男子校で漢を探せ!
大雅は頭を抱えるしかなかった。
女生徒に見えたクラスメイト達は全員男子生徒だったのである。だがここで一つの疑問が生じる。
――即ち、なぜ大多数の生徒が女の恰好をしているのかということだ。
近年はLGBTなる性的マイノリティも公認されてきているため、そういう生徒が入学することは考えられる。だが母数がおかしい。新入生全員がスカートを履いている。それもバラバラではなく統一された学校の制服である。古くから男子校だった武刀高等学校の男子用ブレザーしかないはずだ。しかしそれと対になるデザインの女子用ブレザーを着用しているのだ。
「なぁ、お前らなんで女の恰好してるんだ?」
「安河内君こそズボンなんて珍しいね」
「いや、俺の方が普通―――」
常識を説こうにも多勢に無勢。数の暴力を前に大雅は沈黙するしかなかった。そうこうしている間に入学式のため体育館に移動を促される。淡い希望を抱いて教室から出た大雅はすぐに肩を落とすことになった。他クラスの生徒も皆、ブレザースカートを纏っていたのだ。女子校に入学したのかと錯覚する程に可愛らしい生徒達で溢れていた。何処を見渡しても美少女しかいない花園である。ズボン姿の大雅はかなり浮いていた。
「まさか俺が間違ってるのか……?」
人間という生き物は大衆の中でしか常識を語ることができない。ここは男子校であり、男子はズボン制服を着用するものだという常識は圧倒的な数の他生徒により駆逐される。自分の常識を疑い始めた彼はスマホで時事ニュースをチェックする。だがそのどれにも「男子はスカートを着用するようになった」という奇天烈な記事はなかった。そんなものがあったとしてもフェイクニュースに違いないが、大雅はとにかく目の前の現象を説明できる答えを欲していた。混乱するまま体育館に到着するが、やはり視界に映る生徒は女子の制服に身を包んでいる。
「生徒会長、祝辞」
そのアナウンスを聞いた大雅は思わず顔を上げる。現役生徒会長はオープンキャンパスで顔を見ていたからだ。整った容姿の優等生だったため記憶に残っていた。女子にモテそうなイケメンフェイスに嫉妬したが、今は自分以外の男子生徒を見られるという期待の方が大きかった。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます」
ところが、挨拶をしたのは凛とした佇まいの美少女だった。生徒会長の面影があるため彼が女装した姿なのだろうことは想像に難くない。在校生代表の女装なんて不祥事以外の何ものでもないが、竹刀を持った生徒指導教師や学校長は何も言わない。それどころか彼の祝辞に感涙すらしている。実際彼の言葉はとても素晴らしいものであったが、もう耳には残らなかった。現役生徒会長までも女装しているのである。よく見ると、吹奏楽部の先輩方も全員女装している。そして全てが高クオリティである。その趣味の人間なら泣いて喜ぶ楽園であるが、大雅の心は恐怖に満ちていた。
自分が入学を熱望していた名門男子校が得体のしれない何かに取って代わられたように感じていたからである。その後も学校長が挨拶を兼ねて「社会的規範と性差」をテーマにした「ジェンダー論」を話していたようだが内容は頭には入ってこなかった。
「誰か……誰でもいい、俺に納得のいく説明をしてくれ……」
教室に戻った大雅は誰かに肩を叩かれた。
「おーい、大丈夫かぁ? 顔死んでるゾ?」
話しかけてきた人物を見て大雅は一気に脳が覚醒した。
彼は自分と同じ男子生徒であったためである。どうやら女装生徒の影に隠れて見逃していたらしい。ズボンを履いた野郎の存在が今日ほど嬉しく思ったことはなかった。それも相手はよく見知った顔だ。難しいことを考えられない阿呆面は忘れることができない。中学時代共に過ごした悪友、矢神天満だったのである。
「天満じゃないか! お前滑り止め受験し損ねて高校受験失敗したって聞いたぞ。何でここにいるんだ!?」
「失礼な奴だなぁ。ま、オレも何かの間違いかと思ったけど、推薦状が届いたからなっ。立派な武刀高校の新入生だぜ。見ろよ、このカッコイイ制服。最高に決まってるだろ?」
「ああ。そのズボン似合ってるよ。お前に出会えてよかった。お前のような男を俺は求めていたんだ!」
大雅の発言にクラスメイトは静まり返る。BL推しの生徒は嬉しそうにはしゃいでいた。中にはとても暖かい眼を向ける者や黙って親指を立てる者までいる。二人の関係は完全に誤解されていた。居た堪れなくなった大雅は天満と共に教室を飛び出す。追跡者がいないことを確認して階段の踊り場で今後の方針について話し合うことにする。
「天満、アホのお前でも流石に気づいてると思うが、この学校はおかしい」
「ああ、オレが入学できるくらいだからな」
「いや、そっちじゃなくて周りの生徒だよ。何で皆女の恰好をしてるんだ?」
「オレも知らねー。でもタイガと同じ想いを抱く奴は他にもいるぜっ」
「この学校にまだ漢が残っているのか!? 誰なんだ!?」
天満は廊下の窓から教室を覗きこみ、親指で該当生徒を示した。
女子生徒が溢れる教室で足を組んで座る男は周りの空気に気圧されていない。男性服を着崩してピアスに金髪という挑戦的なスタイルで佇む彼は男らしさを見失っていなかった。
「一人目は御手洗光輝。見ての通り不良って奴だな。入学式に遅れてくる程のワルだ」
「道理で最初に見つけられなかったはずだ。けど頼もしいぜ! アイツに声をかけよう!」
中学の経験から不良生徒など関わりたくはなかったが、今は彼のヤンキーらしさが頼もしく思えた。取りあえず席へ向かうと眼が合った彼の方から近づいてきてくれた。どこかほっとしたような安堵の表情を浮かべている。
「ナァ、ここって男子校だよなァ? 俺達が普通なんだよな?」
「御手洗、胸を張っていいぜ。お前は間違ってない!」
初対面では怖い印象の男だったが、内心は不安でいっぱいだったらしく、すぐに大雅の派閥に加わってくれた。彼も周りの生徒達の振る舞いが理解できず「近づいてくんなよオーラ」を出して威嚇するのが精一杯だったようだ。
続いて天満は再びオトコを失っていない生徒を指さした。
「次に首藤一樹って奴だ。ほら、ビビって小さくなってる暗い感じの生徒だよ」
「あの童貞臭い奴か。女装野郎相手にきょどりすぎだろ……」
眼鏡をかけた地味めの男子生徒だった。女子との会話に慣れてないようで挨拶されただけで仰け反っている。女子の見た目なだけで皆男子生徒であるのだが視覚的女子なら童貞センサーが反応してしまうらしい。周りの生徒に話しかけられないように縮こまっていたため大雅の目に留まらなかったようだ。代表して光輝が彼の前に出る。
「お前、ちょっとツラ貸せや」
「男の娘の次は不良!? 入学早々ついてないです~」
「落ちつけってカツアゲなんてしねーから、俺達は〝漢〟を探してるんだ」
察しは悪くないようで大雅達の姿を確認して彼らの趣旨を理解した一樹は文句を言わずにメンバーに加わった。
「最後に教室の隅で目を瞑っている男かいるだろ? 名簿によれば剣崎真鞘ってやつだな」
「うわっ! 今まで気づかなかった!」
精神統一しているのか完全に気配を消している。新入生にしては長身なので目立つはずだが、クラスメイト達は彼の前を素通りしている。完全に空気と一体化していた。
大雅達の接近に感づいた男は片目を開けてその姿を確認するやいなや黙ってついてきた。気配を断つことをやめた彼はまるで戦に赴く前の武士のような風格を醸し出していた。
安河内大雅くんの心強い味方のご紹介です。
同中出身の矢神天満、ヤンキーの御手洗光輝、オタクっぽい眼鏡の首藤一樹 剣道少年の剣崎真鞘。役者はそろいました。この五人で男子校が変貌したワケを探していきます。
次話は各々の自己紹介ですね。