呪い説
「呪い――ですか。信じ難いですがボクはそっち方面の知識も多少あります。寧ろプロデュース業に精を出している貴方から非科学的な話が出るとは思いませんでした」
「音楽に携わっとるとそういう話あるんよ。勝手に音色を奏でる楽器とか呪いの歌とかね。せやから、この学校に男の娘が浸透したんはある生徒の呪い言う話は《重音楽部》で信じられとる」
ここに来てオカルト的要因が飛び出すとは思っていなかった。
語る武季の表情は京風ジョークを飛ばしていた時と異なりいたって真面目であった。
「ウチの二個上に気弱な先輩がおったんや。彼は家庭科とか音楽とか文科系の授業はすこぶるできてたんやが男らしい振る舞いが苦手やった。それで苛めが起こったんや」
当時は男の娘など珍しい生粋の男子校だった。伝統的な女子高が淑女性を磨くのと似て男子校は男らしさを磨くことに重きを置いていた。それは《剣道部》の話を思いだせば非常に納得感があった。強さや逞しさを生徒に求める古風な男子校。故に女性らしい物腰の柔らかな男子生徒は誹謗中傷の的になってしまったのだという。
「男や女やとかやのうて個性で見るべきやのに時代錯誤も甚だしいわなぁ。けれど当時の武刀高校には苛められた子を庇う生徒は少なかった。そればかりか教師や親まで『虐めを退けるほど強くなれ』と叱咤するばっかり。後で聞いた話やとその子を看ていた〝かうんせらー〟も『男らしく耐え抜け』とか寝言ほざいたらしいで」
「酷い話ですね」
「ひどいなんてもんやない。心身ともに疲弊したその子は授業中に倒れたんや。けれど『女々しく気を引きたいだけ』だと判断した周りは放置しおった。そのままその子は亡くなってしまったんや。……死因は〝すとれす〟性の心臓発作や言われとる」
もし、倒れたのが体育の授業中だったなら、脱水や熱中症と判断して事態を重く見られたかもしれない。しかし不幸なことに彼が倒れた場所は教室だったのだ。居眠りを始めたと笑っていたクラスメイトすらおり、教師は「不貞寝は男らしくないから減点」だと怒鳴り、起こす素振りも見せなかった。結局休み時間に彼を呼びに来た部活仲間が明らかに顔色の悪いその子を見て騒ぎ出し、救急車を呼ばれることになった。そのときには既に手遅れだった。
「元々《手芸部》と《〝あいどる〟部》掛け持ちしてるくらい頑張り屋さんやったんが災いした。普段から『男は泣き事を言うな』『耐えてこそ強くなる』いう価値観を周りから押しつけられとったから親しい部活友達にも相談できずにそのままよ。……ウチは今でも後悔しとる」
「その方、《アイドル部》だったんですか? では北玄先輩は面識がおありで?」
「さっき見せた《〝あいどる〟部》の三年生の一人よ。器用に衣装作ってくれたり、皆に気を遣ってくれたりほんまええ先輩やった。ウチが他部の音楽部をまとめる切っ掛けを作ったんもその先輩やで。まさか〝らいぶ〟で優勝したんが最期の思い出になるなんてなぁ」
最後は涙で声が震えていた。近しい人間を見殺しにしてしまったという罪悪感があるのだろう。直接虐めたのは別の生徒なのにもっと自分にできることはなかったかと攻め続けているのだ。気にしないでいい等と気休めを掛けられる雰囲気ではなかった。
「その先輩の無念の想いが呪いとなって男の娘を広めたっていうんですか?」
「呪いが実在するかは知らんけど周りがビビったんはホンマやで。苛め主犯らが気狂ってもうてな。怯えた生徒達が『男らしくなくていい』『ありのままでいい』ちゅう供養の意味を込めて女装し始めたんよ。女装せな死んだ子の呪いがかかる言うて怯える子もいてたわ」
武季と共に音楽関連の部活に足を運んでいたため《重音楽部》に含まれる支部活を中心に噂が広がっていったらしい。兼部していた手芸部にも影響があったのかもしれない。
話し終えた武季は手をパンっと叩いた。
「……湿っぽい話は終いや」
「辛いことを思いださせてしまってすみません。貴重な時間を使わせていただきありがとうございました」
踵を返そうとしたところ一樹は袖を掴まれた。華奢な短丈和服少女の見た目に騙されていたが、その力強さに彼が男であることを思い出す。
「待ちぃな。《重音楽部》の部長の時間使こうてんやからタダで返すわけにはいかんで。ホンマは今日《和奏音楽部》で練習するはずやってんから」
「ちょっ、カツアゲですか!? 陰キャはこういう時に備えて財布は空にしてるんですよ!」
「カツアゲなんてイケずはせんよ。せやなぁ、アンタの音楽聞かせてんか?」
一樹は目を見開いた。確かに中学時代は音楽を趣味にしていた。だがそのことは一度も武季に打ち明けてはいない。それどころか彼の傘下の支部員たちにすら話していないはずだ。一樹の狼狽ぶりを見た武季は扇子で口元を隠しながらケラケラと笑った。
「アンタ、《吹奏楽支部》行った時に聴こえた音程に合わせて〝りずむ〟とっとったやろ? 《軽音楽支部》では演奏聴いとったときにしてた〝えあぎたあ〟が経験者のソレやったって報告上がってんねんで? アンタが音楽経験者ならそれを聴きたいのは《重音楽部》の部長としては当然やろ?」
深淵をのぞく時、深淵をのぞいているのだ、とはドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの著書の一節である。《重音楽部》調査の過程で一樹のプロフィールの一部も流出していたらしい。笑顔でギターを渡してくる武季を拒否できなかった。
覚悟を決めて中学時代に練習したオリジナル曲を一つ披露する。
真剣な眼で聴いていた武季は曲が終わると同時に口を開いた。
「……悪ない。ただアンタには決定的に足りんもんがある」
「足りないもの、ですか。でもいいんですよ。ボクは音楽を止めましたから。今演奏したのは先輩に敬意を表してのことです。ボクが音楽に携わることはもう……ありませんから」
「その言葉、自分に聞かせてる用に聞こえるで。アンタホンマは人気者になりたいんやろ?」
帰ろうとした一樹の背中に武季の言葉が突き刺さった。図星を突かれたドアノブを握る手に力が入ってしまう。
「たしかに人気者になりたくて始めましたが……もう終わった夢ですよ」
影のある少年を演じて出口の扉を開けたとき、複数の生徒が控えていた。《重音楽部》傘下の支部長達らしい。彼らは部室になだれ込むと同時に一樹を捕えてしまった。
「な、なんのつもりです!? 北玄先輩、あなたの差し金ですか!?」
「アンタ音楽性は悪ないんやから、後は〝ぷろでゅーす〟次第や。騙された思うてウチに任せときぃ。立派に〝でびゅー〟させたるさかいな」
「待ってください! 何で化粧道具持ってるんですか! ちょっ、女子の制服なんてどこから取り出して……皆さん話せば分かりますから、落ち着いて……あっ……アッ―――!!」
廊下中に一樹の絶叫が響き渡った。
下校時刻の二十分前になってようやく一樹は帰ってきた。
彼の姿は両肩に二つのお下げを垂らした文学系美少女に様変わりしていた。素材を活かして敢えて眼鏡はそのままになっているため眼鏡属性持ちを視覚から殺せるレベルに仕上がっている。眼鏡を外せば美人になると想像できる控えめな感じが男性的にはポイントが高い。しかし、彼の頬は紅く、呼吸するのも精一杯なほど疲弊していた。
「ハァハァ……童貞だけは死守しました……」
「アホ! それはいつ捨ててもいいモンだろ!」
「結局男の娘になってるじゃねェか。大ミエ切った癖にダセェ奴」
「言ってやるな。私達も理由は違えど新しい自分として受け入れているだろう」
「これでイツキも仲間だなっ!」
《男子部》は一樹の回復を待って彼から報告を受けることにした。
■第四回潜入部体験の結果――《重音楽部》定説【呪い説】
ある生徒が周囲から男らしさを強要された上で心不全で亡くなったことから始まり、彼の呪いを恐れた生徒達が弔いの意味を兼ねて男の娘化していったというものだ。これの信憑性について《男子部》は議論をすることとなった。最初の発言者は実際に潜入調査を敢行した首藤一樹である。
「学校側に隠蔽癖があるのは今までの議論で決定的となりました。そして彼と交友関係のあった生徒はその魂を供養するために「男らしくなくていい」という意味を込めて男の娘化していきました。逆に後ろめたいことのある生徒は呪いによる被害を恐れて男の娘化したんです」
「ここにきてオカルト要素とはな。……しかし私としては治安維持を担う《剣道部》が苛めを見逃したとは思えないんだが」
「《剣道部》の名誉のために言っておきますが、何度か咎めたみたいです。ただ「男らしくなるために鍛えている」と生徒教師を含めた複数人から反論されたことで手を引かざるを得なかったみたいですね。直接的な暴力ではなく鍛錬に偽装したやり口みたいでしたし、当の被害者が「男らしく耐えるべき」と塞ぎこんでしまったのも《剣道部》が動けなかった要因らしいです」
「チッ、男らしく、ねェ。その脅迫観念自体が呪いみてェなもんじゃねーか」
「んで、被害者が死んだら苛め主犯達が壊れたか。流石に罪悪感もあったのかもな。供養という意味なら多くの生徒達が生真面目に女装したのも分かる」
「なぁ、イツキ。亡くなった生徒の名前は聞いてねーのかぁ?」
「聞きましたよ。央黄竜志っていうらしいんです。皆さん、どこかで聞いたことないですか?」
「央黄……? それって――」
「「「「生徒会副会長の苗字!」」」」
副会長の名前は央黄竜水。珍しい苗字なので赤の他人ということはないだろう。死亡した生徒と彼には血縁関係を感じさせる。彼から詳しい話を聞いてみる必要がありそうだ。
しかし本日の下校時刻を示すチャイムが鳴ってしまった。時間切れを告げられた《男子部》は明日生徒会に赴く方針に決めて帰路につくことになった。
死んだ生徒は副会長に所縁のある名称でした。
無関係ではないと感じた男子部は確信へと迫っていきます。




