宗教説
「――それで全校生徒男の娘化の真実について話を戻したい。《男子部》はある生徒の死から波及したと結論付けているんだが……」
「央黄竜志先輩だね。勿論知っているとも。当時揉み消そうとした学校側と《新聞部》は争ったからね。それもジャーナリズムという訳さ」
彼が示す先に当時の新聞があった。加害生徒の実名報道、当時の学校側の対応なども事細かに調べ上げている。ナンバリングが新しい新聞には加害者のその後についても書かれていた。加害生徒に加担した教師は学校をクビになっている。加害生徒達の方ほとんど意思疎通ができない程怯えているという有様である。これでは加害者本人への聞き込みもできない。
「一応取材はしたよ。物的証拠は残っていなかったが彼らは皆死んだはずの央黄竜志の痕跡を見たそうだ。……手紙が送られてきたり、本人を遠目で見たり、かな」
「いよいよオカルトじみてきたな。罪悪感が見せた幻覚や錯誤じゃねーのか?」
「――かもしれない。だが加害者たちが狂っても遺族の傷は癒えてない様子だよ。央黄竜水さんにも取材したんだ。終始険しい顔をして『まだ終わっていない』と呟いていた……」
「まだ終わっていない、か。央黄先輩の立場を考えればそうだろうな。部長さん、礼を言うぜ。呪い説の信憑性を確かめるために《男子部》からも直接先輩に聞いてみるわ」
呪い説に関わりのありそうな竜水へ取材する口実はできた。
上機嫌で部室に帰ろうとする大雅の背中に文人が呼びかける。
「待ちたまえ。僕ら《新聞部》の見解は呪い説ではないよ」
「なんだって……?」
「《新聞部》も今のキミ達のように各生徒に男の娘化の原因を探ったんだ。罰則説、ストライキ説、験担ぎ説、呪い説まで調査した。そして最後に辿り着いたのが宗教説だ」
当時の《新聞部》は、全校生徒男の娘化問題の解明に部の総力を挙げて挑んだそうだ。そして粘り強い調査の末、武刀高校裏サイトの存在に行きついた。文人は自前のノートパソコンでサイトの画面を大雅に見せてくれる。画面には『虐げられる男性に救済を』という文字が表示されていた。
「サイトを確認していくと運営者はマスキュリズムを唱えているのが分かる」
「マスキュリズム?」
「フェミニズムと対になる概念だ。男性であることを理由に被る性差別をなくそうとする考え方だね。提唱者はマスキュリストと言われる。昔は男尊女卑と同一視されていたが、昨今は男性蔑視への対抗としてこの概念を掲げられている」
男性故に生じる性差別をなくす概念。大雅の脳裏によぎったのは央黄竜志の存在だった。彼は周囲から「男らしさ」「男性としての忍耐力」を求められて自分を追い詰めてしまった。それこそ男性だからこそ被害を受けた性差別といえる。
「気づいたようだね。これは央黄竜志先輩の件への復讐ともとれる。だから彼の弟である竜水さんを《新聞部》はマークした。長時間の張り込みの末、彼がある集会へ出入りしてる姿を確認した」
「ある集会ってマスキュリストの?」
「ああ。参加者には『奥さんの不倫で離婚したのに親権を取られた旦那さん』や『痴漢冤罪で職を失った男性』、『パパ活で女子に金を奪われたオジさん』など多くの被害者がいた」
「……最後のだけは自業自得だと思うが」
しかしマシュキュリズムと全校生徒男の娘化が無関係とは思えない。当時の《新聞部》も同じ結論に至ったようだ。調べていく内に《新聞部》は武刀高校内にもマスキュリズムを掲げる裏の宗教団体が存在していることを突き止めたという。構成員の正確な数やメンバーも不明であるが極秘に入手した盗撮映像には黒いローブを被った信者が集まっている姿が確認できた。
「見つけるのに苦労したけどね。なんせ教職員も生徒会も把握していない非合法組織さ。名前すら判明していない。ただ彼らが密会をするという情報を仕入れた。我々《新聞部》は入信希望者に変装した部員を密偵として派遣した。その結果、《新聞部》は壊滅状態に陥ったんだ」
「壊滅状態? たしかに《新聞部》は朝日先輩一人だけだな。一体なにがあった?」
「密偵に入った部員は身も心も男の娘に変貌して本当に入信してしまったんだ。《新聞部》が密偵に入るという情報が漏れていた。我々はまんまと誘いだされてしまったのさ。洗礼を受けた部員達は僕の元から去っていった。君も気をつけた方が良い。今の《男子部》の状況は当時の《新聞部》と酷似している。まだ心まで洗脳されてはいないようだが油断すれば呑まれるぞ」
彼が女装を擬態と称した理由がよくわかった。《新聞部》で唯一洗脳を受けなかった彼は男の娘にならなかったからだ。そしてかつて謎を追った先駆者として大雅に警告しているのだ。それでも大雅はこの状況のまま放っておくわけにはいかなかった。部長にお礼を言って《新聞部》を後にした。
騒がしい《男子部》の扉を開けた大雅はメンバーから熱い視線を感じた。
頭の先からつま先まで目で追っているのが彼らの視線からよく分かる。
「な、なんだよ?」
「「「「なんで男の娘になってないんだよ(ですか)!」」」」
「テメーらとは覚悟がちげぇんだよ!」
部員達はお約束とばかりに大雅男の娘化を期待していたらしい。
ホワイトボードにはゴスロリ化、和風美人化、ヤンキー化、田舎娘化など大雅変貌予想案が記載されていた。しかしそれよりも大雅の気を逆撫でしたのは彼ら四人が座る席の机に麻雀牌が並んでいたことだ。《新聞部》取材中に幸一郎とのデートプランを考案してくれるという約束だったのに全力で遊び惚けていたらしい。
「てめーら麻雀してただろ? 少しは真面目にデートプランを考えてくれよ!」
「チッ、っせーなァ。ちゃんと考えてんだよ、敗けた奴がなァ!」
「罰ゲームじゃねーか! 人のデートを何だと思ってんだ!」
「案ずるな、安河内。私からは胸を張ってお勧めできる場所を二件選ばせてもらった」
「つまり二回負けたんだな、剣崎……」
「オレはタイガのためにいっぱい考えたんだぞっ!」
《男子部》のメンバーから渡されたプランの企画者覧を見れば、麻雀の勝敗結果を推測することができた。予想通り天満の企画が多い。光輝と一樹が大勝していたようだ。
「俺も良い案が思いつかたからよォ、一回わざと負けてやったんだ」
「僕は別に敗けてはいませんが良いプランを思いついたので一つ提案させてもらいました」
「やかましいわ! お前ら勝組も企画に参加したと思わせるための偽装工作だろ!」
うんざりしつつもデートプラン自体はしっかり受け取った。これに文人から貸してもらった『初心者彼氏厳選デートプラン』を足して何とか予定を立てられそうだ。
幸一郎に週末の予定を尋ねるメッセージを送ると、すぐに返信があった。「いつでも空いているよー」というメッセージと目がハートマークになったキャラのスタンプが押されている。余程待ち遠しかったのだろう。大雅はデートの約束を取り付けて携帯をしまった。これで一つの懸念は取り払われた。やり遂げた男の顔になった大雅は機嫌をよくして《新聞部》への調査結果の報告を始める。
■第五回潜入部体験の結果――《新聞部》定説【宗教説】
周囲から男らしさを強要され、様々な性被害を受けた男性のためにマスキュリズムが教えとして浸透していた。それが央黄竜志の関係者によって曲解されて宗教化したのが全校生徒男の娘化に繋がったというものだ。
これの信憑性について《男子部》は議論をすることとなった。最初の発言者は実際に潜入調査を敢行した安河内大雅である。
「行き過ぎたマスキュリズムによる男の娘化。これに間違いねぇ。SNSでフェミニズムが過激化していることが示す通り、閉鎖空間では過激思想に陥りやすい。男の娘化は武刀高校内でマスキュリズムがねじ曲がった結果だといえる」
「呪い説と重なる部分もありますね。っていうかこれが決定的じゃないです? 実際《新聞部》は部員を男の娘化された上に引き抜かれたそうですし……」
「鍵となるのは央黄先輩か。実質兄を殺されたようなものだからな。無理もあるまい」
「やっぱりフクカイチョ―先輩が怪しいんじゃないかな?」
「待て。央黄竜水が無関係とは言えねェだろうが、《新聞部》が返り討ちにあった前例がある。直接接触するのは危険だ。その無名の宗教団体の構成員すら分かんねェんだぜ?」
光輝の意見は尤もだ。《新聞部》からの警告が蘇ってくる。いつか竜水と直接話さなければならないが《新聞部》の二の舞にならないよう準備を整える必要を感じたのである。
「皆の意見は分かった。取りあえず宗教団体について調べてみよう。ちょうどテメェらは他の部にも籍を置いているからな。各部でリサーチしてみてくれ。ただし央黄先輩の名は出すなよ。来週頭に結果を聞く。今週は俺もデートの準備で忙しいからな」
《男子部》の仲間達は大きく頷いた。大雅がデートのために調査を休むということもこれまでの経緯から黙認してくれたようだ。部員達が調べてくれている間に大雅は大まじめにデートプランをまとめることとなった。
最後に辿り着いた宗教説こそ全校生徒男の娘化の発端だと確信した大雅。
休日を挟むため、調査は部員たちに任せて山田君とのデートに意識を向けます。




