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主将の実力



 ()(さや)の怒号によって《剣道部》は沈黙した。真面目に練習していた部員も部外者と話していた部員も入部体験に来た新入生たちもその剣幕に気圧されて彼に視線を送る。

真鞘は怒りを収めることができず、部内にあった模造刀を握って一気に抜刀する。抜き見の刀の切先をお道化た着物の男の娘に向ける。


「抜け。私の前で剣道を侮辱した以上、女性(にょしょう)の姿とて容赦せん」


 剣士による突発的な決闘は、剣を抜くこと自体が果たし状の役割がある。これに応じて相手も剣を抜けば決闘を受諾した意思表示として扱われる。着物の男の娘は地面に落ちていた模造刀を鞘ごと蹴り上げて優雅な動きで引き抜いて見せた。


「ふん、雀の涙程の作法は心得ているらしい」


「問答は終いだ、新入生。君も剣士を名乗るなら剣で語りな」


 構えた相手に()(さや)が踏みこもうとした瞬間、脚が動かなくなった。

 相手の纏う闘気に恐怖したのだ。今まで笑顔で部活紹介していた看板娘の気配は消えて獲物を前にした剣豪の気配へと移り変わっていた。迸る剣気が陽炎のように立ち昇っている。正眼の構えで立っているだけなのに龍を前にしたような威圧感である。常人なら失禁するか泡を吹いて倒れているだろう。だが真鞘は己の脚に鞭打って斬り掛かった。攻撃は軽く往なされてしまったが真鞘が動けることが意外だったらしく相手は目を丸くしている。


「大方、その気で敵を威圧し、怯んだところを狙い討つ型なのだろうが、私には通じないぞ! この剣崎(けんざき)()(さや)、中学の全国大会では第四位に名を刻んでいる!」


「悪くはない。――が足らぬな……」


 和服男の娘は高速の五連撃を叩きこんできた。

強い一撃目で利き手を狙って武器を落とさせ、二撃目に踏みこんだ足を狙い打つことで態勢を崩させ、三・四撃をほぼ同時に両肩に打って、垂れた頭を最後に叩く。それが彼の必勝方程式だった。本来ならば真鞘が這いつくばって勝敗は決したはずだった。だが敵が放ったその技を過去に何度も見ていた真鞘は一撃目で武器を落とさず、二撃目三撃目と受け身を取ることができた。仲間が勝つと思っていた部員達は絶句していた。


「龍の五爪を受けきるとはいささか驚いた。だが君の剣は死んだ」


 彼が告げると同時に()(さや)が握っていた模造刀が真っ二つに割れる。いかに攻撃を見切ろうとも獲物がその技に耐えられなかったのである。()(さや)は闘志を滾らせて折れた刃を尚も構えて相手に立ち向かっていく。


「刀は折れても心は折れぬか……その意気や良し!」


 男の娘の姿が忽然と消え去り、一陣の風が()(さや)の身体を突き抜けた。

 同時に彼は天へと撥ね飛ばされ、その制服が千々に砕け散る。

 自分が受けたのが剣技だと理解したときには()(さや)は褌一枚で地面に落下していた。


「――その芸術的なまでの剣技……まさか貴方は――」


「ほう、姿に惑わされても剣を見る眼は確かなようだ。左様。私こそが《剣道部》主将兼《治安維持隊》総隊長――東青龍之介(とうじょうりゅうのすけ)だ」


 見覚えのある美麗な剣技と圧倒的強さから彼が東青龍之介(とうじょうりゅうのすけ)であることは疑う余地がない。打が一点だけ納得できないことがあった。


「……ですが、貴方は身長が180センチ以上の長身で大柄だったはずだ! どう見ても今の貴方はそれ以下……一体どうなっているのですか!?」


「気を集中させ武を極めば、骨や筋肉の大きささえもコントロールできる。それが剣道だ!」


「そんな馬鹿な!? 現代医学への挑戦ですよ!?」


 まったく理解できない(ふんどし)一丁の()(さや)にバスタオルが投げ渡される。彼が下半身を隠したことを確認して龍之(りゅうの)(すけ)は手を叩いた。


「さぁさぁ、みんな稽古に戻って。彼には私から話をするから」


 部長命令で取り戻される日常風景。自分の敗北を認めた彼は改めて《剣道部》のレベルの高さを思い知った。ふざけているのは恰好だけであって実力は折り紙付きである。


東青(とうじょう)先輩、今稽古している彼らは初段から四段級まで力量に差があるように見受けられますがなぜこのような班分けを?」


「《剣道部(うち)》の稽古区分は段位ではないのだ。大きく三つの階級に分けている。今この【梅の間】で修業しているのが『初級』だ。経験者もいれば未経験者もいる」


 龍之(りゅうの)(すけ)の説明通り大きな第二道場は、和風の仕切り板で三分割されていた。完全に分割されていないのは上級者の鍛錬をいつでも見れるようにという配慮らしい。

 絶対数が多い【梅の間】は広めの面積になっている。その中で熱心に稽古に打ち込む姿はまさに高校生らしい部活のように見えた。実力が上の部員も下位の部員を見下さずに指導している。そんな彼らの背後を通って仕切り板で隔たれた区画へと案内される。


「こちらが【竹の間】で、修業しているのが『達人級』だ」


「何と――素晴らしい……」


 ある者は豪快にある者は柔軟に己の剣を鍛えている。ただの素ぶりから惚れ惚れする動きを感じさせる。竹刀をもって相対している組もいるが、獲物の竹刀すら全く微動だにしていない。僅かに隙を見せた方に『面!』と打たれるのだ。無駄な動きがまるでない。高校生の部活とは思えない技である。


「ここには最高七段までの部員が鍛錬している。他校の生徒だけでなく剣道経験者の大人でも彼らとまともに戦える者は少ないだろう」


東青(とうじょう)先輩が〝達人〟と称えるだけあります。でもこれが二級目なら最後はどういう――」


 龍之(りゅうの)(すけ)()(さや)の手を引いて最奥の【松の間】に案内する。そこでは六人の部員が稽古に励んでいた。面積としては一番狭いがこれだけ人が少なければ十分な広さといえる。

()(さや)は大きく首を傾げた。彼らの鍛錬の仕方が意味不明だったためだ。

剣道はどの流派であっても間合いを詰めて戦うものである。故に二人一組で鎬を削るか、的となる物を置いて竹刀を当てるかが主な練習方法になる。ところが、【松の間】の六人はいずれも的や練習相手と離れた位置で竹刀を構えている。


(一体どういうことなんだ?)


 ()(さや)は六人の中で唯一剣道らしく竹刀を向け合っている二人に目を向けた。彼らは六メートル以上離れていたが間合い以外はまともだったからだ。視線も闘気も対戦相手に向けられている。二人の内どちらが先手を打つのか()(さや)は凝視していた。


――刹那、一人の姿が消えた。


 そしていつの間にか鍛錬相手に叩き伏せられていた。倒れて目を回す男の娘に対戦相手の先輩らしき男の娘が説教を始める。


「縮地の踏み込みが甘い。お前が再現できているのは速さだけだ。眼の良い敵ならば簡単に看破できる。加えて足運びにお前の剣術がついていっていない。足だけでなく己の剣も加速させなければ意味がない」


「先輩強いなぁ……。行けると思ったのにぃ」


「二年でそこまでできていれば上出来だ。――進級までにはモノにしてみせろ。あと一年しかないぞ! 付き合ってやれるのは我が卒業するまでだ」


 起き上がった後輩がお辞儀をして再度定位置に戻っていった。

 目を疑った真鞘は他の四人も観察する。一人は瞑想していたが、三人は鍛錬中だった。

 姫カットの男の娘は一人で稽古中のようで案山子に向かって竹刀を向けていた。彼は闘気を発するや否や眼前の案山子を綺麗に両断してしまう。獲物は刃物でも模造刀でもなくただの竹刀なのに真剣で両断されたが如き切り口になっていた。


(そういえば、私も東青(とうじょう)先輩の技をくらったとき制服を刻まれていたな……)


 最早驚きすぎて感動すら覚えた真鞘は並列して竹刀を構える最後の二人を見た。彼らは七メートル程先に並んだコケシに向けて構えていた。「やぁ!」という掛け声と共に二人が剣を振るうと、並んだコケシの内数体が切り刻まれた。互いに斬った数は同じである。


「くぅ~互角かぁ! いっぱい練習したのにぃ!」


「二年のお前が三年のオレと互角ならお前の勝ちだ。約束通り晩飯は奢ってやる」


 何やら勝敗を賭けていたようだ。二人の仲は悪くないらしく抱き着いて喜んでいる。

 だがそれよりも真鞘は【松の間】の稽古風景に度肝を抜かれていた。


「驚いた? 彼らに主将の私を加えた七人が『超人級』さ。三年生が四人に二年生が三人」


「超人級!? 竹刀で物を斬ったり斬撃を飛ばしたり……本当に高校《剣道部》ですか!?」


「ああ。そのあたりをまだ説明してなかったね。超人級の昇段資格は〝縮地〟〝幻刀流〟〝飛翔剣斬〟の片鱗を体得することなんだ」


「縮地は目に映らない速さで駆け抜けるという伝説の足運びですよね。この眼で見た以上信じざるを得ませんが……。〝幻刀流〟と〝飛翔剣斬〟とは何でしょう?」


「見ての通りだ。〝幻刀流〟とは模造刀は勿論のこと、木刀や竹刀などの刃のない棒で斬撃を放つ技のこと。〝飛翔剣斬〟は読んで字の如く飛ぶ斬撃だよ」


 ()(さや)は固唾を呑んだ。彼ら『超人級』は高校生を文字通り超越している。彼らを束ねる東青龍之介も勿論それらの技を極めているのだろう。

 自分の知らない技が世界が広がっているという事実に激しい武者震いを抑えきれない。自分もその舞台に立ちたいと考えた真鞘は龍之介の前に手をつき頭を垂れた。


東青(とうじょう)先輩、いえ師匠! どうすればその頂きに立てるのですか!?」


 しばらく考えるそぶりを見せていた龍之介はカッと目を見開き返答した。


「常識を捨てろ! 剣崎(けんざき)()(さや)! それでお前は強くなれる!」



 ――剣崎(けんざき)()(さや)が《剣道部》に潜入してから一時間半が過ぎた頃、《男子部》の扉が開かれた。待ち疲れてトランプをしていたメンバー達は戻ってきた真鞘を見て手札を落としてしまった。


長身の侍系イケメンはポニーテールの似合う武道少女に変わっていた。木刀を背負って汗をかいている彼は心なしか身長が縮んだようにすら見える。しかし目つきや武人としてオーラが剣崎(けんざき)()(さや)と同じだったのである。


剣崎(けんざき)……お前まで……」


「私は常識を捨て、生まれ変わったのだ!」


 ()(さや)は上機嫌で潜入調査の過程を部員に話した。

 彼としては己の剣を磨く道筋が示されたことに喜びを隠せない様子であるが、話を聞いている部員からすれば言いように丸め込まれたようにしか思えなかった。馬鹿故に相手の話術に乗せられた天満(てんま)がマシに見えるレベルである。


「過ぎたことは仕方ねぇ。剣崎(けんざき)、せめてプレゼンだけはまともにしてくれよ」


「相分かった」



■第三回潜入部体験の結果――《剣道部》定説【験担ぎ説】



 運動部全般で女子の応援がないことが問題視され、応援に来た部員は女装するという習慣が生まれた。そこから選手にも女装が発展したというもの。また治安維持部隊のイメージアップを図った側面もあったというものだ。これの信憑性について《男子部》は議論をすることとなった。最初の発言者は実際に潜入調査を敢行した剣崎真鞘である。


「古来より験担ぎは広く行われてきた。部内の士気を高め、団結力を高める意味、周囲の生徒と良い関係を築く意味で『験担ぎ』による男の娘化は大きな意味があった」


「後輩苛め問題の相談がされなかったというのは治安維持を担う《剣道部》にとって死活問題だったと考えれば、男の娘化は確かにイメージアップしてるな。俺をわいせつ容疑で逮捕したときも皆に頼られてからなぁ! 気に食わねぇ!」


安河内(やすこうち)君は私怨が混じりすぎです。でも『験担ぎ』の効果がはっきりと出ていますよね」


「《傭兵部》との戦争時は既に男の娘化してたって話だから、《傭兵部》とは別ルートでの男の娘化したんだろうよ。ソイツが『験担ぎ』ってなら話の筋は通ってるぜェ」


「じゃあさっ! じゃあさっ! みんな《剣道部》に憧れて男の娘が広がったのかなっ!?」


「いや、待て。《剣道部》は確かに『験担ぎ』から定着したんだろうが、他は違うみてぇだ。話を聞く限り《手芸部》や《傭兵部》のが先だし、《剣道部》全員が男の娘化した際は既に学校中に伝染済みだったんじゃないか? それに触発されて『験担ぎ』に走ったとは考えられないか?」


「むむ、確かに安河内(やすこうち)の話に分がありそうだ」


 ()(さや)はがっくりと肩を落とした。《剣道部》内の伝染原因はハッキリしたが、逆に感染源ではないことが明白になってしまった。結局《剣道部》に潜入部体験した結果は真鞘が男の娘化しただけだった。未だに感染源となる首謀者の存在に辿り着けない。


「すまない、みんな」


「収穫がなかったのは残念だが、俺も()(がみ)も同じだ。そんなに畏まることはねェだろ」


「いや、そっちじゃなく。今後は《男子部》で顔を出せる時間が減ってしまうことについてだ」


「家の用事でも入ったんですか? それともアルバイトです?」


「実は《剣道部》に入ってきたんだ。今後はそちらと兼部になる」


「ハァー!? 引き抜かれてんじゃねーぞ!」


「そんなに怒んなよタイガ! オレだってもう《手芸部》に入部してるゾ」


「初耳なんだけどっ! なぁ、御手洗(みたらし)。お前は違うよな?」


 光輝(こうき)は露骨に目を反らして鞄からはみ出していた入部届けを強引に仕舞いこんだ。


剣道部看板娘と見せかけて主将の龍之介くんでした。

骨も筋肉もサイズが自在! 剣道ってスゲー(棒)


光輝(こうき)に続いて()(さや)まで男の娘化してしまいました。

男子部最高戦力二人が可愛く成り果てました。

()(さや)の場合は武道少女っぽい感じです。

元々が長身爽やか系なので女子高でモテる女子みたいな感じに収まりました。

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