ストライキ説
――一時間後、御手洗光輝は帰って来た。
勝敗は彼の姿を見れば明らかだった。髪型は長い金髪をワンサイドアップで整えた上に髪留めまでつけたものに変貌しており、下半身は丈の短いスカートとルーズソックスを履かされていた。一見するとヤンキー風ギャルといった風貌である。不良女子校に紛れていてもい気づかれないくらいに彼の女装は似合っていた。
恥辱に赤面する光輝は震えるだけで《男子部》が催促するまで言葉を話せなかった。
『俺はアホの矢神とは違う。カマヤロウに染まりはしねぇ』
そんな勇ましい言葉を口にして出ていった男と目の前の赤面しながら短いスカートを押さえているギャルが同一人物とはとても思えない。
「――御手洗。お前、部室出る時になんて言ったか覚えてるか?」
「即落ちニコマでしたね」
「矢神はともかく御手洗までも簡単に堕ちるとは嘆かわしいものだ」
「あははーコウキもオレの仲間になったなっ!」
「っせーよ! ボケッ! コロスぞ!」
心なしかいつもの不良フェイスも女の子が強がっているようにしか見えない。既に恥辱に塗れている少年を苛める程《男子部》はサドスティックではなかった。
「説明してもらおうか。御手洗が女装に目覚めた理由を」
「目覚めてねェよ! 確かに俺は負けた。だがこの恰好は強要された訳じゃねェ! ただ《傭兵部》の心意気に惚れただけだ! この姿は〝叛逆の証〟なんだ!」
訝しがりながらも光輝の話を聞いてみる。
「一年前まで武刀高校の運動部は暴力と圧政に支配されていたんだ」
彼が《傭兵部》の部員達から聞いた話は以下の通りだった。
当時、《空手部》や《柔道部》といった主流運動部は最高学年である三年生の先輩による強権に支配されていた。競技の違いはあっても運動部は大なり小なり体育会系として縦の繋がりが強い。先輩の命令に逆らうことは許されない。
パシリは当たり前、出来る後輩は嫉妬の対象になり、練習にかこつけて怪我をさせられる。できない後輩は無能として虐められる。伝統とは格式高いものばかりではない。歴史が古い故に悪い風習が残っていたりする。武刀高校は古い学校だけに封権制度的な悪習に塗れていた。
教師に先輩の横暴を密告したところで根性無しと侮辱するだけで関わってこない。しかし彼らは腐っても名門男子校の生徒だった。女の恰好をした後輩には暴力を振るわなかったのである。
「当時は仲間内の遊びということで始めた女装だったが、先輩からの暴力回避には役に立ったらしいんだ」
僅かばかりの男としてのプライドがあったのかもしれない。絵面的に悪いと世間体を気にしたのかもしれない。三年生の真意は分からないが、女装すれば殴られないということが定着することになった。
ここで上級生に痛めつけられていた各運動部は被害者連盟を結成し、女装姿で憎き先輩達に接した。三年生篭絡は中間試験より容易かった。
男子校で長く生活していた彼らは女子への免疫を失っており、男の娘にすらだらしない顔を晒すようになっていた。上げ膳据え膳された三年生達は徐々に堕落していき、運動部としての技と筋力を失っていった。
反対に男の娘達は影で努力し、必死に腕を磨いた。
「そして各運動部の二年生以下は横暴な先輩達に反旗を翻したらしい」
堕落した先輩と研鑽を重ねた後輩達。結果は語るまでもなかった。
また、日和見で事なかれ主義の教師達の行動も反転した。暑苦しい男達の訴えには聞く耳を持たなかったが、可愛らしい男の娘達の嘆願に変わった途端に重い腰を上げたのである。旧三年生たちの後輩苛めは白日の下に晒されて、引退直前に強制退部処分を受けた。
失意の内に三年生は卒業し、ストライキは成功したのだ。
■第二回潜入部体験の結果――《傭兵部》定説【運動部後輩連合ストライキ説】
先輩の後輩苛めに対抗するべく始まった女装というストライキ運動から男の娘化が始まったという説である。後輩達は女装=叛逆の証として広く新二年生・新三年生の間で普及し、それが一般生徒まで拡がったという考え方だ。これの信憑性について《男子部》は議論をすることとなった。最初の発言者は実際に潜入調査を敢行した御手洗光輝である。
「叛逆が一つの形になったというのは熱い展開だ。運動部はこのときの結束から多くが傭兵部に統合された。そして《傭兵部》が他部へ派遣した部員から男の娘化が広まったと考えれば現状を説明できるはずだ」
大雅の脳裏に思いだされるのは寮生に聞き取り調査を行った際に出た情報である。上下関係が激しかったという話は耳にしていた。寮でもあったなら運動部であってもおかしくはない。
「一見すると隙の無い主張のように思えるが……何か意見のある奴はいるか?」
挙手したのは首藤一樹だ。
「罰則説でも議論しましたが、部活の抗争――後輩苛めが職員会議の議事録に載ってないことはどう説明するつもりですか?」
「その結論は出たはずだぜ? 学校側が隠蔽してやがるのさァ! 現にセンコー共は後輩の訴えを最初は黙殺している。三年による後輩苛めは隠したい不祥事といえる!」
「そうだな。私もこの学校の教員の質に関しては弁護のしようがないと思う」
《男子部》的にはかなり有力説だといえる。心身共に強い屈強な《傭兵部》が可愛い男の娘になった理由――それが叛逆の証というのは生徒が自発的に男の娘化している現状を明確に説明づけできている。
議論は尽くされたかに見えたが、ツインテールの男の娘、もとい矢神天満が首を傾げた。彼は何か納得できていないようだ。
「《傭兵部》って他部のサポートに回るのは運動部だけなんだろ?」
「あ? それがどうしたってんだ?」
「文化部まで男の娘化したのはおかしくないか? 一緒になってストライキって諸に体育会系のノリじゃん。文化部はついてこないと思うぜ。文化部自体に先輩と後輩の対立がなかったんなら三年生への反逆の証だぁーって裏切りっぽくねーの? それに帰宅部だっているじゃん?」
馬鹿は時に大衆が見落としていた確信を突く。
それは余計な情報を全く考慮しない結果目が曇りにくいためである。思わぬダークホースから疑問を投石された他のメンバーはすぐには反応できなかった。天満の発言の意味を咀嚼して呑みこむうちに彼のツッコミが的外れでないことは理解できた。
「矢神君の言う通りですね。文化部や帰宅部に浸透するには〝反逆の証〟だけでは弱いと思います。少なくともボクは遠慮したいですね」
「先に取材した《手芸部》ではそういった学年間の対立の話やストライキとかの話は出なかったわけだしな。私もストライキ説に疑問が残るように思う」
「御手洗、反論はあるか?」
「チッ! だったらよォ、罰則説とストライキ説の折衷説っていうのはどうだ? 文化部は罰則から浸透し、運動部はストライキから浸透したってなら無理のない話に収まるだろ? 数の少ねェ帰宅部の連中は他部の友人から波及したってことでどうだァ!?」
一つの説だけでなく、二つの説が合わされば彼の主張通り話の筋は通ることになる。しかし部員達は何か釈然としなかった。
「なぁイツキ、セッチュウってどういう意味だ?」
「二つを合わせた良い所取りってことです。話の流れで分かるでしょう!?」
「一応辻褄は合うが……結論を出すには早い気がするな」
部員達は議論はまだ終わっていないという結論を出した。首謀者を探すにしてもまだ情報が足りないのだ。大雅自身も同意見だった。
「俺ももう少し情報を集めてから議論したい。――とはいえ、折衷説は今のところ最有力だ。明日以降の潜入結果を踏まえて結論を出したい。とりあえず、天満、光ちゃん、ご苦労だった」
「おうっ! オレはまたやりたいぞ! 《手芸部》楽しかったしな!」
「ちょっとまて、光ちゃんって俺のことか!? テメェふざけてんじゃねーぞ!」
入学二日目は激動の一日となった。
まだ全校生徒が男の娘化した原因を探っている段階で首謀者の正体まで近づいていない。
それでも潜入部体験によって大きく前進したといっていい。大雅は今日の議論を踏まえて明日にも潜入部体験を敢行することに決めたのだった。
御手洗くんはギャルになり果てました。
折衷説は有力ですが他の潜入捜査の結果を見てから結論を出すことになります。
というわけで明日の部活動にもちこしとなりました。
三日目は誰がどんな部活に潜入するのか乞うご期待!




