ゲン担ぎ?
――放課後、真鞘は一人《剣道部》へと向かった。
例によって大人数で押しかけると変に勘繰られる可能性があるためである。
名門高校最古の伝統部であるため、入部体験希望者は多い。既に何人かの新入生が先輩から指導を受けていた。
「あれ? あんまりうまく振れない。どうしてかな……」
「肩に力が入りすぎね。もう少し力を抜いて」
一目見ただけで鍛錬の質の高さを理解した。初心者に対しては型の構えや素ぶりから教えているが、経験者には個人の特性に即した練習メニューを考案して実践している。昨日今日に来た新入生の力量を正しく見極めなければそのカリキュラムを組むのは不可能だ。つまり上級生は全員、力だけでなく目も良いということになる。
「これは期待できるかもしれん……」
「君、見ない顔だな。今日はじめて来た子かな?」
一人男子の恰好で見学に来たためどうしても目立ってしまったのだろう。
和風美人な男の娘に話しかけられてしまった。殆どの生徒が道着か制服で鍛錬している中、一人だけ純和服を着ていたため宣伝の看板娘に見えた。女の細腕という形容に相応しいスレンダーな体系である。本場の稽古にはついていけなかったから別の分野で頑張っているのかもしれないと真鞘は分析した。
「どうも、新入生の剣崎真鞘です」
「ほうほう、剣崎君ね。君は剣道経験者だね?」
まだ道着も着ておらず、経歴も語っていないのにピタリと言い当てられたことに驚愕した。その動揺を悟った彼は真鞘の手を開いて見せた。
「竹刀ダコができてる。相当稽古に励んでる証だ。それに足運びが明らかに素人ではない」
彼は真鞘に《剣道部》の竹刀を握らせてきた。部員だけあって眼は良いようだ。
「私が稽古についていけなかった看板娘とでも思ったかな?」
「いえ、そんなことは……」
内心を看破された彼は動揺を隠せない。少しでも話せばボロを出しかねないと考えた真鞘は大幅に話題を変えることにした。
「《剣道部》は伝統ある部だと伺いましたが、よろしければその歴史を教えていただきたい」
「そうだね。じゃあまずは――」
「先輩、大変です! 悪質なナンパ野郎が下校中の生徒に声をかけています!」
息を切らせて報告に来たのは下校中だった二年生らしい。筋肉がついていない体から察するに帰宅部か文化部のようだ。不審者の対応に助けを求めるなら《剣道部》ではなく職員室のはずだが、《剣道部》員達は特に疑問には思わず現場に走って行く。
「ちょうどいい。ついてきて剣崎君。うちの課外活動が見れるよ」
「課外活動?」
首を傾げながら《剣道部》の後を追うと、彼らは学校の門から数メートル離れたところで止まった。その視線の先には助平な面で武刀高校生徒に抱き着く男達がいた。
「ぐへへへ、いつの間に女子高ができたんだぁ?」
「みんな可愛いし、俺達と遊ぼうよぉ」
「朝まで付き合ってくれたらお小遣いあげるからさぁ」
「キャー! 誰か助けてぇー!」
筋肉質かつ人相の悪い若い男達を前に生徒達は怯えている。
男子生徒にセクハラしている自覚はないようだ。だが例え被害者が漢であっても武刀高校生徒をこのまま見過ごすわけにはいかない。竹刀を手に助けに入ろうとした真鞘を看板娘が止める。黙って見ていろということらしい。《剣道部員》達はその場で道着を脱ぎ捨てた。彼らは全員統一された着物姿で帯刀していた。
「全員抜刀! 不届き物共を捉えよ!」
「御意! 副部長に続けェ!」
「「「うぉおおお!!」」」
まるで幕末の動乱。制圧まで十秒もかからなかった。その場で袋叩きにされた男達は戦意喪失し、《剣道部員》によって連行されていく。その姿にはどこか既視感があった。
「あっ! あの両脇に立つ生徒二人は昨日、安河内を捉えた者達だ」
「そういえば、昨日もわいせつ行為を働いた新入生を締め上げたな。まぁこれで分かっただろう。《剣道部》は治安維持を兼ねているんだ」
彼の話によると、起源は学校が創立された明治時代に遡る。他校の生徒や不審者から生徒を守るために《剣道部》が自警団を兼ねていたのが始まりらしい。それから学校の風紀を守る影の部隊として暗躍し続けていた。時代が変わった今では表だって生徒を手助けしているらしい。
「理事会から学校の警察権を委任されているんだ。だから生徒も私達を頼ってくる」
「理事会が一部活に権利を譲渡している? まさか……」
「ウチからは代々全国大会優勝者が出ている。OBには警察官だっているんだ。その活躍もあって全幅の信頼を寄せられているんだ」
実際にこの眼で見た以上信じざるを得ない。教師たちも慣れた様子で不審者達の引き渡しを受けている。生徒達からは「やっぱり《剣道部》は頼りになる」とか「私、ファンになっちゃう」などの黄色い声援が飛んでいる。生徒達も《剣道部》の警察権執行を当然のように受け入れているようだ。しかし真鞘は一つの疑問が出てきた。
「学校の治安維持を担っているならなぜ後輩苛めの時は解決できなかったのです? あの問題を解決したのは今の《傭兵部》でしょう?」
「痛いところをつくなぁ。実は男の娘化する前の《剣道部》は強面の男達が多く、治安を乱した生徒を厳正に処罰していたため、危険な剣客集団として恐れられてしまったんだ」
「それで生徒達から相談されなかったと?」
「うむ。後輩苛めの主犯達が我々に隠すように上手くやっていたというのもあるが、当時の《剣道部》が生徒から信頼されていなかったのは事実だ。だから私達の代からは、生徒とより近い距離を目指して活動している」
格闘系運動部変革を掲げる《傭兵部》が《剣道部》と揉めたことを考えれば、当時の《剣道部》がいかに生徒達から危険視されていたかは想像に難くない。両者の部力衝突は結果的に《剣道部》の誤解を解く良い切っ掛けになったようだ。三年生に代変わりして確かに一般生徒との距離は近くなっている。もしかしたら今説明している先輩が着物姿で過ごしているのも「《剣道部》は怖くないですよ」といったPRなのかもしれない。
第二道場に戻ると、制圧メンバーは逮捕記録について記載を始め、他の部員は通常通りの稽古に戻っていた。特にミーティングを挟むこともない。それだけ治安維持活動はありふれているのだ。《剣道部》の歴史と活動については知った。気になるのは侍気質の《剣道部》がなぜ男の娘化を受け入れているか、ということである。着物を何度も見る真鞘の視線から彼の疑問を察した宣伝部員は端的に理由をまとめた。
「色々理由はあるけど、平たく言えばイメージアップを兼ねたゲン担ぎかな?」
「……験担ぎ?」
「我が校が剣道大会で優勝していたのは知ってるね? けれどそこで大きな挫折があった」
「優勝常連の剣客たちの挫折とは……?」
「女の子がいないことさ!」
真鞘は思わず「は?」と口から出てしまった。
男子校なのだから女子がいないのは当然である。今更話題にするのも変な話だ。ところが先輩部員はその胸中を熱く語ってくれた。
曰く、《剣道部》大会で勝利するのは自分達武刀高校チームではあったが、準決勝や決勝の対戦高校の方が盛り上がっていた。理由は単純明快、女子の声援があるからである。武道を嗜む男子は女子から人気が高い。当然、《応援部》や《女子剣道部》等の女子の声援が常にあり、共学の対戦校は敗北して涙を流しても激励してもらえていた。
「勝ったのは私達武刀高校だ。しかし勝利の味は無味だった。最早武刀高校が勝つのが当然と捉えられ、我々を応援する者などいない。それどころか敗れた全国の高校が一丸となって我々の対戦校を応援する始末。長年優勝の席を譲らない我々に味方などいなかった。一方で敗戦校は女子から激励される……」
「女子の応援など必要ないでしょう! その分、己を磨くことに集中すれば!」
「最初は君と同じ考えの部員が多かった。私もそうだ。――しかしそれは間違っていた。己の武だけを磨き、女子との接触作法を忘れた《剣道部》は抜き身の刀の様な雰囲気を纏ってしまった。その結果が校内の孤立に繋がったんだ」
《剣道部》の強面は生まれもったものではなく、武道だけを極めた末だったようだ。しかし治安維持部隊が校内で孤立するという最悪の事態を招いた。周りの部員達は当時を思いだしているようで涙を流していた。彼らの表情から本当に辛い時期だったことが伺える。
「《傭兵部》と揉める前から校内で孤立感はあったが……剣道大会でも孤立という状況に我々は焦っていた。そして考えた。大会で誰も応援してくれないなら私達が仲間を応援してやろうと! 女子がいないのなら私達が女の子になればよいのだと!」
「なぜそうなるのです!?」
「いや、この選択は正しかった。孤立無援だった《剣道部》は男の娘化した仲間の励ましで今まで以上に強くなった。さらに男の娘化して一皮むけたことで我々に敵意を向ける者は少なくなった。学校内でもイメージアップに繋がったんだ! 素晴らしいことだろう!」
彼の力強い言葉に呼応するように部員達がポーズを決める。そこにはかつて剣道大会を席巻した屈強な男達の姿はなかった。和服に模造刀を構える姿はどこぞのコスプレアイドルにしかみえない。彼らは自分の姿に疑問はないようで「和服新調しようかな」等と盛り上がっている。挙句の果てに部外者の生徒とのツーショット記念撮影にさえ応じていた。ヘラヘラと笑う《剣道部員》たちの姿に真鞘は拳を強く握りしめる。
「ゲン担ぎ作戦は大成功! イメージアップできてめでたしめでたしって訳だ」
「ゲン担ぎだと? イメージアップだと? ……ふざけるな……ふざけるなァ! 神聖な道場を脱ぎ散らかした服で汚すな! 男の娘化など剣道に対する侮辱だ!」
剣崎くんバチギレです。




