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その六、カート・ハインリッヒが皆の結婚したい男である理由

「すばらしいわ。カート・ハインリッヒ」


 案内された部屋の内装を見回した我が母が、恋する乙女のようにして私の婚約者らしい男の名を溜息まじりの感嘆の声で唱えた。


 なぜ私達が部屋を急遽変えたのか。


 それは、私の婚約が気に入らない人がいるようで、私達家族が食堂に出ている間に室内に煙玉を投げ込まれたからである。

 私としてはこのまま首都のタウンハウスに帰ってしまいたい。


「お母様。ドレスも何も燻されて煙臭いわ。今回は音楽祭を諦めてお家に戻りませんこと?」


「何をおっしゃるの?音楽祭は一週間続くの。その間にカート・ハインリッヒの気が変わったらどうするおつもり?あなたは一から獲物を狩らなければいけなくなるのよ?出来て?」


 母が私の結婚話を手放したくないのは、私が母と違って金髪でなければ美しくも無いからであろう。

 確かに私の外見は地味な事この上ない。


 でも、私はカート・ハインリッヒだけは結婚相手としてごめん被りたいのだ。

 なぜならば、彼が殺人鬼だったからよ!!

 そして私は目撃者!!

 彼と結婚なんかしたら、口封じで翌日には死体にされているわ、絶対。


「お母様。私達には煙で燻されたドレスしかありません。カート・ハインリッヒ様はきっと臭い女はお嫌いなはずよ」


「安心して。ホテルは最優先で私達のドレスを修復してます。そして、私達の音楽祭への参加は明日から。今晩は、ふふ、この事件で心を痛めたからと欠席します。それで、私達こそヘルマン王子のお見舞いを受けるのよ。うふふ。私達に嫌がらせをすればするほど私達に注目が集まる。素晴らしい考えだわ、カート」


 母は完全に悪魔に取り込まれてしまっているようだ。

 私は最後の砦として、キリアに縋ろうと考えた。

 キリアは母の話し相手であり侍女であり、私の小間使いで乳母でもある。

 社会について母よりもシビアな目線を持つ彼女であれば、彼女の娘みたいな私の本当の幸せのために動いてくれるはずである。


「キリア!そのブローチはどうなさったの!!」


 母と同じ年のキリアは母よりも少女っぽく微笑み、胸元に飾られた陶器のブローチにそっと手を当てる。そのブローチはマーガレットが花輪になっているというデザインのもので、茶色のドレスの彼女の胸元で白く清楚に輝いていた。


「ウフフ。内緒ですわ。お嬢様。お嬢様はバラがお好きじゃないかもって心配された紳士の相談を受けただけですの」


「私はバラは大好きよ。虫が入っていなければ!!そして、ハインリッヒからのものじゃ無ければ!」


「お嬢様。ご自分が構って貰えないからと癇癪はいけませんわよ」


「ミゼルカ、婚約中はね、お相手がお相手するのは親なものなのよ。だから結婚式が待ち遠しくなるものなの。でもそんな状況だからこそ、ハインリッヒが他に目移りしないようにがっちりと押さえておかなきゃいけないの」


「おっしゃる通りですわ。奥様」


「流れて行ってほしいのに!」


「あなたは!ハインリッヒは今季、いえ、今後しばらく出ない優良株なのよ?」


「お母様はそればっかり!!」


 大声を上げてしまったから頭が回転したのか、私はある事に気が付いた。

 彼は騎士でしか無かったはずでは?


「あ、お母様!!どうして騎士になったばかりのハインリッヒが一番の有望株なんですの?ええ、ハンサムで騎士ならば、大体の方には結婚したいお相手かもしれませんが、私達侯爵家には身分違いでは無いかしら?」


 母はにっこりと笑い、バルツァーと口だけ動かした。


「バルツァー?バルツァー伯爵家は子供がいない高齢のはくしゃくさ……」


「伯爵の従弟の息子という跡継ぎなのよ、彼は。それに彼は今や騎士様で、立ち上げた会社によって大金持ちにもなっている。素晴らしき有望株でしょう」


 私は、アハハハ、と乾いた笑い声だけあげていた。

 私がエバンシュタイン侯爵家の一人娘であるというならば、我が父が亡くなった暁には、バルツァー伯爵家のようにして、親族の男児が侯爵家を継ぐ。

 あるいは侯爵位を王家に返還し、現王子の誰かが継ぐ。

 どちらにしても私と母は、現在住むタウンハウスやマナーハウスから追い出される未来は確実であるのだ。


 私が侯爵家の跡継ぎとなるだろう誰かと結婚しない限り。


「わかった?ハインリッヒを逃しちゃいけないのよ、あなた」


 私は、頑張ります、と母に笑顔を向けて答えた。

 この暮らしを続けるためには、私がそれなりの相手と結婚しなければいけない。

 でも、ハインリッヒは嫌だわ、どうしよう。

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