エピローグ
激しい【神聖宝敬】との戦いは幕を閉じた。結局武刀高校は変わらなかった。相変わらずスカートを着飾った男の娘生徒に溢れている。元に戻ったのは《男子部》の制服だけだ。
「一時はどうなることかと思ったが、やっぱりてめぇらはズボンの方が似合ってるぜ! 全員無事で何よりだ」
「僕の声聞いてます? ずっとライブ対決したから喉がぶっ壊れたんですよ。ゴホッ、対決相手の北玄先輩は全然平気っぽいですし、あの人の喉おかしいですよ」
「四天王は半端ねェって。白西虎太郎との喧嘩になったときは生きた心地がしなかったぜ」
「同じく。改めて東青先輩の強さを痛感した」
「朱南センパイなんて魔術使ったんだゾ! びゅーっと空飛んだんだり、炎出したり!」
「天満、そりゃいくらなんでも盛りすぎだぜ!」
男の娘が溢れる教室の片隅でズボン姿の男子生徒達が呑気に笑い合っている。
そんな日常が戻ってきたのだ。男子部が談笑を楽しんでいた頃、三年区画の空き教室では【神聖宝敬】が反省会を開いていた。
「すまねえ一年に敗けるとは……」
「しかし敗北から学ぶこともある。自分の伸びしろを確認できたわけだしな。今年の一年生は骨があるらしい」
実際は罠にかけた上の引き分けなのだが運動部三年にとっては引き分けは敗北に等しいようだ。しかし敗けたと自称する割には嬉しそうな表情である。
「僕は楽しくはなかったけど、天満君の目利きを知れたのは良かったかも。教育次第で一流の裁縫師にもなれるかもしれないよ」
「ウチも〝らいぶ〟に夢中になりすぎたわ。楽しうてな。一樹はんの〝ぷろでゅーす〟もっと頑張らなあかんなぁ」
文科部系の二人は対決で見えた一年生の才能を育てたくて仕方がないらしい。四天王たちも《男子部》との対戦で得られたものは多かったようだ。
「ふふ、皆さんに説教できる立場じゃないです。ぼくも安河内君に敗けましたし」
「本当に反省してよ竜水! 随分過激に暴れてくれちゃって! 少しは後始末をする私のことを考えてほしいわ!」
竜水に代わって説教するのは生徒会長・鳳密だった。【神聖宝敬】の正規メンバーではないが協力者として反省会に参加している。全校生徒を巻きこんだ《男子部》との対決で滅茶苦茶になった学校の後始末に奔走してくれたようだ。友人である密を利用していた負い目もあって竜水は「ごめんね」と素直に頭を下げた。
「いいわ。許してあげる。身内の不祥事を権力で揉み消すのも政治家の務めだからね」
腹黒さは変わっていないようだ。
世渡りが上手い幼馴染の逞しさに苦笑してしまう。
「これからどないします?」
「活動は続けます。正しいマスキュリズムの布教を――自分らしく生きるために」
そう笑う竜水の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
先輩たちとは部活動や生徒会で顔を合わせる機会が度々あったが、【神聖宝敬】として戦いを仕掛けてくることはなかった。全力でぶつかったためか後腐れなく関係が改善されている。寧ろ先輩達の指導に熱が入る程だった。残る問題は《男子部》の活動目的である。
元々武刀高校の男の娘化の原因を探り、普通の男子校に戻すことを目的として結成されたが【神聖宝敬】の活動理念を肯定したことでその存在意義を見失っていた。
「――で、どうする? お前らも他部と兼任してるし、いっそ廃部にするか?」
「それは少し悲しい気もしますね」
「ここはなんつーかよォ、居心地がいいんだよな」
「せっかく作ったんだ。何かして遊ぼうぜっ!」
「天満は遊びたいだけだろう。しかし何らかの形で残したいという意見には私も賛成だ」
娯楽部活にしようとする天満を抑制する真鞘も廃部する方針には反対のようだ。
どうするか決めあぐねている間に新聞部の文人が窓から侵入してきた。
「先輩! どこから出てくるんですか!」
「ネタある所に文人アリ。いやぁ、この前の安河内君と山田さんのデート特集記事が好評でねー。この熱が冷めない内に新しいネタを探しているところだったんだ」
彼もかなり逞しかった。洗脳が解けてからすぐにジャーナリストの活動を再開したのだ。彼にとって【神聖宝敬】と《男子部》の対決は良いネタだったのだが、生徒会長によって検閲されてしまった。
校内における火気使用から備品の無断拝借と建造物の破壊など御咎め必至の事態が発生していたために教職員に隠したい《男子部》と【神聖宝敬】の利害が一致し、口裏を合わせた形になった。秘密の共有もまた関係改善の足掛かりになったのかもしれない。
洗脳されていた文人も記憶が曖昧で深く追求できず、その悔しさをデート特集執筆に昇華していた。かなり本気で記事を書いてため男の娘生徒達に注目され、新聞部に何人かの部員が帰ってきたようだ。
「話題の《男子部》がなくなるのはこちらとしても忍びない。どうだい? これからは学校の問題調査と解決のために動くというのは? 新聞部も協力を惜しまないよ」
「学校の問題? 何かあったか?」
「問題しかありませんよ、大雅君。生徒とパパ活してる教師だっていたんですから」
「そういや央黄竜志への苛めも揉み消そうとしてたよなァ」
「教職員は腐敗しているな」
「生徒達もきっと問題抱えてると思うゾ?」
考えてみれば男子校の男子生徒がほぼ男の娘になったのだ。歪が生じないはずもない。探せば問題は出てくるだろう。男らしく他人の問題を解決してやるというのも《男子部》の新しい活動方針としては十分といえるかもしれない。
「安河内君、何なら最初の調査としてホクホクの新ネタを提供するよ?」
文人は制服の内ポケットからとある生徒の写真を取りだした。そこに映る大きなリボンが特徴的な令嬢風美少女には非常に見覚えがあった。
「実は【神聖宝敬】が活動を見直した背景にはこの謎の生徒の説得があったからという噂があるんだけど……何組の何年生か、名前すら分からないんだ」
写真に映っているのは間違いなく女装した大雅の姿だった。他の部員たちはその写真を凝視し、大雅の顔を二度見、三度見してからニヤァと厭らしい笑みを浮かべる。
「ギャハハハハ! 不意を突いたとは聞いたが……そういうことかよォ、大雅ァ」
「ぷすす……随分と愛らしくなるものだな……くくっ」
「タイガも興味あったんじゃないかっ! やっぱオレ達仲間だなっ!」
「ブハハ、お腹痛いです! 大雅君、ボクの腹筋を、殺す気でっ!? ブハッ!」
「笑うなっ! テメェら、まじブッコロスぞ!」
「ど、どういうことだい!? 君達はこの子を知ってるのか!?」
「知ってるも何もコイツは―――」
「ダァ――何も言うんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!!」
男子生徒達は賑やかに校内を駆けまわる。それもまた青春の一時。
彼らの高校生活はまだ始まったばかりなのだ。
如何でしたでしょうか。下ネタ満載の男子校ノリでしたが……。
皆さまの腹筋を鍛えるのに一躍買えたなら最高の誉です。
この物語は、元々別作品執筆中にスランプに陥った際息抜きで書いていたバカ作品です。
書いていて楽しかったので自分史上最高速で執筆完了したのを覚えています。
男の娘化する男子校の謎に仲間達と挑み様々議論するお話でした。
自分も一緒に男子部にいるみたいな心境になって楽しかったです。
読者の方で好きなキャラとかいましたら一言コメントいただけますと幸いです。
ちなみに作者はどのキャラも愛着あって好きですが、強いて一人だけあげるなら北玄武季さんですかね。