命名ということになった。
「他の生徒に敵意を向けられたくはない。全校生徒男の娘化は解決したいがその主目的を隠す感じの名前がいいと思う。何か候補のある奴は挙手してくれ」
清く正しい男子校を取り戻したいのは皆同じだ。
一緒に馬鹿をやってエロい話題で盛り上がり、近隣の女子校との合コンをセッティングする。男子校生徒は誰もが夢想する学生生活である。だが現時点ではそれは実現できない。
同じ男だと思っていても見た目が女であればどうしても遠慮してしまう。エロい話は軽蔑されかねないし、女子校との合コンなどもってのほかである。男子校を正しい形に戻すために活動するがそれを知られない部活名を発案するために一同は熟考する。
「《ペ●ス部》なんていいんじゃねーか? 《テニス部》っぽくてバレねーと思うぜー」
「天満、うちの偏差値舐めてるだろ! 東大進学者もいるんだぞ!」
仮に卑猥さを無視しても文化部なのに運動部のテニス部に似せても隠蔽にならないだろう。呆れている大雅に次々と部名案が提案していく。
「チッ、なら《球技探索部》でどうだ? 玉のある男を探す裏方針を隠せると思うが?」
「いえ。御手洗君、それでは男漁りに来た男色化に取られかねないですよ。ボクは《釣り部》がいいと思いますね。漢を探し、男の娘化の真相を釣り上げる。竿と釣りをかけた我ながら高度なネーミングだと気に入ってます」
男子校らしい下ネタの数々がミーティングを支配していく。普段なら一緒になって笑うのだろうが、緊急事態の今は大雅の気を逆なでする材料にしかならない。
「お前ら、チン●から離れろや!」
「では股の間を取って《去勢部》というのはどうだろう?」
「それは一番取っちゃいけねーもんだ! 活動方針と真逆じゃねーか!」
唯一真面だと思っていた真鞘の珍回答に飽きれて肩を落とす。すぐに決まると思っていた部活名すら決まらない事態に焦りを隠せない。こんなくだらないことに時間を割いている暇はないのだ。
「ったく、全然まとまらねー。まぁ部活名はさほど重要じゃねーから今は《男子部(仮)》でいくか。活動方針は〝己の漢を磨く〟ことって適当にでっち上げておく」
大雅の独断で仮名称は決まった。もっといい名前があれば変わるかもしれないが、問題さえ解決すれば部活名はこの際どうでもいいのだ。
「んじゃあ改めて《男子部(仮)》の主目的である『全校生徒が男の娘になった理由』について話し合いたいと思う」
本題に直面した部員達の目つきが変わった。
司会進行役としてまずは大雅が着火点となるべく疑問を投げかけた。
「少なくともオープンキャンパスまでは普通に男子校だったはずだ」
「あァ間違いねェ。手伝いの在校生も全員今の俺達と同じ男子の制服を着てたぜ」
「私もそれは確認している。付け加えれば受験時の中学生も皆各々の学校の男子制服を着用していた。女装趣味の生徒は一人としていなかった。だからこそ現状に混乱している」
光輝と真鞘の証言に大雅も大きく頷いた。全員受験会場は同じ武刀高校であり、相違点は存在しない。全員があの時同じ現場にいて同じ景色を見ていた。そこに全校生徒女装という珍事に繋がる確かな根拠は存在しない。
「オレ達が知らないだけで入学時は女子の服を着る習慣があるんじゃないかな? ほら、ハロウィンの仮装みてーにさぁ」
全高等学校でそんな慣習を持つ学校など聞いたことが無い。だが天満特有の馬鹿の発想と一笑に付すことはできない。現状彼の言葉に信憑性を見出さざるを得ないからだ。全校生徒女装という珍事は前代未聞であるが入学式を盛り上げたいという意図ならまだ理解できる。おかしな点があるとすれば大雅達五人はそのことを全く知らないということだった。
「矢神君の入学式女装習慣説は一理ありますね。慣習ならどこかで告知があるはずです」
「よし、みんなまずは入学に際して事前に郵送された書類の確認から始めよう。俺達が見逃しているだけで生徒の女装について何か記載があるのかもしれない」
進学校に入学するだけあって全員必要書類は鞄に入れて登校していた。手ぶらだったのはアホの天満くらいである。一同は緊張しながら目を通していく。
「必要なもの、『筆記用具のみ』……怪しい記載は特になさそうだ、剣崎はどうだ?」
「《入学にあたっての注意》を確認中だ。『制服着用の義務』とあるが、この書き方だとどちらともとれる。少なくとも女子制服着用については言及されていない」
「俺達が紛失した書類がねーかと思ったが、『内封書類』の項目と手持ち書類一式は数も内容も一致してる。紛失したものはなさそうだぜ。チッ、さっぱり分かんねェ」
「ボクは念のため学生証で校則を注意深く確認してみましたが、「生徒はスカートを着用」という文言は発見できませんでした」
書類には一切記載がない。他の高校と似たような連絡事項しか書かれていない。全校生徒が男の娘になった理由について全く説明が成されていない。朝起きたら日本から日本人が消えていた並の衝撃を呑みこめるはずもなく、一同は再び可能性の糸を模索する。
「書類ではなく入学前オリエンテーションがあったのではないでしょうか?」
一樹の投げかけは水面に波紋を起こすように部員達に浸透した。自分達の知らないイベントがあり、そこで女装の説明があったなら《男子部》が見逃した可能性は極めて高い。
「んなもん、聞いてねーぞ!」
「私も御手洗に同意だ。オリエンテーションがあるのなら尚のこと先程の書類に記載がないのはおかしい。それを仄めかす文面すら見当たらない」
「いや、首藤の言う通りかもしれん。強制参加ではなく任意参加イベントなら俺達が見逃していた可能性は否定できない」
「それも先輩達から口伝されるような極秘イベントだとしたらボク達は知る由もありません。一応聞きますが、皆さんはご兄弟や親しい先輩がこの学校にいますか?」
全員が首を横に振る。先輩からの口伝から始まる秘密イベントなら大雅達は情報を拾うことができない。人気のイベントなら参加者を絞る意図があってもおかしくはない。例えばそこでイベントを知らない新入生に対してドッキリを仕掛けるために女性服を渡されて女装義務が告知されていたとしたら全ての辻褄が合うことになる。
「可能性の一つとして心に留めておこう。他に何か心当たりがある奴はいないか?」
「少し気になる点がある」
挙手したのは真鞘だった。神妙な顔つきで何かを考えながら立ち上がる。
「首藤の考えを否定するわけではないが……皆女装について自然体すぎると思う。まるで女子の制服を着るのが当たり前のように振舞っていた」
彼は気配を消していたために周囲の男の娘達の会話はいやでも耳に入ってきていた。お洒落やお菓子作りの話題、髪型や化粧の話題などそこらへんの女子と変わらないやり取りが展開されていた。他の部員達も思い当たる節があるのだろう。クラスメイト達は演技で女装している風には感じず、まさしく自然体で振舞っていた。
「考えられるとすれば洗脳――」
「そんな馬鹿な! 受験から少しの間に学校丸ごと変えられる筈がねェ!」
「現に変わっているだろう。これは高度な洗脳としか思えん。命令や演技であんな振る舞いはできない」
もし首藤一樹の指摘通り秘密のオリエンテーションがあってそこで何らかの洗脳を受けていれば新入生が女装しているのも不思議ではない。そうなればこの珍劇場を仕組んだ何者かが傍に潜んでいることになる。個人か組織かは断言できない。
もしかしたらまだ真犯人が《男子部》を監視して男の娘化を狙っているのかもしれない。全員の背筋が凍った瞬間だった。
下ネタ満載の部名討論会でした。
入学に際して配られた書類を確認しておかしいところがないため一同は益々混乱してしまいます。次話は校内に残っている同じ新入生への聞き込み調査です。