金獅子 VS 白虎
万事休すかと思われたが、扉の先にいた生徒の顔を見て驚愕した。なんと幸一郎だったのだ。彼の方も大雅との遭遇は予想外だったらしく目を丸めていた。二人はしばし見つめ合っていたが「さっちゃん、見つかった?」という幸一郎の友人の声に我に返った。
幸一郎が答える前に大雅は彼をロッカーの中に引っ張りこんで扉を閉める。
「さっちゃん、何でイベントに参加してるんだよ!?」
「だって大雅くんが参加してるし、貴方も企画に加わったのかなって思って」
一般生徒から見れば、逃走中の五人も企画者の一人だと考えてしまうのも無理はない。幸一郎は恋人の企画だと言う理由でイベントに参加していたのだ。
「それと友達が賞金で買いたい物あるって。それは譲るつもりだったんだけど」
「友達はガチ勢かよ……」
「えへへー。大雅くん見つけたし、このゲームは私の勝ちだねっ!」
無邪気に微笑む幸一郎は【神聖宝敬】による男の娘化計画を知る由もない。このイベントも単に恋人との遊びの延長戦に考えているのだろう。そうこうしている間に「さっちゃん?」と友人が探しにきたようだ。幸一郎は今にも返事をしようとする勢いだ。考えている余裕はない。大雅は狭いロッカーの中で彼を無理やり自分と向き合わせる。そしてその唇を奪った。
「あれれー? さっちゃん? 先に行っちゃったかな?」
友人が過ぎ去るのを待って大雅は唇を離した。
「もう、大雅くんは強引だなぁ」
「悪い。密閉空間で魅力的な恋人を前に我慢できなくて……」
口から出まかせである。単に幸一郎の言葉を奪いたかっただけだった。しかし恋人とのキスという一大イベントに彼は余計なことを考えられなくなっていた。自分の唇をなぞってその感触を確かめて顔を赤らめる。
「私、ファーストキスだったんだ。……ハジメてをあげられて嬉しい」
「そっか。俺も初めてだぜ」
大雅は心で涙を流した。思春期男子は最高のシチュエーションで可愛い女の子との初キスを妄想する。百回以上痛い妄想を繰り返し、本番に備えるのだ。しかし大雅はここで記念すべき初キスを捨てた。今は《男子部》をまとめる部長として優先すべきことがあったからである。
「さっちゃん、頼みがあるんだ。何も言わずに俺に協力してほしいっ!」
幸一郎は小さく笑って頷き、友人には『急用ができたからイベントを抜ける、ごめん』という旨の謝罪メッセージを転送して見せてきた。
「恋人は裏切れないから。……私にできることなら協力するよ」
「ありがとう!」
孫梓豪と相対していた光輝は持久戦になっていた。初戦では惨敗していたが今は辛くも攻撃を凌いでいる。しかし僅かに競り負けている状態だ。
「僅かな間で強くなったネ、光輝。けれど我にはまだ届かないアル」
「ハァハァ……まだ終わってねぇぞ」
力量さは歴然であるが精神が肉体を凌駕していた光輝はどれだけ殴られても倒れない。猛攻を続ける梓豪も次第に焦りを感じ始めていた。
(どうして倒れないアル!? コイツの方が血を流してるのに!)
(倒れるわけにはいかねぇ……。もう一度俺が堕ちちまったら大雅に合わせる顔がねェ!)
その直後、重力にも似た闘気を押しあてた二人は立っていられなくなった。
二人の動きを封じた闘気の持ち主は校舎の方から悠然と歩いてきた。地面に膝をつく二人は王に頭を垂れているようにすら見える。
「ハオ、変わってくれ」
「部長が出るまでもないネ。我の手で叩き潰すアル」
「……聞こえなかったかハオ。俺は変われと言ったんだ」
白い猛獣の如き殺気を感じた梓豪は固唾を呑んだ。
どうやら【神聖宝敬】に喧嘩を売った心意気に免じて四天王自らの手で引導を渡すつもりらしい。梓豪は自分の大将にお辞儀をして場外へ下がった。入れ替わるように跳躍した虎太郎が目の前に着地してくる。その衝撃で地面に亀裂がはしった。
周囲から気配を感じる他の部員達も追撃してくる様子はなかった。
「タイマンってわけか。願ってもねーが、やり合う前に聞きてェことがある」
「なんだ?」
「アンタ、何で年下の後輩に従ってる? 確かに央黄は強いがアンタ程じゃねーはずだ。病弱な後輩を放っておけなかったのか?」
「それもある。――が本当の理由は竜水と同じ。アイツの兄貴への義理だよ」
央黄竜水の兄、央黄竜志。弟より三つ年上だった彼は虎太郎達現上級生が一年生の頃に三年生だった。先輩として何らか接触があった可能性はあった。光輝が黙っていると虎太郎は懐かしむように語り始めた。
「俺は当時、群れなかったし、誰ともつるまなかった。当然上下関係の厳しい武刀で俺は目をつけられた。チビの後輩が上級生の命令を聞かねえんだ。喧嘩にもなるわな」
それから虎太郎は喧嘩の毎日だった。強いといっても始終喧嘩を売られれば休まる時はなく力も消耗する。《剣道部》が鎮圧に乗りだすまで虎太郎は孤軍奮闘の状況だった。
「そんな時だ。竜志さんが俺を匿ってくれたのは……」
竜志はボロボロの後輩を見捨てられなかった。慈愛の心で介抱し、破れた制服を繕ってくれた。そして他の上級生たちから隠してくれたのだ。武刀の上級生は横暴で利己的だと思っていた虎太郎にとって彼との出会いは衝撃的だった。
「それから屋上で密会してたよ。屋上は孤独な俺の居場所だったし、そこから竜志さんたち《アイドル部》の練習を見守るのが日課だった」
「待てよ、そこまで仲が良かったなら何で央黄竜志は―――」
「ああ。一生の不覚だよ。俺は先輩が同級生にいびられてることに気づけなかった。竜志さんも俺の前では平静を装った。他者への相談を弱音だと錯誤し、胸の内にしまったままイッちまったんだ。先輩は誰より男らしい心意気だったのに、男らしさを強制する社会に殺されたんだ! どれだけ後悔しても手遅れだ。この義理は遺族にしか返せねぇ」
それから彼は上級生の後輩苛め鎮圧のために《傭兵部》を組織することになる。
彼もまた後悔と罪滅ぼしのために竜水に従っていた。男らしさを強制する性差別を憎むという意味では正しく【神聖宝敬】の啓示を受けているのかもしれない。説得で懐柔することは不可能だった。
「問答は終わりだ。こっからは拳で語ろうや、金獅子ィ」
「上等!」
膝が笑っているのは武者震いではない。潜入部体験で拳をぶつけたときの恐怖が身体によみがえっているのだ。ただそこにいるだけで空気が摩擦するようなピリピリした感覚は一匹の幻獣を相手取っているようだ。これでは彼以外の部員全員と戦った方がマシに見える。それでも光輝は拳を握った。己が体を動かすのは仲間達との結束と漢の覚悟のみ。
「行くぜェエエエ!」
一匹の若き獅子が百戦錬磨の大虎に牙を向いたのである。光輝は既に梓豪との決闘で体力は削られている。それでも彼は男の意地を胸に特攻していく。
真っ直ぐ走る光輝に空気圧が叩きつけられる。以前見ていなければ初撃で殴り飛ばされていただろう。凄まじい風圧が真横を過ぎたかと思うと地面には巨人の拳が穿たれた跡が残されていた。光輝は経験則と空気の振動から紙一重で攻撃を躱していく。素人目には無駄弾を撃ち続けている虎太郎が劣勢に映る。だが二人の勝負は飛び道具対決ではなく徒手空拳同士の近接戦である。全く近づけずに体力を浪費し続けている光輝が追いこまれている状況だった。
「ふん、よく躱すな、金獅子。流石は百獣の王の名を冠した男。その心意気に免じて虎の子を見せてやろう」
虎太郎は体を少し伏せ振りかぶるように右腕を引いた。ちょうど虎が獲物を狩ろうとする動きに似ている。
「あの構え、一年坊相手に部長は本気アルか!?」
「逃げろ! みんな! 巻き添えくうぞ!」
周囲で観戦していた《傭兵部》は各研究会長クラス以外散開してしまった。研究会長たちも少し距離を取って様子を伺っている。それだけの大技が繰り出されるのだ。光輝は防御の構えを取った。正面から受けるのは無謀だと感染者の誰もが感じたことだろう。彼自身もそう思っていた。しかし先程までの攻防で光輝の体力は当の昔に尽きていたのだ。
(チッ、避けきれねェ……となれば受けるか捌くしかねェ!)
「若き獅子よ! 受けてみろ! 〈猛虎終雷〉!!」
虎太郎が放った闘気の込められた一撃は意思を持った虎の如く牙を向いた。
音速の拳は空気摩擦によって帯電していき雷虎となって光輝を襲う。ただの拳から発生した人間技とは思えなかった。咄嗟に急所である胸を守ったが闘気と電気を帯びた衝撃波を殺しきることはできず、天へと撥ね飛ばされた。
隕石の落下を彷彿とさせるクレーターが地面を抉り、拳の残衝が通過した敷地の外壁は酷く崩壊していた。受け身すら取れずに地面に落下した光輝は激しく悶絶した。体を蝕む電気は虎に臓物を食い荒らされているような激痛を残していたのだ。気力だけで意識を保ったのが仇となり電流と風圧のダメージに耐えなければならなくなった。
虎太郎は健闘した後輩を労うように近寄った。光輝は最後の力でその足を掴む。虎太郎が自身の脚ごと持ち上げても光輝は手を離そうとしない。
「お前は良く闘った。だがこの戦いは俺達【神聖宝敬】の勝利だ。お前も本当はマスキュリズムの教えを分かってるんだろう? だから男の娘の姿のまま俺に挑んだ。違うか?」
「違うな。俺がこの姿のままだったのは胸の違和感を隠すためだ!」
光輝は制服のブラウスを開いて胸を見せた。虎太郎も彼の胸が膨らんでいることに気づいてはいたがそれはパッドブラによる高度な女装だと判断していた。だがそれは誤りだった。彼は《傭兵部》との死闘の際に通過した科学室で実験用の小型爆薬を仕入れていた。それを違和感のないように自身のブラに隠していたのである。
「――しまった! 俺の技から胸を守ったのは爆薬に引火させないため―――」
「漢の覚悟を見誤ったな」
接近で機内ならば相手から近づいてくるのを待てばいい。相手が勝利を確信したときこそ隙が生まれると考えたからこそ光輝は敢えて奥義を受けたのだ。爆薬の引火を防ぎ、意志を保てれば勝機はあると信じていたのである。全ては仲間達に後を託すために。
(後は頼んだぜ、ダチ公……)
――激しい爆音と共に猛烈な爆風が二人を包みこんだ。
普通なら虎太郎の圧勝ですが
光輝の決死の覚悟で相打ちに持っていきました。
小型爆弾作れる科学部もやばいですね。
四大部活以外もかなり高レベルの高校です。




