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(更新休止中)村人ジジィですけど、冒険で無双していいですか?  作者: 天霜 莉都
序章:始まりは遅く
1/9

海は青いと誰が言った?

 俺は死んだ。

 トラックに轢かれたわけでも病気でもなく、誰か刺されたわけでもない。誰かを助けて、わりに死んだわけでもない。

 飢えて、体に力が入らなく川に沈んだ。

 ただ、それだけ。

 そんな俺にも、救いはあった。

 別の世界ではあるけれど、飢えることのない暮らしができるというもの。

 だった、筈だった……。

「転生前の記憶、戻るの遅すぎなんじゃがー!!」

 転生前の記憶が戻るのが、大変遅すぎだった。

 そう、俺はすでに70過ぎた、ジジィだ。

「普通、幼少期とかじゃろうが。人生を謳歌した後で、待ってるの死ぬことぐらいしかないんじゃが。」

 これは、異世界転生詐欺なのではなかろうか……。

「めちゃくちゃ悪質な詐欺じゃな、コレ……。」

 少し、頭の整理をしよう。

 転生前の俺は、ブラック企業で働くサラリーマンだった。俺が死んだその日は、運よく終電で帰る事ができた。俺の住んでいた格安アパートの最寄り駅は、駅近くにコンビニや飲食店はなく、近くても川の反対側のコンビニぐらいだった。俺は、自分が食事をしたのがいつだったかも忘れ、橋を渡りコンビニ向かう途中、何かに足を取られ橋から落ち、泳ぐことすら出来ず溺れ死んだ。

 よく考えたら、まともな食事をとったのは一週間前だった。自分自身が、とても空腹であることを思い出してしまった。

 そして、適当な神様に『飢え』ることのない生活を望み、俺は異世界に転生を果たした。

 転生を果たした俺は、転生前の記憶を思い出す事なく70歳を過ぎるまで色々な経験をした。

 残念ながら独り身ではあるが、それなりに人生を謳歌できた人生だった。

「なんじゃろ、これ。例えるなら、サービス開始したスマホゲーが開始1日でメンテに入り、一年以上メンテ開けずにサ終した感じと言ったところじゃろうか。」

 決して良いベッドではないが、使い慣れている物の為か心地よさを感じる、そんなベッドに横になっている状態の俺。

「寝る前に転生前の記憶蘇るって、日中にあった人の名前が中々思い出せずに、寝る前に思い出したアレと、同じレベルで驚きなのじゃが。」

 文句を言っても、年齢は若返らない。

「もう少し、頭の整理が必要じゃな。」

 転生前の俺の名前は、黒川泳。なんとも皮肉な名前になるとは、さすがの俺も死ぬまで分からなかった。

 そして、今の俺の名前は、バイス・リム。かっこいい名前ではあるが冒険者でもなければ勇者でもない。畜産をメインに、若い時は木こりなども兼業していた。畜産はずっと手伝ってくれていた若者に近々、子供が生まれる為、譲り渡す予定だった。

「予定じゃと、結構先じゃったが生い先短いことじゃし、さっさと譲ってしまうかの。」

 自分では普通にしゃべってるつもりなのだが、ジジィフィルターで変換されてるのかしゃべる言葉がジジィになる。

 すっかり忘れていたが、異世界転生モノと言えばアレを試してなかった。

「ステータス表示。」

 自分の目の前に、ステータス画面が表示される。

 この世界では、このような画面は存在していない……筈。

 生まれ育った、この山の麓にある小さな村以外を俺は知らない。

 もしかしたら冒険者ギルドとかでは普通に見ることが出来るのかもしれないが、俺にはそんなことは知らない。

「比較対象がおるわけじゃないから、よくわからないのぉ。」

 ステータス画面下に、メールマークが点滅していた。

「なんじゃ、これ?」

 メールマークをタッチすると、神様の謝罪文が表示された。

 内容は、俺を転生先に送り出す際に、記憶開示年齢を7歳に設定する所を73歳と打ち間違えたとのことだった。

「神様、テンキー使っておったんか。」

 確実にテンキー入力で、エンター押す前に3に指が当たってしまってるパターン。さらに確認せずにもう一回エンター押したパターン。

「今日……、というか昨日は仕事長引いてしまったから日付変わったじゃな。」

 神様からの謝罪文の最後に、プレゼントボックスマークが表示されている。

「詫び石的な物じゃな。」

 謝罪文を要約すると、寿命を延ばす事も出来なければ、若返らせる事も出来ないのでステータスの限界をなくすというものと、転生者として通常の倍得ることの出来る経験値を73年分。

 今の俺は、村人。経験はそれなりにしてきたが、所詮は村人なのでレベルは5。多分、それでも高い方だと思う。

 俺はあまり変わる事はないと思い、プレゼントボックスマークを押した。

『条件により、ステータス上限を開放いたしました。続けて73年分の経験値を付与いたします。』

 システム音声の様な声が頭に響き渡った。

『さらに、保有スキルの進化。並びに新たなるスキルを習得いたしました。』

 スキルとは、何とも物騒な響きである。

 ステータス画面を見ないようにして、自分の保有スキルを確認してみる。

「『テイマー(調教師)』?『デストロイヤー(破壊者)』?『飢えぬ者』?」

 取得スキルは、全部で3つ。

 それぞれ、詳細を確認してみる。

『テイマー(調教師)』は、ありとあらゆる動物をテイム(捕獲)し飼育や育成できると言うもの。畜産からの進化だとすると行き過ぎではないだろうか?

 次に『デストロイヤー(破壊者)』、ありとあらゆるものを壊し、壊滅させる者。考えたくはないが、木こりから進化だと思われる。

 最後に『飢えぬ者』。これは転生者特典スキルだと思われる。内容的には少量の食事や水で飢えをしのぐ事が出来ると言うもの。

 進化したスキルは『テイマー(調教師)』と『デストロイヤー(破壊者)』のみだろう。

 新しく習得取得したのが『飢えぬ者』。

 70年生きてきて、取得スキルが2つだったとは何とも悲しい。

「スキル『デストロイヤー(破壊者)』は封印しておきたいものじゃな。」

 ありとあらゆるモノを破壊するスキルは、物騒でしかない。

『スキル『デストロイヤー(破壊者)』を封印でよろしいでしょうか?』

 再びシステム音声が頭に響く。

「封印は、いつでも開放可能なのかのぉ。」

『スキルは、任意のタイミングで封印や開放が可能になっています。スキル『デストロイヤー(破壊者)』を封印いたしますか?』

「『デストロイヤー(破壊者)』を封印じゃ。」

『スキル『デストロイヤー(破壊者)』を封印いたしました。』

『デストロイヤー(破壊者)』を封印した事によって、俺のスキルは実質2つのみになる。

 どちらも、今の俺には使い道の困るものに違いはないが。

「ステータスの数値は、どうなっておるかのぉ。」

 お茶吹いた。お茶飲んではいないが吹いた。

「一体、通常の何倍の経験値付与されとるじゃ、これ。」

 レベルは、105になっていた。

 ジジィには勿体ないレベルの、レベルの値。

 ステータスの基本はStrength(STR)、Vitality(VIT)、Intelligence(INT)、Dexterity(DEX)、Agility(AGI)、Luck(LUK)の6つ。

 STRは力。物理攻撃や、重いものを持つなどはSTR。

 VITは生命力。体力(Hit Point(HP))や、防御力や丈夫さなどがVIT。

 INTは知力。魔力(Magic Point(MP))や、魔法攻撃力や魔法を使う際に必要なものなどはINT。

 DEXは器用さ。弓や投擲などの命中率や、武具や道具などあらゆる物を作るなどもDEX。

 AGIは素早さ。攻撃等の回避や、身軽さなどはAGI。

 LUKは運。賭け事などにも強くかかわってくるのが運、即ちLUK。

 よくあるRPGや、オンラインゲーム等のステータスに使われる6つ。

 どうやらこの世界でも、この6つが存在するようだ。

 レベルがレベルなら、ステータスもステータスだろう。

 予想通り、綺麗な六角形はなく6つとも上限を綺麗に突き破っている。

「ジジィに、こんなステータスはいらん。」

『ステータスの封印を実行しますか?』

「ステータスの封印とは?」

『ステータス上限を開放されている者のみが使えるシステムです。数値は自在に決める事が可能でスキル同様、封印と開放は任意のタイミングで行うことが出来ます。ただしHPとMPは生命に関わる為、封印は出来ません。』

「レベル5時のステータスに合わせて6つすべて封印じゃ。」

『STR、VIT、INT、DEX、AGI、LUKの6つをレベル5の数値まで下げ、残りの数値を封印しました。』

 とりあえず、ステータスは今まで通りの数値に戻った。

 さすがに日中の仕事もあった為、さすがに眠いのでこれぐらいで終わりにしておく。

「ステータス非表示。」

 そして、俺は深い眠りについた。


 何時間眠っていただろう?

 いつもの習慣で、日が昇る前に目覚める。

 家の外に出て、井戸水で顔を洗う。

 よく冷えている井戸水で、わずかに残っている眠気が吹き飛ぶ。

「バイスさん、おはようございます。」

 声をかけてきたのは、ジジィの俺の畜産を手伝ってくれえる村の若者。

「相変わらず、お前さんも早いのぉ。」

 今日もジジィフィルターは絶好調である。まぁそのうち何とかしたい問題ではあるが……。

「何年もの一人でやってきた、バイスさんの足元にも及びませんよ。」

 若者は謙遜しているが、俺が家から出てくるまでに、家畜の餌やりや寝床掃除はしっかり終わらせている。

「そうじゃな。お前さんに後を託して引退するかのぉ。」

「え!?バイスさん、急に何を言っているんですか。」

 若者は、複雑な顔をしている。

 そういえば、この若者の名前……。

 そうそう、出戻りのデクターだった。

 デクターは、一度村を出て憧れの王都に移住したが、王都生活が合わなくて早々に村に戻ってきた。

「これでも70過ぎたジジィじゃ。それに、デクター。そろそろ、子が生まれるじゃろ?父として、胸を張れる男になってもいいじゃないかのぉ。」

「バイスさん……。」

「まぁ、まだ頼りないところがあるがのぉ。」

「ば、バイスさん!?」

「ジジィが、余生を好きに生きるには、少し荷物が多いからその一部を、デクターお前さんに押し付けている、嫌なジジィじゃよ。」

「そんなことはないです。出戻りのオレに手を差し伸べてくれて、娘のように可愛がっていたエリーを嫁にくれました。」

「エリーの事は、エリーが自分で決めたことじゃし、独り身のジジィを気にかけてくれる優しい娘なだけじゃ。」

「ですけど……。」

「後を継ぐのか、継がんのか、ハッキリせい。」

 さすがの俺も、やり取りが面倒になってきた。

「あ、ありがたく継がせてもらいます。」

「よし、それで良い。」

 とりあえず、無理やりではあるが今俺が持っている物の大半はデクターに渡すことが出来た。

「ジジィは村を出るから、ジジィの家は好きに使うと良い。」

「え!?村を出るのですか?さすがに……。」

「村の外は、ジジィには危ないと?そんな事は重々承知の上じゃ。冥土の土産に、海というものぐらいは見ておきたいだけじゃ。」

 そう簡単に、くたばる気はないが。

「そういう事だったら、少し大きな街に出れば馬車が出てると思うので、それに乗れば安全に海が見える街に行けますよ。」

 さすが若者、地理はしっかりと把握している。

「なるほど、早速行くとするかのぉ。」

「ちょ、ちょっと待ってください。せめて、エリーに会っていってください。エリーが、悲しみますから。」

「わかっておる。」

 デクターの嫁エリーは、幼い頃に父親を魔物に襲われ亡くしている。家族水入らずで近くの街へ行った帰りに、魔物の群れに襲われ馬車に乗っていた人の半数は亡くなった。

 エリーとその母親は、父親が必死に守り抜き一命を取り留めたが、娘と嫁を守る為に必死に戦った父親は、助けが来るのを見届け立ったまま息を引き取った。

 勇敢だったエリーの父親の体には、いくつもの致命傷があった。

 戦いなれていない村人のエリーの父親は、身を挺して家族を守りながら必死に戦っていたのだろう。普通であれば事切れている状態であっても、死からも抗い家族を守り切った父親だ。

 エリーとその母親は、父親の亡骸と共に村に戻ってきた。

 村では、勇敢に魔物と戦い家族を守ったエリーの父親を丁重に弔った。

 元気だけが取り柄と言っていいぐらいに、元気だったエリーも父親の死に塞ぎ込んでしまっていた。家族を目の前で失うと言う事は、壮絶な体験であるから。

 エリーとその母親の事を村全体で支えていたが、エリーは誰とも関わりあう事を避けていた。

 人と関わりあいたくないエリーは、一人で作業をする俺の家畜小屋を隠れ場所にしていた。エリーが誰にも見つからないように俺の家畜小屋に来ていた事は知っていた。けれど、俺はエリーと距離を保ち関わらないようにしていた。もちろん、エリーを村の連中が探していても、俺は「ここには来ていない」と突っ返していた。そんな時間がゆっくり過ぎて、エリーの心を癒した。その間、家畜の脱走や出産など色々な事があった。最初は遠くから見ているだけのエリーだったが少しずつ前に出てきて、最終的には俺の作業を手伝うまでになっていた。

 そんなエリーも、一度だけ大泣きした事があった。ずっと気丈に振舞っていたエリーが、人目を気にせず泣いた。

 それは、俺が家畜達の事をエリーに教えた時だった。俺の飼っている家畜は、牛によく似ている動物で、家族をとても大切にする動物。出産を終えたばかりの家畜にエリーが近づこうと瞬間、別の小屋から家畜が脱走してエリーの前に立ち塞がった。エリーは、とても驚いていた。俺は脱走した家畜をなだめて小屋に戻し、エリーの頭を撫でながら、俺は飼っている家畜の説明をエリーにした。

 エリーは、脱走した家畜に自分の父親と同じものを感じ、その場で泣き崩れてしまった。そう、脱走した家畜は、よく分からないエリーと脅威に、自分の家族を守る為に小屋を脱走したのだ。

 エリーが、泣き止むまで相当時間がかかった。家に帰る頃には、瞼が腫れ上がっていた。エリーの母親に説明するのがとても大変だったが、きちんと理解してくれた。

 その一件以降、エリーは元気を取り戻していった。

 俺は、エリーに特に何もしていない。感謝される事もないが、村の中では一番多く時間を共にした相手かもしれない。

「デクター、ジジィの家にあるものは好きにするがいい。置いていくものは、ジジィには不要な物じゃから。」

 デクターにそう言い残し、自分の家に戻り、旅の準備を始める。

 あまり使う事がなかったお金、着替えに日持ちする食料を布袋に入れ、使い慣れたナイフと鉈を腰に携える。

「必要最低限かのぉ。」

 布袋は、そこまで重くないからいいだろう。ナイフは、料理や採取に使いやすく、鉈は魔物に襲われた時の対抗手段として振り回せる物として最適だ。鉈の代わりに、薪割り用の斧も考えた重量の割に振り回すのに不向きな為、鉈にした。

 準備が整ったので家の外に出ると丁度、日が昇り始めた。

「バイスおじ様。」

 空から視線を正面に向けると、そこにはエリーが息を切らして立っていた。

「エリー、おはよう。」

 俺は、エリーに優しい微笑で話しかける。

「おじ様、この村を出るとは本当なのですか?」

 エリーの後ろから、息を切らせてデクターが歩いてくる。どうやらデクターが、村外れにある俺の家から全速力で自分の家に帰り、エリーに俺が村を出ることを伝えたのだろう。

「あぁ、余生を謳歌しようと思ってのぉ。」

「せ、せめて、この子が生まれるまで……。」

 エリーは、大きくなったおなかを撫でる。

「妊婦が全速力でジジィの家まで走ってこれるぐらいじゃから、元気な子が生まれることは間違いないのぉ。」

 俺は、エリーの頭を撫でる。

「おじ様は、一度決めた事は絶対に曲げないから、これ以上言っても無駄ですよね。」

 エリーは、俺の事をよくわかっている。

「エリー、これが永遠の別れではないから安心せい。」

「おじ様。これはお別れではありませんから『さよなら』ではなくて、『いってらっしゃい』でいいのですよね。」

「あぁ、そうじゃな。」

「はい……。バイスおじ様、いってらっしゃいませ。」

 エリーは、深々と頭を下げて俺をお見送りしてくれる。

「エリー、いってきます。」

 エリーの目から、大粒の涙が地面に落ちている。俺は、それを知らないふりをして歩みだす。

 村に長いこと居たが、俺は人付き合いが苦手で友人と呼べるものいない。唯一の知り合いがエリーとデクターの二人。村ではきっと、偏屈ジジィと呼ばれていると思う。

 そういえば、何で俺はこの村に居続けたのだろう?何かを忘れている気がするが、忘れるくらいだから些細な事なのだろう。

「おじ様―!!いってらっしゃい!!」

 エリーが涙を拭い、手を振りながら笑顔で俺を見送ってくれている。

 俺は軽く手を挙げて、エリーに背を向けて再び歩き出した。


 村を出てから、どれだけの時間が経っただろうか。

 70過ぎたジジィにしては息切れもしなければ、疲れもしない。

 ステータスを確認するとレベルは105の表示のままで、HPとMPもステータスが上がった時のまま変わりない。どうやら6つのステータスは下げることが出来るがHPやMPは対象外と言う事なのだろう。

 疲れないのは大変助かるが、隣の村まで一体どれぐらいかかる事やら。

 スキル『飢えぬ者』のおかげで、空腹になる事がないがジジィの足だと進める距離も限られてくる。

「馬とか、おらんものかのぉ。」

 スキル『テイマー』を試したい所だが、動物はおろか魔物すら出てこない。

 すっかり忘れていたが、ジジィフィルターはどうやったら外れるだろうか?

 ステータス画面にも、スキル画面にも、ジジィフィルターの記載はなかった。

「このしゃべり方、何とかならないかのぉ。」

『しゃべり方の変更が、可能になっています。変更しますか?』

「お願いしたいのぉ。」

『しゃべり方を、精神年齢に同調いたしました。』

 精神年齢っていう事は、内側でしゃべっている俺の事だろうか?

 試しに、喋ってみるか。

「俺は、70越えのジジィだ。」

 ちゃんと、一人称もジジィじゃなくなった。

「これで、ジジィフィルターに悩まされる事なく喋れるな。でも、歳の割に喋り方おかしいか?まぁ、いいか。」

 何だかんだしてると、隣の村まであと少しのところまで来ていた。

「この森越えれば、隣村だな。」

 今まで平原で、これと言って遮る物がなかったから色々試したいことが試せなかったけれど、村が近いとはいえ森の中であれば、誰かに見られる心配もないだろう。

 森の中に入り、少し道から離れた場所で布袋を地面に置いた。

 鉈を片手に、すべてのステータスを全開放状態にして、大木に向かって鉈を横向きに軽く振りぬいてみるが、大木に変化はなかった。

「ん?さすがに軽く振りぬく程度じゃダメか?」

 今度は、鉈を縦向きに先ほどより少し強い力で振りぬいてみる。大木は綺麗に縦真っ二つになり地面も結構えぐってしまった。

 縦真っ二つになって倒れている大木を見ると、横向きで振りぬいた切り口もしっかりあった。あまりにも綺麗に鉈を振りぬいたから、倒れる事無く乗ったままだったと言事になる。

「軽くであのレベルだと、さすがにかなり制限した方がいいな。20パー……。いや10%で試した方がいいか。」

 試しているだけとは言っても、誰かに見られていないか辺りを見回してみるが、人気はない。

 10%開放状態で、体を動かしてみる。

 今の自分の年齢からしたら、かなり動けているレベルだろう。でも、もう少し欲張りたい所。

 15%で、試してみる。若者から比べたら、少し劣るレベルにはスムーズに動けるようになった。

「さすがにこれ以上ステータス上限開放すると、面倒ごとに巻き込まれそうだからこれぐらいにしておこうかな。」

 切り倒した大木を、手早く薪にする。

「結構な量の薪になってしまった。まぁ、自業自得か。」

 この量の薪は、ジジィじゃなくても骨が折れる。

 ゲームとか異世界転生モノなら、インベントリと呼ばれる異次元アイテム倉庫的なのがあるさすがにそこまで便利なものが……。

『存在します。』

 急にシステム音声が聞こえ、びっくりした。

 心の声にまで反応するのは、さすがにびっくりする。

『インベントリ、この世界における『マジックストレージ』に該当します。転生者には無償で付与されています。使用いたしますか?』

「頼む。」

『収納する物を、二度タッチしてください。』

 薪をすべて『マジックストレージ』に収めた。

「どうやって『マジックストレージ』を閉めるんだ?」

 今の状態だと二度タッチすればすべて『マジックストレージ』内に収めてしまう。

『『マジックストレージ』の使用を終了する場合は、手を三度叩いてください。』

 つまり、三回拍手すればいいのか。

『『マジックストレージ』再度使用する場合は、『マジックストレージ』使用と声に出すと使用でき、手を三度叩くと使用を終了できます。』

 わざわざ、丁寧に説明いただきありがとうございます。

 俺は三回拍手をして、『マジックストレージ』の使用をやめた。

 一通り試す事試したけど、まだ俺の知らないことで、試していないことあっただろうか?

『使用できるモノで、魔法をまだ試されていません。』

 そういえば、俺がシステム音声だと思っているこの声は何なのだろう。

『転生者専用サポート精霊です。』

 なるほど、村からあまり出なかった俺からすると、この世界の知識が乏しい。本来なら幼少期にこの世界を知る為のモノだろうけど大変助かる。これを例えるなら、ソレクサとかソリ的な音声認識検索ソフトの様な物だろう。

「さて、魔法を試してみるか。」

 魔法を試してみると言ったはいいが、どうすれば魔法が使えるのだろうか。

『初級魔法であれば、イメージをする事で発動できます。級が上がることにつれ、詠唱と呼ばれる言霊が必要となります。詠唱は、より高度な魔法を形作る際に、言霊によって明確な形や効果などをイメージしやすくします。明確なイメージが出来る者であれば、魔法の級が上がっても詠唱なしで発動する事が可能になります。』

 イメージを形にするという点では、物作りに少し似ているかもしれない。それが、物理的か精神的かの違いぐらいだろう。

 ものは試して、掌に野球ボールぐらいの火を灯すイメージで魔法を発動させてみる。俺の掌から、イメージ以上の火柱があがった。

「ちょ、おま!?」

『魔力制御サポートを発動します。』

 サポート精霊によって、俺の掌から現れた火柱は、イメージ通りの火まで収まった。

『魔力制御の仕方を、覚えることをお勧めいたします。』

 それは分かるけど、どう制御したらいいのかわからない。

『魔力制御は、数こなして覚えてください。』

 ま、まさかの根性論キター。

 つまり、魔力制御は出来て普通と言う事になる。ジジィの俺が、魔力はあったが魔法を一切使ってこなかった影響が、今ここで出てくるとは予想外。

 ジジィの俺、もっと色んなものに興味持っておけ。

 愚痴を言っても始まらないから、隣村を再び目指しながら指先にマッチやライターなどで点けるぐらい火を灯す練習をすることにした。

 終始、超強火状態ではあったが、常に火を出し続けているのではなく、点けたり消したりを繰り返していくことで、発動時の魔力制御をうまく行えるようになってきた。あとは持続的な魔力制御をしたい所ではあるが、隣町に着いてしまったからそれは次の機会にする事にする。

 隣村に寄った理由は、規模は小さいが冒険者ギルドがあるという点。俺の住んでいた村は、畜産や耕種をメインとした農村の為、冒険者ギルドや鍛冶屋と言ったものがない。なので、必要に応じで隣町に出向くことがあるのだ。

 本題に戻るが、隣町の冒険者ギルドに行く理由は、地図を手に入れる事と、なるべく安全なルートで海に着く事が当面の目的。

 何だかんだしていると、大きさが派出所ぐらいのこぢんまりした冒険者ギルドにたどり着いた。

 確かこの規模の冒険者ギルドだと、受付嬢がいればいい方だと昔どこかで聞いたことがある。

 冒険者ギルドのドアを中に入ると、ガタイのいい男がカウンター前に立っている。

 彼が受付嬢ではないのは見れば分かるが、冒険者ギルドの人間であっているだろうか?

「ん?あんたは確か、隣町のバイスじぃさんだったな。」

 どうやら、相手は俺の事を知っているようだが、俺の記憶には思い当たりが一切ない。

「はて、ジジィに体格のいい男の知り合いは、おらんかったはずだがのぉ。」

 わざとらしく、ジジィフィルター風に喋ってみる。

「知り合いではないさ。冒険者ギルドの役割上、村の住人把握が必要な為知っていたまでだ。」

 なるほど、なら俺がどんな人間だったとかは興味ないと言う事。

「すまないが、海までの地図が欲しいのだが、ここにはあるかい?」

「海までの地図というか、ここら辺一帯の地図になるな。無償で渡している地図だから、好きに使ってくれ。」

 男は、カウンター内から地図のロール紙を取り出し俺に差し出す。

「すまない、助かる。」

「今のところ、王都を通る大回りルートも、最短の山二つ越えルートも、特に不穏な報告は受けてないが、時間はかかるが王都のルートがおすすめだ。」

「そうかい。」

 これは、山越えルートに決定だな。

 王都を通るルートは、人通りの多いルートであるのは間違いない。今の俺は魔力制御をしっかりと習得したいから、なるべく人目のないルートが一番。常に火を出し続けるジジィがいたら、絶対怪しい。変な目で見られるのは、さすがに避けたい。

「山越えルートは、何が出るか分からない。昔、馬車が魔物に襲われて、半数以上人間が亡くなっている。例え今は安全でも、1秒後に状況は一変するから、山越えする気なら十分気を付ける事だな。」

「忠告ありがとう。」

 俺は、男に感謝してギルドを後にする。

 ギルドにいた男が言った、山越えルートの話は昔エリー達が魔物に襲われた時の話だろう。

 貰った地図を見ながら、ある程度地形を把握しておく。

 俺住んでいた村辺りから山脈が始まっていた丁度この隣村辺りの山は、山脈の中でも低い山々で馬車を唯一使うことが出来る山になる。それ以外の山は馬で登る事が困難で場所によっては人間でも登るのが難しい場所もある。その為、大回りの王都を通るルートが進められる理由だろう。

 普通のジジィなら、馬車など使い王都を通るルートで10日かけて港町に着くのを選ぶだろう。今の俺は普通のジジィではないので、徒歩で山越えする事にした。道中で野生の馬的な動物がいれば、スキル『テイマー』を使えるチャンスにもなるし、きっと楽も出来るだろう。出ればの話ではあるけれど。

 さすがに日が暮れてきたので、宿屋で一泊する事にした。

 宿屋は、ゲーム等で見たことのある、ベッドと小さなテーブルがあるだけのシンプルな奴。

 金銭的に言うと痛手ではあるが、体がジジィだから少しは労わらないといけない。

 荷物の布袋と腰に携えている鉈とナイフを床に置き、ベッドに横になり俺は目を閉じた。


 体は、習慣を忘れる事はない。

 今日もまた朝日が昇る前に、目が覚めた。

 日が昇るまで、整理タイムといこう。

 今回は、通貨についてだ。

 種類は4つ。下から銅貨ブロンズ銀貨シルバー金貨ゴールド白金貨プラチナの4つ存在する。そこからさらに大小の2種に分けられる。小銅貨が5枚で大銅貨、大銅貨が10枚で小銀貨になる。小から大は5枚だが次の硬貨にする場合は10枚必要となる。

 よく使われる硬貨は銀貨で、白金貨は出回るものではない。一部の上流階級が持っているぐらいだろう。ちなみに、今泊まっている宿屋のこの部屋は、大銀貨5枚で非常に高い。

 宿屋の主人曰く「王都から離れるほど宿代は高くなる。」とのこと。これで、素泊まりと言うのだから、何とも言えない。

 俺はベッドから起き上がり、床に置いた布袋から干し肉と硬いパンを取り出す。食生活的に硬い物が多かった為、顎の力は強い。その為、干し肉や硬いパンは難なく食べることが出来る。

 食事的には、昨日は一切取っていないので、一昨日ぶりになる。正直スキル『飢えぬ者』のおかげで空腹ではないが、山越えする事を考えると少しでも食べておこうと思う。

 干し肉とパンをかじりながら、昨日使った鉈の状態を確認する。

 大木を一本丸々と切った為、鉈にそれなりの影響は出ている筈だ。

 しかし、俺の予想とは裏腹に、鉈に刃こぼれなどは一切見つからなかった。長年愛用している鉈ではあったが、買ってから一度も研ぎ直したことがない事を思い出した。

「ジジィの俺は特に不思議に思ってなかったが、この鉈もしかするんじゃないか?」

『この鉈は、鋼で作られたごく普通の鉈です。ですが、高度なエンチャント(魔力付与)が生成時付与されている為、刃こぼれ等がないようです。』

 サポート精霊に、淡い期待を打ち砕かれる俺。淡い期待とは、レアな金属で精製されているのではと思っていた。

『鉈はごく普通の鉈ですが、付与されているエンチャントはかなり高度な為、非常に貴重な物になります。』

 アレ?

 俺は、この鉈を何処で買ったのだろう?

 転生前の記憶が戻るまで特に気にした事がなかったが、自分の記憶に霞がかる部分がある。

 村を出る時に感じた、村に居続けた理由も全く思い出せなかった。

 ジジィの物忘れだと思いたいが、それはあり得ない。転生前の記憶が戻った瞬間、すべての記憶がフラッシュバックした。それでも、ジジィの俺の記憶には、一部抜けている部分が存在している。何者かによって一部の記憶を消されたか、自ら記憶を消したか……。

 鉈は、記憶が抜けている部分で、手に入れた物なのかもしれない。気にはなるが、ない記憶は思い出しようもないから、今は気にしないで海を目指すことにしよう。

 鉈とナイフを腰に携え、布袋を手に取り、窓から外を見ると丁度良く日が昇り始めた。

 宿代は先払いの為、すでに支払い済み。

 他に泊まっている可能性があるから、なるべく静かに宿屋を出る。

 日が昇り始めた時間の為、さすがに村は静かで人が誰も歩いていない。

 昨日ギルドで教えてもらった、山越えの山道に向かう。

 道は、平原から山道に変わる。道はあるものの、木々に囲まれている為見晴らしは悪い。

 俺は、昨日の続きの魔力制御訓練を始める。今日は、一定の火力を持続して出す練習。

 瞬間的威力であれば昨日の練習で十分ではあるが、今後持続的に使う魔法が出てきた時にそれを維持できないとなると面倒なことになる。

『持続的に魔力を消費する魔法には、明かりを灯すモノや水上歩行、身を隠すハイドなどがその対象となります。しかしながら、消費する魔力はごく少量になります。バフやデバフは、基本的には持続的に魔力は消費しませんが、一部持続的に魔力を消費するバフやデバフも存在します。』

 補足解説は、サポート精霊さんです。

『魔力をクリスタルに封じ込めた魔晶石。魔物の心臓で魔力の塊、魔石。魔法を封じ込めたクリスタル魔法石。この世界で多く使われているのは、魔法石になります。魔法石は、魔法を使える者なら3センチほどのクリスタルで簡単に作成可能です。魔晶石には、2種類存在します。1つは、人工的に作られた魔晶石。これは、15センチ以上のクリスタルを使用して、作成が行われます。魔法に長けていて、魔力量の多い人物のみ作成できます。もう1つは、天然の魔晶石になります。これはごく稀に、クリスタル採掘時に発見されるものです。天然の魔晶石は希少で大きさも様々、高額で取引されています。最後に魔石。魔石は、魔物の心臓になります。魔石の破壊は、魔物の消滅を意味します。魔石は魔力の塊ですが、魔物しか持たない為、入手は不可能とされています。』

 サポート精霊が、3つ石の説明をしてくれたと言う事は、かなり重要な事なのだろう。

 魔石は、もう少し詳しく知りたい部分かもしれない。

『魔石は、魔物の心臓になります。魔石の破壊は、魔物の消滅を意味します。魔石は魔力の塊ですが、魔物しか持たない為、入手は不可能とされています。過去に、魔物から魔石を取り出す実験が行われましたが、魔石に直接触れると魔石は壊れ消滅しました。ほかにも色々な方法でも実験は行われましたが、魔石を取り出すに至っていません。』

 魔石は、心臓でありその者の存在証明と言う事なのかもしれない。つまり、何かに転用する事は出来ないと言う事だろう。

『ですが、魔石を模倣した魔導核が存在します。魔導核は、魔晶石を使い作られた人工的な魔石です。主な使用例は、ゴーレム生成時の核として使用されます。魔導核は、小さければ小さいほど価値が高くなります。』

 そもそも、人工的な魔晶石で作ると15センチを超える大きな物になるが、天然の魔晶石を使えば、魔導核は小さく魔力量が多い物を作ることが出来る。その為、小さければ小さいほど価値が上がると言う事なのだろう。

 サポート精霊の話を聞きながら歩いていたら、一つ目の山の中腹ぐらいまで来たと思う。

 今のところ、すれ違う人もいなければ、魔物すらも出てこない。

 嵐の前の静けさと言うのだろうか、村を出てから今まで何事も起こらなければ、動物や魔物の気配すらない。

 普通であれば、小鳥の1羽や2羽いてもおかしくないのだろう。その小鳥すら、いない。

 少し、嫌な予感がするので、すこし警戒しつつ山を登る事にする。

 すっかり忘れていたが、魔物が存在すると言う事は、魔族と呼ばれる方々もいると言う事。俗に言う魔王軍とか魔王派の方々の事を魔族と呼ぶ。例え人間でも、魔王派であれば魔族になる。

『魔族は、魔王の支配下にある者達の名称になります。この世界には、様々な種族が存在していて、種族ごとに王が存在します。その中に、魔王……つまりは、魔物達の王も、存在しています。魔王は魔物を使役し、様々な種族を配下に受け入れています。その為、この世界の半数以上が魔族領となっています。』

 エリーの馬車事件前後から、魔物達の動きが活発になっており、冒険者ギルドは色々な所で活躍している。魔物達が活発になってくると勇者とかも出てきそうな話だが、俺は勇者の話一切聞いたことない。

『勇者については、この世界で生まれ育った勇者と、異世界から召喚した勇者の2通りが存在していました。』

 存在していた。過去形と言う事は、まさか。

『この世界生まれ育った勇者は、調子に乗りすぎた挙句、オークに囲まれ袋叩きにあって亡くなっています。』

 ……。

『異世界から召喚した勇者は、大いに勘違いをして魔族領に進行し、スライムに足を取られて頭を打ち亡くなっています。』

 勇者とは一体……。

『異世界転生者は多く存在します。しかし、神のミスにより、一部の転生者は予期せぬ事になっています。』

 俺も含まれるやつか……。

 二人の勇者は自信過剰過ぎたというか、後者の召喚勇者はただの馬鹿なのではないだろうか。でも、勇者が2人存在していたと言う事は、少なからずこの世界が何かしらの脅威を感じていると言う事なのだろう。

 少し疲れを感じ、俺は足を止めた。その時、遠くから木々をなぎ倒すような轟音響かせ、その音は凄い速さでこちらに迫ってきている事に気付いた。

「おいおい、一体何が出てくるんだ。」

 土煙が、辺りを包み始める。

 俺は腰の鉈を手に取り、音のする方に向かい戦闘態勢を整える。持続していた火を、風に切り替えイメージする。目の前に、天へと昇る竜巻を作るイメージを。

 轟音は、かなり近いところまで来ているが、土煙で目視出来ない。考えている時間は、多分ない。

 俺は、自分のイメージした風の魔法を撃ち放つ。イメージした竜巻より、少しばかり勢いと規模は大きくなってしまったが、成功でいいと思う。竜巻は、辺りを包んでいた土煙を巻き上げ、タイミングよく轟音の主も天へと打ち上げていた。

 やたらとでかいライオンの獣人が、宙を舞っている。ほかに魔物の姿もないので、轟音の主はライオンの獣人で間違いないのだろう。しかし、竜巻で宙を舞っているライオンの獣人は、やたらと大きい。大きさ的には、3メートルぐらいあるだろうか。

 安全か確認出来るまで、竜巻は維持しておいた方がいいかもしれない。

「ガァハッハハ。この我が、軽々と宙に舞っておるわ。これは、愉快。」

 ライオンの獣人は、豪快に笑っている。

 とりあえず、言葉は通じそうだけど、ライオンの獣人が通ってきたと思われる所は、木がすべてなぎ倒されている。切断ではなく、折られているのだ。

 俺は竜巻を解除しつつ、ライオンの獣人の出方を伺う。

 ライオンの獣人は綺麗に着地すると、俺に頭を下げた。

「ご老人よ、すまない。そして、助かった。」

 どうやら、悪いタイプのライオンの獣人ではなさそうだ。

「修行の一環で、飛び蹴りをしてみたのだが、勢いがつきすぎて止まれなくなっておったのだ。」

 ひぇ。飛び蹴りで、雪崩の様な威力。あんなのに当たったら、ひとたまりもない。

 ライオンの獣人に一切悪気がないので、鉈を腰に戻した。

「それにしても、ご老人も中々な魔法の使い手だな。我を、軽々と宙に打ち上げてしまう風を起こせるとは。」

 ライオンの獣人は、また豪快に笑い始めた。

「おっと、我としたことが失礼した。我は、ライオネル。ライオネル・ライトニング。ライやララなどと、呼ばれている。」

「俺は、バイス・リム。」

 この場合は、よろしくと言うべきなのだろうか。

「バイス老か。これも何かの縁、よろしく頼む。」

 ん?

 これは、ライオネルが俺の後を追っかけてくるパターン?

「それじゃ、ライオネル修行に励んでくれ。」

「バイス老は、これからどこに向かわれるつもりか?それと、ライまたはララでよいぞ。」

 話、聞いていない。と言うか、絶対ついてくるやつコレ。

「えっと、港町まで行こうと思って。」

「ならば、我にまかせろ。我は、速さと武には定評のある男だ。」

 ライはそう言うと、俺を軽々と持ち上げすごい勢いで港町に向かい走り始めた。


 ライのおかげで、あっという間に港町に着いた。

「ガァハッハハ。バイス老、目的地に到着である。」

 俺が、普通のジジィなら絶対死んでた。

 咄嗟に、魔法で空気の壁を作って風圧をいなして、ぶっつけ本番で身体強化バフを自分にかけたから何とかなったけど、雷の如く早い男ライ。

「ライ、ジジィにあのスピードで走ったらふつう死ぬから。ジジィじゃなくても。」

「そうであった。皆は、我よりか弱いのであった。」

 ライは、豪快に笑う。

「それより、ライ降ろしてくれないか?」

「おぉ、これはすまん。」

 ライは、俺を優しく地面に降ろしてくれた。

「バイス老は、この町で何をするのだ?」

 ライ、まだついてくる気だ。

「とりあえず、海とやらを見てみようかと。」

「見ても、面白い物ではないぞ。」

 そうだろうな。

 港町を、潮のにおいが強い方に向けて歩いていく。

 様々魚が並んでいる市場を抜け、海へたどり着く。

「見ても面白いものではなかろう?バイス老。」

 驚いた。

 俺の知っている海は、青や緑と言ったものばかりでこの世界がしっかりと異世界である事を感じさせてくれる。

 海水を、手で掬う。

 海水自体は、俺の知っている海水と何ら変わりはない。しかし、色が大きく違う。そう、赤い。正確にはピンクで、海が深くなればなるほど赤黒くなっていく。

「バイス老。これは一説だが、この世界が誕生した時に、神々の争いがあり多くの神が命を落とした。海はその神々の血であり、大陸は亡き神々の骸だと言われておる。」

 赤いから、そう言う伝承もあるのだろう。そう思いながら、夕焼けの海や赤潮で赤くなった海があった事を思い出した。

 そう言えば、塩にしたらピンク岩塩のようになるのだろうか?

「ライ、魚は生で食べたりするのかな?」

「生?バイス老、食べ物は火を通すものであろう?」

 なるほど、生食がない文化か。

 村に来る魚介は、すでに加工されている物ばかりだから、一部の望みがあればとは思っていたが駄目だったようだ。

 市場を通る時に横目で見ていたが、魚の鮮度は悪くはないが、試すのであれば自分で採るのが一番。

「ライ、少し試したいことがあるから、うまい魚でも獲るか。」

「魚なら、市場にあるであろう。」

「なるべくなら、生きているやつが欲しいのさ。」

 試したい事とは、刺身。調味料は、塩と醤油にそっくりな物があるから何とかなるだろう。

「なるほど。なら我にまかせろ。」

 ライはすごい勢いで海を走って行き、物凄い水柱を立てて魚らしきものを獲り、波を起こさないよう水柱を粉砕して雨のようにして、陸に走って戻ってきた。

「ライは、水の上歩けるんだな。」

「ん?あれか?魔法は得意ではないのだが、水上歩行は出来るようになった。その場で足を動かし続ければよいのだ。」

 脳筋的発想。

「バイス老、活きのいいうまい魚を持ってきた。」

 ドラゴンの様な頭に、蛇や鰻の様な長い体。

 これはシーサーペント!?

「ライ、これは?」

「シーサーペントだが?」

 シーサーペントっておいしいのか?

「中々獲れる者がいなくて、食べることが出来ぬのだが、我は好きだ。」

 さすがに活きのいいシーサーペントを、その場で魚を捌くのは色々と危ないので町の外の平原でやるとしよう。

 ライにシーサーペントを持ってもらったまま、来た道を戻りつつ、市場で塩と醤油の様な物を買い、大きな木皿を三枚も買う。

 町の外へ着き数名付いて来たしまったが、せっかくの活きのいい魚?だから素早く捌いてしまおう。

『空間認識魔法を提案します。目を閉じ、空気や魔力によって空間やモノを把握します。』

 もの試しか。

「ライ、空高くシーサーペントを投げろ。」

「ん?分かった。」

 活きのいいシーサーペントを、ライは空高く投げる。

 俺は目を閉じ、そよ風を吹かせる。

 すると第三の目が開いたかのように、自分の周囲すべてのものが事細かにわかる。

 そして、宙に浮いているシーサーペントを風の刃で三枚おろしにする。

 料理番組風でやると……。

 シーサーペントの鱗は非常に硬いので、すき引きしていきたいと思います。

 しっぽの方から刃入れて、エラのところまで一気にすき引きします。

 風の刃なので、身を傷つける事無く綺麗に鱗が取れました。

 そしたら次に背から刃を少し入れてしっぽまで軽く切れ込みを入れます。

 本来は腹側を先にやるのですが、シーサーペントの骨が蛇に近いのと包丁ではなく自在な風の刃なので、背から一気に三枚にしようと思います。

 身をしっかりと残しつつ、骨にそって刃を入れて頭側からしっぽに向けて身を切り取ります。

 半身ずつやってもいいのですが、時短の為両側同時にやってしましょう。

 シーサーペントの頭は、兜焼きでもしようと思いますので落としてしまいましょう。

 これで綺麗に、シーサーペントの三枚おろし完成です。

 手に持っている大きな木皿を地面に置きそれぞれにシーサーペントの頭、骨、鱗と内臓、身の三つに分けた。

「おぉ、バイス老お見事。」

 ライに声かけられ目を開くと、空間認識魔法通りにシーサーペントが捌けていた。

『スキル『第三の眼』を習得しました。』

 なんとなく、察しはついてました。空間把握なのに、シーサーペントの構造まで手に取るように分かった時点で、空間把握を超えているのだろうと。

 それはいいとして、マジックストレージから兜焼き用に薪を用意する。

 シーサーペントの身は、結構脂がのっている白身と言ったところだろうか。ナイフで身を少し切って、食べてみる。見た目ほど脂は感じない、淡白かと言われるとしっかりとシーサーペント?の味がある。転生以前は良い物を食べてなかったから、表現しにくいがフグに近い感じだと思う。身だけで2メートルが2つあるから、半身は刺身でもう半身は焼きにしよう。

 魔法のコツが掴めてきたので、竈をイメージして土の魔法を使ってみる。

 すると、イメージ通りの竈が出来た。次は、鉄板の代わりに石の板を作ってみる。これも、成功。竈と石の板をもう一組作り、竈に薪を入れて火をつける。火が安定するまで、ナイフでシーサーペントの刺身を作っていく。スキル『第三の眼』おかげで、竈の状態を把握しながら刺身が作れる。竈の火がいい感じになったので、刺身を作るのを一旦やめて、残ってる半身を四分割して竈の上の石の板に乗せ軽く塩をふる。もう片方の竈の上の石には塩をふった頭を乗せ、頭を被える大きさのふたを作り、熱せられた石の板に魔法で水をかけその水蒸気とふたを利用してシーサーペント頭を蒸し焼きする。『第三の眼』で兜焼きと焼きシーサーペントの状態を把握しながら、風の刃フライ返しの様に使い焦げないように管理する。

 刺身は半身だったので、思ったより時間がかかってしまったが、焼きシーサーペントの完成と同時に出来た。

 シーサーペントの兜焼きは、もう少し時間をかけた方がいいだろう。

「出来たのか?」

 そう言えばライが静かに待っていたので、すっかり存在を忘れていた。

「こっちが生で、塩かこの黒い液体調味料を少しつけて食べてみてくれ。もう片方が焼きで、こっちは塩味が付いてるけど、味が足りなかったら黒い液体調味料かけてみてくれ。」

 そう言えば、箸やフォークなかった。マジックストレージ薪を取り出して、風の刃でライの大きさにあったフォークと、俺用箸を作った。

 まずは、シーサーペントの刺身を醤油で食べる。

 これは、まごうことなき刺身。シーサーペントの上品な味を醤油が引き立ててくれる。次に塩で食べてみる。塩は醤油と違いシンプルな味だがシーサーペントの味をしっかりと味わえる。

「我は生初めてだが、豪快にいただくとしよう。」

 ふぐ刺しの〇嶋食いならぬ、シーサーペントの刺身の長〇食い。ライはフォークを器用に使い、刺身を数枚とると醤油にたっぷりつけて口に入れ頬張る。

「う、うまい。この黒い液体調味料は確か、醬油とか言うものではなかった。」

 あ、こっちでも醤油は醤油なんだ。

「塩辛いだけで、使い方がよく分からなかったものだ。」

 ライが喜んで刺身を食べているうちに、焼き魚を食べてみる。刺身と違い、口に入れると身がホロホロと崩れていく。塩加減も、丁度いい感じに出来た。

「お、焼きの方を食べているのか、我も食べるぞ。」

 ライは、フォークを焼きシーサーペントの身に突き刺し、これも豪快に口に入れ頬張る。

「おぉ、丸焼きと違い鱗がないから食べやすい。それだけではなく、丁度良い焼き加減で身がパサつくことなく、身がホロホロと口の中でほどけてうまい。」

 そろそろ、兜焼きがいい頃だろう。ふたを取ると、遠赤外線効果?でシーサーペントの兜焼きがいい感じの焼き加減になっている。

 正直、刺身と焼きで満腹。

「おぉ、最後はシーサーペントの頭を焼いたものか。」

「俺は腹いっぱいだから、ライが食べていいよ。」

「あぁ、ありがたくいただくとする。」

 兜焼きを木皿に取ろうとしたら、ライが来て石の板で焼いている兜焼きを手でつまんで、一口で食べてしまった。

 ライの口から、ボリボリと歯で骨を砕く音が聞こえる。

 しばらくライの咀嚼が続きそうなので、木皿を水魔法で綺麗に洗いマジックストレージにしまい、竈の薪は高火力で消し炭にして竈と石の板と共に元の土に戻した。

『スキル『マジカルハンド』を習得されています。』

 どうやら、サポート精霊に気を使われていたようだ。なぜって?それは風の刃を自在に使っていた時点でスキル習得していたはずだが、俺が調理に集中していたのと、すぐに知らせるほどスキルではないと判断したのだろう。

 念の為スキル『マジカルハンド』試してみる。

 地面に置いてあるシーサーペントを遠くから、手で持ち上げるようにして宙に浮かせる。それから、その骨を両手で包み込むイメージをしてそれを思いっきり潰す。すると、粉々になったシーサーペントの骨が空中に浮いている。

 粉々に下は良いがどうするか。

『提案、マジックストレージに鱗、内臓、骨粉を収納する事をお勧めします。』

 鱗は良いけど内臓は腐らないだろうか?それに骨粉も取り出しづらくならないだろうか?

『マジックストレージ内は、時間が止まっている為、腐敗などしません。粉など細かな物であれば、スキル『マジカルハンド』で包んだ状態で収納可能です。』

 何とも便利なことだ。サポート精霊の言う通り鱗と内臓、骨粉をマジックストレージに収納する。

「あ~、うまかった。」

 どうやらライが、シーサーペントの兜焼きを食べ終わったようだ。

「バイス老、変わった調理法だがすごくうまかった。物足りなかったがな。」

 でしょうね。

 3メートルぐらいあるライが、あのぐらいの料理で満腹になるわけがない。

 かと言って、俺が持ってる食べ物は干し肉と硬いパンしかないから、絶対に満足出来ないだろう。

「そうだ、この町の冒険者ギルドは食堂も兼ねておるから行くか。」

 ライに無理やり、港町の冒険者ギルドに連れていかれた。

 冒険者ギルド内に入ると、食堂も兼ねている冒険者ギルドというだけあって結構大きい。

「ララ、あんたまたシーサーペントを勝手に狩ったでしょ。」

 冒険者ギルドの受付嬢が、受付カウンターを飛び越えてライに詰め寄った。

「あ。あれはバイス老に言われてだな……。」

 ん?責任転換されてないかこれ?

「バイス老って、こんなおじいちゃんがシーサーペントをどうしたっていうのですか。」

 ライの半分ぐらいの大きさしかない受付嬢に、ライは圧倒されている。

 元はと言えば俺の責任だし、ライに助け舟をだすとしよう

「冒険者ギルド受付嬢さん、俺がライに頼んでうまくて活きのいい魚を獲ってもらったんだ。そして、それを調理して食べた。」

 ライを見ていた受付嬢がライの隣にいた俺を見た。

「シーサーペントを捌いたんですか?あれは鱗が硬くて捌きにくいし、鮮度が落ちるのが早いから武具の素材としてしか活用されていないんですよ。」

 仕方がないので、マジックストレージからシーサーペントの鱗を取り出し床に置いた。

「嘘、シーサーペントの鱗。しかも、綺麗に鱗と皮だけになってる。それに、おじいさんマジックストレージ持ちなんて。」

 ん?マジックストレージは存在しているってサポート精霊が言ってたけど、もしかして希少系?

『約10万人に1人です。』

 サポート精霊、それ先に行って。

 ジジィの、のんびりとした旅がとんでもない冒険に変わるじゃないか。

「ムゥよ。バイス老は魔法も一流だ。」

 ライ、余計なこと言うんじゃない。

「でしょうね、シーサーペントの鱗見れば分かる。切り方が綺麗だし、シーサーペント身が一切ついてない。刃物でやっても、ここまで綺麗できない。魔法でやっても、ここまで正確に切り取れない。」

 うん、逃げよう。

 厄介ごとに巻き込まれる前に、逃げよう。

 それが、一番。

 音を立てないように冒険者ギルドの外に出て、身体強化バフを自分にかけ、王都に向けて俺は走り出した。

「あれ?ララ、バイスおじいちゃんは?」

 受付嬢ムゥの、その一言がうっすらと聞こえたが、厄介な事に巻き込まれそうなので無視して全力で港町走り抜け、王都へと続く道を俺は次の村に向けて走り続けた。



 バイスが王都へと続く道を、次の村に向けて走っている時から、少しばかり時間を戻して港町に目を向けてみましょう。

「あれ?ララ、バイスおじいちゃんは?」

 ムゥが辺りを見回すと、バイスは忽然と姿を消してしまった。

「バイス老?はって?何処かに行ってしまわれたようだな。」

 心配そうにしているムゥに対して、ライは楽天的だった。

「バイス老は、見た目は老人であるが、中身はとんでもない御仁だ。我を、風で軽々と天に吹き飛ばしてしまうぐらいであるからな。」

 ムゥは、目を丸くした。

「え?ララ、バイスおじいちゃんの魔法で、宙を舞ったの?」

「あぁ、一族相伝の超ライトニングキックを試しておったのだが、勢い余って止まれなくなったところを、見事止めていただいた。」

 ムゥは不敵な笑みを浮かべながら、ライに話しかける。

「ララ、自分で制御の出来ない技を出さないって、この間約束しなかったっけ?」

「面目ない。」

 ムゥは、呆れている。

「でも、ララが褒めるレベルの実力なら、バイスおじいちゃんって相当強いって事だと思うのだけど。」

 そう言いながらムゥは、受付カウンターに戻って書類を見始めた。

「やっぱり、バイスって名前の冒険者は数人いるけど、バイスおじいちゃん見たいな人いないんだよね。ララ、バイスおじいちゃんのフルネームって分かる?」

「バイス老のフルネームは確か、バイス・リムであった。」

 ライからバイスのフルネームを聞き、ムゥはもう一度調べ直す。

「冒険者以外にも範囲広げて調べても、該当なし。バイスおじいちゃんって、一体何者?」

 ムゥは、バイスという逸材を逃してしまったかのように落ち込んでいる。

「我が思うに、またいつか会えるそんな気がするのだ。」

「ララの、この楽天家。」

 ムゥは近くに置いてあったバインダーを、ライに投げつける。

 ライは、それを軽々と受け止める。

「それより、何かうまい物が食べたいのだが。」

 ムゥは、呆れかえる。

「ツケ払い、出来ないけど。」

 ライは、シーサーペントの鱗を指さす。

「それを換金したやつで、支払う。」

「それはバイ……。ララの食事代引いたお金を、絶対にバイスおじいちゃん渡してね。」

 ムゥは受付カウンターから出て、シーサーペントの鱗を持って何処かに行ってしまった。

 ライは長テーブルに陣取って座り、後に来るブルボアのステーキの山を軽々と平らげるのであった。

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