その四十五、王子二人と謎の美女
子供達を奪い返しに来た女主人の愛人は、ヘルマンでなくカロル王子だった。
ついでに、カロルはヘルマンと自分を偽ってカートのお姉さまを誘惑しようとしていた?
「そんな事はどうでも良い。それよりも私は友人が受けた損害を取り戻しに来たのだ。友人が買った子供達はどこにいる。それから、友人が奪われた馬も返して貰おう。馬泥棒は縛り首だ」
カロルは誘拐犯で馬泥棒の私にではなく、カートの姉達に凄んだ。
そこで私は、真実を告げなければと声をあげた。
「まあ、まあ!!私がお馬さんを借りましたのよ。お馬さんはホテルの馬房で元気にしておりますわ。気立てのとても良い子でとても助かりました」
カロルはなぜか悔しそうに唇を噛みしめた。
馬泥棒にあの子を奪われていなかったと知って嬉しくないのであろうか。
「それから、カロル殿下。お馬さんを借りたのは緊急事態でしたからよ。子供が鞭打たれていましたの。背中がぱっくり割れていましたのよ。急いでお医者に見せねばと思いましたの。ねえ、憲兵様。緊急事態の行動は罪にはなりませんわよね?」
王子と女主人の横に控えていた二人の憲兵は、年配の人と任に着いたばかりらしき若い男性で、二人の顔立ちはなんだか似ている。
また外見だけでなく内面も似ているのか、子供の鞭打ちの時点で二人とも目つきが鋭くなり、私の続けて言った緊急事態については罪にならないの質問には、二人とも目元を柔らかくして大丈夫だという風に私に微笑んでくださった。
それから年配の方の方が、王子と女主人に向き直る。
「私どもは馬泥棒と使用人の誘拐でこちらに参った次第です。状況を聞けば誘拐も馬泥棒も当て嵌まりませんな。いえ、メイラ夫人。あなたはこの方に感謝すべきです。この方がいなければ使用人への虐待と殺害で私どもがあなたを捕まえねばなりませんでしたから」
「言う事を聞かない使用人に罰を与えて何が悪いんです。主人に逆らったのは子供達の方です。それに私が鞭を振るったわけではありません。鞭を振るったのは下男ですの。私には罪は無いわ」
「ああ。そうだ。それにそもそもお前達が私達に意見するとは不敬であろう。お前達は私が命じた通り、ここにいる子供二人を引っ張って来い」
「させませんわ。あの子達は私が養子にする予定ですの。誰が燃え盛る暖炉に子供を投げ込むような方に子供を引き渡すと言うのです」
「エバンシュタイン嬢。あなたにはそんな事はできませんよ」
私は顎をあげて、ヘルマンとは全く違う悪い王子を睨んだ。
不敬罪で牢屋に入れられるかもしれないけれど。
でも、アルとリュイは私しか守れないのよ!!
「できますわ。私は近々結婚します。この国で私が子供達を保護することが許されないのであれば、彼は私と子供達を連れて南の海に浮かぶ無人島に逃げてくださります。この国の繁栄と安寧を望むのならば、英雄カート・ハインリッヒを失う結果にならないようにお考えあそばせ!!」
パチパチパチパチ。
何故か拍手が周囲で起こり、手を叩いているのはカロルのお付きの黒スーツ達である。カロルに追従するべき人達のそんな行動の異様さに呑み込まれたのか、なぜか憲兵のお二人まで手を叩き始めた。
黒服の一人が私に頭を下げ、それから私に悲しそうに微笑む。
「服が違うだけでお忘れになられたとは悲しいです。私はハインリッヒ提督の副官をしておりますミッフェルと申します。以後お見知りおきを」
「はひ?」
「ミッフェル!!俺の大事な人を口説くな。だが、お前がここにいるという事はカロル王子の国家反逆罪の証拠は掴んだという事だな」
え?
「我が母を修道院に籠らせるほどに悲しみを与えた上に、我が名を悪用していたとは。許せるどころではない」
振り向けば、カートとヘルマン王子がそこにいた。
カートが音楽祭で暗躍していたのは、このカロル王子の悪行を裁くため、だったの?
カートの隣のヘルマンは、今まで私が見た事も無い恐ろしい顔をしており、すっと右手をあげた。
「カロル王子を捕縛せよ」
「させるか!!」
「きゃあ!!」
カロルは私の背中の布を掴み、私を自分へと引き寄せる。
けれど、私は彼の人質にはならなかった。
アレクシア達が押さえていた毛布が翻り、そこから私の救い手が現れたのだ。
アラン・パドゥー様がカロルの手を掴み、その腕をひねり上げて床に沈めた。
それから、それから、舞台の彼に花束を捧げた時にいつも見せて下さる微笑みを私に向けてくださったのだ。
「大丈夫だったかな?勇ましきお姫様」
「はい。あなたに助けていただけなんて夢のようでございますわ」
「ああ!!お前こそが私が愛したプルメリアだったのか!!縛り首だ!!縛り首にしてやる!!ハインリッヒ捕まえろ!!」
どうして急にヘルマン王子が激高されたのだろうか。
でもって、愛したプルメリア?
そしておかしくなった王子の隣にいるカートは、ヘルマンのおかしさが伝染したのか、縛り首はいいですねえ、なんて王子に追従した。
え?
「以前に教えてあげたでしょう。僕が女装してヘルマンを手ひどく振ってあげたって。それが、王子違いだったとはねえ。可哀想なヘルマン」
ヘルマンがアランを殺したい気持ちが分かった。
あと、カートのお部屋にこんにちはしていた美女の正体も。
「僕はいつでも君の愛人になるよ、お姫様」
アランは私の頬に軽くキスをした。
私の足はふわっと宙に浮く。
カートが私を抱き上げてしまったのだ。
「ああ、ちくしょう!!本気で君は自分の可愛らしさを知らない。今すぐに君を連れて無人島に逃げたいぐらいだ」
「カート」
「姉さん。この浮気者をさっさと俺の義兄にしてくれ。義兄になりゃ、ちゃんと倫理観のあるこいつは、浮気もしないし俺のミゼルカを口説くのだって止めてくれるだろう」
アランはカートに片目を瞑るとカートの肩を叩き、それから彼が愛しているらしい相手、アレクシアのもとへと動いた。
皆が忘れているようだけどカロルは、と思ったら、ちゃんと黒服の方々が縄で縛っている最中だった。
「これで全部解決、かしら」
「たぶんね。そうであってほしいよ」
カートは疲れたように溜息を吐く。
私は少しでも癒しになるようにと、カートの額にキスをした。
カートは嬉しそうに目を細め、私をうっとりとしたように見つめる。
私をよ。
今季最高の男性なのに!!