漢を取り戻せ!
――昼休み、大雅は部員を正気に戻すために万全の態勢で臨むことにした。
最初に狙いをつけたのは光輝だ。
クシャクシャに丸めた紙を彼の後頭部へ投げつける。舌打ちしながらそれを拾った光輝が紙を開くとそこには『果たし状』と書かれていた。
勿論、大雅が綴ったもので「屋上での決闘」を誘うものだ。普通のギャルなら馬鹿にするか恐怖するはずだ。しかし光輝の中に『金獅子』が眠っているなら良い目覚しになる。金獅子は果たし状には常に応じてきたはずだ。それは自己紹介の時に彼自らが話していたことだ。果たし状を手にした光輝は体に震えを感じていた。
(なに……? この懐かしい感覚……あーし、どうしちゃったの……?)
彼はギャル仲間との食事を断って屋上に続く階段を上った。やはり『金獅子』は死んではいなかったのだ。本能が彼に闘えと告げている、
扉を開いた先に立っていたのは腕を組む大雅だった。
「アンタか。あーしに何のよう?」
「心や体が女な奴を殴る趣味はない。だが、テメェを漢と見込んで決闘を申し込む」
「はぁ? 決闘とかいつの時代よ? ありえねー。ていうかウザいし……」
呆れる光輝の顔面に大雅の正拳が迫った。
普段の光輝なら難なく避けられる攻撃だった。しかし男の娘化して喧嘩殺法の大半を忘却していた光輝は無防備な右頬に強烈な一撃を入れられることとなる。
拳の勢いに吹き飛んだ光輝は虚空を舞う内に中学時代の喧嘩三昧が走馬灯のようによみがえってきた。
謀略と拳で修門中学校のトップになったこと、生徒達をまとめて勉強会を開いたこと、他校と喧嘩に明け暮れたこと。頬から脳に伝わった痛みが男の青春を思い出させてくれる。
そして地面に身を落とす前に素早く受け身を取った。
「……良い拳じゃねーか、大雅ァ」
構えを取る光輝はギャル風男の娘ではなく、完全にインテリヤンキーのモノになっていた。スカートが捲れることにも気にせず、邪魔な付け爪をかなぐり捨てた男の拳である。
「正気に戻ったみてぇだな」
指摘された彼は今までの自分の振る舞いを思いだしておおきな舌打ちで不快感をあらわにする。
「チッ、俺としたことが自分を見失うとはなァ」
「帰って来てくれて嬉しいぜ、光輝」
互いを名前で呼び合った二人は照れくさそうに拳をぶつけあった。
光輝が正気に戻ったことで文人と共に立てた作戦の有用性が証明された。残り三名の部員も同じように本人の特性をぶつければ正気に戻せるのだ。
これまでの経緯を打ち明けると光輝も協力を買って出てくれた。
大雅たちが次に狙ったのは真鞘だった。
彼を探すのは容易だ。男の娘にしては身長が高めであるということもあるが、《剣道部》期待の新入として同部員達だけでなく、他の一年生からも黄色い声が上がるため、その人の流れを辿れば簡単に見つけられるからである。
「鞘ちゃん、入部してすぐに〝達人級〟ってすごいねっ」
「いや私はまだまだ。早く〝超人級〟に昇級したいと思ってる」
「志高い~。惚れちゃいそう」
推測通り中庭で男の娘に囲まれる真鞘はすぐに発見できた。まるで女子高の王子様である。問題はギャラリーが多すぎるというところだ。多勢に無勢では説得できない。
「チッ、どうする大雅? 放課後まで待つか?」
「いや俺に考えがある。要は周りの男の娘をどかせばいいんだろ?」
怪訝そうな光輝の前で大雅はスリングショットを取りだした。Y字型の道具で通称パチンコと呼称されるものだ。ゴム紐と弾を一緒に伸ばして飛ばす飛び道具である。不意打ちで狙ったところで剣道の達人である真鞘には防がれてしまうだろう。だから大雅は敢えて弾ではないものを男の娘集団に投擲した。
「キャー! 何よコレぇ!」
大雅が投擲したのは『ジョークドッキリ害虫セット』を仕込んで丸めたティッシュだった。幸一郎とのデートで獲得した外れグッズである。地面に転がった衝撃で解き放たれるリアルなゴキブリやムカデの玩具に、男の娘達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「今だ! 光輝!」
「まかせろ!」
一人になった真鞘の懐に光輝の一発が入る。速くて重い中々の一撃だったが、既に木刀を抜いていた真鞘に受け止めてしまった。
「不意打ちで落とせる程この首は安くないぞ!」
「首を落とす必要はねェ……俺達が落とそうとしているのは別のモンさ」
光輝の二打撃目、三撃目の回し蹴りも真鞘は木刀で軽々と防いでいく。やはり両者の実力は互角。だからこそ大雅は真鞘説得前に光輝を味方に付けていたのだ。
両雄の激突で激しい突風が巻き起こる。二人のスカートはただの布きれでしかなく風に弄ばれている。完全男の娘化していた影響か二人の下着も女物に変わっている。光輝はギャルらしいピンク色で真鞘は今朝確認した通り黒い紐パンだった。
そして真鞘の下着が丸だしになった瞬間を狙って茂みに隠れていた大雅が飛び出した。真鞘は挟み撃ちにされると思って木刀の柄頭で大雅の側頭部を狙う。これを前転態勢で回避した大雅は彼の腿に結ばれた紐を解きいてパンツを奪ったのである。
「き、貴様ら! 卑怯だぞ! 私の足運びを封じるつもりか! パンツを返せ!」
「真鞘クゥ~ン、こんなえっろい下着で何の稽古してたのかなァ?」
「お前に似合うのはコレじゃねぇ。真鞘、かつての自分の白さを思いだすんだ!」
そう言って白い布を彼に投げ渡した。
受け取った真鞘はハッと目を見開く。彼が手にしたのは今まで身に着けていた白い褌だったのである。
純粋に剣道に明け暮れて汗で濡れた褌を桶で手洗いした懐かしい日々が脳裏をよぎる。手に掴んだ木綿の感触は彼に大事なことを思い出させてくれた。穢れ無き白い心で剣の道を志した日々。そして入学式に出会った仲間達の存在を――。
己の行いを恥じた真鞘はノーパンで腰を落としてしまった。
「不覚! 私は……私は……何をしていたのだ……?」
「自分を責めるのはよせ。正気に戻ってくれたならそれでいい」
彼は差し伸べられた手を強く握り返して立ち上がった。
「これで三人目だなァ。残りの馬鹿二人はどうする?」
「一樹の方は既に手を打ってある。そろそろ効果が出てくる頃合いだろう」
大雅は悪人面でニヤリと笑った。
武刀高校ではお昼休みは放送部が様々な企画を実施している。卒業生の活躍を宣伝したり、何らかの功績を出した在校生を称賛したりと幅広く展開している。その中でも主要な企画は音楽放送にあった。生徒からの要望に応えて人気の歌を休み時間中に流すのである。
『放送部より【匿名希望】さんから音楽のリクエストです。同封されたCDをかけてほしいみたいです。開けてビックリ玉手箱! ではミュージックスタート☆』
テンションの高い放送部員の掛け声と共に音楽が再生される。生徒達は「何の曲だろうね?」「昔の歌かな?」と各々無邪気に会話のネタにしていたが、音楽が流れだしたら皆静かに耳を澄ませ始めた。
『嗚呼、気づけば今朝も目で追ってる~♪ 可憐な後姿~♪ 寝癖や乱れた服さえも君を彩る愛嬌にさえ見えている♪』
「この聞き覚えのあるイントロは……」
全校生徒が首を傾げる中、一人の眼鏡男の娘だけは全員に悪寒がはしっていた。
根源的な恐怖を感じていたが音楽家としての好奇心が勝り耳を塞ぐことはなかった。
『嫌なこと辛いこと転がってるけど、世界が闇に包まれてるけど~♪ 僕の世界は輝いている~♪ だって君は僕の太陽だから~♪』
「うぅ……頭が……」
悪寒は男の娘化した大脳にまで浸透して頭痛となって記憶の扉をノックしていく。音調が激しくなるにつれて彼の頭痛は酷くなっていった。
『……その華奢な身体を抱きしめて囁くのSA~♪ Dear my Honey. Dear my Honey. 僕の想いを受け止めてくれ♪ Dear my Honey. Dear my Honey. 僕の想いに応えてくれ♪』
「うわぁああああ! やめてくださぁあああああいいいぃぃぃぃ!!」
曲のサビまで流れたところで一樹は全てを思いだした。流れた曲は彼が中学時代に全校生徒の前で歌った告白ソング『Dear my Honey』だったのだ。黒歴史を無理やり掘りだされた彼は悶絶して床に転がり胸を掻きむしっていた。
心配した生徒が「大丈夫?」と駆け寄ってきても一樹は青い顔で頷くことしかできなかった。教室に帰って来ていた大雅たちも一樹が陰キャラオーラを取り戻したことがすぐに分かるほどだった。
「よぉ、一樹! 正気に戻ったか!」
「ボクは貴方の正気を疑いますよ! 何て事してくれたんですか!? っていうかどこでCDを手に入れたんです!?」
「なぁに文人先輩の人脈でな……」
古傷を抉られて大ダメージを被ったようだが一樹の心を取り戻すことはできた。「高校生活もおしまいだ……」と嘆く彼のアフターケアは大変かもしれないが。
「あとは天然馬鹿だけか。チッ、手間かけさせやがって」
「しかし私は天満の説得方法に見当がつかないんだが……」
「呼んだか?」
ツインテールをピョコピョコと動かす天真爛漫系男の娘がいつの間にか傍に来ていた。面白そうなことの気配を察知したらしい。彼の眼は子供のように澄んでいた。なんというか彼からは『作られた男の娘』的な不気味さを感じられなかった。他の部員達も同じようでじっと彼のアホ面を凝視していた。
「なぁ、天満。お前、最初から洗脳されてねーんじゃないか?」
「洗脳? 何のことだ? オレは楽しそうだったからトモダチと遊んでただけだゾっ!」
《男子部》メンバーは大きな溜息をついた。
馬鹿故に流されやすいが、阿呆故に洗脳などという高度なテクニックが通用しなかったのだ。大雅は仲間達が洗脳されたことで気が動転して天満のことまで気が回らなかったようだ。こんなことなら最初に声をかけておけば良かったと彼は肩を落とした。
仲間を取り戻した落ち着いた大雅は最初に知りたいことがあった。それは《男子部》のメンバーに何があって誰に洗脳されたか、である。
「みんなは何で急に洗脳されたんだ? 俺のいない間に何かあったのか?」
「あんまり覚えてねェが、一つだけハッキリしてることがある」
「ああ。私も最後に会った人物の顔は……な」
「奇遇ですね。僕もです」
「じゃあ、せーのでタイガに伝えるぞ。せーの!」
「「「「央黄竜水だ(です)」」」」
やはり想像していた通りだった。《男子部》は調査中に副会長・央黄竜水と接触していたのだ。
彼が一連の出来事の黒幕だと断定していい。
亡き兄の復讐がねじ曲がったと考えれば動機は十分だ。
生徒会副会長という立場の彼と闘いは厳しいものになるだろう。
仲間の説得に昼休みを目一杯使ってしまったため決闘は放課後に持ち越された。
軽く報告だけでもしておこうと文人に電話をかけるが電源が切られているようだ。メッセージを送っても既読が付かない。ちょうど予鈴が鳴ってしまったので大雅たち《男子部》は一先ず午後の授業を乗り切ることにした。
各々の漢としての過去を思い出させることで無事仲間達を正気に戻せました。
自然と下の名前で呼び合う仲に深まっています。
天満は天真爛漫で洗脳術の類が効きません。
ここから反撃開始です。




