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その七、静かに音楽鑑賞もできないなんて

 カートが母に授けたらしい、昨夜は部屋に引きこもるという戦法は功を奏した。

 今日はおかしな贈り物も無く、食事に出ても部屋には何事も起きなかった。

 さらに、煙の臭いが一つも無い状態のドレスがホテルから戻ってきた。


 忌々しい!


 だが、喜ばしいと思える事が一つある。

 まだ正式に婚約発表をしていない私とカートであるため、彼が夜会のエスコートに私達の部屋を叩く事は無かったのだ。


 婚約前のルールとして、紳士が令嬢を誘い出す場合は太陽が空で輝く昼間のひと目がある場所でなければならないし、夜会では会場で、偶然会いましたね、と挨拶する程度に限るのだ。


 私は音楽会会場の席に座りながら、パンフレットを開いた。

 すでに音楽が奏でられている状況ならば、私がカートに悩まされる事もない。

 それどころか、カートが不在なのはどこかの美人と消えていたからだ、なんて噂になったら、私はこれ幸いと首都に逃げてしまえるわ。


「神様、今日という日をありがとう」


「どういたしまして。間に合って良かった」


 私は低くて滑らかな声に顔を上げ、隣に座っていたはずのキリアの代りに黒髪でダークグリーンの瞳の男が座り込むのを忌々しい気持ちで見守った。

 彼は私の視線に対してくすっと笑う。それから、座り直しているにしか見えない素振りで、彼はひょいと動いて私の耳に囁いた。


「その生贄に選ばれた処女みたいなドレスは似合うよ」


「悪魔みたいな男に捧げられそうなんですもの」


 憎らしい男が立てた笑い声は、私の耳だけでなく背中もくすぐる。

 私はもぞっと動いてしまい、そのせいではっと息を飲む結果となった。


 動いた私の膝が彼の脚に当たったのだ。

 ほんのちょっとだけ。

 なのに膝にびりっと、いえ、ふわっと?、そんな感覚を受けた。


 私はその感覚を打ち消したいと右手を膝に伸ばし、丁度動いた長い足の膝の方を掴んでしまった。

 急いで手を剥がし、身を起こしながら恐る恐る隣を伺う。

 凄い笑顔……とは。


「積極的だな」


「いえ、あの、ええと」


 カートは自分のパンフレットを私達の顔の前に立てると、いかにも曲名を私に教えるように長い指で文字をなぞりながら私に囁く。


「君は木管楽器と金管楽器の違いを知っているかな」


 カートの顔はさらに私に近づいて、さらに囁く声を落した。

 それなのに、さらに耳がびくびくするなんて。


「金属と木、でしょう?」


「己の唇を震わせて音を出すか、ひゅっ」

「ひゃっ」


 カートは私の右耳に息を吹きかけたのだ。


「こうしてリードを震撼させるかの違いさ」


「び、びっくりしたわ」


 カートはパンフレットを降ろし、何事も無い顔で正面を見つめている。

 私はこんなにもびくびくしているのに。

 そんな私をあざ笑う様に、フルートのソロパートが流れ出した。


「金管も木管も難しさは変わらない。良い音を出すには指使いこそ必要とされる。俺に任せれば、溜息交じりの音だって引き出せる」


 溜息交じりの音?

 それは、絶命した人があげる最後の吐息の音?


「いいえ。私では悲鳴のような音しか立てられませんことよ!」


「ハハハ。その悲鳴も甘美だったりするんだよ。手に入れたばかりの楽器は慣らすまでが大変だ。宥めて、解して、良い音が出るまで時間をかける」


「が、楽器には、ご、拷問みたいに感じませんの?」


「それは楽器に聞いてみないとわからないなあ。君が楽器だったらどんな音を奏でたいと思うのかな?ミゼルカ」


 やっぱり、比喩でなく私の事を語っていたのね!!

 カートは私の名前を唱えながら私に視線を向けた。

 流し目、という目はこういう目線なのだと教えるように。


 でもこの流し目は煽情小説のように恋を語るのでは無くて、単なる脅しよね。

 大騒ぎしたら殺すぞ、その場合、拷問に時間をかけるかもしれないよ?

 私の体は恐怖で、ひゅんと背筋が伸びて、ぶるっと震えた。


「ハハハ。君は想像力が豊かで面白い」


「え、ええ。よ、世にある拷問器具が走馬灯のように目の前にグルグルしますの。あ、哀れな楽器が受ける無体な仕打ちを考えますと、怖いばかりですわ!!」


「ごうもん!!」


 カートは大きな声を出した。

 その後すぐに彼は右手で自分の口を塞いだが、私から背けた身体の肩がびくびくと笑いの衝動を抑えきれなかった証拠みたいに振動させている。


「しー」

「しー」


 私達の周りに座る人達が私達に振り向き、あるいは身を乗り出し、口元に指を一本立てて静かにしろと注意を促す。

 また目立っちゃったわ。

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