真鞘の覚悟
校庭の方から激しい爆音は真鞘を取り囲む《剣道部》達の耳にも届いていた。
東青龍之介は戦友の気配が消えたことに眉を顰めた。
(虎太郎に何かあったのか? いや、まさかな)
(あっちの方角は光輝が闘っていた場所か。無事だと良いのだが)
真鞘も仲間の安否が気になっていたが確かめに行く余力はなかった。〝超人級〟七人の包囲網を破ることはできない。まだこの中の一人とも渡りあえないことは真鞘自身分かっていた。とはいえ無条件降伏するつもりもなかった。彼が見据えるのは威風堂々と佇む主将龍之介の姿だ。
「東青龍之介! 一対一の決闘を申し込む!」
「よかろう。剣士同士に相応しい聖域で決着をつけることに異存ない。ついて来い」
龍之介は圧倒的優位にも拘らず決闘に応じてきた。真鞘の目論見通りである。一年坊を捕縛するなり再洗脳するだけならば『超人級』だけで事足りる。それでも主将が出陣してきたというならば滾る血気を抑えきれなかったということだ。《剣道部員》たちも主将の決定に異議はないようだ。《剣道部》員たちに連行される形で真鞘は決闘の場――第二道場へ案内された。中央で両雄が向かい合う。『超人級』の六名は二人の決着を見守るように周囲に座り込んだ。これで完璧に退路は封じられた。
「……決闘のルールは単純だ。私に一撃を入れたら真鞘の勝ち。逆に私が一本とれば真鞘の負け、ということにしよう」
ルール的には挑戦者の真鞘が圧倒的に有利である。上級生であるためハンデをつけてくれたのだろうがそれでも安心はできなかった。潜入部体験で龍之介と決闘した時は完膚なきまでに敗北している。二、三日程度鍛錬したところでその距離が縮まっているはずもない。勝利の糸を手繰り寄せることは難しい。
副部長の男の娘が真鞘に模造刀を投げ渡してくる。《剣道部》に入部してから貸与された一品だった。対して龍之介の方は使い古した竹刀を得物にしていた。武器の強度すらも真鞘にハンデを与えたのだ。それでも緊張が解れることはない。強者共がひしめく《剣道部》の『超人級』は棒状のもので物体を切断する〝幻刀流〟を体得しているのだ。対して真鞘は未だその境地に達していない。
(この実力の差……引っ繰り返せるとすれば油断だけだ。僅かな隙も見逃せない!)
如何に身心共に鍛え抜かれた超人といえども、格下相手に全く油断しないということはありえない。己の力量への自信と敵を分析する観察眼を兼ね備えていれば、無意識の領域で僅かな油断は生じるものだ。真鞘はその油断を見極めて一撃入れることに懸けた。
「五分。……今より五分、私はお前の剣を捌くだけにする」
「なんだと……!?」
「その間に私の剣を見切ってみろ」
五分間は攻撃しないという宣言。――と同時に龍之介は防御の構えをとる。
挑発行為ともとれるが格下の真鞘は乗るしかない。鞘から抜刀して攻撃の構えを見せる。
「参る!」
足運びは上々、剣の一撃もこれまでで一番良い攻撃だった。
龍之介は宣言通り真鞘に攻撃は当てなかった。しかし受け止めた模造刀を弾き飛ばして真鞘の喉元に竹刀を向けた。追撃の意思はなく竹刀を引いて元の立ち位置に戻る。これが試合なら今の一撃で勝敗は決していた。
「どうした? 呆けている暇はないぞ。まだ五分経っていない」
真鞘は歯噛みしながら模造刀を拾い、再び攻撃を仕掛けていく。全国第四位の実力は伊達ではなく連撃のために切先が分身しているように見えた。それでも龍之介は全ての攻撃を見切って捌いている。
「すごいなぁ、あの一年坊。僕が入部した当初はあそこまでできなかったよ」
「無駄口を叩くな。黙って見ておけ」
他の三年生が二年生を嗜めている間にも真鞘の猛攻は続く。竹刀と模造刀がぶつかり合う音が道場中に響き渡った。真鞘が中学時代に学び蓄積した技量の全てを叩きこんでも全国一位の壁は遠かった。涼しい顔で全ての攻撃を防がれてしまう。
「貴方が【神聖宝敬】に組するのは央黄竜志を救えなかったからと聞いた」
「左様。当時の《剣道部》は常識という物差しで風紀の乱れを取り締まっていた。故に《アイドル部》として活動していた竜志先輩は《剣道部》が守る側ではなく取り締まる対象でしかなかった」
彼と央黄竜志のファーストコンタクトは性差別被害者としてではなく要注意生徒扱いだったらしい。厳格な名門男子校だったのだから部活動とはいえ女装する生徒を監視対象にするのは当然の流れだった。当時まだ一年生だった龍之介は先輩に命じられた取り締まりを律儀に守って監視を続けていたようだ。
「《アイドル部》としてのライブ衣装ということで部活動における女装は追認することになった。しかし女装が周囲に影響しないように見張りは続けていたのだ」
「今とやっていることが正反対のようだが?」
「立場が変われば振る舞いも変わる。当時は男らしさこそが正義だった。故に《アイドル部》とは何度も衝突した。だが竜志先輩の人柄と武季の口八丁で丸め込まれてしまった。それから鍛錬の熱心さやライブでの結果を見て私の中で彼らに対する評価が変わったんだ」
その頃から《重音楽部》長の北玄武季と親しくなったようだ。同じ和を重んじる心意気から仲良くなるのは時間の問題だったのかもしれない。そして人格者の龍之介に人柄を褒められるだけあって央黄竜志の器量が推察できた。
「取り締まる側が監視対象と打ち解けるのはご法度。自ら強く注意できなくなった私は他の生徒が《アイドル部》へ注意することを黙認していた。先輩達の『男らしく振舞え』という苦言は《剣道部》の倫理規範と通じるところがあったからな。多少の注意は良い薬になるだろうと黙認した」
「その結果が央黄竜志の死に繋がったと?」
「遺憾の極みさ。言い訳になるが、私の中で竜志先輩が一度でも助けを求めたらすぐに仲裁に入るつもりだった。しかしその前に最悪の結果に終わった。その瞬間、私の中の常識が崩壊した。だから、私は竜水くんの意見は出来得る限り組みとることにしたのだ」
彼は自分を責め続けた。もしあの時、他の部員たちを説得し、央黄竜志の擁護に入っていれば彼は死ななかったかもしれない。龍之介は結果的に彼の死を後押しする形になった「男らしさ」という在り方そのものに疑問を抱くようになった。彼もまた【神聖宝敬】のマスキュリズムを信望していた。武力でダメなら言葉で解決しようと考えていた真鞘も説得は不可能だと察した。
「……五分経ったな。そろそろ反撃とさせてもらおう」
呟くや否や攻撃的な剣捌きが開始される。竹刀の一撃を受けた模造刀に振動が伝わってくる。意識を集中させなければ得物を取り落としてしまいそうだ。最初に仕掛けたときに剣を落とされていなければ五分経過した瞬間に武器を落とされて一本を奪われていた。
五分間のボーナスタイムは攻撃に転ずるまでの警告だったのだ。
防御の型を徐々に崩して真鞘に分かるように攻撃に転じていく。重い攻撃で撃ち掃った後、軽くて速い薙ぎが飛んできて真鞘から一本を奪おうとする。
辛くも後ろに跳んで躱しはしたが、真鞘は次の手を見失ってしまった。
(呼吸一つすらままならない。それにこの人はまだ本気を出していない。遊んでいてこれ程までに強いのだ……! 私はあの人の僅かな油断すら見つけていないのにっ!)
龍之介はまだ縮地も幻刀流も飛翔剣斬も使っていない。素の運動能力だけで真鞘を圧倒していた。作戦や計略は力量差のある相手に有効だが、桁違いの実力者相手だと無意味だった。真鞘は模造刀を鞘の中に納めた。その様子を見て龍之介も追撃を中断した。
「力量さを見極めて諦めたか? 正しい判断だが……少々ガッカリだな」
「確かに貴方は私の何百倍も強い」
「何千倍の間違いじゃないのー?」
「茶々を入れるな。黙って見ていろ」
四隅で監視する『超人級』の二年生は相変わらず三年生に注意されていた。だが今はどうでもいいことだ。咳払いで場の空気を戻しつつ真鞘は続けた。
「今の私では正攻法で勝つことは不可能だ。しかし私にも《男子部》としての意地がある。敗北するなら全力で挑み、全力の貴方に敗けたい。格下相手に本気は出せないと思われるが、一太刀だけその片鱗を見せていただけないだろうか」
抜刀術の構えをとった真鞘は今までに感じられなかった強い剣気を発していた。彼は自分の全力をその抜刀術に込めようとしている。彼は負けるなら遊びの中ではなく闘いの中で敗けたいという剣士の意気込みを見せたのである。
「良い気迫だ。乗ってやろう。この一撃だけは対等の相手にしか見せない全力だ」
道場の空気が一変した。今まで笑って観ていたお調子者の二年生すらも真顔になっている。部長の本気を見逃すまいと瞬きすら忘れて二人の相対を凝視していた。
「《男子部》所属、一年、剣崎真鞘、押して参る!」
「《剣道部》主将、三年、東青龍之介、全力をもって受けて立つ」
名乗り上げを終わった瞬間、先に真鞘の姿が消えた。強敵を前にしたからか《剣道部》でも『超人級』のみが体得できるという〝縮地〟を披露したのだ。
本来なら軽やかな足運びで高速移動するものだが真鞘のそれは未完成であり脚に力が入りすぎていた。速度こそ縮地を体現しているが、力んだ踏み込みによって床が壊れてしまう。
縮地を続ける真鞘の脚にも反動がきていた。それでも彼はこの縮地勝負に懸けたのである。
(私は《男子部》の生き残りに繋ぐため、ここで東青先輩を止める!)
だが龍之介はその動体視力で真鞘の姿を完全に捉えていた。真鞘もそれを分かっていたからこそ正面からの斬り込みは避けて壁や天井を蹴り、自身の位置を攪乱する。龍之介は正しく眼球だけを動かして彼の姿を追った。
(縮地の片鱗を体得したという報告は聞いていたが、この局面で見せてくるとは。まだ姿は全部追える速度――だが全力を出す約束だ。私も本気で行かせてもらおう!)
真鞘が後ろを取ったとき、龍之介の姿も消失した。最初の対決で見せた〝縮地〟とは似て非なる最高速度だった。半人前の真鞘ではその姿を追い切れない。相手の濃霧のような気迫だけを感じ取って剣を振るった。
――刹那、二人の剣士は不可視の領域で斬り結んだ。
鈍い金属音と共に模造刀の切先が床に突き刺さる。真鞘の得物は綺麗に両断されていた。龍之介の方の竹刀は傷ついていない。そして先に倒れたのも真鞘だった。観戦していた『超人級』の誰もが予想した結果に終わった。
少し物足りなさを感じた龍之介だったがすぐに異変を察知した。道場の壁に亀裂が走り、第二道場そのものが倒壊し始めたのである。『超人級』の六名はすぐに〝縮地〟で脱出したが、龍之介は回避が間に合わなかった。その巧みな足運びで踏みこんだ床の底が抜けてしまい、足を取られてしまっていたからである。
(なるほど、〝正攻法では勝てない〟か。最初から私を狙ってはいなかったわけだ)
真鞘が攻撃していたのは道場の建物そのものだった。〝縮地〟で移動を続けたのは建物を壊す目晦ましだったのである。
そして最後に斬り結んだ瞬間、自分の武器と身体を犠牲にして龍之介の斬撃を周囲に逃がしていた。真鞘の工作で耐久性が落ちていた建物は、分散されたとはいえ最強の剣撃に耐えられるはずもなく倒壊してしまったのだ。
落下してくる木片を竹刀で壊すが、彼の技に得物の方が耐えきれずに砕け散ってしまった。
「試合に負けても戦いに勝つ気だったか……見事!」
脚を取られていた主将はその場を動けず瓦礫の下に埋もれていった。
試合に負けても戦いに勝つ話でした。
一騎打ちと挑発に応じなければ勝てていた部長は真鞘の作戦勝ちだと認めてくれました。
校舎が倒壊しまくる男子校も怖いですね。




