デートの終わり
◆剣崎真鞘のデート企画案【寺社祭巡り】
真鞘の企画は観光スポットになっている地元の大きな神社に参拝するというものだ。ただ参拝するだけでなく、そこには年中祭の屋台が出ているという訳で提案したようだ。彼はもう一つ【時代劇鑑賞デート】を立案していたが地味なので大雅は採用しなかった。
「落ち着いた良い場所だねっ!」
「ああ。ダチに勧められてよ。流石和風男子のチョイスだぜ……」
手と口を清めた後、境内をゆっくりと見物し、社へは格式通り二礼二拍手一礼で参拝する。真鞘が事細かに礼儀作法を記載していたために幸一郎に指南できる程だった。
参拝中幸一郎はかなり長い時間願掛けしていた。
「何を願ったんだ?」
「内緒だよー。それよりおみくじ引いていこうよ」
神社といえばおみくじである。せっかくの境内デートなので話のネタにはなるだろうと二人でくじをシェイクする。そして出た棒に記された番号を順番に巫女さんに渡してくじを交換してもらった。一緒にくじ紙を開くと、幸一郎は『大吉』で大雅は『大凶』だった。
「マジか。いや、最近の出来事を考えれば当たってるのか……?」
「残念だったね、安河内君。恋人なんだし私の大吉パワーおすそ分けしてあげるねっ」
くじは神木の枝に括りつける習わしだったので神木へ向かおうとする。だが思い出したように幸一郎が「待ってて」と途中で引き返して巫女さんの方に戻ってしまった。三分後くらいに走って戻ってきた彼の手にはお守りが握られていた。
「買ったのか?」
「うん、縁結びのお守り。今日みたいな日がずっと続きますようにって」
大雅は激しい罪悪感に苛まれた。今日という異例を除いて大雅は幸一郎との関係を終わらせようとしている。誤解と保身から始まった関係なので元々清純な交際とはいえない。それでも幸一郎は健気に関係の継続を望んでいるのだ。
神様はどっちの意思を組むのだろうか等と余計なことを考えながらクジ結びを終える。
そのまま帰ろうとしたところで、縁日の屋台の存在を思いだした。幸一郎も乗り気だったので寄ってみることにした。タコ焼きや綿飴などお馴染のモノが揃っている。最初に間食したとはいえ、昼食を抜いていた大雅たちは勿論ここで腹を満たすことにした。洋服をプレゼントできなかったのは痛いが、結果的にこの屋台での遊びに繋がったのでよかったのかもしれない。
(でも何かプレゼントしてやりたかったな)
後悔の残る大雅の目に飛びこんで来たのは『射的』の看板だった。玩具の銃を使って当たって倒した景品を貰えるというお馴染の店だ。こういう店は大概重い的を置いて客に大物商品を取らせないようにしているため普段なら目もくれない。だが店の前を通った幸一郎が物欲しそうに巨大なぬいぐるみを一瞥したのを大雅は見逃さなかった。
「ちょっとオレ、あれ狙ってみるわ」
堅気とは思えない店主に代金を支払って銃を構える。五百円で十回の発砲許可を得た。玩具の銃から飛び出るコルク栓では大きなぬいぐるみは倒れない。他の客も早々に断念して百均で売っているような小物に狙いを変えていた。そんな中、大雅はまっすぐにぬいぐるみを狙う。様子見の一発目は横腹に当たってぬいぐるみは僅かにずれただけだった。それが跳弾となって隣の『ジョークドッキリ害虫セット』を落としてしまった。百均で売られているリアルな害虫の玩具であり、持って帰っても正直ゴミにしかないならない代物だ。店主は小憎たらしい顔で笑っていた。
「射的は得意分野なんだ。絶対に山田にプレゼントしてやるからな」
「頑張って! 安河内くんっ!」
気を取り直してぬいぐるみの蟀谷にヘッドショットを一発決める。それでもぬいぐるみは体を揺らすだけで落ちない。諦めずに二発三発と前後に揺れる対象に当てていくと最後の弾丸で見事ぬいぐるみは落ちることになった。「チッ、持って行きな」と不機嫌な態度の店主と対称的に幸一郎は大喜びだった。大雅は受け取ったぬいぐるみを恋人に贈る。
「洋服買ってやれなかったからお詫びだ。その……今日の記念に」
「ありがとう! 大切にするねっ!」
幸一郎は我が子のように愛おしそうにぬいぐるみを抱きしめた。その笑顔を見るだけで頑張った甲斐があるというものだ。客を引きつける目玉商品を奪われた店主が露骨に苛々し始めたので大雅たちは急いでその場を離れた。
鳥居をくぐって神社を後にしたとき、幸一郎が少しふらついた。
「ごめん、ちょっと立ち眩みしただけ」
「結構遊んだからなぁ。この辺で休める場所探してみるわ」
残念ながら《男子部》の企画の中に一休みできるスポットはなかった。今こそ力を借りようと『初心者彼氏厳選デートプラン』を開く。休める場所から逆引きして見繕った現場に向かうことにした。そうして辿り着いた場所はメルヘンなお城や天使の像が看板になっているホテル街だった。肩を組むカップルたちがホテルへと入っていく。嫌な予感がした大雅は別の休憩箇所を見繕ってその場所に向かう。そこも複数のホテルが乱立し『休憩3000円』『一泊5000円』などと相場が記されている。
(この本、全部ラブホに誘導しやがるじゃねーか! 絶対ハプニングを期待して渡しやがったな! クソ《新聞部》!)
文人のニヤけた顔を想像した大雅は怒りのあまり本を地面に叩きつけた。
体力を消耗していた幸一郎はホテルの値段を見て大雅の袖を引っ張る。
「安河内君が望むならいいよ? 一応準備もしてきたし」
「ちっ違いますぅっ! 道を間違えただけですぅっ!」
「恋人なんだから遠慮しなくてもいいのに。私、男の娘だから男性の性欲には理解があるつもりだよ?」
「何言ってんだ、山田。初デートでそう言うところ行く奴はヤ●捨て目的の身体目当てだろ? 俺は山田と清く順を踏まえた交際をしたいと考えてるんだ」
「安河内君……」
感動で言葉を失う幸一郎を抱いて速やかにホテル街から脱出する。勿論彼と一線を超えるつもりはなかった。
ショッピングモールまで戻ってきた二人はベンチで休憩をとる。
大雅からジュースを受け取る頃には幸一郎も幾分か回復したように見えた。
「山田はさ、その……なんで男の娘になろうと思ったんだ?」
「私、昔から可愛いものとか綺麗なものとかが好きで集めてたんだ。その延長かな?」
「その恰好について家族は何も言わねーの?」
「お父さんには『勘当だ!』って怒られたよ。私が長男だったから余計にね」
聞けば、幸一郎の家族は両親と双子の妹、弟二人の七人家族らしい。兄弟が多い故に長男である幸一郎は下の子達の模範的になるべしと厳しく育てられていたという。
「そういや兄妹多いから家事覚えたって言ってたな。親が共働きだからって」
「うん。昔はお母さんが病気がちで入退院繰り返してたから家のこととかは特に私がやることが多かったの」
「おふくろさん、大丈夫なのか?」
「うん、命に別状はないよ。私の高校受験の前には退院できたから今では元気。家のことを私に任せきりにしちゃったって気にして私の恰好のことも庇ってくれてね。お父さんを説得してくれたの」
常に我慢して兄弟の面倒を見させてしまった幸一郎への懺悔の気持ちだったのだろう。「やりたいことをやらせてあげたい」という想いから彼の家族は幸一郎の恰好を黙認したようだ。
「私、自分で思っていたより長男の重圧を感じてたみたい。この恰好をするようになってから、開放感でいっぱいになったの」
立ち上がってクルクルと廻った幸一郎はバランスを崩して大雅に抱き止められた。周囲に人はおらず、思わず見つめ合う形になってしまう。幸一郎はねだるように瞳を閉じたが、大雅にその気はなかった。空気を変えるために大袈裟に時計を見た。
「もうこんな時間か! 日が暮れてるし、今日はこれでお開きにするかな!」
「……ごめん、最後に寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
彼が向かったのはプリクラの機械が密集した場所だ。入り口には『男性だけのご来店はご遠慮ください』と書いてある。ここに足を踏み入れるのは明かなルール逸脱行為であるが、係員は特に文句を言わない。大雅たちを完全に男女のカップルだと思われている。
(まぁ山田を男だと考える奴はいないよな……)
「安河内君、一緒に撮ろうよ」
「俺、使い方とか分かんねーんだが」
「大丈夫。私が操作するからっ」
幸一郎が画面をタッチして操作していくと機械から『音に合わせてポーズを決めてね☆ 七回撮るよ☆』という明るいお姉さんの声が聞こえてくる。言われた通りポーズを決めるとシャッター音が響いた。宣言通り七回分撮影される。その内四枚を選ぶようだ。『写真を編集できるよ☆』と案内が続く。幸一郎は二人に猫耳を描いて遊んでいたが、最終的に星の枠をつけただけの設定にしてプリントボタンを押した。シールとして出てきた四枚組のプリクラを半分に分けてそれぞれ二枚分が互いの取り分になった。
「上手く撮れたね。一枚は携帯に貼ってもう一枚は家のどこかに貼ろうかな」
「じゃあ俺もそうするかな」
大雅は折り畳み式スマホケースの蓋に貼ってみた。思ったより良い顔をしている。何も知らない人が見たらタダのバカップルだろう。
「ねぇ安河内君、一つだけお願いしてもいい?」
「改まってなんだ?」
「そのー……恋人なんだから名前で呼び合ってもいいかな」
付き合っても二人は苗字で呼び合っていた。恋人として気にしていたようだ。普通なら二人の関係が進展したと歓迎する案件であるが、この二人の場合は問題があった。
「名前で呼び合うのは構わないが……お前の名前、幸一郎だから見た目に違和感あるっていうか、周りから変な眼で見られるぞ」
幸一郎の見た目が美少女なのは否定のしようがない。大雅としても性別以外はかなり気に入っているのが事実だ。しかし彼を「幸一郎」と呼べば周囲に彼が男であることを公言するようなものだ。好奇の目で見られてしまうだろう。少し悩むそぶりを見せた幸一郎は一つ提案してきた。
「じゃあさっちゃんって呼んでくれる? 友達もそう呼ぶし」
「分かったよ、さっちゃん。俺はそのまま大雅でいい」
「ありがと、大雅くん」
手を繋いで帰路につくが、二人は結局口付けすらしなかった。幸一郎も送ってもらっただけで満足したようで「また明日」と手を振って別れた。
こうして安河内大雅の初デートは終わった。途中失敗はあったが概ね成功といっていいだろう。デートプラン立案に協力してくれた友人達に感謝の気持ちを抱きつつ眠についた。
お幸せに




