戦いの先に……。
「ありえない。元の姿に戻る事を考えずに、シエルが置いていった試薬をボクで試すなんて。」
アリステラは、デクシアに自分を幼くした事を問い詰めていた。
話の内容的には、シエルと呼ばれるエルフが試しに作った若返りの薬をデクシアが密かに持ち出し、アリステラで試したのち自分にも使用したとの事だった。
「シエルは、ドラゴンの国に居るからこれが終わったら行けばいい。」
デクシアは、冷ややかに返答した。
「そろそろ、ドワルヌス側から連絡が……。」
俺がそう言いかけると同時に、鳥型ゴーレムが筒を背負って飛んできた。
アリステラは鳥型ゴーレムの背中の筒から一枚の紙を取り出した。
「なるほどね。魔王軍はドワルヌスを領地にする気で、ドワルヌスに住まう人々は隷属させるみたいだね。」
「力で支配したがる魔王軍らしい。なら、返り討ちにすればいい。」
アリステラは持っていた紙を燃やし、マジックストレージから紙とペンを取り出し返事を書き、鳥型ゴーレムの背中の筒に入れて送り返した。
「アリステラ、ヘイローにどう返事を返した?」
「え?『出来る限り殲滅する』って、書いたけど。それ以外に何かある?」
「ない。」
「デクシア、魔王軍の編成が気になるからアレで確認したいんだけど。」
「分かった。」
アリステラとデクシアだけで、話を進めている。
アリステラは少し離れ、デクシアに向かい全力で走る。
デクシアは、アリステラに対して斜めに盾を構える。
アリステラは、斜めに構えられた盾に足を掛ける。
デクシアはアリステラが盾に足を掛けたのを見ると、盾でアリステラを頭上高く弾き飛ばした。
「父様。姉様、すごく高く飛んでいきました。」
すごい勢いでアリステラが、空に飛んで行ったのを見てヴォルは驚いている。
「えっと、ヴォルフガンド。アリステラの眼は、一番信頼が出来る。それに、こちらか先手を打つ事が出来る。戦う事に特化している剣の役目。」
遠くで、複数の爆撃音と共に土煙が上がる。
「お待たせ。ゴブリン系とオーク系、デーモンにスケルトン系、ハウンド系で編成されていたよ。とりあえず、ハウンドとスケルトン、デーモンには矢を撃ち込んでおいたよ。」
いつの間にか俺の隣に、アリステラが帰ってきていた。
「平原に山があったから、ゴブリン系は山でオークは平原から攻めてくる感じだろうね。」
「それなら、山はアリステラとヴォルフガンドで、平原は私とバイス。」
「適材適所ね。」
俺とヴォルは置いてきぼり状態ではあるが、アリステラとデクシアは戦い慣れしている為か判断が早くて助かる。
「問題は、ゴブリンとオークをなるべく戦意喪失させて敗走させる事。」
「それなら、うちのヴォルの咆哮で戦意なんて一瞬で吹っ飛ぶさ。遺伝子に刻まれた強者への恐怖が。」
デクシアには、俺とヴォルの名前は教えたけどそれ以外は一切教えていない。
「ヴォルはフェンリルだから、その咆哮を聞けば大抵は逃げる。」
「フェンリル。なるほど、絶対強者の咆哮は逃げる理由になる。残るのは、馬鹿か死にたがり。」
アリステラとデクシアは、2人して悪い顔をして笑っている。
「時間が惜しいから話し合いはこれぐらいにして、二手に分かれよう。戦闘開始の合図は、ヴォルの咆哮で。」
そう言いアリステラは、ヴォルを連れて山に向かった。
残された俺は、少し前まで敵だったデクシアと共に平原に向かった。
バイスとデクシアと別れ、ボクはヴォルの手を引き山に入った。
「姉様。」
ボクは、少し不安そうな顔をしているヴォルの頭を撫でる。
「大丈夫。ヴォルは緑色の小さい人と豚のような人は無視して、それ以外を倒せばいいから。」
ヴォルに難しい事を言うより、分かりやすく倒すべき相手を教える。
ゴブリン系とオーク系は、スケルトン系がいる事によって死霊独特のゾンビ化が起きる可能性が高い。さらに言うと、ゴブリンとオークの多くは魔王配下に属しているが、一部のゴブリンやオークは一部の国々で平穏に暮らしているのも事実。好戦的なゴブリンやオークと、そうでない者を見分ける為にヴォルの咆哮が必要になる。
神獣フェンリルの咆哮は、相手の戦意を喪失させるには十分なほどの効果を持っている。遺伝子に刻まれた絶対強者への恐怖は、簡単には拭えるものではない。
普通のゴブリンやオークであれば、逃げ惑うのは分かる。しかし、一部訓練された者や頭のネジが外れている者には通用しない。大抵そう言うのは、魔王に忠誠を誓っている者。
「姉様。」
ヴォルに服の裾を引っ張られ、木に登り辺りを確認すると魔王軍との丁度良い距離まで来ていた。
「ヴォル、思いっきり吠えて。」
ヴォルは、鉤爪をギュッと握りしめている。ボクはヴォルの咆哮に備えて木から降り、手で両耳を塞いだ。
「ワゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
しっかりと耳を塞いでいるけど、ヴォルの咆哮が広範囲に鳴り響いているのが分かる。
「ヴォル、迎撃態勢。」
ボクは耳から手を放し、再び木に登り弓を取り出す。
木々の奥から、制御不能になったハウンドに乗ったゴブリンライダー部隊が四方八方にバラバラで走ってくる。
「見えれば、こっちの領域。」
ボクの弓の特徴は、ボクが見たものに絶対当たるというもの。それを可能にしているのが、ボクの眼と魔力を込めた矢。狙いを定めて射る矢は、魔力によって追尾する矢となり相手を射貫く。
ボクは、ゴブリンライダー部隊のハウンドだけをすべて射貫いた。するとハウンドに乗っていたゴブリンは、何処かに逃げて行ってしまった。
「ゴブリンにホブは、さすがに恐れをなして逃げたか。あとは居るか分からない職持ちと王かぁ。」
空中で見た時は、ゴブリンロードこと王は不在だった。もし王がいるとしたら、ゴブリンもホブゴブリンも戦場に戻ってくる。
職持ちは、シャーマンやプリースト、パラディンにライダーの事。
ゴブリンライダーは、ハウンドの制御を失っていた為に先行して出てきただけ。
「木々よ、我が耳や眼となり力を貸したまえ。」
ボクは、あまり使わない探知系の魔法で辺りを探る。
無数のハウンドが迫ってくるのが感じ取れるが、これはヴォルに任せても問題は無い。さらに、その先を探る。
「ん?ゴブリン系はゴブリンとホブ、ライダーのみ。あとは、スケルトン系のみ。って事は、平原がメインの戦場になるって事だ。」
思ったより、山側の魔王軍は数が多いだけで拍子抜けと言った感じ。
しかし、何が起こるか分からないのが戦い。
警戒をしながら、ボクとヴォルはハウンドとスケルトン系を着実に倒すことにする。
魔王軍が目視確認できる距離まで来た。
「私は、あなたの討ち漏らしを処理しますので、あなたは好きに戦ってください。」
そう言って、デクシアは盾を構える。
「我が背に堅牢な城壁を、我が前に立ちはだかる者に裁きの鉄槌を。」
デクシアが詠唱を終えると、デクシアの背後に透明な城壁が聳え立っている。
光の屈折で、透明な城壁の全貌が見える。
「私は動くことが出来なくなりましたが、これで私を倒さぬ限りドワルヌスに魔王軍の進軍を食い止める事は出来ます。」
デクシアは動けない。なら、俺は目の前にいる万越えの魔王軍と、1人で戦わないといけない。
「ワゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
遠くで、戦いを始める合図のヴォルの咆哮が聞こえる。
「やるしかないか。」
ヴォルの咆哮でざわつく魔王軍を尻目に、俺は体を鍛えなおしていた半年間で身に着けた魔法を準備する。
大きさが50センチの球体を4つ作り出し、体を中心に周回させる。
4つの球体は、それぞれ風火水土の属性を持っている。
「火を2、風を2。」
そう言って、体を周回する球体に触れる。
4つの属性の球体は、火と風の2つの属性に変化した。
「そのスフィアは、我が王の魔法、エレメンタルスフィア?いや、精霊を感じないから、エレメントスフィア。」
デクシアの言う通りで、俺の使っているこの魔法は、アスフォデルスの王ドクサの気まぐれで教えてくれた魔法の1つ。
本来は精霊の力を借りてスフィアを作るのだが、俺はその領域にいない為、4つの元素魔法でスフィアを作っている。
この魔法の利点はいくつかあるが、今は戦闘に集中しないといけない。
火と風のスフィアを、自分の周回から外す。
烈火と鉈を手に持ち、軽く息を吸い込む。
ゆらゆらと魔王軍の頭上に移動する、火のエレメントスフィアと風のエレメントスフィア。
スケルトンやオーク、ゴブリンは不思議そうにスフィアを見ている。
「燃やし尽くせ。」
火のエレメントスフィアと風のエレメントスフィアが、合わさり巨大な炎の竜巻を作り出す。
混乱する戦場を、左右にある炎の竜巻の熱気を感じながら、烈火と鉈で目の前の敵を倒しつつ、魔王軍を率いている者がきっといる敵陣の本営を目指す。
スケルトン群れから抜けると、ゴブリンとオークの混合隊が出迎えてくれた。
既に数体のゴブリンやオークが倒れている事から、混乱や戦場から逃げようとしたゴブリンやオークを、きちんと統率されたゴブリンとオークが倒したのだろう。
手に持っている鉈を宙に投げ、烈火を血ぶり納刀し、綺羅星の居合切り空間を切り裂く。
綺羅星の斬撃は、一瞬にしてゴブリンとオークの混合隊を殲滅した。
「ぶっつけ本番でも何とかなるもんだな。」
綺羅星はなるべくなら使わない方向で考えていたけど、状況が情なだけに頼らざるを得ない。
宙に投げた鉈が落ちてきたので、それをキャッチする。
綺羅星を使った、空間を切り裂く魔法によって、魔王軍を率いていた者があらわになる。
「はぁ?ふざけるなよ!!こんなチート級なジジィがいるとか、聞いてねぇぞ。」
ガラの悪い人間が、騒いでいる。
『対象の人物は、異世界転移者です。』
でしょうね。
その男が立っている位置は、ゴブリンとオークの混合隊の一番後ろで、彼の隣には上半身と下半身に切り離されたゴブリンやオークが倒れている。
『転移者のスキル『神の加護』によって、即死が無効化されています。』
ん?
確か俺には、そんなスキル付いていなかった気がする。
『転移者限定のスキルになります。』
なるほど。
「おい、ジジィ、見逃してやるからドワルヌスをオレ様によこせ。」
多分これは、進行形で俺TUEEEしてる転移者なのだろう。
「それは無理。」
俺は、即答で返事を返す。
「はぁ?ふざけんなジジィ!!」
俺が言うのもなんだが、今時の若者はキレやすくて困る。
若者は様々な魔法攻撃を繰り出してくるが、密かに行っていたドクサ王との魔法訓練に比べたら鉈で簡単に無効化出来る。
「なんで効かねぇ。お前何なんだよ。」
「ただの田舎町のジジィかな。」
「嘘ついてるんじゃねぇよ。ただのジジィが、オレ様の魔法が効かねぇとか、ありえねぇ。」
そう言いながら若者は、魔法を連発してくる。
昔、アニメを見ていた時に、○○をしたら負けフラグというのがあった。
例えば、巨大化とかある技を連発するとか。
「あえて言うなら、遅咲きの桜。」
「はぁ?分けわからねぇ。」
この若者を倒す事は、簡単だと思う。
さすがに俺も、元の世界に帰せるほどの能力があるわけではない。
だからと言って、転移者スキル持ちの状態で野放しをしていれば同じことを繰り返すのは目に見えている。
若者の攻撃をいなしながら、考える。
そこで、妙案が浮かんだ。
スキル『デストロイヤー』の、破壊者としての能力で対象のスキルを破壊する事が出来るかもしれない。
『スキル『デストロイヤー』で、対象のスキルを消去可能です。また、ステータスも平均まで下げる事も可能です。』
人の事言えないけど、やっぱり俺のスキルも中々なチートだわ。
でも、それを実行するとしたらどうしたら良いのだろうか?
『物理的接触で可能です。』
なるほど、だとしたら簡単だ。
「若者よ、こんなものか?」
俺はこれから、この若者に憎い事をしようとしている。
なら、最後くらいは全力を出させてやるのが年長者の役目だろう。
中身の年齢でいうと、そんなに変わらないのだけど。
「死んでも知らねぇぞ、ジジィ!!」
とりあえず、俺自身のステータスを下げて、俺TUEEE感を出させる。
持っている鉈を腰に携えて、それっぽいファイティングポーズをとる。
若者は、先ほどより威力高い魔法を撃ち込んでくる。狙いは、きちんと急所ばかり。
それを、ギリギリまで引き付けて相殺する。
若者は接近戦を挑んで来ないところを見ると、魔法系なのだろう。
「ック、手強イナ。」
『棒読みすぎます。』
気付かれなきゃいいの。
「オレ様の力を思い知ったかジジィ。」
若者は、単純で助かった。
いつまでも相殺ばかりしてても、手を抜いてることがばれるだろうし、若者が良い気分のうちに終わらせるとしよう。
「コノママデハ、ヤラレテシマウ。最終手段ダ。」
『棒読みがすぎます。』
若者の隙をつき接近し、気絶するぐらいの電気を拳に纏わせ、俺は拳を若者に軽く拳を当てた。
「!?」
若者は、声もなくその場に倒れる。
「ん?加減したつもりだけど……やっちゃったか?」
『気絶しているだけです。』
サポート精霊の一言に、ほっとする。
なら、やる事はさっさと終わらせてしまおう。
俺は、若者の頭に手を触れる。
『対象のスキルすべて消去と、ステータスの平均値まで下げますがよろしいでしょうか?』
「頼む。」
死ぬよりは、マシだろう。
『スキル『デストロイヤー』によって、対象のスキルの消去とステータスを平均値まで下げる作業を完了しました。』
デクシアの方を見るとゴブリンとオークの死体と、すでに消えているが炎の竜巻で焼かれたスケルトンであったと思われる灰が少量残っていた。
若者を担ぎ上げて、ゴブリンとオークの死体を避けながらデクシアの所に向かう。
デクシアの所に戻ると、デクシアは透明な城壁を解除していた。そして、いつの間にかアリステラとヴォルが帰ってきていた。
「山の魔王軍は全体の4分の1ぐらいだったから後処理もしてきたけど、さすがに平原のは予想よりは死体の山は少な目だけど、処理するのはドワルヌスの人達にやってもらおうかな。」
アリステラは、平原のゴブリンとオークの死体を見て、大きくため息をつく。
「スケルトンとデーモンが残っていないだけ、ありがたいと思うけど。」
「死霊系を残すと死体がゾンビ化するのは知っていますから、バイスが撃ち漏らしたのは私がしっかりと遠隔で浄化はしましたので問題ない筈です。」
「デクシアはチャームと幻惑使うのに、聖性魔法使えるってやっぱりおかしい。」
「そうでしょうか?」
「ずっと思ってたけど、その喋り方も気持ち悪すぎる。敬語とか礼儀正しいとか、デクシアのキャラじゃない。」
「じゃか…、おほん。私は生まれ変わったので。」
「今、ボロが出てきた気がするけど。」
アリステラがデクシアをからかうのを見ながら、俺は若者を担いだままヴォルとドワルヌスに向けて歩き始めた。
「それはいいとして、バイス。その担いでる人は誰?」
「彼は、転移者。魔王軍を率いていたけど、それはきっと何かしら事情があるのだと思う。」
「なるほどね。」
「今回の魔王軍の進軍で、唯一の魔王軍側の生き残りになります。」
そういえば、よく考えず魔王軍を倒していた事に、俺は少しばかり反省。
「ヘイ姉がいるから、情報を聞き出すのは造作もないけど。」
そう言いながら、アリステラは体を震わせた。
アリステラの言葉に反応して、デクシアは顔が青ざめている。
一体、ヘイローはアリステラやデクシアを恐怖させるほどの何かを隠しているらしい。
アリステラは、デクシアと時折火花を散らしながら話をしている。
俺はヴォル手を引きながら、ずり落ちそうになる若者を担ぎ直しながら、他愛のない話をしながらドワルヌスに戻った。
ドワルヌスに到着し、俺は若者をドワルヌスの兵に預ける。
「王とヘイロー様が城でお待ちになられていますので、ご案内します。」
近衛兵に案内されて、ドワルヌス城の謁見の間に俺達は通される。
「この度はデクシア殿に迷惑をかけただけでなく、おば……ヘイロー殿の。」
「あんたが不甲斐ないのは、十分知ってる。それと、話が回りくどい。」
ヘイローはそう言って、ドワルヌスの現王にデコピンをする。
「しかし、おばあ様。」
「バイス、ヴォルフガンド、アリステラ、デクシア、王に代わって礼を言います。ありがとう。」
礼儀正しく、ヘイローは頭を下げた。
「ヘイ姉に感謝されるのは、不思議な感じがするね。」
「これも石馬鹿の行き遅れをもらった、変わった王のおかげ。」
アリステラとデクシアが、ヘイローに失礼な事を言っている。
「あんたら、立場的に感謝してる人に、言いたい事言ってくれるじゃないか。」
「やば、逃げろ。」
アリステラとデクシアは、早急に謁見の間から出て行った。
「まて、クソガキ。」
ヘイローも2人を追いかけて謁見の間を出た。
「あ、おばあ様が申し訳ありません。」
「いや、王様が謝る事ではありません。アリステラとデクシアが、ヘイロー様に失礼な事を言ったのが悪いのですから、こちらこそ申し訳ありません。」
「フフ、すいません。互いに謝りあっていたので、少し面白くなってしまいました。」
王様は、耐えられずに笑っている。
「そう言えば、名乗っていませんでしたね。私は、アンティ・ドワルヌス。山岳のドワルヌスの現王。おばあ様と亡き父上からは、甘ちゃんと言われています。」
「いえ、王は我々の為に、最善を尽くされておられます。」
「いや、今回の魔王軍に対して私はどうすることも出来なかった。」
近衛兵の言葉を、アンティ王は否定する。
「なるほど、だからデクシアが動いたのか。」
デクシアがチャームを使ってドワルヌスを乗っ取り、例えドワルヌスの防衛に失敗してもアンティ王に責任がいかないようにしていた。
そう考えるとデクシアが『チャームを解けば、ドワルヌスと言う国はきっとなくなる。』と言っていた意味も分かってくる。
デクシアは、アンティ王の為にチャームを使い兵や民を操り、彼女なりに魔王軍と戦う準備をしていた。そんな時に、俺やアリステラがドワルヌスにやってきた。
デクシアは、状況を知らないアリステラによって戦力が削がれる最悪の事態に陥った。
でも、俺達やヘイローに状況を話した事によって、ヘイローはデクシアがやろうとしたことをすべて察した。
その結果、俺やアリステラ、ヴォルがデクシアと魔王軍と戦うことになったという事のようだ。
「デクシア殿には、迷惑をかけてしまった。」
「アンティ王、デクシアは迷惑だと思っていないと思います。彼女にとってドワルヌスは、何が何でも守りたいと思った国だから。」
「?」
アンティ王は、不思議そうな顔をしている。
「アンティ王、今回の魔王軍を率いたのは人間でした。アンティ王は、転移者をご存じでしょうか?」
「あぁ、おばあ様から教えてもらい知っている。私が王になってから、数人ではあるが転移者とあった事もある。」
「なら、話は早いですね。魔王軍を率いた人間は、転移者でした。」
「なるほど、となるとアスフォデルスには連れていけない。ドワルヌスで預かるとしても、転移者の力は脅威です。」
「それに関しては、アスフォデルスのドクサ王に、転移者の対処法を教えてもらい力が使えない状態にしてありますので安心してください。」
一切、ドクサ王からそんな事教えてもらっていないけど、あの人ならきっと出来るような気がする。
さすがに、転生者である俺のスキルで対処した事は内緒にしておく。
「なるほど、一度だけ友好的な転移者を、アスフォデルスに招き入れた事があったとおばあ様に聞いていましたが、転移者の力への対策までされているとはさすがはドクサ王。」
「成功率が低い魔法ではあったのですが、今回は無事成功しました。なので、転移者ではありますが、普通の人間と大差ないくらいに力は失われています。」
「それであれば、こちらで安心して投獄し監視することが出来る。」
若者は、一生をドワルヌスの牢で過ごす事になるだろう。
「アンティ王、1つお願いがあります。」
「何でしょう?ドワルヌスを救っていただいた恩がありますので、私の国で出来る事であれば協力しましょう。」
「転移者についてですが、アンティ王は彼を一生牢に入れておかれるのでしょうか?」
俺の問に、アンティ王は少しばかり考える。
「私の国にとっての脅威であれば、生涯を牢で過ごしてもらうつもりです。」
「つまり、彼が協力的でドワルヌスや近隣諸国にとって脅威でなければ、牢から出ることが可能なのですね。」
「可能ではある。しかし、魔王軍に属していた者、容易くはいかない筈です。」
俺はマジックストレージから魔法の込められた紙とペンを取り出し、日本語で『転移者としての力は失われた、ただの人として生きていけ。牢から出たければ、転移してきた時から今に至るまで、ドワルヌスの王であるアンティ王に話せ。』と書き、魔力を込め対象の人物以外には『罪を認め、反省せよ。』と見えるようにしてある。
「この手紙を、彼に渡してください。」
アンティ王は手紙を受け取り、その内容を見る。
「いいでしょう。あの者が落ち着きを取り戻したら、渡しましょう。」
「ありがとうございます。」
「バイス殿、今回の事とは別件なのだか……。」
アンティ王はどこか落ち着きのない様子でヴォルを見ている。
「何でしょう?アンティ王。」
「ヴォルフガンドは、あの神獣フェンリルであると聞いて。」
どうやら、アンティ王はヘイローからヴォルがフェンリルである事を聞いていたようだ。
「書物には諸説あり、その姿を目撃した者は少ない。その毛並みは綺麗で、さわり心地が良いと。」
俺はヴォルの頭を撫でて、ヴォルにお願いする。
「ヴォル、本来の姿に戻ってアンティ王に撫でさせてほしい。」
ヴォルは少し嫌そうな顔をして、本来の姿である獣の姿になる。
「アスフォデルスに戻ったら、アリステラにヴォルの好きなものを作ってもらうから。」
そう言って、俺はヴォルの頭を撫でる。
「アンティ王、少しであればヴォルに触れても大丈夫です。」
「すまない、ヴォルフガンド。」
アンティ王は、ヴォルの頭を軽く撫でるとすぐにヴォルから離れた。
「もういいの?」
「神獣フェンリルに、少しでも触れることが出来ただけでも、十分光栄なことなのだよ。」
アンティ王はそう言って、ヴォルに微笑みかける。
「もう少しだけなら……。撫でてもいい…けど……。」
この後、ヴォルはアンティ王が満足するまで頭を撫でさせるのだった。
ヴォルとドワルヌス城を出ると、ヘイローに首根っこを掴まれて地面に足のつかない状態のアリステラとデクシアがいた。
「バイス、うちの剣と盾がこれからも迷惑かけるかもだけど、よろしく頼むよ。それとドクに『たまには、外にでな』って伝えておいて。」
そう言うとヘイローはアリステラとデクシアを思いっきり地面に叩きつけた。
しかし、何事もなかったようにアリステラとデクシアは立ち上がり、アスデフォルスに戻る為の転送魔法が使える場所を目指して走り始めた。
「ぼくはとばっちりなのに、やりすぎだババア。」
「どうしたら、この性格からあんなにやさしい王が育つのでしょうか?」
「こりないクソガキどもめ。」
ヘイローはマジックストレージから弓と矢を取り出し、アリステラとデクシアに向けて放ち始めた。
ヘイローの放つ矢を、アリステラとデクシアは軽々とかわす。
しかし、2人の避けた矢は地面に刺さると爆発した。
アリステラとデクシアは走りながら、ヘイローに何かを叫んでいるけれど、矢の爆発音で俺には全く聞こえなかったが、ヘイローにはしっかり聞こえているらしく矢を射る速度がどんどんと早くなっていた。
アリステラとデクシアが豆粒ほどの大きさまで離れると、ヘイローは矢を射るのをやめた。
「バイス、あのバカ2人の事よろしく頼むよ。」
ヘイローはそう言いながら、なぜかヴォルの耳を手で塞いだ。
「君が転生者なのは、その存在を知っているドクとあたしぐらいだから安心していいよ。」
ヘイローはそう言うと、ヴォルの耳を塞いでいる手をどける。
「ヴォル、あそこにアリスとシアが見えるかな?」
「はい、小さいですが見えます。」
「今から、面白いもの見せてあげるね。」
ヘイローは先ほどの弓とは違う弓を取り出し、2本の矢を同時に放った。
その狙いは、遠く離れたアリステラとデクシア。
先ほどまで届くことなかった矢は、アリステラとデクシアに当たり爆発した。
「あの2人なら、大丈夫。あのぐらいの爆発矢で、怪我するほど弱く育てられてないから。」
ヘイローはニコリと笑って、俺の背を軽く叩いた。
「ほら、早く行った。」
俺は、ヴォルとアリステラとデクシアの所まで走り合流すると、ドワルヌスを後にした。
目を覚ますと、そこには見慣れぬ石の天井があった。
異世界に飛ばされてからろくなことがない僕だったが、ようやく自由に動けるようになった。
「ん?兄ちゃん、ようやくお目覚めかい。」
僕は、声が聞こえたので辺りを見回した。
どうやら、ここは牢の中らしい。
そして、話しかけてきたのは、牢番の兵士だった。
「えっと。」
僕の頭は、少し混乱している。まずは、状況の整理をしないといけない。
「兄ちゃんが、ここに入牢してから3日だ。さすがに、腹減ったろ。持ち合わせで悪いが、今はこれで我慢してくれ。」
そう言って牢番の兵士は、水の入った革製の水筒と少し硬いパンをくれた。
言われるまで空腹を忘れていたので、とりあえず貰ったパンと水を飲みながら頭の中を整理する。
僕がこの世界に転移して来たのは、かなり前の事になる。
そして、それが寄りにもよって、魔王軍と呼ばれる側に召喚された事が、僕の運の尽きだった。
この世界に転移した際に、よく分からないスキルをいくつか貰った。そこにプラスして、魔王と思われる人?から狂気化と眷属印を追加された事によって、僕は体の主導権を奪われた。
良いのか悪いのか、意識だけははっきりしていて、今まで自分の体がしてきた事はよく覚えている。
とは言っても、やっていた事は魔王軍の駒としてちゃんと使えるか試されていたのと、ドワルヌスへの進軍くらい。
食事は、肉ばかりだった。何の肉かは良く分からない肉を、山盛り食べさせられていた。
ドワルヌスへの進軍時は、オークの肉を食べていた。
正直、味覚が共有されていなくてよかったとは思っている。
ドワルヌスを目前とした、平原での戦いはとても恐ろしかった。
進軍中の部隊後方で様子を見ていたけれど、突然空から無数の矢が降り注ぎスケルトンとデーモンの3分の1が消滅。それを補う為ハウンドをデーモンに召喚させ、ゴブリンとスケルトン、デーモンの一部とハウンドを山側から進行させる事にした。
まさか、それが相手の術中だったとは、狂気化した僕には分からなかったようだった。
犬か狼の遠吠えが聞こえた後、2つの大きな炎の竜巻がスケルトンとデーモンを焼き払い始め、その間を身長が高めで、老人とは思えないぐらいの筋肉に、白髪で髭を生やした老人と呼んでいいのか分からない人物が、武器を手に目の前のスケルトンを一撃で倒しながら攻めてきた。
その老人は、スケルトンとデーモン倒し、その後ろに控えるゴブリンとオークの所までやって来たかと思うと、一瞬にして大量のゴブリンとオークを倒してしまった。
老人を目の前にした狂気化した僕は、魔法を放ちながら『「はぁ?ふざけるなよ!!こんなチート級なジジィがいるとか、聞いてねぇぞ。」、「おい、ジジィ、見逃してやるからドワルヌスをオレ様によこせ。」、「はぁ?ふざけんなジジィ!!」、「なんで効かねぇ。お前何なんだよ。」、「嘘ついてるんじゃねぇよ。ただのジジィが、オレ様の魔法が効かねぇとか、ありえねぇ。」、「はぁ?分けわからねぇ。」、「死んでも知らねぇぞ、ジジィ!!」、「オレ様の力を思い知ったかジジィ。」』など狂気化した僕は言っていた。
結果的に、老人には一切かなわなかった。
スタンガンのような電気が体を流れ、僕は狂気化した僕と一緒に意識を失った。
そして、気が付いたら牢の中。
僕が気を失っている間に、老人が僕に何かをしたのか、僕は自らの意志で体を動かすことが出来ている。
「おっと、忘れるところだった。こいつを渡してくれって、頼まれていたんだった。」
兵士から、折りたたまれた紙を1枚貰った。
紙を広げるとそこには日本語で、『転移者としての力は失われた、ただの人として生きていけ。牢から出たければ、転移してきた時から今に至るまで、ドワルヌスの王であるアンティ王に話せ。』と書かれていた。
今自分の体が自由であることや、ここが何処なのか。そして、この牢から出る方法。
これを書いたのは、きっとあの老人だろう。
でも、あの老人はこの世界の住人。
だとすれば、考えられることは僕とは違う形でこの世界に来た人物だという事。
僕が異世界転移者ならば、老人はきっと異世界転生者なのかもしれない。
とりあえず、今出来る事。それは、この牢から出る事。
「あの、この国の王様に合わせていただけないでしょうか?僕が、この世界に来てからの事すべて話しますので。」
「分かった、少しそこで待ってろ。」
兵士を待っている間に、紙を再度確認しようとするとほんのり光を放ち腕輪に代わり左の手首に付いた。
「外に出な。」
牢の、カギが開く音がした。
鉄のドアを、押して開ける。
ドアの向こうには、牢番の兵士のほかにもう1人兵士がいた。
兵士は、僕の腕を手枷で自由を制限する。
手枷に縄を通し結び兵士は前後に別れ、僕を何処かに連れていく。
兵士に連れられて来たその場所は、謁見の間。
または、玉座の間とも言うべき所。
「拘束を解いてあげなさい。」
王様の一声で、僕の拘束が外される。
「これからの話は、情報統制をする。謁見の間はこれから、アンティ王とヘイロー、それと魔王軍を率いた男以外の立ち入りを禁ずる。」
王の隣に立つエルフの女性がそう発すると、その場にいた兵士や王の側近は全員謁見の間から出て行った。
「僕が、暴れると思わないのですか?」
「思わない。」
ヘイローであろうエルフの女性は、懐から四角い物体を床に置く。
四角い物体は床に触れると、カチャっと言うと共に一回り大きくなった。
「よし。アン、好きにしゃべりなさい。」
「ありがとうございます、おばあ様。」
これは後で分かった事だけど、ヘイローが置いた四角い物体は、音を遮断する装置だった。
アンティ王との話し合いで僕は、転移してきてからドワルヌスに攻め入ろうした事を包み隠さずすべて話した。
そして、僕の今後をどうするかはヘイローに任せる事になった。
「空っぽの転移者を追い出すほど、この国は非常ではないから安心しなさい。生きるすべは、全部叩き込んであげるから。」
僕はこれからヘイローの下で、この世界で生きていく為に色々な事を教わる。
そして、僕はこのドワルヌスから旅立つ日がきっとくる筈。
「そういえば、名前聞いてなかったね」
「鬼羽京也です。」
僕がこの世界を旅する話はきっと別のお話。