神聖宝敬
表向きは生徒会副会長である竜水が授業中に仕掛けてくることはなく、放課後まで英気を養うことができた。そして終礼後、大雅は仲間を連れて協力のお礼を告げるため急いで《新聞部》へと走った。
「文人先輩! おかげさまで―――って先輩!?」
朝日文人は髪飾りから制服まで気合の入った男の娘に変貌していた。髪にはパーマが充てられて武刀高校の制服は可愛くデコレーションされてしまっている。スカートの下は勝負下着という徹底ぶりである。今までの擬態とは全く違う芯から男の娘化してしまった彼は虚ろな目で倒れていた。
「先輩! しっかりしてください!」
「ふふ、うふふ、僕は男の娘……。ゆめかわいい記事をいっぱい書いてバズらせるの~」
甘ったるい声で囁く彼からはかつての面影が何処にもなかった。武刀高校で新入生が入ってくるまでただ一人男の娘に擬態しつつも漢を保ち続けた漢。仲間達を引き抜かれて尚、折れなかった漢。男の娘化の空気に呑まれそうな後輩を救い出し知恵を授けた漢は、ここに雌伏したのである。
「クソッ! 一体誰がこんなひどい真似を……!」
「……遅かったね」
声のする方に顔を向ける。
夕日の織りなす影に隠れる形で央黄竜水が潜んでいた。まだ日差しが強いためか室内にも拘らず彼は傘を差している。初対面ではルビーのように美しく見えた赤い瞳が今では恐ろしい吸血鬼の眼にすら見えてしまう。竜水は倒れた文人を一瞥して目を伏せた。
「《新聞部》は兄様のことを記事にして学校と戦ってくれたから、廃部させずに残してあげてたのに。何度も噛みつかれては愛想も尽きるよね」
「やはりテメェが俺達を! 副会長として対面したときから俺達を騙してやがったか!?」
「騙す? ぼくは最初に出会ったときから君達に言っていた筈だよ。『学内世論のコントロールからライバル派閥の失脚裏工作まで密ちゃんを幅広くサポートしてる』とね」
「言葉の〝にゅあんす〟が違うゾ! 何がサポートだ! カイチョーを騙してるだろ! オマエが男の娘化の犯人なら会長を脅迫したのもフクカイチョーだろっ!」
天満が核心を突いてくれた。
男の娘化を遂行したのなら鳳密を脅迫して選挙で勝たせたのも央黄竜水ということになる。気を許した相手の隙をつくのは簡単だろう。
だが幼馴染だと話していた友人を脅迫するとはどういう神経をしているのか。《男子部》の厳しい追及にも彼は一切動揺を見せなかった。
「覚えてないの? あの時ぼくはこうもう言った筈だよ。『友達って言うのは少なからずお互いを利用しているところもある』って。嘘はついていないだろう?」
「減らず口を! 殺された兄上の復讐か!? 主犯たちは落ちぶれたのだろう!?」
「君達が調べた通りさ。確かに主犯は命以外の全てを失った。苛めを黙殺した教師も教員免許は剥奪された。……でもそれで終わりじゃない。兄様を直接虐めたのは奴らだが、兄様の助けを求める声を殺したのは世間だ! 男らしさを押しつける社会の在り方だ! 兄様が周りに助けを求められる環境だったなら死ぬまで追い詰められずに済んだんだ!」
凄まじい怒声。空気すらも震わせる怒号。央黄竜水の社会に対する憎悪が伝わってくる。口を挟む余地を与えず彼は続けた。
「男だから強くならねばならない? 理不尽に耐えなければならない? ふざけるな! 強い女が社会に認められるなら弱い男がいたっていいじゃないか! 調和を望む非力な男がなぜ社会に認められない! ズボンを履く女が公認されてスカートを履く男は何故認められない!?」
「いや、それは飛躍しすぎですよ……」
「飛躍だと!? 兄様は多くを望んでいた訳じゃない! ただ手芸したり、アイドルしたり、仲間内で楽しみたかっただけだったんだ! 世間の誰に迷惑をかけた!? だが周囲が嗤ったんだ! 自分と少し違うだけの人間に自分の常識を強要して! ……ゴホッ」
長く大声で話した影響で竜水は咳き込んだ。元々身体が弱いというのも本当らしく体力が追いついていないようだ。これを幸いとして光輝が殴り込むが、竜水は傘を一振りしただけで彼の身体を撥ね飛ばしてしまった。真鞘が受け身を取ってくれたおかげで壁への激突は防ぐことができたが、直撃を受けた光輝は全身に強い痺れを感じているようだった。
「ヤロォ……何ツー馬鹿力だ! 男に強さは必要ないとかほざきながら……」
「思想としてはそう思っているよ。でも異なる思想を駆逐しようとする過激な輩はどこにでもいる。彼らから大事な信徒を守るために教祖のぼくは自衛手段を持っている。兄様のように〝かよわい男の娘達〟を守るためにね。兄様が死んでぼくは変わったんだよ」
「信徒に教祖か。「男らしさから守る」自分の教え、そのマスキュリズムを布教するために、学校中の生徒を男の娘にしたってわけだ」
「そうとも。社会が強要する男らしさからの解放。それが我ら【神聖宝敬】の活動理念だ! 全ては男らしさを強要して体の弱い兄を殺した世間への復讐なのだよ!」
「コイツ、ふざけた組織名と冗談みたいな行動だが動機だけが昼ドラ並に重いっ!」
彼の教えは男子校の生徒たちに深く刺さったようだ。初めは冗談や集団心理から女装したのかもしれない。罰則説、ストライキ説、験担ぎ説、呪い説の影響もあったのだろう。
しかし世間から無意識に強要される「男らしさ」に辟易していた思春期の男子達は男の娘に居心地の良さを感じてしまった。それが名門男子校に漢がいなくなった理由だった。
「だが一つ分からねーことがある。芯の強い《男子部》の仲間をどうやって洗脳した!?」
大雅の追及に竜水はニヤリと笑みを溢した。
「ふふふ、キミらは閾下知覚をご存知かな?」
「意識と潜在意識の境界領域に視覚、聴覚などを伝って刺激を与えることで他人の無意識に干渉する効果ですね。世間的にはサブリミナル効果という名称の方が有名ですが」
「よく知ってるね、首藤君。そう、君達はこの学校に入学したときからサブリミナルを受けている。学校の授業、お昼の放送、クラスメイトの会話でさえも! よぉく思いだしてごらん」
入学式で聞いた校長の話はジェンダーについてだった。授業中に教師が話す雑談は「男らしさはもう古い」とか「今後は個性を大事に」といった話題が多かった。当時は男の娘生徒を配慮しての発言と気にしていなかったが、今思えばマスキュリズムのバイアスがかかった内容だった。そしてお昼の放送で流れていた曲も歌詞にマスキュリズムを彷彿とさせるものが殆どだった。もっといえば男の娘化した全校生徒を見せ続けることも「男の娘化」への抵抗を失くすためのものだったのだ。生徒会副会長という立場があれば裏工作はお手の物だろう。
「実際はサブリミナルに科学的根拠はない。でもこの国の人間は兎角流され易いんだ。周りと同じ色に染めやすい。だから男の娘が当たり前の環境に慣れさせて最後にぼくがカウンセリングをすれば可愛い男の娘の完成という訳さ」
「俺達はまんまと嵌められた訳だ。だがこれ以上好きにさせねぇ。アンタを止めてやる」
「でも油断できませんよ。光輝君を片手で吹っ飛ばすほどです」
「武士として対等と言えんが相手の弱点をつくしかあるまい」
幸いにして今は特撮戦隊モノを彷彿とさせる五対一だ。数の上では圧倒的にこちらが有利。それでも竜水は手強いが彼は病弱な体質であり持久戦は耐えられないと推測できる。加えてアルビノ故に直射日光を避けなければならない弱点まである。正々堂々戦って勝てない相手である以上、これを突かない手はなかった。
「行くぞ野郎共!」
「「「「応!」」」」
最初に大雅がスリングショットで竜水を牽制する。得物の割りに早撃ちできる方であるが副会長は流水のような動きで華麗に躱し、閉じた傘で跳ね返してしまう。彼の注意が大雅に逸れた瞬間、右から光輝が拳を振り、左から真鞘が木刀を薙いだ。
だが竜水は開いた傘地で光輝の拳を受け止め、傘の中棒で木刀の勢いを殺した。
回るように二人を左右に吹き飛ばした竜水は折りたたんだ傘の石突きで一樹を突き飛ばしてしまった。相当無理な動きをしたらしく体力が尽きた竜水は傘を支え棒にして「ハァハァ」と息を整える。
この部員が作ってくれた隙を見逃さずに大雅は煙弾を投射した。副会長の周囲に黙々の煙が立ち込めてくる。彼は開いた傘を一振りして煙を払い除けた。
「これでぼくを封じたつもり―――」
その瞬間、竜水の腰に天満が満面の笑みで飛びついてきた。払いのけようにも傘は振り抜いたばかりで無理やり振り戻す体力もない。視界を封じたのは彼から傘の一撃を遅らせるためのブラフだった。天満に抱き着かれた竜水は慣性の法則に従って教室の窓に激突して外に飛ばされた。野外の地面に転がる両者。
役目を終えた天満は新体操選手のようなバク転を披露しながら戻ってきた。
夕日は沈みかけているが、春特有の日差しはまだ残っている。竜水は忌々し気に太陽を睨みながら傘を開いた。彼の身体は紅くなり凄まじい発汗が見て取れる。追撃しなくとも放っておけばそのまま倒れてしまいそうだ。
「副会長、降参したらどうだ? これ以上、アンタを傷つけたくない」
「……降参? 馬鹿を言うな。キミらが仲間と連携するならぼくも仲間を呼ぶまでだよ」
竜水は傘の石突きから空に空砲を撃った。
すると、どこからかローブを被った四人が人影が凄い勢いで駆け付けてきて竜水を守るように立ち塞がった。身なりから察するに彼らは【神聖宝敬】の信徒のようだ。
「紹介しよう。【神聖宝敬】最強の四天王を!」
「四天王だと!?」
「最強のホーケーが四人もいるのかっ!?」
四人の乱入者は顔を隠したローブを脱ぎ捨てた。
彼ら四人は《男子部》もよく知っている生徒だった。《手芸部》を経営する朱南雀、《傭兵部》を統べる白西虎太郎、《剣道部》を率いる東青龍之介、《重音楽部》をプロデュースする北玄武季。武刀高校が誇る四大部活のトップ生徒たちだったのである。
「まさか、アンタらまでグルだとはな」
「どうしてなんだっ!? スズメ先輩!」
「君達は気づかなかったのかい? 武刀高校全校生徒男の娘化には女子の制服が必要不可欠。それを量産して配布できるのは僕たち《手芸部》だけだ」
《男子部》一同は絶句した。制服の生産ルートから調査することを全く考えていなかったのである。早々に調査していれば彼が【神聖宝敬】信徒であることは気づくことができたはずだ。悔しさに歯噛みしてしまう。
「ちなみに《傭兵部》の特攻服、《剣道部》の和服、《重音楽部》の衣装も我が部の作品さ」
答えが分かってしまえば横の繋がりも理解できた。学校内でも《手芸部》の影響力は大きいようだ。
「気づくべきでしたね。亡くなった竜志さんが属していたのは《手芸部》と《アイドル部》、つまり朱南先輩と北玄先輩の大先輩にあたります。【神聖宝敬】に協力する動機は十分です」
「それだけやないけどな。ウチと雀はんにとって敬愛する先輩やったんもまた事実や。せやけど嘘はついとらんで。一樹はんに教えた呪い説もあったんや。【神聖宝敬】の男の娘化計画の一端として使わせてもらっただけやで」
呪い説を信じる生徒の恐怖を煽り裏で糸を引いていたのは【神聖宝敬】だった。生徒会を掌握している竜水がトップならば女子制服通学の許可は簡単に降りただろう。
「東青先輩! 何が強くなるために常識を捨てろですか! 私を騙して!」
「騙してはないよ。現に男だった頃の私は竜志先輩の苛め問題を解決できなかった。運動部の後輩苛めもだ。常識や思い込みで目が曇っていた何よりの証拠。【神聖宝敬】に属するのは《剣道部》主将としての償いでもある!」
当時は一年生で半人前だった彼も央黄竜志の死亡事件に責任を感じていたらしい。元々嘘をつける人物ではなかった。験担ぎも真鞘に説いた強さの教えも全て本当だったのだ。ただ【神聖宝敬】の信徒という裏の顔を隠していたにすぎない。
「チッ、白西虎太郎。やってくれやがったなァ!」
「怒ってるなぁ《金獅子》! まぁ当然か。俺も嘘はついてねーぞ。男の娘化が反逆の証だったのも本当だぜ。だが俺も《傭兵部》組織前は竜志さんには世話になったのも事実」
三年生を二年生が従えるというおかしな構図になっている。これも竜水の兄である竜志が上級生で人望があってのことだった。四天王は竜志に所縁のある者達だった。一年生のときに何もできなかった自分を恥じて巨大組織を作り上げたのかもしれない。
竜水はそんな学内最強の四天王の前に出てきた。
「形勢は逆転だね。ぼく一人に手こずる一年生が三年生の彼らに勝てるかな? ふふふ、今度こそ身も心も男の娘に染めてあげるよ!」
マズいと思った大雅は煙弾を数発射撃して煙幕を張った。
四人と正面からやり合えば全滅は必至である。【神聖宝敬】全てを敵に回す必要はない。主敵の央黄竜水さえ説得できれば問題ないと考えたのだ。大雅の意図を察した《男子部》はそれぞれ散って学校に身を隠すことにしたのである。煙が晴れる頃には五人の生徒は忽然と消えていた。
「逃げたか。力量差は分かってるようだな」
「探しだしてタイマンに持ちこめばいい」
「僕、《手芸部》だから喧嘩は得意じゃないんだけどなぁ……」
「竜水はん、どないします?」
「そうだね……。武季さん、一つお願いを聞いてくれるかな?」
神聖宝敬、名前の由来は下ネタをそのまま宗教っぽくした感じです。
四天王は四大部活動の部長さん達でした。
答えが分かってみれば彼らのつながりも見えてきます。
影響力の強い部と生徒会から学校全体に浸食した感じですね。
男子部が男の娘化したのは各部活に潜入部体験した後なのでその部活の部長たちが神聖宝敬の構成員だという裏付けにもなっています。
四天王の名称は全て四神にちなんでいます。青龍・朱雀・白虎・玄武ですね。
その中央にあるのが〝黄龍〟たる竜水くんになります。
そして黄龍と対になるのが鳳凰、即ち生徒会長の鳳さん。
中国神話になぞられたキャラ名になっています。
鳳凰と四神は有名ですが黄龍は他より知名度が低いので黒幕の名称にしました。
某ヤ●ザゲームをやっている方か中国神話に詳しい方は黄龍もご存じなのでアレこの人もしかして?と思われたかもです。




