新聞部
翌日、央黄竜水に竜志について聞き取り調査のため生徒会に赴いた。
しかし、目立つ白髪の先輩の姿はなかった。生徒会役員の席には『離席中』の三角札が立て掛けられており、中央の席で少女漫画を読み耽っている鳳密が座っているのみである。
「鳳先輩、央黄先輩はまだ来ていないんですか?」
「今日は病院よー」
元々体が弱いとは聞いていたが、学校を休むほどによくないのだろうか。心配そうな《男子部》の心境を悟った生徒会長は空気を変えるように微笑んだ。
「別に体調を崩した訳じゃなくて定期健診なの。本当は午前で終わるんだけど、お兄さんのお墓参りも済ませているそうだから健診の日は一日公欠するのよ」
「お兄さんって央黄竜志さんですか?」
「あら、知ってたの? 私も幼馴染だから面識あるけど、とにかく優しい人だったわ。お兄さんが亡くなった時、私達はまだ中学生だったけど、竜水は一晩中泣いてたからね。ここ一年で落ち着いたけど……お兄ちゃん子だったからまだ引きずってるみたい」
身内が亡くなったのなら悲しむのは当然だ。本人に尋ねられないのは残念であるが、当事者のいない間に彼の友人から話を聞ける状況というのもそうはない。気になった噂の信憑性について生徒のトップに立つ会長に話を振ってみることにした。
「先輩、竜志さんの死には苛めが関係あるという話を耳にしました。加害者が狂ったって話は本当なんですか?」
「うん、大学受験に失敗して引きこもったり、精神病院に入院したり、大変みたいね。加害者は碌な人生になってないの。今思いだしたけど、それからなのよー男の娘が増えだしたの。生徒会にも供養のために女子制服通学の認可を申請してきたしね」
《男子部》は顔を見合わせた。聞けば聞くほど呪い説は有力説といえる。
間もなくして他部の来訪者が現れたため生徒会長の手が離せなくなってしまったが、聞きたい情報は仕入れることができた。
「央黄竜志の呪い……か」
「明日にはタツミ先輩も帰ってくるみたいだし、みんなで突撃インタビューしようぜっ!」
「死者の冒涜にならないか? 私達が興味本位で引掻き回して良い問題とも思えん」
「チッ、そうも言ってられねェだろ? 全校生徒総男の娘化の核心に俺達は迫ってるんだ」
「ですが、傷心の先輩に尋ねるには弱いかと。もう少し裏付けが欲しいところです」
「……なら情報がありそうな所がある。最後の潜入部体験は俺に任せてもらうぜ」
大雅には生徒会以上に学校の時事情報が集約する場所に心当たりがあった。
彼個人としては遠慮したい場所のために今まで避けていたがそうも言っていられない。四人の部員に特攻させて部長だけ高みの見物では格好がつかない。安河内大雅は男の覚悟を決めた。
――彼が扉を叩いたのは《新聞部》だった。
学校内で起こったことの情報の多くが網羅されているだろう。今までの《男子部》がここを潜入部体験に選ばなかったのは単純に規模が小さかったからだ。そして大雅自身は山田幸一郎へのわいせつ事件で過激な取材を受けた恥辱があって意図的に避けていた。
「すんません、誰かいますか?」
扉を開けてまず目に飛びこんできたのは積まれた紙媒体の束である。この電子化が加速する時代に参考資料も制作物も紙というのは大変珍しい。中には骨董品レベルの絶版書籍まで置かれていた。しかし大雅の眼を引いたのは壁一杯に広げられたオリジナル新聞記事であった。『新入生わいせつ罪で逮捕!?』の見出しと共に大雅が《剣道部》員に連行される拡大写真が掲載されていたのだ。一目で大雅と分かる申し訳程度に目線を入れられた加害生徒のインタビューが載っている。そこには『マズいと思ったが性欲を抑えきれなかった』と綴られていた。
「捏造じゃねーか! 半分事実なのが余計にタチが悪い!」
「人聞きの悪いことを言うな! 《新聞部》は公正な報道を心がけている!」
抗議の言葉と共に髪の山の中から一人の生徒が顔を出した。そこに人が隠れていたということも驚きであるが、さらに驚いたのは彼が男子の制服を着ていたことだった。
「制服のズボン!? まさか俺達《男子部》以外に漢がいたなんて」
「ああ、これか。取材中以外は元の姿に戻っているのさ。《新聞部》三年、朝日文人、役職は部長だ。取材中のみ男の娘に擬態する」
そう言う眼鏡の少年は紙吹雪を起こして女子制服に早着替えしてしまった。眼鏡にカメラを携えたその姿は見覚えがあった。
「テメェは俺がパクられたときに連写しながら無礼な質問を飛ばした記者女じゃねーか! 八割捏造の新聞作りやがって! アレがばら撒かれてたら俺の学生生活は破滅してたぞ!」
「怒りたいのはこちらだ、安河内君。折角新鮮な内に記事にしようと思っていたのに、その日の内に君は被害者の生徒と交際を始めて情報を塗り変えてしまった。おかげで自信作だった性犯罪者逮捕の記事がお蔵入りだよ。制作に丸一日かかったのに」
部室に飾っているのは自分への勲章のつもりらしい。迷惑なジャーナリストである。名誉棄損記事が社会に流出するのを防いだという意味で大雅は少し幸一郎に感謝した。
本来ならば先輩には敬語を使うべきであるが、著しく名誉を傷つけられ、敵意のあった大雅はツッコミを維持したまま溜め口で接することにした。改めて見まわす室内は殺風景だった。面積もさることながら設備も一般的な学校の部活と大差がない。
「部員はアンタひとりか? 予想はしてたが他の部活に比べてしょぼいな」
「武刀高校四大部と比べればそりゃ見劣りするよ! 《手芸部》、《傭兵部》、《剣道部》、《重音楽部》の四部がおかしいんだよ!」
「違いねぇ。少し感覚が麻痺してたかもな。つーか、何で俺達の活動を知ってる?」
文人という男の娘は、大雅が幸一郎と付き合っているということだけでなく、《男子部》の調査の足跡すらも知っているそぶりだ。訝しんでいると文人は鼻で笑った。
「全校生徒男の娘化の調査は先んじてこの《新聞部》が行っていたんだ。同じ目的の部活があるなら当然調査をする」
考えてみれば当然だ。男の娘化は半年前に爆発的に広がった。新入生が入ってくる四月以前に疑問に思う生徒がいてもおかしくはないのだ。大雅の期待値は高まった。
「なら話が早い。今までの調査の結果を――」
「おっと、ジャーナリストの情報をタダで譲る訳にはいかないな。取引が必要だよ」
「テメェ、何が望みだ?」
「新しいネタ……かな。なるべく新鮮なものがいい」
「記事にするのか? 俺達《男子部》が提供できるネタなんて……」
「あるじゃないか。――山田幸一郎とのデート。数日前二人がデートの約束をしたのは知っている。その結果、即ちデートの内容について独占記事を書かせてもらいたい」
「は? 山田とのデート?」
大雅はようやく思いだした。潜入部体験を敢行した初日に山田幸一郎とそのような約束をしてしまっていたのだ。学校の男の娘化を探るのに夢中で完全に忘れていた。一緒に登校していた幸一郎本人から催促を受けたこともない。大雅の態度から未だデートプランが白紙であることを悟った文人は呆れていた。
「本当に忘れていたのかい? ……おかしいと思ったんだ。デートの約束をしたことは山田さん本人が周囲に話していたが、肝心のデートの話について続報を尋ねられた際は口籠っていたからね。きっと君の準備が整うまで催促せずに健気に待っていたんだろう」
(山田に気を遣われてる!?)
自分が忘れていたのが一番悪い。だが、あのときデートプランへの協力を買って出た《男子部》達も何も言ってくれなかったのでデート自体が忘却の彼方へ飛んでしまったのだ。怒りの矛先を部員たちに向けた大雅は電話で怒鳴った。
「なんで誰も突っ込んでくれねーんだよ!」
『あァ? 他人のデートスケジュールなんざ一々把握してねーよボケ!』
しばらく《新聞部》そっちのけで怒鳴り合っていたが、光輝たちも悪いとは思っていたようで《新聞部》への調査中に各々即席計画を立ててくれることになった。
修羅場が終わるのを待っていた《新聞部》は気を遣って『初心者彼氏厳選デートプラン』という地元のデート雑誌を貸してくれた。最悪《男子部》に碌なプランがなければこの本を頼ることに決めた大雅はありがたく頂戴した。
「まぁ、頑張ってね。デートは最初が肝心だから」
「善処する。そして結果についての詳細は必ずアンタに提供しよう」
固く握手を交わす二人の部長。契約は成立した。
ようやく高校生らしい部活だった新聞部だけは男の娘に染まっていませんでした。
そして山田幸一郎とのデートを失念していた大雅君……。




