剣道部とは?
まだ入学三日目だが校門までの道が今日ほど長く感じられた日はなかった。
腕を組んでいたのは教室に入るまでだったが二人一緒に登校した大雅は注目の的だった。自分の席の方に向かった幸一郎は期待に胸を膨らませる友人と恋話を展開しはじめる。顔を赤らめながら話し合う姿は本物の女子高生のようだ。
「ヒューヒュー、朝からお熱いですなぁ!」
自分の前の空席に座って朝から呷ってくるうざい生徒がいた。馴れ馴れしい男の娘のアホ面には見覚えがある。昨日早々に陥落して男の娘化した悪友・矢神天満だ。
「お前、何でまだ女装してんだ……?」
「あっ! 男の制服忘れてたっ!」
「今気づいたのかよ! ほんっとに馬鹿だなぁ!」
どうせ昨日脱ぎ捨てたままの制服をそのまま着てきたのだろう。髪に寝癖はなく綺麗に整えられているのはクラスメイトがセットしてくれたようだ。馬鹿なので自分が男の娘化しているのも疑問に思っていない。
「チッ、朝から気が緩んでるぜェ」
「おう、御手洗。お前からも何か言って―――ってお前もかよぉ!」
そこにいたのは目つきの悪い不良ではなく、長い金髪の男の娘だった。馬鹿の天満はともかくインテリヤンキーの光輝まで男子の制服を着忘れたとは思えない。訝しむ視線を向けると彼は赤面したまま大雅の机をバンッと叩いた。
「これは叛逆の証だっ! 決して俺の趣味じゃねェ!」
「御手洗……後に引けなくなってるだけだろ。嘆かわしいかぎりだ」
「これで漢はボク達三人だけですね」
冷静に突っ込みを入れる真鞘と一樹を見て胸を撫で下ろす。当たり前だが彼らはまだ男子の制服だった。男のズボンのありがたさが胸に染みわたる。朝はゆっくり話し合う時間はない。チャイムと同時に入ってきた大熊教師が朝礼を始めた。
「連絡事項から始める。職員室に貸し出し用の制服が追加されることになった。制服が汚れたり破れたりした生徒は職員室で借りるようにな」
「「「ハーイ」」」
(男子の制服を貸しだせよ、クソ教師)
「安河内、女子の制服はいつでも借りられるから安心するんだぞ」
「なんで俺を名指しにするんだよ! 絶対ェ着ねーぞ!」
朝礼はそこそこに終わり、一限目に移行する。
授業自体は問題なかった。進学校らしくレベルは高いが、《男子部》の仲間たちがノートを貸してくれたので昨日のサボり分は十分取り戻せた。
授業を受けて分かったことだが、やはり武刀高校の教育レベルは高い。教職員も難しい内容を教えたときは生徒の脳の処理能力を考えて雑談を交えてくれたので授業内容も頭に入って気安い。「男らしさより個性を大事に」というスタンスの雑談は男の娘生徒達に受けが良かった。生徒のやる気を良い機会で刺激してくれる。
午前の授業が終わる頃には勉学の方は完全に追いついていた。寧ろ初回授業から居眠りをしていた天満の方が置いてきぼりを喰らっている状態である。そんな彼も腹は減るようで授業終了のチャイムと同時に購買部へと駆け込んでいた。他の男子部員も遅れて後に続き、各々惣菜パン、弁当、定食などの戦利品を獲得する。
沢山の男の娘達を掻き分けて食堂の円卓に男達は座った。
「私学だけあってメニューは豊富だなァ。和食、洋食、中華まで揃ってるぜ」
「しかも経済的だ。これ程の分量でこの値段、店側に利益は出ているのか?」
「剣崎君は真面目ですね。消費者は表示価格分の代金を支払って堪能すればいいんですよ」
「タイガ! 丼ぶりおススメだぞっ! 昨日は牛丼だったから今日は親子丼だなっ!」
「俺、昨日は余りもののおにぎりしか食ってねぇ。食堂の飯はこんなにうまかったんだな」
朝食で食べた幸一郎の料理といい、今日の大雅のご飯運は高いようだ。昼休み中に放送部が流している音楽も箸を進めるのに一躍買っている。聞いたことのない曲だが「自分を偽らないで」とか「本当の自分を解放しよう」とか素晴らしい歌詞が耳に残った。しかし高校生活の昼休みは食事を頬張るだけではない。学生の醍醐味は寧ろ食事中の話題の方である。とりわけ部長・大雅の恋愛事情は話題性が高かった。
「そういやァ、安河内。朝は山田と随分ヨロシクやってたそうじゃねぇか?」
「そうそう! タイガはコウイチロウと腕組んで登校してきたんだぜ」
「そんなに好きならお昼も山田さんを誘わなくてよかったんですか?」
「冗談抜かせ。四六時中一緒にいられるかよ。学校の休み時間くらいはダチを大事にしろって言って撒いてきたぜ」
あわよくば愛想をつかされてそのまま自然消滅という恋人解消が理想的である。
しかし大雅の甘い想定を覆すことを真鞘が口にする。
「それでか。恋人を無闇に束縛しない男としてクラス内でお前の株が上がってたぞ」
「なんでだよ!?」
幸一郎との交際関係はまだまだ続きそうである。
改めて食事を堪能した《男子部》メンバーは腹を満たすと、今日の活動について話し合うことにした。昨日に引き続き潜入部体験をすることになるが、今日はどの部にするかを昼休みの間に決めておこうと考えていたのだ。
「剣崎、お前《剣道部》に入りたいって言ってたよな?」
「最初はそのつもりだったが、今はモチベーションが萎えている」
「部員が男の娘だからか?」
「それもあるが、私が《剣道部》に入りたかったのは武刀高校《剣道部》には全国大会優勝者・東青先輩がいるという話を聞いていたからなんだ。ところが今は彼の姿は見えん」
「男の娘化して分からないだけじゃないですか?」
「いや、彼は身長180センチを超える大柄の漢だから遠目でもすぐに分かるはずなんだ。非常に清廉な方だから学校の現状を嘆いて転校してしまったのかもしれん」
言われてみれば武刀高校に溢れる男の娘は160センチ台が多く、高身長ならそれだけで目立つだろう。だがそのような子はどこを探してもいなかった。高身長の生徒でも170センチ程度である。稀に見かける高身長の生徒を指さしても真鞘は首を横に振るだけだった。
「東青先輩のいない《剣道部》に入ったところで己を鍛えられる気がしない。自主練の方がマシだ」
「なんで? もっと強い人がいるかもしれないじゃんっ!」
「全国一位より強い生徒がいるものか。それに運動部は殆ど《傭兵部》の傘下に加わるか顔色を窺っている状態だと聞く。そんな廃れた《剣道部》で研鑽できるとは思えない」
「いや、それは違うぜ剣崎ィ」
《剣道部》弱体化を嘆く真鞘の言葉を否定したのは光輝だった。《剣道部》を熱心に支持している訳ではない彼が同部を庇う理由がない。気になった《男子部》は彼の次の言葉を待った。
「――《剣道部》は、運動部最強と言われていた《傭兵部》と戦争したんだ」
「なんだとっ!? ならなぜ今も存続している? 御手洗、詳細を教えてくれ!」
「分かったからスカートを引っ張るなッ! 下着が見えるだろうがっ!」
光輝はスカートを整えると仕入れた情報を話しだした。
運動部最大規模を誇る《傭兵部》は設立と同時に格闘系の部活を吸収合併していった。元々三年生の後輩苛めへの叛逆から結束を強めていた格闘系運動部の殆どは大した争いもなく、《傭兵部》の傘下へと加わっていった。
「ところが一つだけ頑なに《傭兵部》への加入を拒絶する部活があった」
「それが《剣道部》だというのか……?」
光輝は首肯する。《傭兵部》の部長・白西虎太郎は当時、他部に「隷属しろ」と命令していた訳ではなかった。ただ後輩苛めで風紀が乱れていた格闘系運動部を一本化して健全化を図ろうとしただけだったのだ。
故に多くの格闘系運動部は協賛していた。だが《剣道部》は再三の加入要請を断固拒否した。最初は穏便に話し合っていた《傭兵部》であるが、《剣道部》に配慮した協定案をも退けられたことで交渉は決裂する。
そして部力衝突が勃発した。両部活の全部員が参加した総力戦だったという。光輝は道場のある方角を指さした。角度的に見えないが耳を澄ませば工事音が聞こえてくる。
「――結果は引き分け。今も戦争の爪痕が残ってるだろ? 武刀高校第一道場が『建築中』になってるのは主将同士の一騎打ちで壊れちまったかららしい」
「嘘くせぇ。たかだが生徒の喧嘩で建物が壊れるのかよ……」
「盛ってませんか? とても信じられる話では――」
「いや。私の知る東青龍之介という男なら可能かもしれない」
「俺もそう思うぜェ? 白西虎太郎と互角なら戦場の方が壊れてもおかしくねェ」
《剣道部》は己の地位と誇を守り抜いた。元々腐敗した運動部を正そうとして加入を勧めていた白西虎太郎も「《剣道部》に腐敗はない」と判断して拳を収めた。
そして友好の証としてそれまで《柔道部》と《空手部》が使ってた第二道場を《剣道部》へ譲渡したのである。《傭兵部》直下組織となった『空手・柔道両研究会』は地下闘技場に潜ったので活動に支障はなかった。この話を聞いた真鞘は俄然やる気を取り戻した。
「決めた。私は放課後、《剣道部》へ潜入する!」
「良い顔になったなァ剣崎ィ。俺も《剣道部》のことは今話した以上のことは知らねー。お前の目と耳で確かめて来なァ」
剣道部は傭兵部と部力衝突して生き抜きました。構成員は傭兵部の方が多いですが剣道部は少数精鋭ですね。
剣崎くんが尊敬する東青龍之介は中学高校と全国剣道大会一位を独占し続けるヤバい人物です。剣崎くんは彼が部に所属していると聞いて武刀への入学を決めました。




