糸使い VS バカ
ライブ衣装の試着を楽しんでいた三年生はすぐに仲間の危機を感じた。
「爆発音に倒壊音……? 武季ちゃん、まさか二人に何かあったんじゃあ」
「あの二人が易々敗れるとは思わんけどなぁ。〝めっせーじ〟も未読やわ」
ちょうど《手芸部》の部員から捕獲対象の発見を告げる連絡が入った。どうにも天満捕獲に手間取っているという話らしい。
「そろそろ僕も出るよ。部員が苦労しているみたいだし。武季ちゃんも念のため探索してくれる?」
「しゃーないなぁ。戦闘とか専門外なんやけど~」
雀は武季と別れてからすぐに天満の探索に乗りだした。部員から連絡が来るために位置は把握できている。問題は捕獲が非常に困難だということだ。《手芸部》の部員達からのグループメッセージから場所を特定していくと、外の階段を滑り降りていく天満とそれを追いかける生徒達を視認できた。
「運動神経は良いようだね。でも僕の包囲網からは逃れられない! 〈封錠朱雀大路〉!」
正方形の都市型のような網目が一瞬の内に縫い合わされて階段に引き延ばされた。走ってきた勢いで天満の身体は糸に絡まってしまう。
「随分と暴れてくれてるね、一年生。でもそろそろ―――」
「ダメです! 部長! そいつは!」
部員達が追いつく前に天間は糸を噛みきって逃走する。雀は完全に不覚をとってしまった。糸の扱いに秀でた部員達が捕縛できない意味をよく考えるべきだった。自身の縫合した〈封錠朱雀大路〉に欠陥があった訳ではない。糸の脆い個所を正確に見切って噛み破られたのである。本能で先天的に脆いところを見抜いているらしい。
「くっ! 僕の商品をダメにするなんて。高くつくよ、天満君」
「押し売りはクーリングオフできるんだゾッ!」
天満は三次元的に駆け回って逃げていく。彼はその野兎の如き跳躍力で二階、三階へと逃亡を図るため、文科系の《手芸部員》はすぐに息を切らせてしまうのだ。
「ぐっ、これだから体育会系は苦手なんだよ……仕方ない」
雀は袖を翼のように振るって飛び上がった。本当に空を飛翔している訳ではない。細糸を周囲に張り巡らせてそれを伝って移動しているのだ。だが何も知らない人間が見たら空を飛翔しているようにしか見えない。追われている天満も目を皿のように丸くしていた。
「ブチョー、超能力者だったのかっ!? ずるいぞ!」
「そんな非科学的なものじゃないよ。ウチの売りはアパレルなんでね」
天を翔る猛禽が野兎を狩るように地上の天満に飛び蹴りをかましてきた。落下の重みでその場に倒れた天満はすぐに雀を振り掃って逃走を再開する。三年生と一年生といえど天満と雀の間には体格差と筋力差があった。純粋な身体能力は天満の方が上なのだ。
(やっぱり筋力ではこの子に勝てないか。だったら!)
空からカーテンや布団などの大量のアパレル商品を落とす跳弾爆撃を強行する。《手芸部》の商品を持ち逃げした泥棒や夜逃げした取引先業者を捕縛するために編み出した〈糸緋紋猟〉という捕獲技である。殺傷能力は皆無であるが、物量による攻撃と粗悪品の在庫処理を兼ねた経済的な捕縛手段である。
上からシーツを被せられた天満は視界を封じられ、お化けのようにもがいている。
「捕えたよ! 天満君!」
「うがー! こんな布きれなんて!」
天満は内側から布をビリビリに破いて捕縛から抜け出した。
彼はその勢いのまま校舎の壁を蹴って虚空に佇む雀に殴りこんできた。
「型落ちの粗悪品とはいえ強度の見直しが必要かなっ!」
身体能力の高い天満の攻撃に反応しきれず腹部に拳が直撃してしまった。
天満は重力に従って落下するが、雀の方は上空に留まったままだ。攻撃を加えた天満自身も「ありゃ?」と手応えの無さに首を傾げる。
「驚いたかい? 戦闘が得意ではない僕は服にも仕掛けを施してるんだ。生地の外側は衝撃に強い丈夫なポリエステルを使用。そして腹部や胸部にかけて内側に羽毛を詰めて緩衝材にしている。通気性も担保しつつ衝撃を逃がす工夫は他にもあるよ。だから打撃の数発で僕が落とされることはないんだ」
天満は何度も同じ攻撃を仕掛けるが攻撃そのものが当たらない。制空権を奪われている状態で連続で拳を当てることはできなかった。よしんば当たったとしても服に仕込んだ緩衝材によって威力を削がれるのである。
「馬鹿の一つ覚えとはこのこと。そうやって体力を浪費したところを狩らせてもらうよ。裁縫の筋は悪くなかったから今度こそ身も心も男の娘に染めてあげるから」
「《手芸部》は楽しかったけど、タイガを裏切るつもりはないゾ! それと、オレはバカだけど俺をバカにしていいのは一緒にバカをできるトモダチだけだっ!」
「それは悪かっ―――」
いつの間にか天満は雀と同じ高さにいた。念のため高度を上げていた雀に届く距離にいる。地面からの跳躍では届くはずもない。
「僕の糸を使ったのか!?」
実は天満は《手芸部》に入れる程手先が器用であり目も良い。光の反射で糸の位置を特定して登ってきたようだ。しかし糸を操る雀はほどくことも容易だった。天満が足場に使っている糸を切って蹴落としてしまった。
「糸のほつれには気をつけるように教えてくれたのはブチョーだぜ?」
それは落下する天満の捨て台詞ではなかった。彼の手には細い糸が握られており、落下と共に引っ張られる。制服を形作る糸を抜かれたせいで型が崩れてしまい、緩衝材として入れていた朱い羽毛が鮮血のように宙を舞った。
「地上からほつれを視認したの? まさか今までの攻撃も制服をほつれさせるために?」
雀は宙で糸を手繰り寄せて制服に応急処置を施していく。魔法で再生していると錯覚させるほど緻密で素早い正確な縫合技術だった。数秒以内に修繕された制服は素人目には崩壊した痕が見えない。しかし多くの羽毛を失ったことで緩衝材の効能は劣化している。次に天満の攻撃を喰らえば間違いなく膝をつくだろう。焦りから冷や汗が流れ落ちる。
「こんなところで……僕は敗けるわけにはいかない! 部長のためにも!」
「ブチョー? 《手芸部》のブチョーは朱南先輩だゾ?」
「前の部長だよ。……央黄竜志先輩。男子校で不人気だった《手芸部》を盛り立ててくれた。平凡だった僕の才能を磨いてくれた。だから僕は、将来先輩と一緒に働きたかった!」
涙で天満の顔が滲んで見えてしまう。雀の脳裏に蘇るのは懐かしい二年前の光景である。
小学生まで裁縫を得意としていた雀は中学へ進学した際に周囲の目を気にしだした。男らしくない趣味、女々しい趣味だと詰られたことで一度は止めてしまった道だった。しかし武刀高校に進学して出会った央黄竜志のおかげで趣味を再開する決心がついた。
廃部寸前の小さな部室で既製品に見劣りしない作品を織り上げる彼の技に惚れた。三年のブランクを取り戻すように紡績裁縫技術を教え込んでくれた竜志を実の兄のように慕っていた。アイドル部と掛け持ちして多忙だった彼に変わって部を仕切るようになったのも全て敬愛する師の居場所を守るためだった。
『将来、一緒に仕事をできたらいいね』
そんな口約束を本気で信じていた。だが淡い夢は水泡に帰した。竜志の死という最悪の結末。訃報を聞いた雀は膝から崩れ落ち、一週間伏した程だ。
「僕は周りが見えていなかった。自分の技術を高めること、《手芸部》をまとめ上げて法人化する準備に猛進していたせいで最愛の師の苦しみを気づけなかったんだ」
「竜志って人を追い詰めたのは当時の三年生だろっ! 今の生徒は関係ないはずだっ!」
「加害者にも復讐したよ。先輩を模したマネキンを周囲に置いてやったら連中はすぐに精神を病んだ。先輩を男らしくないと苛めておきながら打たれ弱いことだね。アイツらの将来を奪っても気が晴れない。燃え落ちた衣類を縫い戻せないように奪われた命が蘇ることはない。僕は先輩を殺した男性思想の全てを憎む! 男らしさを強要した社会を憎む!」
彼もまた【神聖宝敬】の教えを妄信する信者だった。竜水と非常に近い思想理念を持っている。口で丸め込める程弱い決心ではないし、そもそも天満に交渉術というスキルはなかった。
「オレ、難しいことは分からんから偉そうなことは言わない。でもオレの親友がシンセイホーケーを止めたいといったからなっ。ブチョーを止めるだけだ」
天満は先程と同じ要領で糸を蹴って天に佇む雀を目指す。足場が崩される前に次の場所に移動していけば雀に辿り着けると理解しているのだ。運動神経が劣っている雀では移動しても追いつかれてしまう。そこで秘策を使うことに決めた。
「もう遠慮はしない。火傷は覚悟してもらうよ! 火技〈朱雀炎巣〉!」
針と鋏の摩擦で着火させて天に張った糸の全てを炎で包む火傷必至の荒技である。炎の糸で身動きができず絡めとられた相手は糸が燃え落ちるまで火傷に晒されることになる。火事に発展する危険以外にも空の足場を全て失うデメリットがあるために滅多に使用することはない大技だった。翼を失った小さな朱雀は地に堕ちる。
(僕の作った女子制服は耐熱性も考慮してある。天満君の体力も考えれば大怪我はしないが、弱らせることは可能なはず。制空権は喪失してしまったが……これで決まりだよ)
煙に包まれた中で蠢く影が見える。やはり動ける体力は残っているようだ。天満の姿を完全に補足するまで待っていると、煙の中から笑顔の天満が出てきた。制服が若干燃えた跡が残っており、顔に煤がついているが本人には全く火傷の痕が見られない。
「どうして炎をまともに受けて平然としていられる!?」
「いやー、夏に水浴びしたら涼しくなるから、冬に焚火の中に突っ込んだら温かくなるか試したことがあるんスよー。そん時は大火傷を負ってタイガに助けられたけど、少しくらいの火は耐えられるようになったんだぜっ! すごいだろっ!」
雀は口を開けたまま固まってしまった。本物の馬鹿を相手にどう対応すればいいのか思考停止してしまったのである。数秒後に復帰した彼は自分の持ち糸を使って天満を捕縛しようとするが彼は先の読めないトリッキーな動きで翻弄する。焦りから糸の操作が雑になってしまう。
「捕まえたぁ!」
「しまっ―――」
天満を糸で絡めとろうとした雀は自分ごと巻いてしまって身動きを取れなくなった。
手足の自由は効かずスマホにも手が届かない。異変に気づいた部員が駆け付けるまで膠着状態に陥った。
「引き分けかな。けれど部員達が僕を捜索してくれる。キミは間もなく捕縛されるよ?」
「大丈夫だっ! その頃にはタイガが何とかしてくれてるっ!」
天満は笑顔で宣言した。
天満くんはバカなりに野生の勘が強く自由です。
非体育会系とは思えない程戦闘も可能な雀先輩もバカさ加減は予想できずドローです。




