音楽勝負
――同じ頃、北玄武季は部員達に命じて包囲網を強化していた。
人気の多い場所はライブで人の壁を作り、人気の少ない場所はモスキート音や黒板を引掻く音等の不快音源を設置して隠れる場所を確実に奪っていた。ご丁寧に不快音源を止めようとするとブザーが鳴る仕組みまである。厭らしい追いこみ作戦に一樹が炙りだされてしまった。
「――はっ、こんなとこにおったんか? 部員が気付かんわけや」
「ついに見つかってしまいましたか。随分やらしい手を使いましたね」
「ウチも手段を選んでおられんさかい、堪忍な」
屋上、テラスには和洋折衷のライブ衣装に身を包んだ《和奏音楽支部》が勢ぞろいしていた。敢えて包囲網に穴を開けて一樹がそこに逃げ込むように誘導していたのである。
彼がそこまで頑なになる理由はやはりアイドル部の先輩だった央黄竜志の存在が大きかった。潜入部体験時にも後悔を口にし、呪い説という形で【神聖宝敬】一派が強行手段に出る動機すらも語ってくれた。それだけ恨みが大きいのだ。
「竜志はんはええ人やった。惜しい人を亡くしたもんや。あの人を殺した連中には竜志はんの無念の声を聞かせてやった。ええ時代に生まれたもんや。音声編集で台詞は作れるさかいな。死人の声を聞いた言うて段々壊れていきはったわ。自分は男らしさを押しつけて虐めてたくせして女々しいもんやで」
「それで当事者を裁いた後は社会を変えるつもりですか?」
「無謀やと思ってるやろ? ウチら【神聖宝敬】は本気やで。千年以上蓄積された男らしさの価値観と戦うんは楽やない。墓に骨埋めるまで続けるつもりや。それがあの人の痛みに気づけんかったウチができる唯一の贐なんや」
一樹は無謀とは笑えなかった。【神聖宝敬】はそのふざけた名前とは異なり、確かな信念によって動いている。そして入念な準備の下、僅かな期間で男子校の在り方を一変させてしまったのだ。彼らの教えが学校外へ広まれば大変なことになる。
「ボクは正義を名乗るつもりはありません。ですが、自分らしささえ見失いかねない布教行為は洗脳に等しいと思います。北玄先輩、僕は貴方達《重音楽部》の追跡を躱して央黄副会長を止めに行きます」
「大きく出はったな。けんど、ウチらは力づくでアンタを捕縛するつもりないで」
「――? 互いに譲れないものがあるなら交渉は平行線ですよ?」
「交渉やない。ウチは《重音楽部》やで? 手にするのは武器ではなく楽器。口にするんは言葉やなくて歌や。ウチの力見せたるわ」
いつの間にかテラスの床が可動してライブステージが形成されていた。そして各部員達が和楽器の演奏を始めている。やけにシリアスなBGMが流れているかと思ったら彼らが既に演奏を始めていたらしい。
そして扇子を開いて中央に立った北玄武季が歌いだした。
「――――――っ♪」
マイクもないのに透き通り耳に残る肉声である。正確な音程のため歌詞の一つ一つまではっきりと理解できる。
ステージの隅や観客席に備え付けられた飾りを模した拡声器はその歌詞と曲を周囲に響き渡らせた。和風な曲調に当時の嘆きや哀しみが歌詞として乗せられる。
良い歌は聴き手の心を揺さぶると言うが武季の歌は歌詞の通りに追体験させた。音楽という次元を超越した幻術攻撃を受けているようだ。一樹の感情は激しく揺さぶられた。
(この胸を刺す哀しみと怒りの衝動は……? その場にいたように当時の情景が鮮明に脳裏に再生されてしまいます! これが本当に〝音楽〟なのですか?)
激しい怒りと哀しみ、後悔の念の濁流を処理しきれず、歌を聞いた生徒は倒れてしまう。一樹も曲が終わる頃には四つん這いになって疲弊していた。
「なんやもう終わりか? 〝すてーじ〟はまだ始まったばっかりやで。〝せかんどそんぐ〟行きますえ~」
今度は理不尽に打ち勝つ。「常識を打ち破れ」といった反抗をコンセプトにしたクールな曲だった。
曲調に合わせて声音も変えている。何も考えずに聞くと応援歌であるが、歌詞の一つ一つに【神聖宝敬】の教えを盛り込まれているそれは所謂洗脳ソングであった。
先程の追体験歌で披露した心にはよく刺さる歌詞であり、倒れていた生徒達も【神聖宝敬】信者として復活を果たしていった。
一樹もむっくりと立ち上がって歌を聞き入っている。
(堕ちたなぁ。この分やったら校内に残された他の《男子部》も……)
心の中でほくそ笑んだ武季は二番の歌詞に入ろうとした。
――が、突如校内の電気が落ちる。
武刀高校全校舎が停電状態に陥ったのだ。
驚いた伴奏者は演奏を中断してしまった。電気が落とされたことでコードに繋がれたスピーカーなどの機材が停止して音色を制限される。
「機材を封じられたくらいで取り乱しなさんな。楽器を封じられたわけやない!」
武季の怒号が鳴ったことで奏者たちは演奏を再開しようとするが、それよりも早くギターの軽やかな演奏が先手を打った。
音源は眼鏡をかけた地味めの男の娘。完全に戦意喪失して心を奪われたと思われていた一樹だった。彼が学校の電源を落としたのだ。逃げている間に細工をしていたのだろう。
そして混乱に乗じて鹵獲したギターで生演奏を披露する。生徒達はそのリズミカルなメロディーに聞き入った。一瞬ステージを支配した一樹は眼鏡を外して髪紐を解く。その眼は一流のアーティストのものになっていた。
「今度はボクの〝絶唱〟を聞かせてあげましょう」
その場で歌い始めた彼はもう地味な男の娘ではなかった。クールなミュージックガールに変身を遂げている。彼は誰の力を借りることもなく己の美声とギター演奏だけでソロライブを始めてしまったのだ。
「まさか敵地のど真ん中で〝げりららいぶ〟しはるなんて。この子、見た目より度胸あるわ……!」
一樹の歌は「自分を見失うな」というコンセプトの唯我独尊歌だった。
耳障りの言い甘言に惑わされるな、前に習わず我が道を行け、と自分を叱り鼓舞する歌詞だった。
中学時代に失敗した告白ソングとは違い、彼が友人と過ごした数日間、《男子部》のスローガンを形にした仲間に捧げる歌だったのである。
楽器も奏者も声量も《重音楽部》が上。邪魔するのは簡単なはずだった。不協和音を混入させてやれば一樹のライブは台無しになる。しかし武季はそうできなかった。一音楽家として彼の歌に聴き惚れてしまったからである。
(ウチが他人の歌に心を奪われるなんて! 悔しいっ! でも聞き入ってまう! ……こんな気持ちなるんは竜志はんの歌以来やわ)
ギターで奏でる一樹のソロライブは多くの生徒達の心を掴んだ。彼らにかけられた洗脳を全て解いてしまう。アウトロを弾き終えると生徒は正気に戻っていた。
武季は強敵の出現に思わず口角を上げた。
「これは《重音楽部》の〝ぷらいど〟に賭けて負けられまへんわ」
一樹の絶唱が終わったタイミングで入れ替わるように武季が次曲のイントロを始める。今度は洗脳歌ではなく純粋な曲である。両陣営は大晦日歌合戦さながらの様相を呈していた。音楽勝負に誘導された武季はまんまと足止めを喰らってしまったのだった。
(《男子部》の皆さん、洗脳歌は止めました。コレで幾分か動きやすくなったはずです!)
一樹もまた四天王封じに全力を注ぎ、残る部員達に後を託していた
北玄武季は歌による心への訴えかけという洗脳術をあつかいます。神聖宝敬の洗脳は竜水くんのカウンセリングが最後の一押しになりますが、彼の音楽と美声も鼓膜と心を揺り動かして洗脳に一躍買っています。
純粋な武力は四天王最弱ですが四天王で最も厄介ですね。
そんな彼を止めた一樹くんがMVPかもしれません。
一樹くんは全校生徒の前で意中の子にオリジナル告白ソングを熱唱できるので見た目に反して肝が据わってます。




