部長・北玄武季
連れてこられたのは『和奏音楽部』という看板が掲げられた和室だった。昔は《茶道部》や《華道部》が使っていたらしく、備品がいくつか置かれている。奥の部屋では琴や三味線を手に練習する和服の部員達の姿が見受けられた。
「はるばるよう来はったなぁ。ようけ走って疲れたやろ? 小腹でも空いとるんちゃう? お茶代わりに食べるもん用意したるわ」
「どうも、ご丁寧に――ってコレ『ふぶづけ』じゃないですか!」
一樹は自分の前に置かれたお茶づけに思わずツッコミを入れてしまった。
京都の家を尋ねたとき、客に『ふぶづけ』を出されることが稀にある。それは歓迎してご馳走しているわけではない。その裏の意味は「早く帰れ」という催促である。京都人は奥ゆかしいため直接的な苦言や悪口を語らず、遠回しの言い方をするのだ。
「嫌やわぁ。ほんの挨拶やないの。〝京風じょーく〟やで~。ちなみに『ふぶづけ』はホンマに美味しいから冷めないうちに食べときぃ。お茶も玉露やで~」
折角なのでご馳走になることにした。駆け回って体力が消耗していたためだろうか、『ふぶづけ』はお茶づけとは思えない雅やかな味わいですぐに茶碗を空にしてしまった。
「ごちそうさまでした。大変美味でしたよ。あっ、申し遅れました。ボクは――」
「知っとるよ。首藤一樹はんやろ? ウチは三年の北玄武季言います。よろしゅうな~。《重音楽部》について聞きたい言う話やったけど?」
「ええ。直接部長から聞くのが手っ取り早いかと思ってたんですが、結局、学校中駆け回って《重音楽部》の活動を知ることになりました」
「ふふふ、驚いたやろ? 音楽に関することは何でもやりますえ~。ウチは特に和楽器が好きやから和奏に重点を置いてますけど、他の音楽が好きな子にイケずはしまへんよ~」
本当に語弊がなく音楽に関することは何でもやっているのだ。和楽器、洋楽器問わず音楽のジャンルも関係ない。音楽が好きで活動している生徒達をまとめているのである。演奏だけでなく合唱にも力を入れているようだ。部室の机に散らかる書きかけの楽譜から作詞作曲まで手掛けていることが推測できる。
「でも毎日各支部を巡回するのは大変じゃないです? なぜこんなに大規模な部活を作ったんです? 各支部を独立させた方が良いと思いますけど」
「元々はバラバラやったんや。せやさかい、毎年新入部員を取り合う始末。他部からの露骨な引き抜きもようけあったんよ。当時のウチは《和奏音楽部》と《〝あいどる〟部》を兼任してたんやけど楽器全般弾けるから部員不足の他部へ〝さぽーと〟に行ってたんや。ほんなら成り行きで仲裁に入ることが増えてきて気ぃついたらまとめ役として神輿にされてしもうたんよ」
「そんな結成秘話があったんですね。《吹奏楽部》と《オーケストラ部》とか仲良さそうですけど」
「《吹奏楽》と《〝おーけすとら〟》は元々犬猿の仲やで。演奏者がかぶってるから部員争奪戦よ。両部の合併の話は昔から出てたんやけど部員総出で反対してたくらいや」
吹奏楽とオーケストラに共通するのは管楽器、打楽器が奏者に存在することである。弦楽器を採用しているのはオーケストラだけであるため、両者が合併すれば弦楽器奏者が浮くことになってしまう。さりとて弦楽器奏者を主軸に添えれば吹奏楽部が隷属することになってしまう。両部が対立するのは当然だろう。
「和解したんは今の支部長の代よ。というか、ウチが《重音楽部》を創設してまとめるなら和解するいうからね。仕方なくや。ご丁寧に全部員の署名付きで嘆願してきはったわ」
「現在の《重音楽部》は《軽音楽部》や《アイドル部》も参入していますけど他部は納得したんですか?」
「《軽音楽部》はウチがよく穴埋めに協力してたさかい、《重音楽部》の話に乗り気でな。《アイドル部》は廃部の危機を救って一緒に〝らいぶ〟で優勝したんが切っ掛けや。写真見るか?」
武季は当時の写真を広げて懐かしそうに話す。《軽音楽部》にサポートで入った際の写真では武季がドラムやベース、キーボードなどを手に演奏している姿が映っていた。楽器全般弾けるというのは本当のようだ。他のバンドメンバーと一緒に何かのトロフィーを受け取っている写真もあった。《吹奏楽部》と《オーケストラ部》の和解の瞬間もシャッターに収まっていた。武季が両者の握手に手を乗せて笑っている。《重音楽部》が形になっていく過程が写真として残っているのは感慨深い。オタク気質な一樹は、その中でも可愛い衣装で着飾ったアイドルの写真に注目する。
「この九人は《アイドル部》の方ですか? 北玄先輩と――屋上で見た方が二人混ざってますね」
「ウチと現支部長、副支部長がまだ一年だったときの写真や。大会で優勝した時は泣いてしもうたわ。最初は三年生と二年生が三名ずつの六人で一年生がおらんかった。三年が卒業したら残りは三人になってまうから、興味のある一年生も二の足を踏んでたんや」
廃部が秒読みの中、既に音楽系列部で頭角を現していた武季が一年生二人の背中を押して入部させたのだ。それだけでなく同じグループとして高校生ライブ大会に出場して見事優勝してしまった。
他の部活の手伝いを並行して《和奏音楽部》に籍を置いたままやり遂げたのだから凄い。他部から《重音楽部》のリーダーに推薦されるだけの実績が彼にはあった。武季が手助けしていた仲間達は支部長と各副部長を任せられる程成長していたのだから人を育成する手腕も本物のようだ。
校内の音楽系部活動が《重音楽部》に統一されたのもサポーター兼プロデューサーの北玄武季という大物を取り合った結果なのかもしれない。
「今は〝ぷろでゅーす〟に忙しうてなぁ。校外で男の娘系〝あいどる〟売り出しとるんやわぁ。屋上の子らもその〝ぐるーぷ〟の一つや。他にも色んな〝ぐるーぷ〟があるんよ~」
一樹には心当たりがあった。自分が武刀高校に入学するより半年前ちょうど受験シーズン頃から世間では男の娘アイドルグループが売り出されるという報道がされていた。食事以外はほとんど机に向かっていた一樹でもお茶の間で紹介されるユニットの名前はよく覚えていた。
「まさかビジュアル系男の娘四人で固められた『ゴールデンポエマー』やメンバー全員が清楚系男の娘で統一された『五十嵐』、挑戦的にも軍歌軍服を題材にした異色グループ『SCAP』など、彗星の如く現れた大人気男の娘系アイドルは全て武刀高校の生徒だというのですか!?」
「せや。あの子らも成長したもんやで」
神童のプロデュースは学内に留まらなかったらしい。よく目を凝らしてみれば、彼らのCDも部室に飾ってあった。一樹達の入学案内には間に合わなかったが来年分の学校紹介死霊には彼ら現役アイドルのことも記載が決定しているという話だった。
「凄いですね。もう武刀高校という名の大物事務所じゃないですか。ライバルはTKY48とかの女子グループですかね? アレみたいな大グループは作らないのですか?」
「はぁ? 〝ぐるーぷ〟に四十八人もいらんのや。大勢出したところで個性を潰してまう。最大でも九人が限度や。他校の〝あいどるぐるーぷ〟も大体九人やったで」
彼なりの拘りがあるらしい。掘り下げると藪蛇になりそうなので一樹は言葉を呑みこんだ。《重音楽部》の活動は大体わかった。本当に聞きたいのは男の娘化についてである。幸いにも写真という手掛かりはあったのでそこから話を広げることにした。
「北玄先輩が一年生の頃には《アイドル部》は男の娘ですが、彼らのライブを見ている生徒達は紛うことなき男子の制服を着ていますね?」
「よう見とるなぁ。確かにあの頃に男の娘やった生徒は殆どおらんかった。〝あいどる〟部も男子校で異色の男の娘〝ぐるーぷ〟やったからこそ廃部寸前に陥ってた訳やしな」
「そこを妥協せずに廃部寸前から復興させた貴方の手腕に敬服しますよ」
「褒めてもなんも出んよ~」
武季は扇子で口元を隠しながら笑う。つつけばサクセスストーリーのドラマを聞けそうだが、本題から逸脱してしまうため一樹は話を戻した。
「二年前まで一般的ではなかった男の娘ですが《吹奏楽部》と《オーケストラ部》が和解したときの写真――即ち今から半年前には多くの生徒に伝播しています。これはどういうことですか?」
「全校生徒が〝あいどる〟部の〝らいぶ〟に魅了されたから言うても納得せんか?」
「貴方を慕った《重音楽部員》たちが真似をした、という方がまだ説得力あります」
「褒め言葉と受け取っておきましょか。けど、ホンマのこと言うても信じへん思うよ?」
「どんな馬鹿げた理由であろうとそれが真実なら受け止めます」
武季が目を細めて睨むが、一樹が怯むことはなかった。ややあって溜息をついた武季は扇子を畳んで彼の前に正座した。
「学校がこうなったんはな、呪いなんよ」
部長・北玄武季は学内という枠に囚われず多くの男子音楽グループを輩出しています。彼の仕事量とプロデュース力はプロ顔負けです。
※彼が売り出している男の娘アイドルは有名な実在男性音楽グループのパロディですね。
どのグループも有名なので元ネタはお察しかと思います。
そんな彼から飛び出した男の娘になった原因は呪いでした。
次話具体的な説明がなされます。




