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その五、お前が言うなと婚約者は思う

「お嬢さま、何を狸寝入りしていらっしゃるのですか?」


「夜が遅かったのだから、朝も遅くていいでしょう。」


「朝を通り越して昼でございます。寝過ぎで顔がむくんでいたら奥様が卒倒されてしまいます。さああ、起きてくださいまし!!お客様ですよ」


「お客?」


 私は起きたくはないけれどむっくりと起きた。

 そして強ばる自分の指先を見て、あの殺人者、と心の中で罵った。


 彼は本気で私にリュートを教え込んだ。

 あの短い時間で私が曲一曲を覚えて奏でられるとは思わなかった。

 ええと正確には、長い曲の演奏発表用に編曲された四分だけ、だけど。


 でも、私こそ馬鹿者だ。

 優しいポールはカートのスパルタに対して彼を制しようとしたが、私こそが負けるものかと受けて立ってしまったのだ。


「目を瞑っても弾ける程度の曲、覚えてさしあげましょうとも!!」


「大きく出たな。出来たらご褒美をあげよう」


「まあ!うれしい。何でもお願いしてよろしくて?」


「いいよ。では、出来なかったら俺こそがお願い事をしよう」


「君達は!!」


 優しいポールは私達に厭きれ、美しきケイトリンを伴って消えた。

 演奏会の趣旨と違う事をし始めた私とカートは、会場のバルコニーへと追い出され、しかし私達はめげるどころか戦い合う様にしてリュートを弾いた。


 主に私が。


 彼は私を指導していただけだ。

 軍隊の上官みたいにして!!


 そして私達が気が付けば、楽しい演奏会は私とカートを仲間外れにして終了している。だから私とカートは、その腹いせのようにしてリュートを弾いた。

 会場の人達が和やかにワルツを踊ろうとし始めたそこで、私とカートは、ワルツの不協和音にしかならない悲鳴みたいな音も出す哀悼曲を弾いたのである。


「ふふ。凄い迷惑。でもお母様は怒らなかった。なぜかしら」


「今期の一番人気の、それも誰にも靡かない男と二人だけの音楽会をデビュタントが開催。スキャンダルですわ。他の誰にもできなかったスキャンダルをお嬢様が起こしたと、奥様は鼻高々でございます」


「社交界、腐っているわね!!」


「そうおっしゃらずに。お嬢様宛に贈り物だってございますのよ」


 キリアはにこやかに私のベッドに花束を置いた。

 淡いピンクの花を束ねた花束は大きいが、これぞという主役となる花が一輪も入っていないというものだった。

 そしてカードには、我が美しき紅雀様へ、とある。


「カート・ハインリッヒ」


 私はベッドから出た。

 そして腕を組んで、うーんと唸った。


「お嬢様、どうしましたの?」


 どうしたもこうしたも無い。

 あの嘘吐き男をどうしようか考え中なのだ。

 賭けで勝てば私の言う事を聞いてくれると彼は約束した。だから勝った私は彼にお願いしたのだ。


「私を殺さないと約束してくださいな」


 カートは鼻を鳴らした。

 そして小馬鹿にするように私を見返した。


「なぜ俺が君を殺すと君が考えるのか教えて欲しいな」

「はっ」


 殺人を見ていました、なんて口が裂けても言えない。

 え、ええと、ど、どう言えばいいのかしら?


「君がタラシ男のアランと逢引きしていた事は内緒にすると誓おう。そうだね、あんな行動を知られたら、君は身の破滅だね。ふふ」


 私はカキンと固まった。

 そう、殺人を見ていた見ていない、は、もう関係ない。

 私があの場にいた事こそ、私の身の破滅となるスキャンダルだとカートは私に突きつけたのである。


「ま、まあ。ハインリッヒ様。あ、あなたこそ何をおっしゃっているのかしら?」


「そうだね。お互いに何を言っているんだろうね。これはきっと、二人で何かを成し遂げた、その高揚感でおかしなことを言い合っているんだと思うよ?」


「あなただけがおかしいのよ!!」


 私は記憶の会話に猛ったそのまま、何かを掴んで壁に投げつけていた。

 壁にぶつかったそれは、ぱあっと花弁を散らして床に落ちた。


「え、花束だった?うわ、あの人が嫌いでも花には罪が無いのに!!ああ勿体無い事を。あああ、お花で無事な子はいるかしら」


 私は慌てて壁際に走り、自分が粉々にしたばかりの花束を抱き上げた。

 そしてすぐにその花束を放り投げた。


「お嬢さま?まあ、せっかくの贈り物の花束を!!」


「贈り物じゃないわ。虫よ、沢山の虫が花束の中に入っているの」


「お嬢様ったら」


 キリアは花束の所へと歩いて行き、くしゃくしゃになった花束を憐れみを込めてを持ち上げたが、すぐに私と同じ行動を取った。

 それどころか、私がしなかった行為、花束を足で踏みつけたのである。

 何度も、何度も。


「まあまあ、何をなさってるのあなた方は~」


 歌うような調子で母が喋りながら入って来た。

 彼女は大きな花束を抱えている。


「お母様、贈り物ですか?素敵な花束ですわね」


 私は虫の死骸入りの花束だったというのに、母の抱える花束は大輪のバラだなんて、美しい者と美しくない者の差異を思い知らされるようだ。


「あら、あなた宛てよ。さあさあ、早くお洋服を着てちょうだい。このバラを持って来て下さった、愛しきカートが帰ってしまうじゃ無いの」


「カート?」


 私は母を押しのけて自分の部屋のドアを開けて飛び出していた。

 私達の部屋は廊下のドアを開ければ居間となるスペースがあり、その居間に二つドアが付いており、一つは母の使用する部屋に、もう一つは、そう、私の部屋となる。

 だから何も考えずに飛び出した私は、居間となる部屋にて寛いでいる男と鉢合わせする事になったのである。


 片手に紅茶カップを持っている彼は、私を見て、それは素晴らしい笑顔を見せた。

 私の神経を逆なでするぐらいに。

 私はソファに置いてあったクッションを掴むと、それで彼を殴った。


「私を殺そうと毒虫を使うなんてひどいわ!!」


「毒虫?」


 クッションをぶつけられて零れた紅茶を被ってしまったカートは怒るどころか、すっと立ち上がって私の部屋へと向かって行った。

 背が高くて足が長いからか、早い。


 私は慌てて彼の後を追いかけたが、私が自分の部屋に辿り着いた時には、全部が終わっているような雰囲気だった。

 カートは探偵みたいに私の部屋に落ちている花束を探っており、花束の中に入っている虫どころか私宛へのカードを見つけていた。


「確かに、俺の名を騙る最低がいるな」


 床に屈んでいた彼は姿勢を正すと、私のもとへと、まるで近衛兵のように真っ直ぐに歩いてきた。

 そして、胸に右手を当てて、私に頭を下げたのである。


「俺の名を汚し、君を脅かす者を探し出し、君の為に罰を与えよう」


 そうして彼は私の部屋から出ていった。

 彼の姿を見送った私は、物凄く呆然としているしかない。

 だって、彼はあのセリフの後、私の右手を掴んで手の甲にキスをしたのだ。


 行ってきます、我が婚約者、と呟いて。


「我が娘がシーズン最初の婚約発表をするのよ!!今期最高の男、カート・ハインリッヒと!!」


 母の歓びの大声で私の時間はさらに止まった。

 あら?私がいつの間に婚約していたの?あの殺人者と?


「君を脅かす者を探し出し、君の為に罰を与えよう」

「あなたこそよ!!」


 私は逃げられないの?

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