竜の住まう島
ドワルヌスからアスフォデルスに戻った後、デクシアは抜け出していた事もあり拘束され何処かに連れていかれた。
俺とアリステラ、ヴォルは、ドクサ王にドワルヌスで起こった事の顛末を報告した。
その後は、アリステラの家で疲れをとる為に、ゆっくり過ごしてその日を終えた。
いくら鍛え直したからと言ってもジジィの体に変わりはないので、一晩寝ただけでは疲労度が回復しきれていないのが分かる。
「遅い起床であるな、バイスよ。」
なぜか、ドクサ王が一緒に食卓を囲んでいる。
「ドクサ王、なぜ一緒に食卓を囲んでいるのでしょうか?」
「バイスよ。竜の住まう島に行くのであろう?そこで、君に渡したブローチに少しばかり手を加えに来たのだ。」
「ブローチですか?」
「何、すぐ終わる。」
ドクサ王に言われるがまま、俺はブローチを渡した。
ドクサ王は、渡されたブローチを両手で覆う。
「バイスよ。以前、エレメントスフィアを伝授したのを覚えているか?」
「はい。ドワルヌスでの戦いで、非情に役に立ちました。」
「アレには、上位互換が存在する。ひとつは、余も使う精霊魔法のエレメンタル。これは、精霊の力を借り受けて使う事が出来る魔法である。他にも、様々種類が存在している。今回、竜の住まう島に行くという事を聞いた。」
ドクサ王の話が長くなりそうなので、俺はアリステラが運んできた朝食を食べつつドクサ王の話を聞く。
「簡単に言えば、ドラゴンから力を借り受けて、エレメントスフィアを強化するといい。」
そう言ってドクサ王から返されたブローチには、装飾がプラスされていた。
「ブローチの装飾に、いくつかクリスタルを加えてある。バイスの操る元素と同じ属性のドラゴンから、力を借り受ける契約をする事が出来れば、ブローチのクリスタルがその元素をイメージした色に変わるように作ってある。」
ドクサ王は短時間で、ブローチにすごい装飾をしたようだ。
「ドラゴンから、力を借り受けた場合。元素魔法のエレメントスフィアは、竜族魔法のドラゴニックスフィアに変化する。竜族魔法は、ドラゴンはもちろん、リザードマンやドラゴニュートなど爬虫類系獣人も一部で使える者がいる。爬虫類系獣人とは言っても、先祖を辿るとドラゴンにたどり着く為、爬虫類系獣人も竜族魔法を使う事が出来る。しかし、世代が変わるにつれて使える者は少なくなっているのが現状で、竜族魔法を使うのは、ほぼドラゴンのみになっている。」
何だろう。
以前もアリステラが、別の事を熱く語っていたけど、エルフと言う種族は割と語りたがりが多いのだろうか?
「ドラゴンは気難しいのもいるが……。バイス、君ならきっと大丈夫だろう。」
これは、魔法の師であるドクサ王に、無茶振りをされている気がする。
「我が王、そろそろ戻られた方が良いのではないでしょうか?」
俺が食事を終えると、アリステラが皿を回収に来た。
「そうだな。余の盾は、今しばらくは反省させる。余の剣よ、薬師に『たまには戻れ』と。」
「はい。シエルに言っておきます。」
ドクサ王は、朝食を必死に食べるヴォルの頭を軽く撫でて帰っていった。
「や、やっと帰ったよ。バイス、もう少し早く起きてきてよ。あまりの気まずさに、バイスの朝食を王様に食べてもらって、ボクは追加で朝食作る羽目になったんだから。」
アリステラそう言いながら、キッチンで大きなため息をついていた。
「アスフォデルスで、少しゆっくりしたかったところだけど、少し予定を早めて竜の住まう島?に行くか。」
「準備も何も、必要な物は大体マジックストレージに入ってるから、身に着けていくものぐらいでしょ。」
俺とアリステラが話している間にヴォルは食事を済ませ、自分で皿をキッチンへ運び、綺麗に洗って水気を拭き取り食器棚にしまった。
ヴォルはアリステラに連れられて部屋に行き、俺も装備を整える為に部屋に戻った。
ヘイローに作ってもらった胸当て、籠手、脛当を身に着けて、刀の烈火と綺羅星を腰に携える。
今まで使っていた鉈は、マジックストレージに収納して部屋を出る。
「バイス、思ったより早かったね。」
「そう言うアリステラも、ヴォルの事もやっているのに、俺より早く準備を終えてるじゃないか。」
「ボクはこう言うのに慣れてるから、常に準備は出来てるんだよ。ヴォルに関しても、ボクが手伝ってるからすぐに支度は済むさ。」
そういえば、アリステラはこの国の荒事担当だった事を忘れていた。
「アリステラ。竜の住まう島?に、どう行くんだ?」
「え?転移で。」
アリステラが設置した、世界中の転移可能な場所が何とも便利な事。
準備を済ませたアリステラとヴォルを連れ、アスフォデルスの転移魔方陣に移動する。
「えっと、色々と省いて。」
アリステラは、転移用の矢を手で地面に刺す。
「我が望む地へ、門を開け。」
魔方陣内を、まばゆい光が包み込む。
「ドワルヌス行った時も思ったんだが、初めて来た時の『我が名は』ってのは?」
「アレは、かっこつけだよ。」
「へ?」
「基本的に、転移の矢と目的地、『門を開け』を言えばいいだけだから。」
「そうなのか……。」
「使えるの、ボクらの種族限定だし。複雑なのは不要なのさ。」
まばゆい光は消え、赤茶色の大地に降り立っていた。
「はい、到着。」
「あら。ほんとにちっこくなっとる。」
竜の住まう島に転移したと思ったら、茶色の防護服のようなものを着た誰かが待ち構えていた。
そして、この島特有なのか、変わった匂いがする。
「な、シエル何でいるの。」
どうやら、茶色の防護服の人はシエルらしい。
「風の噂を耳にしたから、待ち構えてみた。」
「ボクからしたら、探す手間が省けるからいいけど。」
「デクシアが、うちが置いていった実験薬使ったって聞いたよ。」
「風の精霊は、相変わらずおしゃべりだね。」
アリステラは、少し呆れた顔をする。
「ん~。」
シエルは、アリステラをよく観察している。
「で、治りそう?」
「治るよ。そもそもうちが作ったのは、傷を癒す為の再生させるのではなく、傷を元に戻す為の薬を作ろうとしたけど、時間調整が出来ない事を分かったから、とりあえず置いておいたんだよね。それを、デクシアがアリステラで実験したんだね。」
「ボクからしたら、そんな薬を置いて行ったシエルと、それを使ったデクシア両方許せないんだけど。」
「それは、ごもっとも。今すぐ治してあげたいけど拠点に戻って調合しないとだから、もう少し我慢してちょ。」
「わかったから、その拠点に向けて歩く。」
そう言って、アリステラは何処からか取り出した木の枝で、シエルの尻をつつく。
「わ、分かったからつつかないで。」
「つべこべ言わず、歩く。」
アリステラは、シエルの尻をつつくのをやめない。
シエルは、拠点に向けて歩き始める。
その後ろを俺達はついていく。
「ところで、アリステラはいつから枯れ専に?」
「あ!?」
「あ……。いつ獣人の子を産んだの?」
アリステラは、無言で木の枝でシエルの尻を叩いた。
「っ!?」
シエルはあまりの痛みに、声にならない声を上げその場で飛び跳ねた。
「枝、折れちゃったか。」
アリステラは、自分の手の中の折れた木の枝を見ている。
「ごめんなさい。」
シエルは、アリステラに土下座した。
「ボクは枯れ専じゃないし、子を産んだ覚えはないよ。」
「はい、アリステラのおっしゃる通りです。すべて、うちの勝手な妄想です。」
「バイスは、ボクの……だから。」
ん?
アリステラが俺の事を何かと言っていたが、声が小さすぎてよく聞き取れなかった。
「ヴォルは、妹みたいなものかな?」
「いや、歳離れすぎて妹と言うより祖母と孫レベル。」
「あ!?」
「なんでも、ありません。」
拠点に着くまでの間、終始こんな感じでシエルとアリステラの会話が続いた。
「はい、着きましたよ。うちの拠点。」
「予想してたけど、これはひどい。」
シエルの言う拠点を見たアリステラは、頭を抱えていた。
そこには建物などはなく、野晒しに様々な道具が地面に直で置かれている状態だった。
『シエルに、もっと言ってやってくれぬか客人よ。』
何処からか、声が聞こえる。
「ちょ、おじいちゃんはうちの味方じゃないの。」
『いや、お主がだらしなさすぎるのだ。』
辺りを見回しても、声の主は見当たらない。
「父様、上です。」
ヴォルに言われて空を見ると、一匹の白いドラゴンが丁度地面に降りてきている所だった。
『自ら名乗るのは大変恥ずかしいのだが、この島の長をしておるものだ。』
「おじいちゃんはこう見えて、エンシェントドラゴンなのです。」
「いや、どっからどう見てもエンシェントドラゴンだから。」
シエルの言葉に対して、アリステラの鋭いツッコミを入れる。
『客人に、シエルの昔馴染みがいると聞いて、少し不安であったが、これは頼もしい。』
「シエルが、ご迷惑をかけてすみません。薬は素晴らしいのですが、それ以外が壊滅的で。」
『そう、そうなのだ。シエルは、平気でそこら辺の地面で寝る。何も言わなければ、一年以上水浴びや湯浴みをせん。食事も、平気で生肉やそこら辺の草を食べる。』
なるほど、シエルにあった時から漂っていた匂いの発生源はシエルだったようだ。
「二人して、うちの事を……。ヴォルちゃん、助けて。」
近づいてくるシエルに、ヴォルは一定の距離を保っている。
「シエル、ヴォルに近づかない。」
「なんで?」
『それは、お主が臭うからであろう。』
「え?三か月前に水浴びしたけど?」
なるほど、それは臭うわけだ。
「バイス、悪いけど少し待っててもらっていい?」
「ん?別に構わないけど。」
「水場で、シエル洗ってくるから。」
『そうしてもらえると助かる。我々の手では、細かなことが出来ぬからな。』
「むしろ迷惑かけてるの、ボク達側だから気にしないで。ボクだけだと大変だから、ヴォルも手伝って。」
「はい、姉様。」
「そんなに臭う?うち的には、全然なんだけど?」
「シエルの基準は、駄目な人のやつだから。」
そう言って、アリステラはシエルの首根っこを掴み、ヴォルの鼻を頼りに水場に向かっていった。
『さて、人の子よ。二人になった所で、少し変わった話でもどうだろうか?』
「少し変わった話?」
『あぁ、お前さんの魂の在り方を。』
「それはどういう?」
『お前さん達、異世界からの転生者と言う存在。と言えば、分かって頂けるであろう。』
なるほど、エンシェントドラゴンは数少ない異世界転生者の存在を感知、認知できるタイプ。
「なるほど。」
『この世界には異世界からの転移者、転生者が時折訪れる。前者は異世界からそのまま召喚される為、異質である事は誰しも気付くことが出来る。しかし、後者はこの世界に新たな命として生を享ける。その為、異質であると気付くものは少ない。』
「つまり、後者である俺をどうしようと?」
『どうもしない。異世界転生者は、世界のバランスを崩す存在あり、世界を正常にする存在でもある。これにおいては、お前さんは後者であるという事がわかる。』
「それで、魂の在り方って言うのは?」
『そう焦るでない。生物は、その体に魂を一つ保有して存在する。しかし、異世界転生者は、その魂を二つ持って生まれる。本来、転生者は転生以前の記憶を思い出すと、その二つ魂は融合し一つとなる。だが、お前さんはその魂が二つのままである。』
エンシェントドラゴンに言われて思い出すのは、以前の記憶を思い出すのが遅かった事と、転生時に神様の入力ミスの事ぐらい。
『この世界の神と呼ばれる存在は、時折ミスをする。そのミスによって、今この世界はバランスを崩している状態にある。その為、いつも以上に異世界転移者を多く召喚している状況である。』
ん?
世界がバランスを崩している事と、俺の事はどう話しが繋がるのだ?
『神のミスによって、二つの魂を維持する者が現れた。魂に収める事の出来る力は、個人差はあれど限られている。その魂を二つ所持している事は、力を二倍持つことが出来るという事。』
力を持つことが出来るって言ってますが、搾りかすのジジィですよ、俺。
『それにお前さんは、自らの意志とは関係なく、世界のバランスが元に戻る為の出来事に関わる運命にある。二つの魂も、その役に立つ事なのであろう。』
「ただのジジィに、何か出来るんだか……。」
『何、お前さんは今を生きればいい。運命は、向こうからやってくる。』
「そうっスか。」
エンシェントドラゴンが言った事を簡単にまとめると、厄介事が向こうからやってくるからそれを対処しろって事だろう。
『言い忘れてたが、魂が二つあるという事は、死んでも一度だけなら蘇生が可能である。この世界には、蘇生魔法と言うものない。』
そういえば、異世界転生モノで体の持ち主が死にその体を転生者が使うというもの、二つの魂があって出来る所業なのだろう。
もし、今の俺が死んだら、以前のジジィの俺になるのだろうか?
こればかりは、その時が来てみなければ分からない。
『我々は直接手を貸す事は出来ぬが、手助けをする事は出来る。』
エンシェントドラゴンはそう言って、俺に手を向ける。
すると、ポケットから光が溢れる。
ポケットの中に、ある物。
それは、ドクサ王が装飾をプラスしたブローチ。
ポケットからブローチを取り出すと、ブローチは輝いていた。
『その装飾は、ドクサか。』
エンシェントドラゴンの問に、俺は頷く。
『バイス・リム。我々ドラゴンの力は、容易く扱えるものではない事を、努々忘れるでないぞ。』
?
「え、ちょっと待って。」
ドクサ王がブローチにした装飾のクリスタルに、色が付いた。
『何、長生きしていれば、その者の本質など容易く見抜く事が出来る。お前さんは、力に溺れる事は決してない。』
「そうだとしても、俺の使える全部は気前良すぎではないか?」
『何、これから起こる事を考えれば、寧ろ足らないぐらいだと思うがね。』
え……。
今エンシェントドラゴン、かなり不穏な事を言わなかったか?
『そろそろ、シエル達が戻ってくる。』
遠くから、ヴォルが走ってくるのが見えた。
その後ろからゆっくりと、アリステラとシエルらしき人物も歩いてきた。
「父様。」
ヴォルが、抱き着いてくる。
「おかえり。」
俺は、ヴォルの頭を優しく撫でた。
ヴォルは、俺に撫でられ嬉しそうに笑う。
「ヴォルちゃん、速すぎ~。」
「シエル、少しは体動かせ。いらない肉が、つくばかりだぞ。」
「アリステラ、胸の肉はいらない肉じゃないから。」
「あ!?ヤるか?」
「ひぃ~、冗談です。胸の肉は、駄肉ですぅ。」
「うん。」
アリステラとシエルの、このやり取りはいつも通りらしい。
「バイスさん、先ほどは全身覆う系の作業着だったので、気を取り直して。うちは、シエル・クリエ。薬作りをメインに、医者もついでにやってます。」
アリステラの様な耳に、不健康そうな色白の肌。肩の高さに切りそろえられた、ブロンドの髪。
先ほどまで顔すら見えない服を着ていたから、シエルがアリステラと同じ種族なのか疑わしかったけれど、こうして顔を見るとアスフォデルスの人達と同じ特徴を持っているので同じ種族なのだと理解できた。
胸の大きさに関しては、俺からはノーコメントで。
「バイス、怪我してもシエルに見せちゃ駄目だよ。実験台にされるから。」
「良い薬を作るのに、テストは必要なのですよ、アリステラ。」
「それじゃ、早くボクを元の姿に戻してくれるかな。」
アリステラの言葉から怒りを感じる。
「ひぃ~、直ぐ用意します。」
シエルは、地面に直で置かれている道具から材料を取り出すと、乳鉢などを使って調合をし始めた。
「腕は確かなんだけど、余計な事をするのが玉に瑕なんだよね。」
そう言いながら、アリステラは何処からか持ってきた木の枝でシエルの後頭部をつつく。
「今回は、余命な事をしないで、まじめに調合してるから。」
「分かった。余計な事をしたら、アスフォデルスの反省房行にするから。」
「ひぃ、それだけは勘弁してください。」
「なら、まじめに調合する。」
アリステラとシエルのやり取りを見て、エンシェントドラゴンは少しうれしそうだった。
『アリステラには、シエルをずっと見ていてもらいたいものだ。』
「それは、無理です。それだと、ボクが疲れるだけで、メリットが全くないです。」
『確かに、その通りである。』
そう言いエンシェントドラゴンとアリステラは、笑った。
「ずっと気になってたんだけど、この島にいる人ってシエルだけじゃないの?」
『おや、お気付きか。訳ありを、匿っている。』
「訳ありって、魔族でしょ。」
『そこまで分かるのであれば、当人にこの島にいる理由を、話させた方が早い。』
「バイスじゃないけど、あまり厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁なんだけどな。」
アリステラ、多分それは無理だと思う。
なぜ?
それは、俺は巻き込まれ体質っぽいから。
「でけたー。」
シエルは、ガラス瓶を空高く掲げる。
そして、何ともタイミングの悪い女である。
「ん?何の話してかは知らないけど、アリステラささっと飲んじゃって。」
シエルは、空高く掲げたガラス瓶をアリステラの顔に押し付ける。
『シエル……、相変わらずタイミングが悪い奴だ。我は、当人を連れてくる。』
エンシェントドラゴンは、空高く飛び立った。
「シエルは、相変わらず空気読めない。」
「そんな事、言ったってしょうがないじゃない。」
アリステラは、顔に押し付けられたガラス瓶を、シエルから受け取る。
「この薬は、アリステラが使われた物の効果を消滅させる物。簡単に言うと、解毒とか解呪だね。」
「解毒は分かるけど、解呪って。」
「薬作る時、うちの魔力が自然と含まってるから、ある種の呪いみたいになるんだと思う。」
「そうなの?」
「あくまで、薬は体にいい効き目だから薬なだけで、行き過ぎれば毒だからね。そこに魔力が加わると、呪術みたいになっちゃうみたい。うちが作った薬の効果は、うちだけが無効化出来るみたい。」
「厄介だな、それ。」
ついつい、口に出てしまった。
「なるほどね。」
アリステラは、そう言うとガラス瓶に入った薬を飲み干した。
「あ、アリステラ、服もってるの?」
「え!?」
時折、アニメで見る体が大きくなったり小さくなったりすると、衣服も伸び縮みする便利な素材はこの世界にはないらしい。
むしろ、ある方が珍しいか。
「その薬、即効性ないからすぐに元には戻らないよ。」
シエルの発言に、アリステラは無言でシエルの腹を殴っていた。
「はぐっ……。」
アリステラの一撃が、見事にシエルの腹に直撃し地面に崩れ落ちた。
「早く、言え。」
「ご、ごめんなさい……。」
地面に蹲っているシエルを、アリステラは何処からか持ってきた木の枝でシエルの頭をつついている。
「シエルは頭がいいのか馬鹿なのか、ボクはよく分からなくなる時があるよ。」
「姉様、エンシェントドラゴンが戻ってきました。」
「ヴォルは、目が良いね。」
アリステラは木の枝を地面に置き、ヴォルの頭を撫でる。
近づいてくるエンシェントドラゴンの背に、人影が二つ見えた。
「バイス。ボクの直感だけど、かなり面倒な事に巻き込まれるかもしれないよ。」
「ヒュドリアでアリステラに会った時も、ドワルヌスの時でデクシアに会った時も、
結構な面倒事だった。でも、それと同じくらいに素敵な出会いだったと、俺は思ってる。」
「そっか。」
「昔の俺なら、どうにもならなかったと思う。でも、今の俺にはアリステラもヴォルもいる。」
「父様。」
アリステラがヴォルの頭を撫でるのをやめたので、次は俺がヴォルの頭を撫でる。
「俺にとって二人は、頼もしい仲間で家族だ。」
「っ~~~~~~。」
アリステラは悶えながら、声にならない声を上げる。
「?」
俺は、おかしな事を言っただろうか?
「……。バイス、少し気を引き締めていこう。」
アリステラは自分の両頬を叩き、気を引き締めた。
そして、エンシェントドラゴンがゆっくりと降りてくる。