罰則説?
ここからが質問タイムだ。正直《手芸部》の躍進はとても気になる話題ではあるが、今は何より男の娘の発生原因について情報を集めなければならない。盗聴する《男子部》メンバー天満の最初の言葉に耳を欹てた。――とそこで部室の扉が開かれる音が聞こえた。
カメラ越しではなく、《男子部》の部室からである。
「安河内君、いるー?」
甲高い男の娘の声が部室から聞こえる。《男子部》の中に該当者はいない。第三者が部室に入ってきたのだ。一瞬、男の娘化を強行した首謀者に先手を打たれたかと戦慄が走る。
だが来訪者の声音から悪意は感じなかった。それでも部外者に《男子部》の活動を知られるわけにはいかない。慌ててパソコンの画面を落とす部員達。
落ち着いて来訪者の顔を確認すると尋ねてきたのは山田幸一郎だった。
「山田、なんでここに?」
「もうっ、貴方を探してたんだよ! 恋人を放ってどこにいるの!」
頬を膨らませて怒りを表現する山田は本気で怒っているわけではないようだ。可愛らしい不機嫌アピールである。確かに付き合うこととなった相手を初日から放置するのはよくなかった。しかし真実を探求する《男子部》の部長として部員達に仕事を押しつけて放課後デートを楽しむ訳にはいかない。元より大雅は男とのデートを楽しむつもりもなかった。
「チッ。安河内ィ、適当に撒いて来いよ」
「尤もらしい理由をつければ彼女も無理には引き留めまい」
「くれぐれも怒らせてはいけませんよ。一人の女子を敵に回せば翌日から村八分ですから」
「女子じゃねーけどな」
部員達に背中を押された大雅は何とか幸一郎に帰ってもらおうと画策した。
恋人の気を逆なでせずに下校の誘いを断る理由は難解である。友達との先約があるというのは一番それらしい理由だ。しかし自分を蔑ろにしていると受け取られかねない。彼女を優先していることを前面に出しつつ穏便に帰ってもらう方法は一つだ。
「俺はさ、山田がクラブ見学に行くと思って敢えて今日は誘わなかったんだ」
「部活? まだ入ってないし、恋人との時間の方が大事だよ! どこかに入部したら一緒に遊ぶ時間が少なくなっちゃうし」
「俺もそう思ったさ。でもよ、俺と山田は違う人生を歩んできた訳だ。当然価値観の違いから衝突することもある。今朝のハプニングもそうだ。だからそういうときに互いから離れて冷却期間を設けられる逃げ場所ってのは必要だと思うんだ」
「……それが部活ってことなの?」
「ああ。当然友達もできるだろう? 俺との関係に何か悩んだ時も友達に相談できる。相手が見てないところで自分を磨ける場所だと仮定すれば素晴らしいじゃないか。だから俺は敢えてお前とは別の部活を選んで活動してるんだ」
「……安河内君、そこまで考えてくれてたんだ」
適当な言葉を並べているが恋に恋する十五歳を丸め込むには良い手法だった。幸一郎は大雅の雰囲気に呑まれている。そしてさり気なく《男子部》への入部を拒否している。言いたいことは色々あった《男子部》メンバーだが思惑通りに運んでいるため敢えて口は出さなかった。
「分かったよ。安河内君の言う通り、しばらくは部活見学を頑張ってみる」
「分かってくれたか山田!」
「……ところで安河内君達はここで何をやってるの? さっきからパソコンにかじりついてるみたいだけど何を見てるの?」
《男子部》メンバーは挙動不審に陥った。
部長を盾にしていた彼らは自分達の行動に目を向けられると思っていなかったのである。先んじて天満と《手芸部》のやり取りを確認しようと画面を再起動してしまっていた。
このときの《男子部》の心境はいかがわしいサイトを見ていた際にお母さんが部屋に入ってきた状況と酷似していた。電源を落とすことは容易い。しかし画面の続きは気になる。
機転を利かせた一樹は直ちに動画を最小化&消音化し、検索エンジンを立ち上げた。さらに目にもとまらぬタイピングを披露して山田幸一郎が画面を覗きこむ頃にはスクリーンの内容を上書きしてしまった。
「うわぁー何コレぇ!? すこーい!」
一樹が検索したのは『デートスポット』についてだった。
地元の遊園地や商業施設、ラブホテルに至るまでスクリーンいっぱいに現地画像が展開される。目配せで一樹の意図を理解した偏差値の高い剣崎と御手洗はこの嘘に説得力を持たせるためのファインプレーを見せる。
「じ、実は安河内は君とのデートプランを私達に相談してきたんだ」
「内緒にしてくれって頼まれたんだがよォ、見つかっちまったらしょうがねーかァ」
(はぁー!? 適当なことほざいてんじゃねーぞ!)
安河内としては溜まったものではないが、山田は完全にこの嘘を信じ込んで目を輝かせてしまった。
「そっかぁ。安河内君はサプライズのために黙ってたんだね。ごめんねっ! 私、部活見学してくるねっ! デートプラン楽しみにしてるから! スケジュール空けとくから日程決まったら連絡してね~!」
拗ねて尋ねてきた時とは正反対にとびきりの笑顔を携えて山田幸一郎は去っていった。今更嘘だとは言えない。適当にあしらうつもりがドツボに嵌っていた。一番の被害者の大雅は親を殺されたような目で部員達を睨み付ける。
「……テメェら、覚えとけよ」
「ええ。責任は感じていますのでデートプランの協力を惜しみませんよ」
「そっちじゃねーよ! あー、もう。どうすんだよ、コレェ! 別れるどころか関係が進展しちまうじゃねーかよ!」
「過ぎたことを後悔しても仕方がない。覚悟を決めるんだな」
「剣崎、他人事みてぇにほざきやがって誰のせいだとっ!」
「おいっ、揉めてる場合じゃねーぞ。矢神のカメラが真っ黒だ!」
蝿型カメラを落としたのなら違う映像が表示されているはずだ。途切れたということはカメラ自体が壊れてしまったという意味に他ならない。まさか《男子部》の正体と目的が露見したのかと最悪の事態を想定してしまう。だが廊下の方から聞き慣れたスキップの音が聞こえてきた。それは部室を出る際にも聞いたものだ。一同は矢神天満の無事を喜びつつ彼の入室を待つ。
「おーいっ! 今帰ったぞっ!」
入ってきた悪友は見慣れた姿ではなかった。長いツインテールの髪をサクランボのような髪留めでまとめた美少女だった。
去年までは存在しなかった武刀高校女子制服を見事に着こなしている。下着が見えそうな短いスカートを全く気にせず開脚している天真爛漫系少女がそこにいたのだ。
地声からやや高くなった声音と容姿の面影から彼女の正体が矢神天満なのは間違いない。姿の見えない数分の間にありえない変貌ぶりだった。
「んー? みんなどうしたんだぁ?」
「どうしたもこうしたもねーよ! お前、天満だよな!?」
「なぜテメェまで女装を――っ!?」
「消えた数分の間に何が起きたというのだ!?」
「ボク達にも分かるように説明してください!」
差し迫る部員達に圧倒された天満は首を捻り揉み上げを弄り、頭を抱えて低く唸り、最終的には記憶の糸を手繰ることを止めてお手上げと言わんばかりに屈託なく笑った。
「諦めんな! 考えることを!」
「体験入部したときサイズ測られて着させられたんだ。色々優しく教えてくれたぜ?」
「女装を拒否しろよ!」
色々教えられている内に丸め込まれてしまったようだ。体験入部の記念として制服までプレゼントされた彼は喜んで受け取ったらしい。
「なんだよ、オレに任せるって言ったのはタイガだろ!? それにちゃんと情報は持って帰ってきたぜ!」
「映像は録画されています。取りあえず、確認してみましょう」
映像の再生ボタンを押して、彼の言葉が正しいかどうか吟味する。自分のプレゼン能力が信用されていないとは露ほども考えていない天満は、髪をピョンピョン動かしながら無邪気に動画を覗きこんだ。
見ることができなかった映像には雑談しながらミシンの縫い方を教わる姿が確認できた。雀の裁縫技術は魔法のような早業であるが、素人に教える際はゆっくりと手本を見せて相手が分かるように手解きしてくれる。一つできる毎に手芸品をプレゼントしてくれるため、小学生レベルの天満は凄いやる気を見せていた。
『朱南先輩! 一つ聞きたいんですけど』
『なにかな?』
『女の子の恰好っていつ頃から始まったんですか?』
『あーやっぱり気になるよね。僕も詳しいことは分からないんだ。でも《手芸部》ではある噂があった。キミも武刀が格式高い厳格な男子校だったことは知ってるよね。それを維持するための行き過ぎた女装強要という罰則から始まったというものだよ』
それから部長の雀は裁縫体験のために着替えるように指示を出していた。阿呆を丸め込むのは簡単だっただろう。「制服が汚れるといけないから」といって畳まれた際に蝿型カメラが壊れてしまったようだ。画面が暗転したところで《男子部》は映像の再生を停止した。
■第一回潜入部体験の結果――《手芸部》定説【校則違反生徒への罰則説】
それは教員から命じられた罰則が現在の男の娘化へと繋がったという説である。
少なくとも多くの手芸部員からは支持されている。これの信憑性について《男子部》は議論をすることとなった。最初の発言者は実際に潜入調査を敢行した矢神天満である。
「学校に女装が広まる前に女装を強要した教師がいたらしいぜ。女々しいとか軟弱者とされた生徒が被害に遭ってた。《手芸部》はそういう生徒が多いし。罰則者が増えたことで男の娘が増えてって、教師も自分がはじまりだがら強くは出られなかったって話だったよ」
「ちょっと待ってください! 我々《男子部》は昨日職員会議の議事録を押収しましたが、教員の横暴を示す証拠は見つかっていません。罰則説は明らかに矛盾していますよ!」
一樹が開いた議事録には女装を問題視する文面はあったが罰則により始まった可能性を示唆する発言はどこにも見当たらなかった。
「決めつけるのは早計だと私は思う。都合の悪い資料は生徒の眼に触れないようにシュレッダーにかけた可能性はないのか?」
真鞘の懸念を笑い飛ばすことはできなかった。実際昨日生徒会長から提出された脅迫文の後半は黒塗りされていたのだ。シュレッダーにかけるくらい腹黒い大人はやりかねない。
「もしや俺を生徒指導室に軟禁した先生が強要者か! そう言えば俺を目の仇にして説教垂れてたな。女装野郎が好きだからって俺を変質者に仕立て上げたんだ!」
「明らかに私怨が混じってますね。あの先生はボクらと同じ今年から就任した教師ですよ? 去年以前には武刀高校に干渉できませんって」
「まどろっこしい! 《手芸部》から言質は取ったんだろ? 強要したセンコー締め上げればシロクロつく話じゃねーか! 矢神ィ、ホシの名前は聞いたよなァ?」
「うーんと……な。いや! 忘れたとかじゃねーんだ。ただもう学校にはいないんだって。何か怯えるように仕事辞めてゆくえふめいらしい」
生徒への女装強要者はそれ以前にも行き過ぎた指導を行った形跡があり、余罪を追及されて離職に追い込まれたらしいのだ。
「――にしても女装強要が事実なら議事録に話があってもおかしくはないはずじゃあ」
「それがよ、部長の話では女装キョーヨー事件があったのは一昨年らしいんだ。だから去年後半の議事録には載ってなくてもおかしくないんだよ」
「だとすれば、罰則説には無理がないか? クソ狂師の強要から女装が普及したんだろ? 女装が本格化する前に件の教師が離職してるんなら新しい女装野郎は増えねー。センコーがいなくなった後から本格化するまで空白の期間が存在することになる」
《手芸部》自体の女装は罰則からお洒落に繋がっていたと考えればおかしくない。だが元凶が消えてから間を置いて他部他学年まで浸透しているというのは考えにくかった。
罰則説は《男子部》過半数からの支持は得られず議論終了となった。
山田幸一郎とのデートの約束をするはめになった安河内君。
彼はとことんツイテいませんね。男色に目覚めたらパラダイスですが……。
そして罰則説は学校全体に女装が広がったことに対するエビデンスにはなりませんでした。
次の学説を求めて男子部は活動していきます。




