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傭兵部


 まだ下校時刻まで猶予はあった。部活見学は続いているし、今日中にあと一件の潜入部体験はできそうである。


「さて、次の潜入部体験は誰が行く?」


「二番手は俺に譲ってもらうぜ」


 名乗り出たのは御手洗(みたらし)光輝(こうき)だった。いつになくやる気を見せている。他に立候補者もいないために立候補は承認される。光輝(こうき)天満(てんま)を指さして怒りを顕わにする。


「俺はアホの矢神(やがみ)とは違う。カマヤロウに染まりはしねぇ。第一舐められるのが一番嫌いなんだよ! 調査も大事だがここいらでビシッと《男子部》の漢気を証明しなくちゃならねェ」


「まぁ矢神(やがみ)君は《男子部》最弱ですからね。女装に堕ちても不思議ではないです。その点、常に相手を威嚇する御手洗(みたらし)君なら大丈夫でしょう」


「……して、御手洗(みたらし)。どの部活に潜入部体験するつもりだ?」


「《傭兵部》だ。俺以外潜入できねーだろ」


 光輝(こうき)の言う《傭兵部》とは、その名の通り部員を他部へと派遣する部活だった。運動に長けた生徒が他部へサポートに回ることはよくあることではあったが部活化するというのは他に類を見ない。主に運動部の支援に回ることが多いため、全員が武闘派で名前が通っている。問題は部活という体を成していなければ、部員達は不良グループに属するであろう風貌になっているという点である。


学校のホームページから部活紹介の項目を検索すると、去年のはじまりに撮られた《傭兵部》の写真が出てきた。世紀末をバイクで爆走してそうな強面の男達が不気味に笑っていた。とりわけ中心の白髪の少年は人を殺してそうな危険な眼をしている。


「これはボクはパスです! ぜんぶ御手洗(みたらし)君に任せます! お礼参りとかないですよね!?」


「ビビんなよ。去年度はアウトローの集まりって感じだが、今は全校生徒が男の娘化している。漢は俺達だけのはずだ。コイツらも案外可愛くなってるんじゃないか?」


「それを含めて確かめに行くんだよ!」


 ブレザーをマントのように翻して御手洗(みたらし)光輝(こうき)は教室を出て行く。

 漢の背中にかける言葉はなく、《男子部》は期待を込めて彼の武運を祈った。


 向かった先は運動部が活動している校庭や体育館、道場ではなかった。

 非常階段から下へ下へと降りていき、ついに広大な地下空間へと繋がる。入口の扉にはDQN御用達の芸術的落書きと『喧嘩上等』の四文字が書き殴られていた。


「ここが部室か……チッ、ご丁寧に女装した門番までいやがるじゃねーか」


「何だテメェ? 見かけねー面だな」


「一丁前にズボンなんか履きやがって、喧嘩でも売りに―――」


 アンダーグラウンドのヤバいお姉さんに見える上級生だったが、喧嘩慣れしていた光輝(こうき)は拳で簡単に制してしまった。まさに秒殺である。もっと抵抗されるかと警戒していたが、邪魔してきたのは門番だけですんなりと入れてしまった。部員らしき武道着の男の娘達とすれ違っても、光輝(こうき)を気にするそぶりは見えない。


 敢えて喧嘩を売る意味もないため、そのまま奥へと歩を進めていく。内部では運動部が活動しているようだ。顔だけ芸者のように白塗りした相撲部が試合をしている姿が見える。町内会の老人と思われる大人達が観客席で掛け声を上げる。


「白富士に二文!」「大和島に三文!」


 非公式の賭け事を臭わせる言葉が飛び交っていた。全て聞かなかったことにして次の区画へと足早に去った。畳が敷かれた区画では筋肉質な女性――に見える男の娘達が空手や柔道競技を繰り広げていた。格闘技というよりも命を懸けた決闘と言った方が近い空気が道場区画を支配している。


「一本! 二宮ぁ、右肘と左足骨折してるから保健室行って来い!」


「押忍!」


「いや、押忍じゃねーだろ。保健室で骨折治るのかよ」


 光輝(こうき)は思わず突っ込んでしまった。

それぞれの武術に特化した施設が用意されているあたり、《傭兵部》の本気度が見て取れる。中には下に湯が張られた岩場にしか見えない施設もあり、中華服に身を包む男の娘が拳法の決闘を行っていた。


「アイヤー!」


「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」


 非常にレベルの高い格闘合戦の末に押し負けた方が湯船へと蹴り落とされた。

 熱湯だったらしく悶絶しながら地上に逃げた男の娘がジタバタしていた。敗者は他のメンバーに介抱されて搬送されていく。残った勝者には次の挑戦者が挨拶を始める。片手をもう片方の手で包んで振る「拱手」と呼ばれる中華式作法だった。。


「勝ち抜き戦か。本格的だな。つーかもろに地下闘技場なんだが……」


 試合のためだけではない。ルームランナー、エアロバイク、チェストプレス、ショルダープレス等々筋トレ用の機材まで並んでいる。高価なスポーツジムに比べても見劣りしない充実した品揃えだった。今も腹筋の割れた男の娘達が筋トレに励んでいる。女性のように胸は隠しているようだ。


「入部希望者か?」


 背後からかけられた声に振り変えると、光輝(こうき)より頭二つ分は低い少年が立っていた。男の娘化した男子校という前提がなければ女子中学生に錯覚してしまう低身長ぶりである。一番小さい制服のブレザーでもサイズが合っていないのか肩から羽織っているだけだ。ポケットから覗く携帯にはゆるキャラのストラップがついている。

しかしその鋭い眼光と白銀の髪が彼の身分を証明していた。


「――《傭兵部》・部長、白西虎太郎(しらにしこたろう)――!」


「先輩をつけろよ、新入生。まぁ門番を倒せたんだからそこそこ強い訳だな」


「門番? あの見てくれだけのレディースもどきのことか?」


「言ってくれるな。《傭兵部》は新参者の中で一番弱い者を門番に置く慣習だ。内部の連中に追いつけるように来訪者相手に腕を磨くのさ。部内最弱といっても最低限の基準値を超えられるように体は作らせてある。それを倒したってことは入部資格は十分という訳だ」


 白西虎太郎は拳を引いていた。場数を踏んでいる光輝(こうき)はそれが正拳の構えと悟る。

 彼は光輝(こうき)が構えるのを待ってから己の拳を振り抜いた。小さな体からは想像もできない威圧感を醸し出している。まるで拳だけが大型トラックサイズに拡大したように錯覚する程だ。喧嘩慣れしていない素人なら構えた拳だけで失神しているだろう。


「チッ! チビの癖になんつー馬鹿力だよ!」


 超人レベルの闘気を纏う拳は受け止めるだけで全身の骨が悲鳴を上げた。観戦していた他の部員は拳の衝突で起こった衝撃波に飛ばされてしまった。それでも何とか持ちこたえた光輝(こうき)は肩を大袈裟に動かして呼吸を整える。中学時代、多くの強敵と喧嘩した光輝(こうき)であったが最初の拳を受け止めただけで疲労困憊に陥るのは生まれて初めてのことだった。二撃目を止められる体力は残っていない。そんな状態なのに虎太郎は満足気に笑っていた。


「俺のジャブを受け止め、骨も筋肉も無事。膝もつかんとは《傭兵部》幹部級は確実だな。生意気なだけじゃなく実力もある訳だ。気に入った」


(あれでジャブってのか!? 化け物め……)


御手洗光輝(みたらしこうき)だな? 部内を案内してやる。口調も呼び捨ても黙認してやるが『チビ』ってのは禁止だ。二度目はねーぞ」


 警告は本物だが光輝(こうき)を気に入ってはくれたようだ。虎太郎は中華風に衣装を改造した側近を呼んだ。彼は虎太郎にデコレーションされたクリームソーダを、光輝(こうき)にはスポーツドリンクを提供してきた。それを見ていた部員達からどよめきが起こった。どうやら新参者に部長から差し入れが提供されるのは異例のことらしい。冷蔵庫で冷やされていたらしいドリンクは五臓六腑に染み渡った。


「改めて紹介させてもらうぜ。俺がまとめている《傭兵部》――別名《総合格闘技部》だ。元々あった《柔道部》と《空手部》は俺が統合した」


「《総合格闘技部》? 他部へ派遣するだけじゃないのか?」


「確かに《サッカー部》《野球部》《バスケ部》等の球技系から《陸上部》《水泳部》などの競技系にも部員を派遣してるぜ。だが大抵試合前しか需要がない。平時は格闘技の鍛錬を行ってる」


 たしかに部員達は格闘技の試合に励んでいる。高校生の全国大会がある競技だけでなくマイナーな武術の特訓に臨む者もいる。試合ばかりが目立つが座学にも余念がないようだ。資料室では武術の型や人体急所を学んでいる姿が見受けられる。中には所々文字が掠れた古書から断絶した古武術流派の復興に執念を燃やすインテリグループも存在している。

 映像室では現存するプロレス等の格闘技試合の視聴が可能らしく部員の男の娘たちが白熱して視聴している。


「ああ、彼の上腕二頭筋は何度見ても素晴らしいわ」


「いえいえ、大胸筋の方がセクシーよ。あの胸に抱かれたい~」


 武の探求とは違う目的で視聴覚室に足を運ぶものもいるらしい。そんな彼らの見た目は美少女だが内部で活動しているということは門番達よりは強いらしい。施設を見れば異種格闘技の方に主軸を置いているのは一目瞭然だ。それでも他部と密接に関わる派遣業の方が有名になったらしい。


「他部に協力しているって話だが、見返りはなんなんだ?」


「だいたい食券の提供や各部予算会議における優遇が条件だな。まぁ詳細な条件はそのときによって変わるがな」


 虎太郎は他部との交渉で獲得した品々を見せびらかしてくる。日替わり定食食券からデザート割引券、購買部の文房具無料券、中には手書きの『勉強会お手伝い券』まであった。気になる食券を見ようと光輝(こうき)が引っ張ると何かが落ちた。愛らしいトラ猫のキーホルダーのようだ。


「何だァ? コレ――」


「それも協力の代金代わりだ。返せ!」


 強引に奪い返した虎太郎は埃を丁寧に掃って大事そうに内ポケットに入れ直した。心なしかトラ猫を見る彼の表情は女子高生のように柔らかい。実は可愛いものが好きらしい。他にも可愛らしい小物が鍵チェーンにつけられているので他の運動部は虎太郎の趣味を分かって交渉材料にしているのかもしれない。

光輝(こうき)の視線に気づいた虎太郎はギロリとヤンキー特有の眼光で睨み付けた。


「あ? メンチ切ってんじゃねーぞ。コレは代金代わりの担保だから大事にしてるだけだ。非売品の限定グッズだから相場も高い。決して俺の趣味じゃねーかんなッ!」


「俺、何も言ってねーし。それより、さっきからなんか聞こえンだが……」


 どこかで金属バットに球が当たる音だ。

音源の方に首を向けるとバッティングセンターのような施設が目に入った。


「派遣運動部専門の奴らだな。《野球部》や《サッカー部》といった運動系他部の入部希望者もウチに入部することが多いのさ」


「あ? なぜそんなめんどくせー真似を……」


「運動部ってのは大なり小なり実力主義だ。力及ばない生徒はレギュラーに選抜されない。卒業まで大会に出られない生徒が必ず出てくる。しかも才能に応じて特訓のメニューまでコントロールされるから一度戦力外通告を受けると再起は不可能に近い」


「……なるほどなァ。《傭兵部》に籍を置けば、協力関係にある部活に派遣される。希望する部活のレギュラーとして出場できる可能性が高いわけか」


「頭は悪くねーようだな」


 《傭兵部》についてはその全貌を掴むことができた。

 だが肝心なことは虎太郎の口から聞けていなかった。戦闘能力の高い彼ら《傭兵部》がなぜ男の娘に目覚めたかということである。腕っぷしの強い彼らに女装を強要できる人間など存在しない。周囲の同調圧力に屈する程彼らの心は弱くない。


「ん? この恰好が気になるか?」


「ああ。アンタと直接面識はないが不良中学生たちの中でアンタの名前を知らない奴はいなかった。喧嘩は負けなし。当時最強だった鬼ケ原中学の不良グループを単身で壊滅させた話はあまりに有名だ」


「鬼ケ原中か、懐かしいな。イキって学級崩壊させた癖に喧嘩は弱かった。群れてるだけだったからな」


「アウトローの漢達が憧れた白西虎太郎(しらにしこたろう)が女の恰好を受け入れてるのは、当時のアンタを知る身としては違和感がスゲェ。特にチ……身長のことはコンプレックスだったはずだ」


 なぜ負けなし番長が男の娘になったか。それが知りたくて光輝(こうき)は《傭兵部》への潜入部体験を買って出たのだ。()太郎(たろう)は側近に命じて女子制服を投げて寄越した。洗濯して来いというパシリではない。寸法が光輝(こうき)の体格にぴったり一致するものだったのである。


「何のつもりだ!?」


「お前にとって〝男の娘〟とは軟弱者の証なのだろう。だが背景を知れば見方は変わってくる。俺達《傭兵部》にとっては〝叛逆の証〟なのだ!」


 揶揄われたと感じた光輝(こうき)は受け取った制服を地面に投げ捨てて踏みつけた。

 敬愛する番長が女装を反逆の証と宣う現状に失望してしまったのだ。


 しかし踏みつけたと思っていた制服は長い棒によって回収されて虎太郎側近の少年の手の内に戻っていた。光輝(こうき)の踏みつけを完全に見切って先手を打っている。彼は()太郎(たろう)が命じるまでもなく掌打を繰り出した。咄嗟に両腕で守るが勢いを殺しきれずに後退させられる。


「《傭兵部》傘下『功夫研究会』会長兼部長側近・二年の(スン)梓豪(ズーハオ)ネ。(ウォ)に勝てない分際でブチョーの誇を笑うなんて四千年早いアルよ」


「なんだこのチャイナ野郎……!」


「ちょうどいい。光輝(こうき)、ハオに勝てたらお前の言う女装を止めてやる。《傭兵部》全部員でな。但し、負ければ大人しくこの制服を着てもらう。その際に〝叛逆〟の由来を聞かせてやろう」


「望むところだ! 俺は絶対ェ負けねぇ! 吠え面かきやがれ!」



傭兵部は別名:総合格闘技部です。

普段は武の探求と筋トレばかりしていますが大会シーズンになると運動部に部員を派遣しています。体育会系の派遣会社みたいなものですね。

最強は一番小さい白西虎太郎(しらにしこたろう)君です。

彼は男の娘になる前から低身長で可愛いもの好きでした。

身長ゆえに舐められるので絶対に認めませんが。

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