奪われた仲間達
――翌日、武刀高校へ登校した大雅は上機嫌で教室に入ってきた。
自分からはデート結果の報告もしたかったし、部員からは調査を依頼した密教の情報について聞きたかったので週明けを楽しみにしていたのである。
幸一郎は既に友達と話しているようなので目で挨拶だけ済まして《男子部》のメンバーを探す。一番最初に見つけたのは光輝だった。金髪の男の娘化しているため一番見つけやすかった。
「よぉ、御手洗。調査結果とかどうだった?」
「は? 気安く話しかけんなし。あーしはネイルの仕方習ってんの。見て分からない?」
「安っちさー、今光ちゃんネイルデコってんだから邪魔しないの!」
確かにギャルっぽいクラスメイトからネイルアートの手解きを受けているようだ。しかし重要なのはそこじゃなかった。男の娘化してもアウトロー要素が残っていた彼から微塵も男らしさを感じない。女装も羞恥心を消せていなかったのに堂々と振舞っている。何より自分を「あーし」なんていうことはなかった。
強引に振りほどかれた大雅はその場に立ち尽くすしかできなかった。
「ひかりちゃんって……どうしちまったんだよ、御手洗……」
「おはようございます、皆さん」
扉を開けて丁寧語で挨拶してきたのは一樹だった。相変わらず女装は解けていない。しかし見知った顔と出会ったことでほっとした大雅は一樹に駆け寄った。
「首藤、聞いてくれ。御手洗がおかしいんだよ!」
「へ? 何も変わらないじゃないですか。いつも通りのヤンキーギャルです。それよりも安河内君、見てくださいよコレ! ボクのソロライブが決まったんです! 可愛い衣装まで用意してもらいまして感激ですよ!」
一樹はアイドルに憧れる少女のようにチラシを手渡してきた。ゴシック系の装いでポーズを決めた一樹がマイクを握っている広告だった。《重音楽部》のプロデュースを受けるという話を聞いてはいたがこんなに乗り気ではなかったはずだ。隠キャラが板についている一樹がノリノリで女装するなどありえなかった。
「首藤、お前まで……まさか、剣崎と天満も……」
廊下で男の娘から告白をされる真鞘は武人として断っている風に見える。一瞬安堵しかけるもすぐに違和感に気づいた。髪を手櫛ですく真鞘の仕草は何というか乙女チックだ。剣道の練習でかいた汗の匂いを気にしているのか女性用の匂い消しを使っている。笑い方も女性らしい。
「鞘ちゃん、褌止めたんだね。週末一緒に買い物に付き合った甲斐があったよ」
「それには感謝しているが、衆目の前でスカートをめくらないでくれ」
女子同士のふざけ合いのようにめくられたスカートの下は純白の褌ではなくアダルティな漆黒の紐パンツに変貌していた。
「剣崎、自己PRはどうした……? 褌の白さが心の潔白さじゃねーのかよ……。おいおい嘘だろ……」
大雅の耳に聞き慣れた友人の声が届く。
「天満ちゃんは明るくていいわね。こっちまで元気になるし!」
「えへへーそうかぁ?」
窓際で天満とクラスメイトが楽しそうに話していた。
大雅は絶句した。今までは男子校の生徒が男の娘化していても同じ漢が存在していたことで心の余裕があった。学校が変貌した原因を探していたのも謎解きゲームをしている感覚すらあった。ところがいざ仲間達が身も心も男の娘になってしまうと心のバランスが崩壊してしまった。叫び声を上げなかったのは最後の理性が残っていたからだろう。
異世界へ迷い込んだかのような孤独感を味わった大雅は教室から逃げだした。
(俺がデートを楽しんでいた間、一体何があったって言うんだ!?)
無言で廊下を爆走して向かった先は職員室でも生徒会室でもなかった。彼が逃げ込んだ先は《新聞部》だった。しかしまだ放課後ではないため誰の姿もない。それどころか鍵がかかって《新聞部》には入れなかった。
廊下には続々と登校してくる生徒達が溢れてくる。彼らは大雅のズボンを一瞥して首を傾げてすれ違っていく。もうこの学校の生徒に漢は一人だ。突きつけられる事実が一人の少年の心を追い詰めていく。
「……そうだ、俺も男の娘になればいいんだ……そうすればみんなと同じ……」
正気を失った大雅は虚ろな目で職員室へ向かう。
そこには汚れたときのために貸し出し用の制服が数着置いてあったからだ。大雅は職員の目を盗んでハンガーにかけられた女子の制服に手を伸ばした。彼の心は「自分さえ男の娘化すればまた《男子部》で一緒に馬鹿をやれる」という偽りの希望に満ちていた。
「安河内君、何をしてるんだい?」
大雅の手は背後から現れた文人に止められた。彼は部室で見た時と同じズボン姿のままだった。自分と同じ漢と再会できたことで大雅は段々と正気を取り戻していく。
「俺は一体何をしようとして……?」
「君も呑まれそうだったみたいだね。午前の授業は休んだ方が良い。部室に案内しよう」
文人は休日中も男の娘に擬態して取材して制服のスカートを破ってしまったそうだ。それで代わりの制服を借りようと職員室へ入ったところ、正気を失った大雅を見つけて声をかけたのだという。大雅は自分の友人が完全に男の娘化してしまったことを洗いざらい打ち明けた。
「先輩すんません、マジ助かりました」
危機的な状況で救われたために初対面とは異なり、自然と敬語になっていた。それだけ今まで心細かったのだ。
「先週までアイツらの恰好が男の娘になったのはふざけてるだけだと思ってましたが、今日のは今までと違う。完全に自然と男の娘である自分を受け入れて振舞ってます!」
「……恐れていた事態が現実になったか。けれど安河内君、君の友人たちが男の娘化したのがここ数日の話ならまだ何とかなるかもしれない」
「ホントですか!? アイツらを正気に戻せるなら俺どんなことだってやります!」
「男の娘化はカルト宗教の洗脳結果でしかないからね。それまでの人生で積み重ねてきた個人の特性の方が強い。つまり彼らが昔の自分を思い出す強い切っ掛けがあればいい。安河内君、君は部長として部員たちを見てきたはずだ。彼らの心に訴えかけてみろ」
「……強い切っ掛け、ですか。分かりました。先輩、俺やってみます!」
「君達の中学時代のプロフィールは《新聞部》が把握済みだ。協力は惜しまないよ」
午前の授業が終わるまで大雅は文人の協力の下、綿密な作戦を構築していった。
なんだかんだと助けになる新聞部部長。彼がいなければ大雅も飲まれてましたね。




