その九、私こそ攻撃に出れば良いのだわ
本日のデザートに目を光らせていた私は、メニュー表から顔を上げてカートを睨みつけた。
私がボーイを呼んだのは、世を儚んだ私が思い残すことなど無いように美味しいものを食べてしまおうと考えただけなのだ。
なのに、私がこの見たくもない男に、お茶を差し上げようと媚びている、なんて思い違いの台詞を言い放ったのだもの。
「私が、バナナケーキを食べたくなっただけ、でございますのよ?」
「甘いもので寂しさを紛らせたいほどに、俺とのドライブを楽しみにしていたんだね。可愛い人」
「あら、あなた様はお母様とお話中じゃなかったの?どうぞお母様と大人のお話をお続けなさって。私は子供らしくお菓子を食べて大人しくおりましてよ、って」
母がすました顔のまま、私の脛を蹴ったのだ。
「ハハハ」
テーブルの下で何が起きたのか見なくともわかった男は、それはそれはよろしい笑い声を立てた。
バリトン歌手のアリアみたいに響く良い声過ぎて、私のお尻の当たりがむずむずするのは悔しいばかり。でも仕方が無いわ。私の母どころか、私達のテーブルの周りの女性達が一斉に彼に振り返ったのよ。
そして振り返った人達全員、うっとりと憧れるような、いいえ、魂を失ったような顔つきでカートを見つめるだけになっているのよ!!
そんな女性全員の注目が自分にあることを知っている男は、自分の胸元に手をやり、なんと、胸元に飾っていたバラの花を胸から外した。
それで?ええと、何をするの?あなたは。
カートはそれは自然な手つきで、ええと、私の右耳の上にその花を挿した。
それからなんと、私以外の女性達が大きなため息を漏らしてしまうぐらいの素敵笑顔を私に向けた、とは。
「君がデビュタントで残念だ。君こそ鮮やかな色合いが似合うというのに」
「え、ええ、え?」
「美しき君、明日の君を楽しみにしているよ」
どうやら、今日一日は私は生き延びられるようである。
カートは席を立つと食堂を出ていった。
紳士だったらしないだろう、鼻歌を歌うという軽薄な振る舞いをしながら。
しかし彼の振る舞いが噂話になったとしても、誰も彼を下品だと罵ったりしないのは確実だろう。
通り過ぎざまに彼の鼻歌を耳にした女性が、次々とうっとりした様にして顔にハンカチを当てながら気絶ごっこまでしているのだ。
「ああなんて素敵な方」
お母様まで!!
「お母様。お母様こそカートと結婚されたらいかが?」
顔にハンカチを当てて今にも気絶しそうだった人は、すっとハンカチを顔から下ろすと、完全に冷静な目で私を見据えた。
「もう、本当に子供。焼餅は身を滅ぼしますよ?」
「多情の方が危険では無いかしら?」
「私にはお父様がいらっしゃってよ。お父様一途、ですわよ?」
「そうかしら。お父様がいなければ、今のお母様は彼の胸に飛び込んで行きそう」
「ウフフ。本当にあなたはカートが大好きなのねえ」
「ち、違います!!」
「いいのいいの。家柄のある娘には結婚は義務で自由が利かないものだわ。だからこそ、心の通じ合える人と出会えることは幸運だから、大事にすべきなの」
母が意外にも娘想いの事を口にするから、私はカートを否定する言葉を続けられなくなってしまった。
お母様、私は自分の生存権の確保に一生懸命なだけですわ。
あの人は殺人者で私は目撃者なのですのよ!!
ああ、どうしたらこの事実を公表できるのかしら。
そこで私ははっと気が付いた。
彼に殺されたアラン・パドゥーは行方不明のまま。
もしかして、アランの死体を見つけたら、カートを弾劾できる?
あるいは、私こそがカートを探ったら?
「お嬢様、焼餅はいけません。それからですね、カート様がいかに心の広い方であろうと、我儘しすぎはいただけません。明日のピクニックではもう少し淑女らしく振舞われますよう。よろしいですね」
私はキリアにコクリと頷いた。
朝食後にどうやってキリアを撒こうか考えながら。
そう、私はカートを探るのよ。
確実なる自分の生存権の為に!!