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潜入部体験


 大雅(たいが)が教室に戻ったことで放課後には《男子部》の部室に集結することができた。

 昨日は空き教室の無断使用であったが生徒会長に認められたために文化部として部室を宛がわれている。名門だけあって新規創設部にしては設備は充実していたが、大雅(たいが)は感動を忘れて己の境遇を嘆いていた。


「泣くなよ、タイガぁ。恋人できたんだろ? サイゼでお祝いパーティしようぜっ!」


「余計なお世話だよ! 天満(てんま)、お前に俺の気持ちが分かるか!? 女装を咎めただけで停学処分になりかけるは、男と付き合うことになるは! 踏んだり蹴ったりとはこのことだ!」


「しかし不幸中の幸いだっただろう。朝の段階ではお前は薄汚い性犯罪者として同級生から軽蔑されていた。それがイの一番に恋人を作ったことで一気に新入生憧れの的だ。山田(やまだ)本人が悪い噂を払拭してくれたし名誉を回復できたといえる」


「あんま気を落とすなよ、別に所帯持つわけじゃねーだろ? 騒ぎが沈静化した後にテキトーな理由つけて別れちまえばいい話だ。優等生は真面目過ぎていけねェ」


剣崎(けんざき)ぃ、御手洗(みたらし)ぃ……そうだよな。ポジティブに考えることにするよ」


「図らずも安河内(やすこうち)君の尊い犠牲によって女装を強制的に止めさせればどんな混乱が起きるかが実証できました。やはり元凶を探って対応しないと学校での立場を危うくしてしまいます」


 一樹(いつき)の言葉から皆真剣さを取り戻した。《男子部》活動開始である。

 ホワイトボードには天満(てんま)の『おさらい』『まとめ』という汚く大きな字が並ぶ。

 ミーティングは昨日の振り返りと本日の主目的の再確認が出発点となる。


「新入生がなぜ女装するに至ったかは昨日の段階で判明した」


「ええ。兄弟や先輩との繋がりが主な要因でした。そこから同級生へと繋がったことで女装は爆発的に感染していきました。生徒会長はその流れを加速させたにすぎません」


「発生源は上級生で間違いないだろうな。だが体格や人脈において明らかに私達《男子部》が後れを取っている。武装を整えなければ返り討ちになりかねんぞ」


「男を捨てた連中にビビるこたぁねーよ。正面突破で締め上げればいい」


「待て待て。いきなり不興を買えば中立派の先輩達さえ敵に回しかねない。ここは慎重に偵察兵を派遣しようと思う」


 大雅(たいが)の言葉に他のメンバーは仲良く首を傾けた。


「「「「どこに?」」」」


「決まってんだろ。上級生と関わりやすい場所――即ち部活動だ!」


 幸いにして今日から部活見学が始まっている。《男子部》の知名度は極めて低い。部員を他部へと見学に向かわせてもスパイだと考える者は誰もいない。その状況を利用して各部に入部体験を装って潜入し、上級生から『全校生徒男の娘化の原因』を探ろうというのだ。

 名付けて『潜入部体験』作戦である。


「潜入は一部活につき一人が望ましい。絶対数で負けている《男子部》が総力戦を挑むのは無謀だからな。一人が潜入捜査して残りのメンバーに調査結果を報告する」


「仮に潜入部員に何かあったときは残ったヤツで助けられるって訳か。悪くねェ」


「リスク回避はマネージメントの基本ですからね」


「問題は最初に誰を選ぶか、だが。安河内(やすこうち)、私達の中で推薦したい者はいるのか?」


「……ああ。最初の一人は決まってる」


 斥候偵察兵として選ばれたのは矢神天満(やがみてんま)だった。彼が選ばれた理由はその人柄からだった。中学時代、学校の成績は体育以外1か2という生粋の阿呆ではあったが、人懐っこく面白いのでいつの間にか一緒につるむようになってしまった。

出身中学は例に漏れずリア充グループ、ガリ勉グループ、オタクグループと様々な派閥に分かれていたが、矢神天満(やしんてんま)はどのグループからも受け入れられていた。馬鹿故に計略を考えることができず警戒されづらい。加えていつの間にか他人の懐に飛び込んでいるという天性の素質まである。

 まずは上級生の出方を見る上で天然無邪気属性の天満(てんま)は最高のカードといえた。


「でも俺バカだし……そんな大役できるかな」


「お前を信用している。余計なことは考えなくていい。『女装がいつからどのように始まったか』を聴ければいいんだ。質問の仕方やどの部を調査に選ぶかはお前に任せる」


「分かった。タイガの期待に応えて見せるからっ!」


「おう、行って来い!」


 中学時代からつるんでいた二人には強い信頼関係があるのが見て取れた。言葉にしないまでも美しい友情を感じた《男子部》のメンバー達は胸が熱くなった。

 天満(てんま)の足音が聞こえなくなったあたりで大雅(たいが)は部に支給されたパソコンを立ち上げる。謎のアプリを起動して音量を跳ね上げていく。モニターからは走る天満(てんま)の息遣いが聞こえてきた。さらには彼の視点に近い映像が映し出される。


「盗撮じゃねーかよ! いつの間に仕掛けやがった!?」


矢神(やがみ)を信頼しているんじゃなかったのか? 言動不一致のようだが……?」


「アイツの馬鹿さ加減においては全幅の信頼を寄せている。しくじりはねーだろうが、聞きこみ情報を網羅して正しく俺達に伝えられるとは限らねーからな。コミュニケーションはアイツの裁量に任せるが、情報のまとめは俺達でやっていく」


「たしかに矢神(やがみ)君の場合、情報を「十」聞けたとしても「三」程度しかボク達に伝えられそうにないです。でもどうやって監視カメラを仕掛けたんですか?」


「蝿型のカメラを襟に仕込んだんだ。興信所務めの親戚から拝借したもんだ」


 小型カメラと思えない程に映像は鮮明だった。彼がステップを踏みながら移動する様子すらも筒抜けである。馬鹿特有の行動であるが楽しそうに振舞う天満(てんま)は注目の的になったらしい。上級生の方から話しかけてきた。家庭的なお姉さんといった感じだ。母性的な雰囲気ではあるが胸部が圧倒的に足りていない。男であるため逆に乳房があったら怖いのだが、彼の場合はパットでもつけた方が似合いそうだった。


「あら、あなた一年生? 楽しそうね。何か御用?」


「クラブ見学したいんですけど、何部か迷っててっ!」


「あらそうなの? 文科部か運動部かは決まってるのかしら?」


「強いて言うなら()()です! ()()()目指してますっ!」


 矢神天満(やがみてんま)は大真面目に宣言した。

 素っ頓狂な回答に先輩も面食らっているようだ。作り笑顔が歪んだ状態で硬直している。

映像を確認している《男子部》メンバーはあまりの馬鹿さ加減に思わず天を仰いだ。


「回答がアホすぎる……。なんで二択で間違えるんだよ、アイツ本物かよ」


「私も彼を侮っていたようだ。予想を大きく下回るとは。本当に矢神(やがみ)で大丈夫なのか?」


「アイツは『滑り止め』の意味すら分からず高校受験に失敗しかけた男だ。……正直不安になってきた」


「人選ミスなのでは?」


 しかし天然の馬鹿が功を奏したのか、先輩が単に優しかったからなのか「面白い子」と受け入れてくれた。さらに彼が所属する部活へ案内してくれる運びとなった。まだ聞きたいことを尋ねられていないが部活見学まで漕ぎつけられたのは幸いだった。他の部員達含めて男の娘発生源について聞きだせばいい。


「私は桐生吉近(きりゅうよしちか)。二年生で《手芸部》よ」


「オレは矢神天満(やがみてんま)ですっ! 《男子部》です!」


「だんしぶ?」


「あ、いや。男子部員になる予定です!」


「ふふ、おかしな子。男子校なんだから男子部員しかいないでしょ」


 いきなり正体露呈に肝を冷やしたが先輩はアホな子の冗談だと流してくれた。

 目的地である《手芸部》の部屋へ着くと、中に入るように促してくれた。


「すっげー……」


 内装は学生の部室というよりはアパレルショップと表現した方が正しかった。色とりどりの衣装がハンガーに掛かっている。それも大正時代を思わせるロマンス的な衣装から現代洋服まで幅広い種類が区分けされて綺麗に並んでいる。西洋貴族を思わせるドレスは形が崩れないようにトルソーに着せられ、和服もマネキンに着付けされていた。

 カメラ越しに部室を覗く《男子部》一同もその光景に息を呑む。

 一方で《手芸部》の部員達は慌ただしく動いていた。


「部長、先方からの追加発注の分、制作が間に合いません! 断りますか!?」


「受けちゃって大丈夫だよ~。そろそろ発注が増える頃だと思って作り置きしておいたから。倉庫に置いてあるから取ってきて。全サイズ網羅してるはずだけど」


「直ちに確認してきます!」


 固定電話で注文を受ける部員や真剣にミシンで裁縫を続ける部員、電卓を叩きつつパソコンに販売数と売り上げを記帳していく部員が忙しなく活動している。そこに立っているだけで『修繕の見積もりは無料で承ります』とか『納品日は来月中旬を予定しております』等という営業会話が聞こえてくる。


「なんか……オレの知ってる部活と違うんですけど? 部屋まちがってないですか?」


「正真正銘の《手芸部》だよ~。《手芸部(うち)》は法人化してるからね」


「ホウジンカ?」


「会社にしてるってこと。お洋服やアクセサリーの制作から修繕、着物の着付けまでアパレルに関することは何でもやってるの。社長はもちろん〝部長〟だよ」


 カメラ越しの《男子部》は文字通り言葉を失っていた。名門男子校とは聞いていたが在学時に会社を興しているとは聞いていない。学校説明会でそのようなことを話していた気もするが司会のギャグか何かだと思って参加した中学生は本気にしていなかった。元より男子校の《手芸部》なんて眼中になかったという生徒が大半だろう。


「えーっと部長さんに挨拶したいんスけど」


「うん、こっちにおいで」


 先程部員に話かけられていた小柄な生徒が三年生の部長らしい。武刀高校女子制服をエプロンドレスかゴシックロリータドレス風に見えるように改造している。元となった制服の名残はしっかり確認でき、目立つ位置には校章があった。赤みがかった茶色の長髪はサイドテールにまとめてあり、《手芸部》の自作らしい紅い羽根の髪留めが付けられていた。邦明(くにあき)が部長に声をかけようとした時、他の部員達が立ち塞がる。


「何ですか、桐生(きりゅう)裁縫課長。部長は忙しいので秘書の私が承ります」


邦明(くにあき)ちゃん、新入生を連れてきたんだけど~」


「新卒採用ですか。直ちに担当の者を用意して――」


 邦明(くにあき)と呼ばれた秘書は、《手芸部》の資料や入部テストの用紙をクリアファイルから取り出していく。そんな彼の行動を部長が手で制した。


「いいよ、あきちゃん。ちかちゃんもお疲れ様。せっかく新入生くんが来てくれたんだよ? 部長がちゃんと挨拶しなくちゃ」


「ですが部長! 制作スケジュールは押しています! このあと販売委託業者との打ち合わせもあるんですよ!?」


「今月分の制作は終わってるよ。僕が縫ってたのは来月の分だし。業者との打ち合わせはキャンセルして。それで難色を示す程度なら取引停止で結構だよ。あそこは商品価格値切ってくるからあんまり好きじゃないし。それより新しい人材確保の方が会社の財産になる」


「畏まりました。そのように手配を致します」


 小柄な見た目とは裏腹に経営者として力強い手腕を振るっているらしい。

 珍しく緊張して固まる天満(てんま)の背中を押して休憩室へと誘導する。高価なソファーにメイドまで常備しているその部屋は社長室と称した方が正しかった。


「僕は三年で部長の朱南雀(しゅなんすずめ)っていうの。よろしくね~」


矢神天満(やがみてんま)っす。なんか色々すごいですねー」


「驚いたでしょう? ワンフロア貸しきって部室にしてるんだ。売り上げの一部を学校運営側に寄付してるから多少の融通は利くよ。僕の改修制服も黙認してもらってるし」


 自分が塗ったドレス風の制服がお気に入りらしく、一回転してカテーシーを披露する。スカートの裾をつまんで一礼する貴族風の挨拶だ。

 見様見真似で同じ動きを返す天満(てんま)に部長は苦笑していた。


矢神(やがみ)君は何か聞きたいことがあるのかな? ウチの歴史から話そうか?」


全校生徒男の娘化の犯人が上級生であるとあたりをつけた《男子部》は各部活を通して上級生に接して調査する潜入部体験を実施します。


一番手は天満(てんま)。潜入先は《手芸部》です。


武刀高等学校・手芸部は法人化しています。

もはやアパレルブランドですね。校内で企画生産販売まで幅広く展開しています。

規格外の部活です。クラブ団体としての部長が社長という混乱しそうな職位です。

部長の朱南雀(しゅなんすずめ)はゴスロリ風魔改造制服を着こなしたサイドテールで小柄な子です。


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